4.ボス・アタック
三十センチはあろうかという大鼠が、勢い良く跳びかかる。
「っと!」
歩はそれをなんとか避ける。
先程盾で受けた時は、勢いが強過ぎて仰け反ってしまったからだ。
素人同然の大きな動きであるが、そこに追撃をかけられる程、大鼠も素早くはない。
「今だよ、歩くんっ!」
「おうっ!」
ヘレナが一声かければ、歩もがむしゃらに大鼠へと跳びかかり、むんずとその首筋を掴む。
「えいっ……えいっ!」
『おー』
「な、なんか、慣れた手つきだね?」
「ネズミ駆除は、よくやるから……なっ!」
そうして剣の柄で叩くこと、一度、二度。
三度目で大鼠のHPは尽き、アイテムを残して消え去ってしまった。
「……ふぅ。現実だったら、首の骨に一発で終わるんだけどなぁ」
『ともかく、これでチュートリアルの大鼠十匹はクリアですね』
「お疲れ様、歩くんっ!」
「へへへっ」
得意気にピースサインをする歩の元に、ファンファーレと共にディスプレイが現れる。
クエストクリアの報酬が支払われたことと、レベルアップしたことの知らせであった。
『レベルアップ、おめでとうございます』
「歩くん、何を上げるの?」
「まぁ、ちょっと決めてある」
“超幸福RPG(仮)”はレベル制となっており、レベルアップにより身体能力の強化の他、与えられたSPで各種スキルを取得、強化することが出来る。
草原に出る前に色々調べていた歩だが、調べる内に、これ、と思うスキルを見つけていた。
ヘレナが覗き込める様に、歩は少し高い位置にディスプレイを動かす。
「生産スキル?」
「うん。縫製とか鍛冶とか、何作れるかなって気になってた」
「へぇー。歩くん、根っからのクラフターさんだねぇ」
「まぁ、それが本職だしな」
持っているSPを全て一通りの生産スキルに割り振ると、満足気に歩は頷く。
やれることが増えるというのは、歩にとって、とても嬉しいことだった。
何が出来るだろうか、と思った所で、RADIUSが口を挟む。
『生産スキルでしたら、この草原エリアで一通りのことが出来ますね』
「そうなのか?」
『はい。まずは“石ころ”と“木の枝”、“草”を採取しましょう』
「お、おう」
歩は言われた通りに石ころや木の枝を拾い集め、草を引っこ抜く。
すると、手に握った傍から、それらは消え去ってしまった。
代わりにアイテムボックスには、拾った数の素材アイテムが入っていた。
「……リュックがいらないって、何か変な感じだな」
「手持ち無沙汰?」
「そんな感じ」
『かといって、嵩張るのも大変ですからね。重量制限やインベントリの限界は、特に設けていません』
「なんだかなぁ」
現実での苦労は一体、と思いながらも、歩はディスプレイを操作し、アイテムボックスから素材を取り出す。
……寸分違わぬ形、大きさの素材達が手のひらに収まり、歩の違和感は更に増した。
「……」
『鍛冶スキルならば鍛冶用ハンマー、縫製スキルなら縫い針など、様々なツールが必要ですが、今回は工作スキルを使用しましょう』
「……どうやるんだ?」
『ツールキットで素材を叩いてください。必要条件を満たしていれば、指定した道具が生産されます』
「…………」
言われるがままに、歩はツールキットで素材を叩く。
忽ち、素材が光輝き……簡素な石斧が生産された。
それを暫し眺め、歩は一言。
「…………なんか、違う」
『えっ』
「なんか思ってたのと違った……」
「あらら……」
しょんぼりと、歩は石斧をアイテムボックスに戻す。
歩は元々、廃材から一つの家具を作り出したり、手工業や手工芸に取り組んだりと、本格的な“ものづくり”を行う少年である。
確かに叩くだけで石斧一つを生産するのは凄いし楽なのだが、それだけではまるで物足りなかった。
手頃な石や枝を探し、草や蔓で紐を作り、結びつける。
そういった、二一〇六年の人々がやりたがらない“面倒な工程”を期待していたのだ。
「……俺、生産スキルはいいや……」
「ま、まぁ、指が治ったら現実で楽しめば良いしね!」
『そ、そうです。スキルポイントの振り直しは、一定時間内なら可能ですから、他のスキルに割り振ってしまいましょう』
「うん……」
項垂れた頭を撫でながら、ヘレナとRADIUSは歩を慰める。
傍から見れば美女と美少女に慰められるという羨ましい光景であるが、気落ちした少年には今一つの様だった。
肩透かしな気持ちは、歩の気持ちをいつまでも萎えさせていた。
――彼の背から、凄まじい怒号と破砕音が響くまでは。
***
「……な、何だっ?」
