1.超幸福RPG(仮)
伊須都歩は、退屈が嫌いである。
四六時中歩き回り、物作りを行う彼にとって、何もせずに暮らすのは苦痛であった。
「……暇ぁ」
「はいはい」
「ひぃーまぁーっ!」
「はーいはい。大人しくしてようねー?」
とはいえ“歯車の会”での騒動から一週間。
未だ指の骨折が癒えてない歩は、RADIUSから絶対安静を命じられていた。
ヘレナに膝枕されながらも、歩はやや不服そうに唸っている。
「むぅ」
……いつも最初は必死の抵抗を行っているのだが、最後にはこの様に、なんだかんだと享受してしまう。
こんな時ばかりは、歩も口ばかり達者の腑抜けになってしまうのだ。
それを咎める者は、この部屋には誰もいないが。
「ったくさぁ。何でヘレナはすぐ復帰してるのに、俺は休んでなきゃならないんだよ」
「そりゃ私、サイボーグだし。今回は壊れたトコもないからね」
「ちぇー……」
ぽんぽん、と優しく撫でられるのは心地よいが、それだけでは思春期の少年には物足りないのも確かだ。
ぶぅたれる歩に、ヘレナは困った様に笑う。
いつもは大人びた少年が、子供の様に甘える様は、彼女にとって面映ゆいものであった。
「……なんだよ」
「ううん、なんにもー?」
「むぅー」
こうして拗ねる声も、いじらしく腹をくすぐろうとする片手も可愛らしいものである。
ヘレナはクスクスと笑いながら、なら、と話を切り出した。
「ねぇ歩くん、VRMMOって知ってる?」
「VR……えむえむおー?」
『|仮想現実式《Virtual Reality》|大規模多人数型オンライン《Massively Multiplayer Online》。略してVRMMOですね』
そう声を放ったのは、このガレージの主であるRADIUSだ。
歩がバイザーを起動すれば、ヘレナにも視界や感覚が共有される。
彼の視界、思考、感触……そして、心拍。
今まで感じられなかった物が、ヘレナへと優しく流れ込んでくる。
慣れてしまった今でも、自分が世界と繋がっているのを再確認できる為に、この瞬間は彼女のお気に入りであった。
ご機嫌なヘレナは作業台――卓球台とロッカーを組み合わせた、歩のお気に入り――の引き出しから顔を覗かせるRADIUSを見て、微笑んだ。
「RADIUS、おはよう」
『おはようございます、ヘレナ。感覚共有バイザーは問題なく動いている様ですね』
「形成機は壊れたけどな……」
「あはは。まぁ、経費で修理費用は落ちるんだし、いいじゃない」
「……まぁな。で、MMOってなんだ?」
『はい。ご説明致しましょう』
RADIUSは鷹揚に頷きながら、空中に図を描く。
いつの間にか眼鏡をかけた彼女は、学校の教師さながらであった。
二人は懐かしさを覚えながら、彼女の言葉を傾聴する。
『MMO。それは不特定多数のユーザーが一つのネットワーク上に繋がることを指します。MMO単体だけでなら、VR内学校などが当てはまりますが……今回の場合は、VR内でのゲーム活動が当てはまりますね』
「ゲーム? 何かやるのか?」
「うん。RADIUSが運営してるMMOがあってね。折角だし、そこでゲームしようかなって!」
『公営MMO“超幸福RPG(仮)”ですね。マキナドール御用達ゲームとして、幅広い方にご愛願されています』
「カッコカリ?」
『(仮)までが商標登録名になります』
宙に映し出されたイメージは、所謂「剣と魔法のRPG」だ。
世界設定は割と緩いのか、刀を携えた白髪の青年が、個性豊かな仲間と共に魔王を打ち倒す様が描かれている。
物珍しげにイメージを眺めていた歩だったが、突如床に穴が開いた事に気付く。
穴からせり出したのは、歩が以前改造した|全没入型VR誘導機《フルダイブ・バーチャル・リアリティ・マシン》“クライン・ポッド”。RADIUSが用意した備品だろう。
この穴は上東京ではよくある配達手段だが、未だ上東京の生活に明るくない歩にとっては、とても興味深い技術であった。
『そちらをお使いください。ゲーム内通貨も差し上げますから、どうぞ二人で、楽しんで』
「うんっ。ありがと、RADIUS」
『どういたしまして』
穏やかな笑みを浮かべるRADIUSには、何の含みも感じられない。
優秀なA.Iは嘘をつく。
だがその行動の全ては、真心をこめたものなのだろう。
確かな信頼を持った歩は、迷うことなくクライン・ポッドを頭に装着する。
「そういえば、ちゃんと使うのは初めてだな」
「潜る時に寝転んでないと、生身だと首が痛くなるらしいよ?」
「あぁ、成程。じゃぁ……」
「はいっ。どうぞ」
「……いやいや」
両手を開き、そこに飛び込んでこいとばかりに微笑むヘレナに、歩は渋顔を浮かべる。
彼女に自分の表情が見えないのは、今は困ったことであった。
「そりゃないだろ、ヘレナ」
「えぇ? いいじゃない。抱っこして、添い寝しようよ」
「俺がいくつか分かって言ってるか?」
「いくつになっても歩くんは歩くんでしょ?」
「……くそぅ」
真っ直ぐで、純心な好意に。
歩はいつだって、勝つことが出来ない。
だから、恥じらい半分、悔しさと嬉しさを四分の一ずつに悪態をつきながら。
「……抱き潰すなよ」
「うんっ!」
彼女の胸に、顔を埋めるのだった。




