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機構少女の専属整備士(マキナドール・クラフトマイスタ)  作者: ハシビロコウ
Stage.3《THE BLACK KNIGHT》
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3.停止する天上天下


 下東京が日に照らされるのは、日の出と夕暮れだけである。

 故にこの大地は、常にひんやりとした空気がある。

 歩は暖かな日差しのある上東京も嫌いではないが、歩はこの下東京の空気が好きだった。


「……これが、下東京……」

「ヘレナは、見るのは初めてか?」

「うん。此処に来たのは、これで二回目だから」


 歩の視覚を通して“感じる”風景に、ヘレナは驚きの表情を見せる。

 一度目は歩と初めて出逢った時なので、彼女が下東京を見るのは、これが初めてである。

 その初めての光景は、彼女にとっては一度も見たことのない光景だった。


「……凄い。こんなの、ゲームでも見たことないよ」


 ヒビ割れたコンクリートの大地からは、当たり前の様に様々な植物が生えている。

 建物を覆う様に草樹が生い茂り、それらを押し潰す様に、ゴミの山が点々と存在していた。

 かつての二〇〇〇年代では、チェルノブイリという遺棄地区が三十年の時を経て、自然の楽園と化していた。

 下東京もチェルノブイリと同じく、人の手から離れて三十年。

 日が当たらない為に植物の侵食は少ないが、それでも徐々に、自然が蘇りつつあった。


「まぁ、ここらへんは軌道エレベーターが近いから、お日様が当たりやすいからな。綺麗だと思うよ」

「他の地域だと、どう違うの?」

「草も生えない」

『笑えない話です』


 感動すら覚えていたヘレナに対し、RADIUSがドローンから投射する表情は良い物ではなかった。

 嫌悪の様にも見えれば、恥じた様にも見えるその横顔は、じっとヒビ割れたコンクリートを見つめている。


『下東京は工業地帯として再開発する筈でした。にも関わらず、その作業は未だ遅々として進んでいません』

「俺にとってはありがたい話だが……どうしてだ?」

『人がいないのです』


 別にRADIUSは、緑が嫌いな訳ではない。

 ただ、整備されていない物が苦手なだけなのだ。

 謂わば下東京は汚い部屋――実際に上東京からのゴミだらけで、お世辞にも衛生的とは言い難いのだが――であり、彼女はただそれを掃除したい綺麗好きなのだ。

 しかし、彼女は万能であるが全能ではなかった。


『下東京に工場を作り、製品を作ったところで、それを買うだけの人口がいないのです。だから、再開発の必要がない』

「人口……でも、上東京の人口って……」

『はい。三十年前から僅かに増加傾向にあります。しかし、それは私が三十年、手を尽くしてやっとのことです』


 RADIUSが赴任した三十年間、その中で執り行われた政策は多岐に渡る。

 その一部は国際的には賛否両論あるものの、その全てが上東京の繁栄に貢献してきた。


『上東京。あれは私の人生であり、私の理想であり、私そのものです。ですが、この十年で分かったことが、一つあります』


 彼女は天を、上東京を見上げて言う。


『上東京は停滞している。人も、企業も……私も』


 本体(かのじょ)上東京(そこ)にいるにも関わらず、RADIUSの発言は何処か遠くへ響いていた。


***


「……ふぅ。やーっと着いた」

「お疲れ、歩くん」


 カーゴバイクを走らせること、数時間。

 ヘレナを籠に載せて向かったのは、下太田区にある歩の工房であった。


「しっかし、浮遊自動車(ホバーカート)が使えないとはなぁ」

「ゴメンね。私、目が……」

「あー、まぁ、気にすんな」


 この様な原始的な移動手段――歩にとっての常用ではあるが――に頼らざるを得なかったのは、単に全員、車の運転が出来ないからである。

 ヘレナは盲目故に、RADIUSは技術的には可能だが、彼女が運転すると、その“入力(うんてん)”を黒騎士に察知される可能性があるが故に、だ。

 そして歩は……。


『歩様は、運転のご経験は?』

「足が届くと思ってるのか?」

『あらまぁ』

「それはそれは」

「お前らも似たようなモンだろっ!?」


 ……規定上、低年齢でも取得出来る身長に、達していないからだった。

 それは他の二人も同じだったが、機械に接続(アクセス)して運転可能なサイボーグ(ヘレナ)人工知能(RADIUS)には余り関係のない問題である。


『まぁ、自動操縦では黒騎士側の探知網(レーダー)に捕捉される可能性もありますので。歩様がこの様な移動手段を所持していたのは僥倖だったかと』

「……次はヘレナに漕いで貰うからなー」

「うん。任せて、歩くんっ」

「……おう」


 不貞腐れながら、少しだけ意地悪として仕事を押し付ける歩だったが、素直に頷かれてはどうしようもない。

 それ以上何も言えず、彼は嬉し恥ずかし、痛し痒しといった風にそっぽを向くのだった。


「それにしても……」

「あだっ」