「RADIUS、これって……」
『珍しいですね。こんなところでレイドボスとは』
音がしたのは、草原の遥か向こうからであった。
遠目ではよく分からないが、大人数が何かを取り囲み、戦っているのである。
まるで日本史の授業で見た合戦の様だと思いながらも、歩はRADIUSの呟いた言葉に首を傾げた。
「レイドボス?」
『大人数で戦える敵NPCです。強力な能力と、独自A.Iを搭載した物が多く、拠点への襲撃以外は何をしてもおかしくはありませんが……』
「この草原でポップするなんて聞いたことないなぁ。連れて来ちゃったのかな?」
彼方の戦場では、相も変わらず矢に魔法、銃弾などが飛び交う音が聞こえる。
やがて、一瞬だけ。人の囲いが解けた時。
『――マキナドール』
囲いの奥から漆黒の瞳が、ヘレナ達を睨みつけた。
「――なっ」
「“聖なる壁”!」
それは、一瞬のやり取りであった。
風より疾く駆けるそれに対し、ヘレナは錫杖を振るい、念じる。
高レベルの神官スキルの持ち主が放つ、最も堅き結界“聖なる壁”。
瞬く間に展開したそれの中心へ――勢い良く銃剣が突き刺さった。
「……お前はっ!」
「黒、騎士――!?」
『――Cruuuaaaaaaaaaa――ッ!!」
銃剣を引き抜き、黒騎士は吠える。
彼が迷いなく引き金を引けば、“聖なる壁”は儚く破れ、崩れ去った。
視界の端に映るインフォメーションには、“レイドボス:黒騎士 Lv.???”と記されているが、その威容は間違いなく、ヘレナが見てきた黒騎士そのものである。
「RADIUS、どういうことッ!?」
『……他の企業が製作したレイドボスでしょう。精巧な出来ですが、本物ではありませんね』
「にしたって、どうして私達のトコに……くぅっ!?」
『Ooooooo――ッ!』
現実で積み重ねた武道、その一端である杖術を駆使し、ヘレナは黒衣の騎士の攻撃を捌く。
しかし現実ならいざ知らず、電脳空間におけるヘレナの身体能力は常人より少し強い程度である。
辛うじて抵抗出来るのは、この黒衣の騎士が理性を投げ打ち、迸る狂気のままに銃剣を振るっているからだ。
理性と技術をフルに使われていたら、どうなっていたか。
湧き上がる怖気を振り払いながら、ヘレナは必死に錫杖を振るう。
「RADIUSは手助けとか出来ないのかっ!?」
『申し訳ありませんが、私は運営側なので、プレイヤー一人への手助けは出来ません。このアバターも、ゲーム的な戦闘力は設定されていません』
歩やRADIUSは狙われていない様だが、その圧倒的な実力差から、歩は歯噛みすることしか出来ない。
RADIUSも、制約のある電脳空間内では全能とは言い難く、冷静に状況を分析することしか出来なかった。
『幸いにして、HPは減っている様です。攻撃を加えれば撃破出来るかと』
「こっちが撃破されそうなんですけどっ!?」
『……気合いで』
「精神論!?」
案外余裕があるのか、それとも平常運転なのか。
口だけはコントを繰り広げているヘレナの下に、歩が飛び出す。
「――おぉっ!」
『Cuaaaッ!?』
歩は黒騎士に体当たりを仕掛ける。
大柄な黒騎士は、歩の体当たりを受けてもびくともしていないが、それでも必死に掴みかかられては銃剣を振るい難い様であった。
「歩くんっ!?」
「……今日は、俺がアンタを守る側だっ!」
これはゲームだ。
死んだところで多少所持金が減る程度であり、命が失われる訳ではない。
しかしそれでも、ヘレナにただ守られている気は、歩にはさらさらないのだ。
「吠えるだけの鎧なんて、全然怖かねぇっ! HPが無くなったくらいで、俺が諦めると思うなよっ!」
「……もう、やんちゃさんなんだからっ!」
歩の作った僅かな隙を、ヘレナは熟練の杖捌きで穿つ。
ただ、動きを封じ、生き延びる時間を作る為に。そして――。
「――すみません、遅くなりましたッ!」
――本来の“プレイヤー”が、駆けつけるまで。
「遅いッ! ……必殺技は!」
「打てますッ!」
「OK、全力ブチかましてッ!」
「了解!」
ヘレナの怒号に怯むことなく、その少女は大剣を振りかぶる。
大剣はそれに応え、青く刀身を光らせた。
ヘレナが歩とRADIUSを抱え、大きく跳び退った、次の瞬間。
「――プラズマ……スマァァ―ッシュッ!!」
『Goooooaaaaaaaa――――……!?』
閃光剣・プラズマイオスが、その刀身に蓄えた雷を解き放ち、黒衣の騎士を両断した。
歩が何時かの映像で見た光景と、寸分違わぬ威力であった。