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機構少女の専属整備士(マキナドール・クラフトマイスタ)  作者: ハシビロコウ
Stage.3《THE BLACK KNIGHT》
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4.黒騎士の謎


 下東京の朝は早い。

 まだ日も登らぬ頃、歩はゆっくりと、ソファーから身を起こそうとして……自分が動けないことに気付いた。


「……あぁ、成程」


 同じソファーで寝た覚えはないのだが、寝相の悪いサイボーグ(ヘレナ)に、しっかりと拘束されていたのだ。

 横四方固めの要領で、がっちりと極められているにも関わらず、不思議と身体に痛みはない。

 極まった武術の粋に関心すべきなのだろうが、弾力のある胸や太ももの感触に、歩は思わず懊悩してしまうのだった。


「ヘレナー」

「んー……」


 退けようにも手も足も出ない為、歩はその髪に顔を埋める。

 キューティクル・コーティングを張り終えた髪は本物と遜色のない柔らかさを出すが、頭皮の温もりや篭った香りが漂わない。

 その為に、ひんやりとしたさわり心地のいい旋毛に、歩はついつい、ぐりぐりと顔を擦り付けてしまうのだった。


「おーきーろー」

「んーん……」


 いやいや、と胸元に頭を埋められ、そのくすぐったさに歩はけらけらと笑う。

 他愛もない一幕が、とても大事な時間の様に感じる。


「……ま、もうちょっとこのままでいいか」


 そう穏やかに笑うと、歩もまた二度寝に入る。

 電気ストーブはついていないが……歩の身体は、ぽかぽかと暖かかった。


***


 それから、昼過ぎになって。

 ようやく三人は歩の工場から、探索に出発した。


「いくらなんでも寝過ぎだろ……」

「え、えへへ。歩君にぎゅーってされてたから、つい」

『よく眠れたことはいいことです。サイボーグは眠りが浅いことが多いですから』


 ヘレナがカーゴバイクを漕ぎながら、歩はバイザーを通して周囲を見渡す。

 崩れたコンクリートを物ともせず、補強に補強を重ねたカーゴバイクは走り続ける。

 しかし、道が荒れれば揺れるもので、荷台に乗った歩は努めて遠くを見て、飴玉を舐めることで吐き気を催さないようにしていた。


「それにしても……黒騎士って何なんだ?」

「何なんだ、って?」

「だって、あれだけRADIUSの目を掻い潜りながら、他人を悪者にして回ってるんだろ? それなのに、まだ捕まってないなんて……」

『いいえ、歩様。黒騎士は一度、死んでいます』

「え……?」


 気を紛らわせる為に適当に出した話題から、新たな疑問が生まれる。

 RADIUSはその疑問に対し、淡々と語り始めた。


『正確には、ヘレナが完全に破壊した、というべきでしょうか』

「らしくない言い方だな」

『えぇ。遺骸は保管されているものの、その正体は判明していませんので』

「……ようやく倒したと思ったら、爆発しちゃったからね。スラの時みたいに』


 そう言われて、歩は思い出す。

 いつか見たおっちょこちょいマキナドール・スラの最終決戦で、黒盗賊と名乗るサイボーグは跡形もなく爆死していた。

 黒盗賊も、黒騎士も、意匠や手口は違えど、悪事を働くサイボーグである。

 その名前といい、何某かの作意を感じずにはいられなかった。


『マキナドールは代々、黒色のサイボーグとの決戦を果たし、その一年間の任期を終えます。華々しい活躍の結実が、人々の安寧と平和であることを象徴しているのです』

「その後も、アイドルとか業界人とか、色々なお仕事してるんだけどね。マキナドールとしては卒業、って感じかな」

「そう、なのか……?」


 ごく自然と語られるその歴史に、歩は首を傾げる。

 確かにその活躍は華々しく、美しいものだろう。

 しかし、その一年の結実は、他のマキナドールの登場と――新たなる黒のサイボーグの登場によって、無残にも踏み散らされている。

 ヘレナが掴み取った平和な未来も、新たなる活躍に追いやられてしまったのではないか?

