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機構少女の専属整備士(マキナドール・クラフトマイスタ)  作者: ハシビロコウ
Stage.3《THE BLACK KNIGHT》
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1.政治家達の取り調べ


 伊須都歩は同じ夢を見る。

 失った夢、掴めなかった夢、逃げ出した夢。


 総じて、悪夢。


 その大元が妄想(ゆめ)現実(うつつ)か、最早歩には分からない。

 下東京での過酷な十年は、それを思い出の奥底に沈めてしまった。


 ただ、歩は悪夢の中で誓う。

 もし、もし、もう一度。

 得られたなら、掴めたなら。


「今度は……絶対に、逃げないから……っ」


 呻きと共に吐き出された誓いは、乾いた喉を苛んで。

 今日も歩は、咳き込みながら起き出した。


***


「……だーかーら! 知らんのだ、何もッ!」

「嘘つくと針千本飲ますぞ、オッサン」

「知らんと言ったら知らん! さぁ、フグ刺し持って来いッ!」

「それじゃハリセンボンだよ……」


 電磁牢越しにぎゃいぎゃいと喚く男、江部灰尊に、二人は呆れて溜息を吐く。

 まだまだ時間がかかりそうだと、RADIUSは面会時間の延長を申請した。


 此処は上葛飾より更に上空に存在する、浮遊拘置所“東拘”。

 上東京全域の犯罪者を隔離する、所謂刑務所である。

 その管理はRADIUSの協力もあり、囚えた者は絶対に逃がさないと評判である。

 この難攻不落の牢獄で、灰尊は懲役刑に服しているのだ。


 そんな彼から情報を得る為に、歩達はこの施設へ赴いたのである……が、その成果は未だ見えていない。


『知っている事は話すべきですよ。貴方は今のところ模範囚ですし、早期の仮釈放もあり得ます』

「フン、知らんものは知らん。それに出所したところで、賠償請求の借金地獄だ。御先真っ暗なのだから、無理に踏み出す気はせんわ」

『金銭なら私が立て替えましょう』

「好敵手に金を無心する政治家が何処におるかぁっ!」

「このオッサン面倒くせぇ!」


 RADIUSの説得にも、頑固な灰尊は耳を貸さない……どころか、益々頑なに情報提供を拒む。

 いっそ張り倒してくれようかと考える歩であったが、ヘレナが一歩、前に進み出ることで、その考えを霧散させた。

 彼女は真剣な表情で、灰尊の眼前に迫る。


「何か、些細なことでも良いんです。“黒騎士”について、知ってる事を教えてくれませんか?」

「……奴のことなら、貴様の方が良く知っているだろう」

「いいえ、何も。拳で語れることは、意外と少ないんです」

「脳筋め」

「鍛えられるところ、脳しかありませんから」


 灰尊の暴言にもヘレナはくすくすと笑いながら、ジョークで返す。

 その愛らしい姿とは裏腹に、彼女は大人びた言葉遊びが好きなのだ。

 そういったお姉さんらしさもまた、マキナドール・ヘレナの魅力である。


「……こういう時は美人に見えるんだけどなぁ」

「あーゆーむーくーん?」

「何も言ってないでーす」


 しかし、歩の前では、何故かヘレナは子供っぽく振る舞う事が多い。

 それが彼女の素なのか、それとも歩に合わせているのか。

 考えれば考える程、歩は照れ臭いやら納得いかないやら、複雑な気持ちになり、ぶす、とした顔で粗茶を飲み干すのだった。

 そんな彼に、灰尊は苦笑を零しながら言う。


「何だ貴様ら。歳相応の顔も出来るのではないか」

「……悪いかよ」

「悪いものか。子供が子供らしく笑えることの、何処が悪い」


 無駄に尊大だが、その顔は歩を軽んじはいなかった。

 寧ろ何処か安心した様な、今迄でずっと穏やかな眼差しに、歩はたじろぎ、ヘレナはくすくすと笑った。


「何を笑っとる。貴様もだ、マキナドール」

「……え、私も? そんな顔してます?」

「おう。歳相応どころか、十歳は若返って見えるな。まるで少女だ」

「正に少女ですよ」

『ダウト』

「ギルティ」

「少女なんですっ!」


 もう、とヘレナが憤慨して見せれば、三者三様の笑い声が上がる。