「……ここ、スッゴいねーっ!」


 そんな彼の頭を、ヘレナは望遠鏡の如くぐりぐりと動かす。

 歩が視界を肩代わりしているのだから仕方がないが、今日の彼女は歩が潰れたロボットの如き声を絞り出しても気にしない程度に興奮していた。


「見たことない機械に……なぁに、これ! 面白い……机!?」

「うげ、あぁ、ヘレナをその作業台の上で、治したんだ……ぐぇぇ」

『ヘレナ。歩様がムチ打ちになってしまいますよ』

「おっと……えへへ、ごめんごめん」


 パッと彼女が手を離せば、歩の頭皮に再び血が通う。

 その勢いにふらつきながらも、彼は自慢気に頷いた。


「ま、まぁ、全部俺が直したり、組み立てたモノだしな。喜んで貰えて、何よりだ」

『……コレを、全てですか』

「あぁ。上手く行く様になったのは、先代のコイツを買ってからだけどな」


 そう言いながら、歩は手袋型立体形成機(ハンド3Dプリンター)を撫でる。

 RADIUSに経費で購入して貰ったソレは、紫色の最新モデルだ。

 扱えるモノも作れるモノも、以前使っていた緋色のモノよりずっと増えており、歩はショーケースに飾られたソレを、いつも帰りに眺めていたものである。


「……うぅん。先代みたいな、鋭利社の尖った性能も好きだけど……やっぱr.U.r社の万能感はヤバいよな。何より、フォルムの機能美が……」

「……RADIUS。歩くんって、腕フェチとかだったりしないかな」

『もしそうであっても、貴方の腕なら問題ないと思いますよ』


 やや不安気に相談する二人にも、恍惚とした表情の歩は気付かない。

 とはいえ、恍惚では腹も膨れないので、歩は早々にそれを打ち切る。


「まぁ、工房見学は後にして。今は、飯にしようぜ」

「うん。そうしよっか」

「良い缶詰があるんだ。まだ、傷んでない筈……ヘレナ?」

「ん?」


 ふと、歩が振り返ると。

 ()()()()()()ヘレナが、ぱちくりと瞬きをしていた。

 ぷらぷらと揺れる手のひらを見て、歩はぎょっと目を剥く。


「な……け、経年劣化!?」

「ひどい!」

「クソ、もうちょっと細かく診るべきだったか! あぁ、悪いヘレナ。俺、そんな、ヘレナがそんなに……ボロくなってるなんて!

「更にひどい!」


 あんまりにもあんまりな物言いに、ヘレナは泣きそうになる。

 尤も、泣きたくても涙は出ないのだが、ヘレナの動作が充分にその旨を物語っていた。


「ちょ、ちょっと歩くん! 私別に、壊れてなんかないよ!?」

「ヘレナ、無理すんな!」

「してないよ!? やめてよ! ババァ扱いはやめてよっ!?」

『お二人共、落ち着いて』


 待っていたのか、それとも眺めていたのか。

 絶妙なタイミングで仲裁に入ったRADIUSのお蔭で、二人はゼイゼイと息を吐きながらも、口を動かすのを止めた。

 そんな二人を敢えて気に留めず、RADIUSは音声を発する。


『ヘレナは経口摂取以外にも、栄養を補給出来るのです。例えば、手首から』

「そう……そう! 私、中古品(ババァ)じゃないからね! 違うんだからっ!」

『落ち着いて。サイボーグ用の栄養カプセルと水、それと電気さえあれば、ヘレナの様なフルボーグは、何処でも動作可能なのです

「古くない!」

『落ち着いて。フルボーグです。古ボーグではありません』

「そ、そうだったのか……」

『それは古ボーグが否かではありませんね? なら、よろしい』


 故障ではないと知り、歩はホッと胸を撫で下ろす。


 宇宙開発、災害救助、そして兵士。

 様々な要因で過酷な環境に身を置くフルボーグは、真っ当な食事の機会に恵まれないことが多い。

 その為、そういう時は小指の先程のカプセルを、一日一回、三錠程摂取すること、経口でなくとも摂取する器官を取り付けることが義務付けられていた。

 更に、栄養カプセルは上東京では保険適用内であり、お値段は一粒十三円程。

 給料日前は栄養カプセルのみで食い繋ぐフルボーグも少なくない……未だ泣き喚く、二十代のフルボーグ(マキナドール・ヘレナ)なども含めて。


 だが安心したとはいえ、歩が容認出来る事でもない。


「でも、ちゃんと食べた方が良いと思うぞ」

「うー……でも、歩くんのご飯でしょ?」

「ヘレナのソレは、ご飯とは言い難いだろ」

「それは……」


 歩の発言に、ヘレナも言い淀む。

 彼女にとっては慣れたものだが、確かにこの栄養カプセルは味気ないにも程がある。

 何せ味どころか、噛むことも出来ないのだ。

 ただ、口か手首などから()()()()だけ……本当に、()()するだけなのである。

 そんな事を許す程、歩は合理主義者ではなかった。


「友達にちゃんとした食事をさせない程、ケチじゃないっての。……ほら、良いから食べたいの選べよっ」

「う、うん……あ、歩くん」

「何だ?」

「……ありがと」

「……おう」


 お互いが照れ臭そうに、しかし嬉しそうに微笑む。

 そんな様を、RADIUSは慈しむように――いつまでも、眺めていた。


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