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機構少女の専属整備士(マキナドール・クラフトマイスタ)  作者: ハシビロコウ
Stage.EX《Massively Multiplayer Online》
17/40

1.超幸福RPG(仮)


 伊須都歩は、退屈が嫌いである。

 四六時中歩き回り、物作りを行う彼にとって、何もせずに暮らすのは苦痛であった。


「……暇ぁ」

「はいはい」

「ひぃーまぁーっ!」

「はーいはい。大人しくしてようねー?」


 とはいえ“歯車の会”での騒動から一週間。

 未だ指の骨折が癒えてない歩は、RADIUSから絶対安静を命じられていた。

 ヘレナに膝枕されながらも、歩はやや不服そうに唸っている。


「むぅ」


 ……いつも最初は必死の抵抗を行っているのだが、最後にはこの様に、なんだかんだと享受してしまう。

 こんな時ばかりは、歩も口ばかり達者の腑抜けになってしまうのだ。

 それを咎める者は、この部屋には誰もいないが。


「ったくさぁ。何でヘレナはすぐ復帰してるのに、俺は休んでなきゃならないんだよ」

「そりゃ私、サイボーグだし。今回は壊れたトコもないからね」

「ちぇー……」


 ぽんぽん、と優しく撫でられるのは心地よいが、それだけでは思春期の少年には物足りないのも確かだ。

 ぶぅたれる歩に、ヘレナは困った様に笑う。

 いつもは大人びた少年が、子供の様に甘える様は、彼女にとって面映ゆいものであった。


「……なんだよ」

「ううん、なんにもー?」

「むぅー」


 こうして拗ねる声も、いじらしく腹をくすぐろうとする片手も可愛らしいものである。

 ヘレナはクスクスと笑いながら、なら、と話を切り出した。


「ねぇ歩くん、VRMMOって知ってる?」

「VR……えむえむおー?」

『|仮想現実式《Virtual Reality》|大規模多人数型オンライン《Massively Multiplayer Online》。略してVRMMOですね』


 そう声を放ったのは、このガレージの主であるRADIUSだ。

 歩がバイザーを起動すれば、ヘレナにも視界や感覚が共有される。

 彼の視界、思考、感触……そして、心拍。

 今まで感じられなかった物が、ヘレナへと優しく流れ込んでくる。

 慣れてしまった今でも、自分が世界と繋がっているのを再確認できる為に、この瞬間は彼女のお気に入りであった。

 ご機嫌なヘレナは作業台――卓球台とロッカーを組み合わせた、歩のお気に入り――の引き出しから顔を覗かせるRADIUSを見て、微笑んだ。


「RADIUS、おはよう」

『おはようございます、ヘレナ。感覚共有バイザーは問題なく動いている様ですね』

「形成機は壊れたけどな……」

「あはは。まぁ、経費で修理費用は落ちるんだし、いいじゃない」

「……まぁな。で、MMOってなんだ?」

『はい。ご説明致しましょう』


 RADIUSは鷹揚に頷きながら、空中に図を描く。

 いつの間にか眼鏡をかけた彼女は、学校の教師さながらであった。

 二人は懐かしさを覚えながら、彼女の言葉を傾聴する。


『MMO。それは不特定多数のユーザーが一つのネットワーク上に繋がることを指します。MMO単体だけでなら、VR内学校などが当てはまりますが……今回の場合は、VR内でのゲーム活動が当てはまりますね』

「ゲーム? 何かやるのか?」

「うん。RADIUSが運営してるMMOがあってね。折角だし、そこでゲームしようかなって!」

『公営MMO“超幸福RPG(仮)”ですね。マキナドール御用達ゲームとして、幅広い方にご愛願されています』

「カッコカリ?」

『(仮)までが商標登録名になります』


 宙に映し出されたイメージは、所謂「剣と魔法のRPG」だ。

 世界設定は割と緩いのか、刀を携えた白髪の青年が、個性豊かな仲間と共に魔王を打ち倒す様が描かれている。

 物珍しげにイメージを眺めていた歩だったが、突如床に穴が開いた事に気付く。

 穴からせり出したのは、歩が以前改造した|全没入型VR誘導機《フルダイブ・バーチャル・リアリティ・マシン》“クライン・ポッド”。RADIUSが用意した備品だろう。

 この穴は上東京ではよくある配達手段だが、未だ上東京の生活に明るくない歩にとっては、とても興味深い技術であった。


『そちらをお使いください。ゲーム内通貨(おこづかい)も差し上げますから、どうぞ二人で、楽しんで』

「うんっ。ありがと、RADIUS」

『どういたしまして』


 穏やかな笑みを浮かべるRADIUSには、何の含みも感じられない。

 優秀なA.Iは嘘をつく。

 だがその行動の全ては、真心をこめたものなのだろう。

 確かな信頼を持った歩は、迷うことなくクライン・ポッドを頭に装着する。


「そういえば、ちゃんと使うのは初めてだな」

「潜る時に寝転んでないと、生身だと首が痛くなるらしいよ?」

「あぁ、成程。じゃぁ……」

「はいっ。どうぞ」

「……いやいや」


 両手を開き、そこに飛び込んでこいとばかりに微笑むヘレナに、歩は渋顔を浮かべる。

 彼女に自分の表情が見えないのは、今は困ったことであった。


「そりゃないだろ、ヘレナ」

「えぇ? いいじゃない。抱っこして、添い寝しようよ」

「俺がいくつか分かって言ってるか?」

「いくつになっても歩くんは歩くんでしょ?」

「……くそぅ」


 真っ直ぐで、純心な好意に。

 歩はいつだって、勝つことが出来ない。

 だから、恥じらい半分、悔しさと嬉しさを四分の一ずつに悪態をつきながら。


「……抱き潰すなよ」

「うんっ!」


 彼女の胸に、顔を埋めるのだった。


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