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機構少女の専属整備士(マキナドール・クラフトマイスタ)  作者: ハシビロコウ
Stage.3《THE BLACK KNIGHT》
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5.黒騎士の城


「よっ、っと……!」


 幾つかの瓦礫を越え、分厚い門戸をこじ開け、パイプをよじ登ること、しばらく。

 ようやっと建物の中に潜り込むことに成功した歩達は、RADIUSが駆るドローンのライトを頼りに、少しずつ歩を進めていた。

 足下が暗い分、ヘレナが転げやすいのである。敵地である以上、必要以上の騒音はご法度であった。


「大丈夫か、ヘレナ?」

「うん、大丈夫。歩くんも、気をつけてね?」

「大丈夫。暗いの、慣れてっから」


 とはいえ、薄闇が常に空を覆う下東京で暮らしてきた歩にとって、このくらいの暗闇は少し「日が暮れた」程度でしかない。

 星も見えない暗夜を渡ることを思えば、まばらに浮かぶ非常灯は、灯台の如くありがたい存在であった。


「にしても……活きてる工場なんて、初めて入ったな……」

「活きてる……動いてるの、これで?」

「あぁ。機械の音はしないけど、明かりがついてるだろ? それに、埃も溜まってない」


 つい、と指で壁をなぞっても、彼らの指に埃がつくことはなかった。

 埃は床だけでなく、壁や天井にも溜まる。

 それが一つもないということは、自動清掃ロボットを安定して稼働させられているのだろう。

 ロボット達を維持する費用も労力も馬鹿にならないことから、「何者かが工場を維持している」と歩は結論付けた。


「問題は、こんな工場動かして何作る気なんだ、って話だな」

「RADIUS、資料はある?」

『機械製造、主にロボットを製造する工業地帯だったようです。廃棄時に製造機類を処分していなかったらしく、改修を行えば、現在も利用可能であると見込まれます』

「つまり、ロボット作るために動かしてる可能性が高いんだな……こりゃ厄介だなぁ」


 灰尊が駆ったキャンサーや、幕引の不気味な機械触手を想起し、歩はぶるりと震える。

 あれらに等しいものが作られている可能性は、大いにあるのだ。

 それに加え、黒騎士と対峙し、彼を打倒しなければならないのである。

 勝てるのか、それとも無残にやられてしまうのか。

 ここにきて、張井警部の言う通りに準備を重ねておけばと歩は後悔するが……ヘレナが不意に、手をつないだことで我に返った。


「ヘレナ?」

「大丈夫だよ」


 バイザーを通して不安を感じ取ったのか、ヘレナはふわりと微笑む。

 それは努めて自らを落ち着かせるものではなく……余裕のある、穏やかな笑みであった。


「大丈夫。歩くんが頑張ってくれるなら、私はぜったい負けないから」

「……なんだよそれ。じゃぁ俺が頑張れなかったら、ヘレナ負けちゃうじゃんか」

「うん。でも……歩くん、頑張ってくれるでしょう?」

「……ちぇっ」


 それは極めて楽観的な言葉であったが、同時に篤い信頼を感じさせる言葉であった。

 頭をがしがしと掻きながら、歩はそんなのずるい、と独り言ちる。

 こんなことを言われてしまっては、歩は後悔している暇もなく、頑張るしかなくなってしまうのだ。


「……あぁ、もう! 頑張るから、絶対勝てよ!!」

「うんっ! 帰って今日はカクテルパーティーだねっ!」

「おうっ!」

『未成年に飲酒を進めないでください』


 えい、えい、おーと盛り上がる二人に対し、RADIUSも困ったように笑いながら、道を先導する。

 その道の先で——機械の廻る音が、ごうんと響いた。


***


 信じ難い光景、というものに出遭うことは、歩達にとってそう少ないことではない。

 しかしこの光景は、特別に信じがたいものであった。

 工場内部の様子を、上から眺めながら……ただただ、絶句する。


「なんだ、これ……」

「黒騎士が……いっぱい……!?」


 歩の目に飛び込んできたのは、黒騎士、黒騎士、黒騎士。

 左を見ても、右を見ても、正面を見ても、後ろを見ても。

 どこまでも製造され、並べられていく……()()()()()()()()()であった。

 視界に入るだけで百はあるだろう黒騎士の群れに、歩も、ヘレナもたじろいでしまう。


「RADIUS。これは……?」

『見ての通りでしょう。黒騎士の、生産拠点です』

「いや、おかしいだろ……黒騎士って奴は、サイボーグの筈じゃ……」


 そこまで言って歩は、はたと気付く。

 何故——黒騎士は人だと言えるのだろうか?


『その勘違いも仕方があるまいよ』

「……歩くんっ、右から聞こえた!」

「あ、あぁ……っ!?」


 突如聞こえた言葉に、歩が視界を合わせようと首を向ける。

 しかしその瞬間、歩は()()()()()()に吹き飛ばされた。


「が……っ!?」

「歩くんっ!?」

『何故、敵が一体だけだと思った?』


 歩が痛みに悶えながら、左右を見やれば……そこにはどちらにも、黒騎士が立っていた。

 状況としては理解できる、理屈としても理解できる、しかしただ納得がいかないとばかりに、歩は問うた。


「お前……まさか、A.Iかっ!?」

『『如何にも』』


 その言葉と共に、二体の黒騎士が銃剣を抜く。

 歩やRADIUSが何かを言うよりも早く、二つの銃弾が発射され——それよりも早く、ヘレナは歩を抱え、眼下に広がる生産ラインへと飛び降りた。


「RADIUS、出口教えてっ!」

『南へ二十メートル先です』

「ヘレナ、後ろへ反転して、そのまま真っ直ぐっ!」

「了解!」


 ヘレナの問いに、RADIUSが適切な出口を指示し、それを受けて歩が正しい方向へ視界を向ける。

 抜群のコンビネーションが功を奏し、降り注ぐ銃弾の雨と——次々に起動する黒騎士の猛攻を掻い潜ることができた。

 そうして立ち塞がる鉄の扉を蹴破り、次のフロアへと彼女達が飛び込めば——。


『やはり、逃げるよりも追う側の方が、愉しいものだな』


 ——其処は無数の黒騎士が立ち並ぶ、“大広間(キリングフィールド)”であった。

 絶望の軍靴を響かせながら、中央の黒騎士が朗々と謳う。


『マキナドール。今日こそ、貴様の最期だ』


 その双眸は、朱く輝いていた。


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