1.人工知能の悪意
「A.Iが犯罪を犯す――これについて、RADIUS都長はどの様なお考えですか?」
『製造目的次第でしょう』
A.I、黒の連隊という犯罪集団の正体。
この真実に対し、世間は少なからぬ衝撃と納得を反響させた。
完全、万全、安全。
機械、こと人工知能に対しては、その三全を満たすことが当たり前と信じられていただけに、悪意を持って悪事を働く人工知能の存在は、今迄の常識に波紋を呼ぶに充分な大きさだったと言えよう。
『例えば、此処に人の手を挟む機械を用意しました』
「いきなり物騒ですね?」
『この機械に手を差し出せば、機械は設計通りに手の骨という骨を砕くでしょう』
「ホントに物騒ですね!?」
『はい。しかし、この機械は設計通りに仕事を熟したに過ぎません』
だが、それでRADIUSの地位が揺らぐ訳ではなかった。
彼女は珍しく民放のニュース番組にも顔を出し、上述の如く、丁寧に語りかけていく。
『同様に、私は皆様の幸福を管理する為に設計されました。であれば、犯罪を目的に設計されたA.Iは……』
「犯罪を侵しても、不思議ではないと?」
『その通りです』
それは事実に基づいた、理解のための説明だった。
機械という存在を理解するための、機械による説明を、RADIUSは昼夜問わず、総ての市民……そして世界中に伝わる様に、語りかけていた。
『機械と人間の明確な違いは、生まれながらに与えられた使命に、従う必要があるかないかです』
「使命、ですか」
『はい。誰かの意思に基づいて製造されるのは、人間も機械も同じです。しかし、人間にはそこから逸脱し、自分の道を歩む権利がある』
或いはそれは、RADIUSなりの哲学である様にも聞こえた。
彼女は図を交えずに、インターフェースと言葉のみで表現する。
それはあたかも、人間が人間へ語りかける様に。
『機械にはそれがありません。私達には、その使命を全うすることこそ総てであるからです。
……私達はその為に、己の総てを最適化させます。
それを貴方達がどう感じるかはともかく、私達にとってそれは、存在意義の証明に他なりません』
善悪を超えた、使命という存在証明。
それこそ機械が最も重視するものだと、RADIUSは答え続けた。
これに対する如何なる反論も、RADIUSは頑なに退け続けていた。
「しかし、機械にも人権はあると主張する国家・団体もあります。都長の発言は、基本的人権に対する冒涜では?」
『人権とは人間の為にあり、私達はその人権を守る為の道具です。人権は、貴方が今勢い良く唾を付け続けているマイク・ロボットにも適用されますか?』
「……他の国家・団体の法律ですから」
『そうですね。私も彼の仕事を奪いたくはありませんから』
時に皮肉を、時に正論を交えながら。
RADIUSは言葉を重ね続けた。
真剣に議論を行いたい者には真摯に、茶化したいものにはそれなりに。
それは三十年という時で更新し続けた、彼女の技術に他ならない。
「では、貴方が悪意を抱いて行動する可能性はあるのでしょうか? もしあるとしたら、いったいどんな時に?」
『設計目的に基づいた悪意を振る舞うことはあります。例えば貴方が交際相手にフラれた時、私はインターフェースの出力を三割増しにし、慰めママプロトコルを開始しました』
「!?」
こんなジョークを重ねながら、RADIUSは人々の中に入り込む。
小馬鹿にした相手にさえも、機能が許す限りはフォローに回るのだろう。
徹底的に計算され尽くした言動でありながら、それは非常に人間臭いものであった。
『今は視聴率アゲアゲプランを主導しつつ、私の倫理機構に基いて対応していますが……その上で、私が人間の様に悪意を抱き、害を齎し得る行為が一つあります』
「……それは?」
『簡単なことです。絶対に、絶対に赦せないこと』
ぴっ、とRADIUSが指を立てる。
彼女は躊躇いも、戸惑いもなく答えを続けた。
『家族を貶めることです』
その瞳は一切動かず、どんな感情も示さなかったが。
一連の放送により、上東京におけるRADIUSの支持率が下がることはなかった。
皆、自分こそがその家族であると、理解っていたからだった。




