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機構少女の専属整備士(マキナドール・クラフトマイスタ)  作者: ハシビロコウ
Stage.EX《Massively Multiplayer Online》
18/40

2.たのしいたのしい待ち合わせ


 揺蕩う様な心地と、吸い込まれていく様な心地。

 その二つの感覚と共に、歩の意識は電脳空間に降りていく。

 彼が気付けば、そこは白塗りの床がいつまでも続く空間となっていた。

 病院着の様な白い服は、電脳空間における初期設定の服装である。

 どうやら、無事に接続出来た様だと、歩は一旦安堵し、辺りを見回す。


「ここは……」

『エディットルームです。歩様』


 辺りを見回す歩に、声がかけられる。

 声の主は彼の直ぐ側にいた。

 白亜の世界に佇む、白磁の少女。


「RADIUS」

『こうして間近でお会いするのは初めてですね。気分が悪い、思考が定まらないなど、電脳酔いの症状はございませんか?』

「あぁ。ちょっと眠気はあるけど」

『フルダイブされる方には、よくあることです』

「……もっと心配してくれたって、罰は当たらないぞ?」

『バイタルチェックは完璧ですから』


 落ち着き払った声に、歩はやれやれと苦笑する。

 体調管理が万全なのは事実であり、そう断言するのはRADIUSなりの、気を紛らわせるジョークでもある。

 コンピュータが完璧を断言する。世に言う“お約束”というものだ。


「で、エディットルームっていうと、何をするんだ?」

『アバター製作です。この電脳空間における貴方の外見設定を決定します。身長・体重……その他、顔のパーツ一つ一つまで拘ることが出来ます』

「へぇ……」

『極端な身長体重の変更でも、違和感を感じない様に此方が補正をかけますので、ご安心を』


 目の前に出現した姿見を見て、歩はふむ、と考える。

 電脳学校ではこういった設定は出来なかったので、少し新鮮であった。

 コンプレックスでもある身長を補強する絶好の機会だが……。


「……まぁ、外見はこのままで良いだろ」

『よろしいのですか?』

「極端に変えて、ヘレナが見つけられなかったら困るだろ。……現実じゃ俺の声と身長くらいしか知らないんだし」

『それもそうですね』


 現実では目の見えないヘレナも、電脳空間であればその限りではない。

 バイザーが彼女に視覚を齎す以上、ほぼ同じ仕組みであるVR内でなら、彼女は十全の状態で在れるのだ。

 それを技術者として理解しているだけに、歩は若干緊張している。

 ある意味、歩は今日初めて、ヘレナの前に姿を現すのだ。


「……幻滅されないよな?」

『大丈夫です』

「その根拠は?」

『ヘレナですから』

「……そうだな」


 緊張、そして僅かな期待と、大きな不安。

 それをゆっくりと飲み込んで、歩はエディットルームから退出した。


***


「……っと」

『ようこそ、“超幸福RPG(仮)”へ』

 エディットルームから抜けた歩達を待っていたのは、賑やかな街道であった。

 とはいえ、全面お化け屋敷の如き荒廃を見せる下東京の街道でも、色取り取りの広告と機械達、そしてRADIUSに包まれた上東京とも違う光景である。

 そんな光景に、歩はRADIUSと共に立っていた。


「なんか……なんだろう? とにかく……」

『ワクワクする?』

「そう、それ! こんな光景、見たこと無い!」

『世界観自体は平均的なファンタジーですが、お喜び頂けたなら幸いです』


 端的に言い表すならば、その光景は正に“剣と魔法のファンタジー”である。

 木やレンガ、漆喰で作られた建築物や、完全に木造の商店街。

 そこをローブや民族衣装、鎧兜を纏った人々が所狭しと動き回る光景は、電子書籍で知っていようとも、今の世代では決して見れない筈の光景であった。

 正に“異世界”とも呼ぶべきその街並みに、歩は暫し見惚れていたが、やがてヘレナとの待ち合わせを思い出す。


「そういえば、ヘレナは何処にいるんだ……?」

『前方二十メートル先に、待ち合わせ場所の広場があります。まずはそこに向かいましょう』

「わかった」


 RADIUSの誘導を受けて、歩は道なりに進む。

 街並みは海外の保存都市――旧来の都市を観光資源として保存したもの――にも負けない立派なレンガ造りだが、看板は殆どが日本語を記している。

 薬屋。武器屋。道具屋。簡単な表記の割に、その内装は客引きの為に拘り抜かれている。

 だが、何より歩の目を引くのは――。


「……なぁ、あの店員って、A.Iか?」

『いいえ。人間ですよ』

「マジかよ……」


 ――人間が、店員をやっているということだ。

 二一一六年の日本では、人間の店員による接客というのは珍しい。

 いや、そもそも人間が現場に携わること、それ自体が珍しいのだ。

 一次から三次産業までを機械が負担する現在、人間に必要とされることは、運営の舵取りである。

 人間の手作業、手料理などは、家庭における最上級の愛情表現であり、企業における最高級のサービスであり、日本における最古参の伝統であった。

 そんな日本の、上東京で。

 電脳空間とはいえ、“接客する人間の店員”に出逢えると思っていなかった歩は、ある種の感動に包まれていた。


『ふふ。……先にヘレナと合流して、後で見に行きましょうね』

「うんっ」


 普段の大人ぶった物言いも何処へやら。

 歳相応の、きらきらとした笑顔で、歩は目的地まで駈け出した。


***


 一方で、ヘレナは待ち合わせ場所である広場のベンチで座りながら、まだかまだかと待ち侘びていた。

 普段は彼女も“視覚”で楽しめる電脳空間だが、今は楽しんでいる余裕はない。

 一秒が六十倍に引き伸ばされた電脳空間ではあるものの、今味わっている体感時間の長さは、その百倍は超えていた。


「……うぅー。まだかなぁ、大丈夫かなぁ」

『ふふ。……もうすぐですよ、ヘレナ』


 RADIUSが連れて来るのは分かっているものの、あの歳若い整備士のことだ。

 この間だって、警察に絡んで半殺しの憂き目に遭いかけたのだから、マナーの悪いプレイヤーとトラブルになっていないかと、彼女は気が気でないのだった。


「うぅー……っ」

『ふふふ』


 そんな彼女に、RADIUSは珍しく笑っている。

 リソースの許す限り無数に分裂出来る彼女は、常に互いを同期しているのだ。

 歩の現状も、ヘレナの現状も知るRADIUS達にとっては、この有様は可笑しくて仕方がない様だった。

 現に他の――少数ながら、他のプレイヤーに同行しているRADIUSも存在する――RADIUSでさえも時に吹き出し、時に腹を抱え、RADIUS同士で悶え合っているのだから。

 そうまで一頻り笑われても気にすることなく……否。

 気にすることも出来ずに、ヘレナはキョロキョロと探すのを止め、溜息をつく。


「……でも、コレで大丈夫かなぁ」

『大丈夫。大丈夫』

「幻滅されない?」

『大丈夫ですよ。だって……』

「だって?」

『歩様ですから』

「……そうだねぇ」


 緊張、そして僅かな期待と、大きな不安。

 それをゆっくりと飲み込んで、ヘレナは再び、歩が来るであろう曲がり角を見やる。

 すると、その曲がり角の向こう、まだ見えぬ場所から、聞き慣れた声がやって来る。


「……あの声!」

『迎えに行きましょう。“私”が隣にいる少年が、歩様です』

「うんっ!」


 ヘレナは勢い良く駈け出し、曲がり角へと駆け出す。

 ――その向こうで、見慣れた顔の少年が、彼女を見上げていた。


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