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機構少女の専属整備士(マキナドール・クラフトマイスタ)  作者: ハシビロコウ
Stage.EX《Massively Multiplayer Online》
19/40

3.※最低限の歩行補正は保障されています


「…………ヘレナ?」

「…………歩、君?」


 歩は複雑な表情で彼女を“見上げ”ていた。

 ヘレナもまた、複雑な――どちらかと言えば驚きを多く含んだ――表情で、歩を“見下ろし”ている。

 現実ではあり得ない身長差。

 現実ではあり得ない体躯。

 現実ではあり得ない、プロポーション。

 とどめに。


「……い、幾らなんでも、盛りすぎだろ!」

「も、盛ってないもんっ! これがリアルだもん!」

『電脳空間ですが』


 豊満な胸部装甲……俗に言う、大きなおっぱいが、ティーン・エイジャーたる歩の精神を揺さぶっていた。

 ショックのあまり、歩は半狂乱になって叫ぶ。

 その叫びにショックを受けたヘレナが半泣きで言い返しても、観衆の注目を集めるだけであった。


「ぐるるるるるぅ……」

「な、何? ワンちゃんみたいに呻らないで?」

「がうっ!」

「日本語で話して!?」


 怒りのあまり吠え立てる歩であったが、無理も無い。

 それ程までに、ヘレナの外見(アバター)は現実と剥離していたのだ。

 輝かく金糸の髪や、透き通る肌など、顔などのパーツは特に変わっていない。しいて言うなら、少し濁っていた青灰色の瞳が、透き通った水色となっているくらいだ。

 違うのは、全体的なサイズである。


「身長が違う……」

「そ、そりゃ十三歳ボディのままは侘びしいし……」


 まず、歩の知っているヘレナは、見上げる程大きくはない。

 その背は一七〇センチ程はあるだろうか。歩より一回り小さい現実と比べれば、その変化は著しく、歩にとっては羨ましい。


「身体付きだって違う……!」

「だ、だって元のまんまだとバレやすいんだもん……」


 次に体躯であるが、手や足が人のものであるのはともかくも、その肉付きは現実とは大きく異なる。

 戦闘における効率化を突き詰めたスレンダーボディは、男好きのする豊かさを得ていた。

 歩に追い立てられる度に揺れる臀部は豊穣であれども、腰は細く、上品さを感じさせる。

そんなナイスバディ道行く男達の目を惹くのが、堪らなく歩の癪に障った。


「……でも、む、む、胸は盛ってるだろっ!」

「うぅっ、そこは反論できないっ!」

『躯体は成長しませんからね』


 最後に、胸だ。

 嘆きの平原(まないた)は魔法の如く盛り上がり、豊穣、いや豊満な霊峰(メロン)となっていた。

 幼き天使として愛想を振りまいていた相棒は、電子の海にて魅惑と慈愛、そしてバブみを齎す女神と化していたのである。

 歩には信じ難く、そして抗い難い姿であった。


「返せ! 俺の気遣いとかそういうのを返せ!」

「い、良いじゃんちょっとくらい! 歳相応の姿だよ!?」

『ヘレナが本来の成長を遂げた姿を演算した結果が、歳相応の姿と言うならそうでしょうね』


 歩は顔を真っ赤に染め上げてそっぽを向こうとするが、ティーン・エイジャーの脆弱な理性が、獣の本能に抗える筈もない。

 あれは偽物、あれは偽物と呟くも、現実との類似点を見出す度に、彼の心臓は激しく音を鳴らすばかりだった。

 反して、ヘレナは急にションボリとして、歩を見下ろす。

 その顔は不安そうに歪み、瞳は物憂げに揺れていた。


「……もしかして、イヤだった?」

「…………あぁ、もう」


 その言葉に歩は我に返り、がりがりと頭を掻く。

 そうして、そのまま手をヘレナに伸ばし。


「……嫌なら帰るに決まってるだろ」


 ぎゅっと、彼女の手を握った。

 目を瞬かせるヘレナに、歩は顔を更に赤くしながら、ぶっきらぼうに言う。


「え?」

「ほら、行こう。お店とか見てみたいんだ」

「……うんっ!」


 その不器用な優しさが、堪らなく嬉しくて。

 ヘレナはその手を、固く握り返した。


***


「いらっしゃいませー」

「おぉ、すごい。電子音声じゃない」

「何か嬉しいよねぇ、こういうの」


 店内に入れば、明るい肉声が返ってくる。

 それが何ともこそばゆくて、歩とヘレナは顔を見合わせて笑った。

