2.デートのおやくそく
RADIUSがこれ以上にないほど、楽しそうな顔をしていた。
「あーっくん♪」
「はいはい、なんだよヘレナ」
「えへへー、あっくーん♪」
「……ったく」
ヘレナが歩に抱きつき、歩がそれをやれやれと受け止め、撫で回す。
見るものが見れば、残悔と祝福の混じった顔で砂糖の塊を吐き出すだろうその光景を、RADIUSは至福のひとときと言わんばかりに見つめていた。
視界の外でニヤつく様は、まるでチェシャ猫のようである。ドローンに寝そべる様も、ネット上で実しやかに語られるRADIUS猫説を如実に表していた。
「……何見てんだよ、RADIUS」
『どうぞお構いなく』
「家主はそっちだろ」
猫じゃらしを引っ張り出せば、RADIUSがにゃんにゃんとドローンから手を伸ばす。
ホログラムであるが故に、掴めないのがミソだと有志によるRADIUSまとめサイトにはあったが、成程これは面白いと歩は頷いた。
一頻り遊んで満足した歩は、ヘレナに押し倒されながら手帳をめくり始めた。
「で……今後は、暇になるんだっけ」
『はい。ヘレナのマキナドールとしての任期も、もうすぐ終了ですから』
「なんとか大金星だったよー……マキナドールの面汚しにならなくてよかったぁ」
ほっと息をつくヘレナを、歩は労るように撫でる。
黒の連隊、そしてプリムスを打破した頃、丁度ヘレナの任期は終わりを迎えようとしていた。
機構少女が任期制なのは、マキナドールが有する逮捕権の為である。
本来は都市警察に委託されているそれを、個人がいつまでも所有することはトラブルの種であるとして、一年の任期中のみとしているのだ。
逮捕権がなくなれば、マキナドールはマキナドールではなく、ただのフルボーグ市民となる。
それでも有名人であることは変わりないが……マキナドールとしてのヘレナも、再び終わりの時を迎えようとしていた。
「貯金は溜まったし、当分はのんびり暮らせるかなぁ……」
「そういえばヘレナって、マキナドールじゃなかった時はどうやって稼いでたんだ?」
「んーとね、電気売ってた」
「電気」
「そう、電気」
水と空気があれば発電出来るのだ、と言いながら、ヘレナはラジオの電源コードを腕に挿す。
瞬く間に軽快な音楽を鳴らし始めたラジオに、彼女は満足そうに頷いた。
「これを蓄電池に入れて納品するの。マキナドールの電池屋さんです!」
『本来は非常用発電機能なのですが、一日ぼうっとしていれば、売れる程度には発電可能です。非常用品、日用品、嗜好品として需要があります』
「嗜好品」
『はい、嗜好品です』
何とも言えない表情を浮かべながら、歩は手帳をぱらぱらと捲る。
食事のレシピ、機械工学の技術メモ、家具や機械のアイデアなど、様々に書き記したそれの、本来の使い道。
カレンダーには、ヘレナの任期満了日と……完成予定の日時が、刻まれていた。
「……なぁ、ヘレナ」
「ん? なぁに、あっくん」
「任期終わるの、どう思ってるんだ?」
「ん、っとね」
少し、ヘレナは考える。
彼女の表情はころころ変わってわかりやすいが、真剣に物を考える時、何を考えているかは分かり難い。
そんな彼女が、少し間を置いて口を開いた。
「もっと続けばいいのに、って思っちゃった」
「思っ、ちゃった?」
「うん。歩くんとの冒険が、もっともっと続けばいいのに、って」
いけないことだけどね、と彼女は苦笑する。
いけないことなのだろうか、と歩は首をひねった。
「ヒーロー、続けたっていいんじゃねぇの」
「ダメだよ。次のマキナドールが、日の目を待ってる」
「でも……」
「私はお情けで、もう一度立ち上がる機会を貰えて……素敵な再会が出来た。それだけでも充分、恵まれてるんだよ」
だからこれでおしまい、と彼女はいう。
でもそれで、本当にいいのだろうか。
そう歩は言いたかったが……言葉に窮した。
彼女の笑みを見ると、そうは言えなかった。
だから、代わりの勇気を振り絞る。
「……じゃぁ、任期が終わったらさ」
「ん?」
「連れてきたい、ところが、あるんだけど」
「……それって……」
歩の顔が、頓に赤くなる。
彼女には見えていないが、頬が熱くなる感覚は、バイザー越しに漏れているだろう。
それ以上悟られるまいと歩は口を結んでいたが、やがてヘレナがくすくすと笑って。
「……いいよ」
「えっ」
「あっくんが連れてってくれるなら、どこだって行くよ」
そう、穏やかに微笑んだ。
デートの日程は、任期終了の、三日後であった。




