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機構少女の専属整備士(マキナドール・クラフトマイスタ)  作者: ハシビロコウ
Stage.3《THE BLACK KNIGHT》
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6.黒の連隊


「くっ……!」


 右から、左から、前から後ろから、上や下からさえも。

 四方八方から繰り出される黒騎士達の攻撃を、盲のヘレナが防ぎ切るのは難しい。

 ましてや非戦闘員である歩を守りながらでは、その身体が削れていくのは、無理からぬことであった。


「ヘレナ……っ!」

『足手まといだな、少年』

「がッ!?」

「歩くんっ!?」


 それを嘲笑うように、黒騎士の一体が歩をヘレナから引き剥がす。

 放り投げられた歩は、黒騎士の囲いの外……出口の近くに落とされた。

 衝撃に咳き込む歩の声を聞いて、ヘレナが悲鳴を上げるように叫ぶ。


「歩くん、逃げてっ!!」

「ヘレナ……!?」

「此処は私がなんとかする! だから歩くんは都市警察をッ!」

『無駄だ。既に通信妨害網は貼られている。貴様らに助けは来ない』


 黒騎士は淡々と述べる。

 相も変わらず人間味の薄い言葉だが、その言葉の一言一言にはっきりと執念が滲み出ていた。

 RADIUSとは異なる、人工知能(A.I)――黒騎士は、歩を見ずに語る。


『我々は、黒騎士であり、黒騎士以外でもある』

『我々は、黒騎士以外であり、黒騎士でもある』

『我々は、黒の連隊(ブラック・レジメント)

『『『マキナドールを殺すモノ』』』」


 黒の連隊(ブラック・レジメント)と語る彼ら曰く、彼らはRADIUSの反転存在であった。

 RADIUSが巨大な演算機構を持つ|超巨大量子コンピュータ《デウス・エクス・マキナ》なら、彼らは電子の大海原クラウド・ネットワークで発生したウィルスの群れ(デーモン)である。

 彼らは自己を増殖、それぞれを改竄することで全く違う己となれる。

 黒騎士にも、黒野盗にも、はたまた違う黒の連隊にも……一般のA.Iや、ただのプログラムにさえも成り代わるのだ。

 総てを己で支配するRADIUSと、総てを己に成り代える黒の連隊は、相反する敵同士に他ならない。


『我々はRADIUSに成り代わる』

『我々はこの都市に、この世界に成り代わる』

『だが、その前に果たさねばならない勝負がある』

『倒さねばならぬ好敵手がいる』

『……貴様だ、マキナドール。 マキナドール・ヘレナ!』


 その言葉と共に、黒騎士の攻撃が再び始まった。

 銃弾が、剣戟が、殴打や蹴りがヘレナを襲う。

 その数々を風切り音と、RADIUSによる誘導、そして歴戦の経験から避け続けるヘレナだったが、消耗は避けられず、次第に削れていった。

 見ていられないと目を塞ぎたくなる歩だったが、それをすれば彼女は更なる苦境に立たされてしまう。

 逃避の衝動に抗う歩へ、黒騎士の一人が歩み寄った。


『逃げればいい』

「何を、言って」

『逃げればいい。逃げて、逃げて、忘れればいい。此処には何もなかったのだと、言い聞かせてしまえば一夜の夢だ』


 それは詭弁であり、甘言であった。

 従えば痛みから逃避出来るだろう。しかし傷が癒えても、後悔は残る。

 喪ったものは戻らないのだ。歩はそれを、よく知っていた。


「絶対、いやだ」

『何故』

「だって、ヘレナはまだ、戦ってるじゃないか」


 恐怖を振り払い、勇気を振り絞って歩は立ち上がる。

 痛みと怯えは心の隅に追いやり、その隙間を決意とプライドで埋める。

 そうすれば、歩は強い男の子のままでいられた。心も、身体も。


「それなのに、俺だけ逃げるのは……いやだ! そんなの、いやだッ!!」

『そう、か』


 それは、とても力強い言葉であった。

 機械の黒騎士には重く響く、生きた声に他ならなかった。


『男の子だものな、君は』


 溜息のようにそう言葉を漏らすと、黒騎士は双眸を朱く光らせる。

 まるで決意を固めたように、機械の声が踊り始めた。


『……伊須都歩、十五歳。職業:廃品回収業者。出生:孤児』


 それは歩のプロフィールであった。

 恐らく市民IDの不正利用であろうそれは、歩にとっては腹立たしくも正確に、歩の過去を暴き立てる。


『親はRADIUSへの親権委託により不明。政府管轄の孤児院に預けられ、姉のように慕っていた少女と育つ。しかし、その少女は車両事故により下東京へ墜落。行方不明となる』

「……それが、どうしたって言うんだよ」

『君は少女を探すために、最小年数での小等部卒業を敢行。幾つもの企業からの誘いを蹴り、荒れ果てた下東京へ飛び出した』

「だから、なんだってんだよッ!」


 それは、歩にとって知られたくない過去であった。

 もう朧気にしか思い出せずとも、しっかりと残る後悔の傷。

 それを無理矢理に剥ぎ取られれば、歩が激昂するのも無理はないだろう。

 だが、黒騎士が言い放った言葉は、それすらも塗り潰した。


『私の存在意義は、その少女に成り代わることだ』


 空気が、凍った。

 こいつは何を言っている? そう言わんばかりに歩の顔が歪む。

 しかし歩の脳裏には、既に一つの可能性が過ぎっていた。


「何を、言って」

『黒騎士は所属名(コードネーム)。私の個体名は、プリムス』


 黒騎士は、己の兜に手をかける。

 まさか、そんな筈はないと歩は頭脳で否定しながらも、黒騎士ーープリムスの挙動から、目を逸らすことが出来なかった。

 兜ががらんと落ち、その顔が露わとなる。

 透き通った肌、白金の髪に……朱い瞳。


『君の姉貴分に成り代わることが、私の存在意義だ』


 ヘレナと同じ顔、同じ声を持つ者が、そこにいた。


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