 一頻り大笑すると、灰尊は落ち着いた様子で話し始めた。


「良いだろう、私が知っていることは余りにも少ないが、それで良ければ話してやる」

「……どういう風の吹き回しだ?」

「個人的に満足したのだ。その礼だと思っておけば良い」


 相も変わらず傲慢な物言いで、灰尊は茶を啜る。

 しかしその瞳には、元政治家らしい確かな意志を歩に感じさせた。


「私が奴、黒騎士と出会ったのは、旧式の連絡網でだ」

「連絡網?」

「上東京が無かった頃に使われていたIRCだ。鯖なんてとっくに無いものと思っていたから、私も驚いた」

「……魚がどうしたって?」

「一昔前の表現(スラング)だよ。サーバーだから、鯖」

「あぁ、成程」


 ヘレナの補足に、歩はぽんと手を打つ。

 上東京とは違い、下東京はRADIUSにあまり管理されていない区域だ。

 黒衣の騎士の様なテロリストが、拠点として使うにはうってつけだろう。

 電子メモ帳を利用しながら、歩は灰尊の話を傾聴する。


「最初は何の冗談かと思ったが……不覚にも、奴の甘言に惑わされてしまってな。協力すると返事した次の日には、上東京の外郭で……」

「……あの装置の受け渡しをしていた?」

「そうだ。“スイッチ一つで、RADIUSを屈伏させられる”と言われてはな」

『それ程までに脆弱になった覚えはありませんが、確かにアレを中枢で使用されたら、少しだけ困っていたでしょうね』


 RADIUSの発言に、ヘレナは重々しく頷く。

 彼女、RADIUSを屈伏させるということは、この上東京全てを支配するということに他ならない。

 それはこの都市国家“上東京”の弱点であり、絶対にあり得てはならない事象であった。


「RADIUSさえ支配すれば、愚かな民衆は全てが市民の意志を蔑ろにした洗脳だったと気付く。お前が正しかったのだと気付くだろう……」

「黒騎士は、確かにそう言ったんですね?」

「あぁ、間違いない。……私の心中に宿る、ドス黒い物を肯定された気分だった。あの男は、箸を使うより造作もなく、私を掌握してみせたのだ」


 灰尊は、酷く苦々しく頷く。

 彼としても、この結果は極めて不本意なのだろう。

 人々を導く政治家である彼が、テロリストである黒衣の騎士に支配される。

 それは彼の尊ぶ“人の意志”の敗北に他ならないのだ。

 にも関わらず、灰尊は屈し、暴虐を振るった。

 これは黒騎士が、卓越した人心掌握術を使えるという証左であった。


「貴様らなら大丈夫だろうが……他の市民がそうとは限らん。注意することだな」

「はい。……RADIUS」

『対症療法ですが、注意喚起はしておきましょう。警備の厳重化も急務と判断します』


 ヘレナの真剣な声に、RADIUSも淡々と返す。

 その裏では既に動かせる機構(システム)を、粗方稼働させているのだろう。迅速な対処の出来る政務官としては、RADIUSの右に出る存在はないのだから。

 確信にも似た信頼と共に、ヘレナは頷き、立ち上がる。


「……今日はここまでにしましょう。また来るので、しっかり更生してくださいね?」

「フン、暇人め。次は茶菓子の一つでも持ってくることだな」

「経費で落ちたらそうします」

「じゃぁな、オッサン。風邪引くなよ」

「貴様もな、坊主」


 ヘレナに促され、歩も退室する。

 取調室に残るのが、ホログラムのRADIUSと灰尊だけになった辺りで、彼は不意に呟いた。


「……RADIUS」

『はい』

「あれが、お前の守りたい物か。お前が、願っていた物か」

『はい』

「……なら、きちんと守れ。子供の未来を守るのは、政治家(おまえ)の役目だろう」

『……はい』


 その表情をぴくりとも動かさず、RADIUSのホログラムは消え去る。

 簡素で、素っ気のない二文字の言葉たち。

 しかしその返答は、今迄聞いたどんな返答より、確固たる信念が宿っていたと灰尊は感じていた。


「……祈る他ないとは、老いたものだな」


 自嘲する様に呟かれた言葉は、誰にも聞こえることなく。

 殺風景な牢獄に響いていた。


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