 それを華々しいものと捉えることに、歩は疑問を抱かずにはいられなかった。

 まるで、マキナドールが“消費”されているような、そんな気がしたのだ。


「でも、黒騎士は蘇った……ヘレナがマキナドールとして、再活動した時に」

『はい。恐らく爆破したのは“人形”だったのでしょう。以前のマキナドールと対峙した黒術師なども、ロボットを遠隔操作し、傀儡としていました』

「うーん……それは、どうかなぁ」

「ヘレナ?」

「あれは、間違いなく黒騎士本人だったと思う。遠隔操作とか、VR操作(乗り移る)とかじゃ、絶対に出来ないくらい、殺しにかかってたから。今も、そうだけど……」


 RADIUSの提言に、ヘレナが反論を述べる。

 それはあやふやで、確たる証拠を持たない言葉だったが……戦闘に長けた者として、はっきりとした認識を持った発言でもあった。


「VRとかで意識を離すとね、動きが悪くなるんだよ」

「動きが、悪くなる」

「そう。人間の身体って、脳から動かしてるから……えぇっと、どういう理屈だっけ」

『単純に、伝達の遅さです。脳と身体が離れる分だけ、命令の伝達、結果の報告には時間がかかります』

「そうそう。だから私も、操作はしないでいるんだけど……歩くん?」


 歩は疑問というよりも、はっきりとした怖気を感じながら、大丈夫だと頷いた。

 黒騎士という男が、まるで亡霊の様に感じられたのだ。

 その意図は不明だが、はっきりと悪性を帯びていて、ヘレナの首を虎視眈々と狙っている。

 それが恐ろしくてたまらなかったのである。恐怖の原因が、わからないままに。

 身を切る寒さと怖気に、彼がぶるりと震えると、ふいにRADIUSが遠方を指し示した。


『……目標のサーバーは、彼処です』

「えっどこ?」

「あれは……デカいな。まるで城だ」


 そこは、ビルと工場が連結した、複合工業地帯(コンビナート)であった。

 数十年前の大企業が建てたものであろうそれは、今では錆と土埃に覆われた、巨大な廃墟に過ぎない。

 しかし、そこに黒騎士の手がかかっていると考えると、歩は空恐ろしく感じられるのだった。


「……行こうか。何処から入れる?」

『周囲の壁は強化コンクリート製のようです。門を壊すのが手っ取り早いですが……比較的新しい建物のため、無人セキュリティが活きているかもしれません』

「システムに、繋げられそうか?」

『……ERROR(エラー)。このシステムは何者かの制御下に置かれています。捜査権執行、権限解析……当コンビナートを廃棄した企業のものではありません』

「よし、当たりだな」


 言うが早いか、歩は強力接着剤と瓦礫を手に壁に向かう。

 警備ロボットが出てこないことを確認してから、彼は瓦礫と壁を接着剤で接合し始めた。


「ヘレナ、フリークライミングは得意か?」

「ふふん……私、マキナドール・ヘレナの最高記録は、上東京の下からてっぺんまでなのです!」

「じゃ、楽勝だな」


 冗談めかしながら、歩はするすると十メートルはある大壁に、取っ掛かりを作っていく。

 市販の強力接着剤の中でも即時性、接着力に優れたそれは、歩がコンクリート壁など、釘を打てず磁力も効かない高所へ登る為によく利用する品であった。

 ヘレナも歩の目的を正しく理解して、歩の視界とRADIUSの誘導を受けながら、持ち前の膂力で登っていく。

 その早さはまるで壁を駆けるようで、時折二段三段も飛ばしながら、歩のかけた時間の半分ほどもかからずにてっぺんまで登りつめていた。


「とーっちゃく!」

「これ、ヘレナにおぶって貰った方が早かったかなぁ」

『エネルギー節約はいいことです』


 ひゅうひゅうと風を感じながら、歩達は工場の奥を見やる。

 暗がりに何か動いたような気もするし、そうでない様な気もする。

 不明の闇が如何に恐ろしいか、それを改めて認識させるようであった。

 だが、それでも。


「……じゃ、いこっか! つかまって、歩くんっ!」

「……おう!」


 二人ならば、そしてRADIUSもいれば。

 乗り越えるのはきっと、難しくない。

 そう確信を持って、ヘレナは歩を抱きかかえ、工場内へ急降下した。


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