 此処は“r.U.r武装販売店”。

 名前から察する通りr.U.r社が自社で開発した武装データを販売している、所謂“課金プレイヤー御用達”店だ。

 r.U.r社を始め、この公営MMO“超幸福RPG(仮)”でも多種多様な企業が運営に参加している。

 勿論、自社でMMOを運営する企業もあるが、法さえ守れば何があっても政府(RADIUS)が保護してくれるという信頼性は、企業にとって何よりも捨て難い甘味であった。

 二〇〇〇年代に構想があった公営カジノよりクリーンであり、技術の発展余地がある公営MMOは、企業としても人々としても歓迎すべきサービスなのだ。

 しかし、態々r.U.r社の店へ入ったのは、それを教える為ではない。

 ヘレナにとって、見知った顔がいるからだ。


「……あら、RADIUSさん! 今日はどうなさったんです?」

『ハロー、マリウス。今日は公務ではなく、遊び(オフ)です』

「あらあら、公務は二十四時間営業ではなくて?」

『このゲームでは一日七十二時間ですから、四十八時間は本来残業ですよ』

「あらあらあら。労働基準法は良いんですの?」

『私が法律です』

「あらあらあらあら」


 おっとりと笑うのは、深草色の着物を纏う女性であった。

 大和撫子と言うべきなのか。艶やかな黒髪を、後ろで軽く纏めただけにも関わらず、その色気はヘレナのそれを遥かに凌駕する。

 そのちらりと見える首筋には、男が齧り付きたくなる“うま味”があった。

 気恥ずかしさから逃げ出そうした歩の腰に手を回して、がっちりと抱きとめながら、ヘレナはもう片方の手を振る。


「マリウス、久しぶりっ」

「あらぁ、ヘレナさん! お久しぶりで……あら、そちらの男の子は?」

「歩くんだよっ! 私のパートナー!」

「……どうも」

「あらあら。可愛らしい整備士さんですわねぇ」


 マリウスと呼ばれた着物の女性は、ぶっきらぼうな歩に対しても丁寧にお辞儀を返す。

 穏やかに細められた垂れ目は、何処か人を落ち着かせ、頑なな態度を和らげる効果があった。


「私はマリウス。この店の店長をやっている……元、マキナドールです」

「……ヘレナと同じ?」

『マリウスは三代目マキナドールです。本人の希望により、此処に配属となりました』

「r.U.r社さんとはフランチャイズな関係ですわ。どうぞ、よしなに」


 マキナドールは十人いる。

 歩が知っているのは相棒である戦闘機人ヘレナと、映像で見た少女騎士スラ。マリウスはこれで三人目である。

 しかし、朗らかな彼女からは、ヘレナやスラの様な強者というイメージは湧かなかった。

 イメージと肩書の違いに歩が首を傾げていると、マリウスがくすくすと笑う。


「あらまぁ、歩さんは、マキナドールにはお詳しくないのかしら?」

「……悪かったな、無知で」

「いえ、良いんですよ。ただ、一つ憶えておいてくださいね?」

「何を?」

「ふふ、それはですね……」


 マリウスは少し屈んで、歩の手を握る。

 子供扱いされて悔しい様な、その柔らかい手にときめく様な気持ちを抑えながら、歩はゆっくりと顔を上げた。

 ぎょっと目を剥いていたヘレナをよそに、マリウスはとても優しい眼差しで言う。


「……貴方のパートナー、ヘレナさんは私の先輩で……とっても素敵な人、ということですわ」

「お、おう」

「だから、しっかりとサポートしてあげてくださいね?」

「……わかった」


 その優しさの奥にある、真摯さに、歩は確りと頷いて返す。

 それに満足気に頷くと、マリウスは羞恥に身悶えするヘレナをよそに、さて、と話を切り替えた。


「本日は如何なご利用でしょうか? 当店は冒険に必要な物を全て取り揃えております」

「えっと……こういう時は、何買えばいいんだ?」

『歩様には、初心者用の装備を一式。後、回復剤(ポーション)などと、鍛冶道具なども一通り揃えておくと良いかと』

「成程。じゃぁ、そんな感じで頼めるか?」

「はい、畏まりました。暫しお待ちを」


 マリウスは一礼すると、サッと奥へ引っ込む。

 こういった“手作業”の演出も、サービスの一貫なのだろう。

 注文してすぐに提供される現実とはまた違った時間を楽しみながら、歩はヘレナに話しかける。


「いい人だな」

「ねー。でも、アレで可愛いもの大好きだから、もしかしたら歩くんのコト、気に入っちゃったのかも」

