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機構少女の専属整備士(マキナドール・クラフトマイスタ)  作者: ハシビロコウ
Stage.4《ROSSUM'S UNIVERSAL ROBOTS》
34/40

4.ゆびきりげんまん


『――では之より、第十代目マキナドール、黒瓜(くろうり)ヘレナの退任式を執り行います』


 厳かに、そして華々しくRADIUSの声が響く。

 此処はRADIUS、そして上東京の中枢。

 上東京最上に秘められし、|超巨大量子コンピュータ群《RADIUS》が収められた“中枢神経塔”である。


「……い、いぇーい」

『歩様』

「茶化すとこじゃないよー?」

「……悪い」


 そんな中で、退任式に参加しているのはたった三人。

 歩と、ヘレナと、RADIUS。それだけであった。

 スポンサーの簿社長などは影も形もない。

 いたらいたであまり好ましい光景ではなかっただろうが、それはそれとして少なすぎると歩は嘆息する。


『警備上の問題で、あまり大人数は入れられないのです』

「ココを落とされると、上東京が大変なことになっちゃうからね」

「……じゃぁ、何でこんなトコでやるんだよ」

『マキナドールが、私の“中枢神経塔(なか)”に入るに値するということの、証明です』


 この中枢神経塔は、RADIUSそのものだ。

 此処が陥落するということは、即ち上東京の陥落を意味する。

 その為、如何に簿社長の様な権力者でも、おいそれと入ることは許されないのだ。

 ――つまり中枢神経塔への入場許可は、RADIUSからの絶対の信頼を意味する。


『マキナドールの他にこの中枢神経塔に入ったのは……私の製造者、そして歩様。貴方くらいです』

「……なんか、ありがとな」

『いいえ。それだけの功績を、貴方は積んだのですから』


 そう微笑むRADIUSの目は、慈愛に満ちていた。

 RADIUSに手で促されるまま、歩はヘレナの隣に立つ。

 ヘレナが鼻を鳴らして、歩へ寄り添った。


『――改めて。第十代目マキナドール、黒瓜ヘレナ。そしてその専属整備士、伊須都歩。

 貴方達の素晴らしき功労により、この都市国家TOKYOの平和を守ることが出来ました。

 本日を以て貴方達の任期満了とし、その功績に足る報酬と名誉を私、RADIUSから授与します』

「謹んでお受けします」

「つ、つつしんでもらい……おうけ、しますっ」


 ロボットアームが、歩とヘレナに勲章を授ける。

 歯車の内に星が飾られたそれは、歩のボロっちいコートを特別にしてくれた。

 誇らしげに見せびらかす歩を、ヘレナもRADIUSも、微笑ましげに見つめる。


『ヘレナ。二度に渡る大任をよく遂げてくれました』

「……はいっ」

『歩様。ヘレナを支えてくれて、本当に助かりました』

「……おうっ」

『これからも、どうかこのTOKYOで幸せに暮らしてください』


 RADIUSのホログラムが、二人の手を取る。

 それが空気層により質感を再現したものだと理解っていても……彼女の手の暖かさを、歩はハッキリと感じていた。


『幸福は、貴方達の権利です』


 その言葉は祈るように、願うように。

 厳かに、そして華々しく中枢神経塔に響いていた。


***


「……終わっちゃったねぇ」

「そう、だな」


 退任式を終え、ヘレナが歩を連れてやって来たのは、上江東区にあるサイボーグ職員専用住宅。

 つまり、ヘレナの自宅であった。

 すっかり荷造りされ、段ボール箱が重なる自室はひどく殺風景で、どぎまぎしていた歩の心をすっかり冷ましていた。


「ここも、来月までには出なきゃいけないんだ。家探ししないといけないんだけど、サイボーグ向けの住宅って中々なくて」

「……上東京にもないのか?」

「殆どの人がサイボーグじゃないからねぇ。こればっかりは、需要と供給だよ」


 困ったなぁ、と笑うヘレナは、どことなく寂しげであった。

 彼女にとって、マキナドールという立場はとても大事なものだ。

 盲となっても、もう一度苦難と戦いに挑むこととなっても、それでもマキナドールとして立ち上がろうとした程に。

 それが明日からなくなるというのは、どういう気持ちか――歩とて、少しもわからない訳ではなかった。


「なぁ、ヘレナ」

「……ん?」


 だから、ほんの少しだけ勇気を出して、歩は話を切り出した。

 本当はデートの日にしたかったが、自分もヘレナも、相当に運が悪いことを知っていたから。

 歩はここがチャンスとばかりに、ヘレナを見つめる。


「なぁに、あっくん」

「あの、さ。もし、ヘレナがよかったら……」

「……うん」


 もじもじ、おずおずと。

 らしくない態度で……しかし、ヘレナに対しては何故かしてしまう振る舞いで、歩はどうにか話を進めようとする。

 ヘレナはそんな歩に対し、ゆっくりと聞いて待っていた。それが、彼女の優しさなのだ。

 そうして、ようやく。


「……俺と。俺と、一緒に暮らさないか」


 歩は、ヘレナに最後まで伝えられた。

 ヘレナは驚いたような、わかっていたような顔で、ゆっくりと微笑む。

 青灰色の眦が垂れ、涙が溢れることはないのに、歩には潤んでいるように見えた。


「嬉しいよ」

「……うん」

「でも、ちょっと、待って」

「えっ」


 そう遮られて、歩は頓に焦る。

 何か事情があるのだろうか。それとも、同居はしたくないのだろうか。

 まさか、嫌だったのだろうか……そう考えてしまい、今度は彼の方が泣きたくなっていた。

 しかし歩の不安をよそに、ヘレナはやや早口でまくし立て始める。


「ほ、ほら。私って今年で二十三歳で、あっくんは十五才じゃない」

「うん」

「世間一般っていうか法的に色々アウトだし、あ、いやぁでもあっくんの歳だと保護者要るのかな!?」

「うん……」

「で、でもでもあっくん的にはどうなの!? 私がママってどうなの!?」

「うん……?」


 どうにもおかしい、と歩が顔を上げれば、ヘレナは口から蒸気を噴いていた。

 慌てて水差しをヘレナの口へ突っ込めば、もくもくと鼻から湯気が立ち昇る。

 急に上昇する室温に対し、歩はすっかり冷めていた。

 いくらなんでも台無しである。


「ヘレナ」

「はひっ!?」

「答え……アレだ。デートの後、聞くから」


 それは妥協案であった。

 歩としては今すぐにでも答えを聞きたかったが、ヘレナに暴走した末に答えられても困るのである。

 それならば、デートの後までに、ゆっくりと答えを決めて貰おうと彼は思ったのだ。


「約束、な」

「……うん」


 互いに気恥ずかしげに、ゆっくりと小指を絡める。

 それは確かな誓いであり……未来への希望であった。


***


 そして、デートの当日。

 歩がヘレナに逢うことは、なかった。


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