「おい、それはどういう意味だ?」

「いやぁ、実際に見てみるとホント、歩くんは可愛いなぁ! ちんちくりんで! ちっちゃくて!」

「なんだとこの全身改竄女!」

「えー!? 褒めたのにひどーい! 褒めたのにー!」

「ちっとも褒めてねーよっ!」


 片や撫でようと、片やそれから逃れようとしながら、いつもの様に漫才を始める二人。

 現実でも電脳空間でも、ちっとも変わらない光景を、RADIUSは実に珍しく、実に楽しげに見守っていた。


***


「……おぉ……!」

「んー、いい風! いい空気! いつもそうだけど、抜群のピクニック日和だねっ!」

『最新技術を使った、環境再現システムを搭載しております。お二人の五感で感じているものは、およそ現実のソレと遜色ありません』

「いやぁ、現実のより、ずっと綺麗な気もするけど……スゴイなぁ、コレ」


 買い物を終えた歩一行は、最初の街の外にある、草原エリアへと来ていた。

 VRMMOはマリウスの様に店員として勤めたり、独自の商品開発をしてみたりと自由だが、やはり本分は戦闘にある。

 それを楽しむ為にも、歩は店で買った革鎧を着て、ショートソードと小盾を携えていた。

 そして今回は、腰にもう一つ得物を下げている。


「……銃刀法違反とかにはならないよな?」

「あはは、ないない」

『あくまでゲームですから。存分にお楽しみくださいね』

「といっても、剣も銃も初めて握ったからなぁ」


 そう、銃である。

 現実にある機械的で洗練された光線銃や実弾銃ではなく、やや無骨で古めかしい、フリントロックピストルであった。

 慣れない道具を手で弄びながら、歩はそれにしても、と話を続ける。


「ヘレナは何か、動きにくい服着てるな?」

「ローブのこと?」

「うん。もっと動きやすい方が、戦い方に合ってるんじゃないか?」

「……歩くん、私のコトなんだと思ってるのかな?」

『上東京が誇るアンティーク決戦兵器』

「絶対正面突破するウーマン」

「なにその……ってちょっと、RADIUSっ!?」

『ジョークです』


 聞き捨てならない発言に、ヘレナはもう! と歩とRADIUSの頭を雑に撫で回す。

 一人と一体は笑いながらそのお仕置きから逃れていった。


「……別に、格闘家とか選んでも良いんだけど、スペックが合わないんだもん」

「スペック?」

『現実と電脳空間での、身体スペックの違いですね。ヘレナの場合は戦闘用サイボーグですから、その膂力は常人を遥かに超えて動ける様に設計されているので……』

「電脳空間じゃ、逆に思い通りに動かないんだよね。だから、回復職(ヒーラー)をやってるの」

「……成程なぁ」


 現実と仮想現実の剥離による影響は二〇〇〇年代から予想されて来たが、それ故に二一〇〇年では粗方対策が取られている。

 しかし、サイボーグ関係の技術との兼ね合いは、未だ難しいものがあった。

 それ故、フルボーグのプレイヤーは、あまり身体を使わない後衛職や生産職に回ることが多い。

 ヘレナの様に、「成長した姿」を取りたがるプレイヤーも多いので、この傾向は特に強かった。


「でもでも、回復は得意だから、傷付いたら私に任せてね!」

「おう、わかった。……じゃぁ、アレだ」

「ん?」

「その……」


 気恥ずかしげに、そっぽを向きながら、歩は呟く。

 ヘレナは知っていた。大抵、彼がこういう態度を取る時は――。


「……今日は、アンタを守る側だから。ちゃんと、守られとけよな」

「……うんっ!」


 ――自分(ヘレナ)にとって、嬉しいことを言ってくれる時なのだ。

 面映さと……どこか懐かしさを感じながらも、ちょっとだけ嘘をついたことを、心の中で詫びる。

 ここは最初の街から辿り着ける、最初の草原エリア。数々のプレイヤーが、此処から最初の冒険を始めたのだ。

 当然、出て来るエネミーもそれ相応で、歩が苦戦したとしても、そこそこ長い時間プレイしているヘレナにとっては敵ではないのである。


(ちょっとくらいは、お姫様気分でいてもいいよね?)

「あっ、鼠!」

「最初の敵だよ、がんばれっ!」

「おうっ!」


 銃を手に、歩は果敢に立ち向かう。

 それを微笑ましく見つめながら、ヘレナはそっと補助魔法を使った。


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