7.マキナドールと都市警察
「……まぁ、御苦労だった」
夜の帳も落ち切った会館の外で。
機動隊は歯車の会の狂信者……幕引に着き従っていた一部の信徒達と、躯体機能を停止させられた幕引を逮捕し、移送しようとしていた。
それが一段落したのを見届けて、張井は些かぶっきらぼうに、歩とヘレナへ礼を言った。
「は、はい。ありがとうございますっ!」
「……おう」
そんな張井に、ヘレナは恐縮しながら敬礼を返す。
歩は二人を見比べながら、怪訝な顔で口を開いた。
「なぁ、ヘレナ。何でそんなオドオドしてんだ?」
「えっ? い、いや……」
「所属が違っても、マキナドールだって警察だって、皆の為にあるんだろ? なら、もっと堂々としてていいんじゃないか?」
「でも……」
まごつくヘレナの顔を、歩は覗きこむ。
いつもと違う、自信のない表情。それをバイザーによって見せられて、ヘレナは益々顔を俯かせてしまった。
首を傾げる歩に、張井は溜息と共に答えを出した。
「気不味いンだろ。自分が入れなかった組織との仕事は」
「ん、どういうことだ?」
「いやっ、あの、そういう訳じゃ……!」
『ヘレナは十年前の引退時、都市警察官を志望していました。しかし、都市警察上層部より直々に、その進路を断られています』
「ちょっ、ちょっと、RADIUS……っ!」
『事実です』
RADIUSによって淡々と暴かれ、ヘレナは慌てふためく。
しかし、特に否定もしない辺り、それが事実なのだろう。
張井もまた、深く溜息をついて、それを認めた。
「あの頃は獲物を取られっぱなしだったからな。上の決定は大人げなかったが、それでもガキに務まる仕事じゃねェ、ってのは確かだ」
「あぅ……」
縮こまるヘレナに、彼はしっかりとした語調で話す。
その様はまるで、父親が、娘を叱りつける様な話し方にも思えた。
「警察ってのは法律を守れない奴には厳しく接するし、市民に恨まれようがやらにゃならン事もある」
「はい……」
「警察は公僕であって、ヒーローじゃない。お前には務まらン仕事だ」
「……はい」
「分かったら、警察になるのは諦めろ」
「…………はい」
涙が流れていたら、とうに顔を濡らしていただろう。
そんな悲しさと悔しさ、そして卑屈さを抱えて俯くヘレナの頭に、ぽん、と小さな手が置かれ、優しい声が投げかけられた。
「でも、ヘレナはヒーローだ」
「…………え?」
「警察官が務まんなくたって、マキナドールとしては、立派にやってる。……前に、やりがいのある仕事だって、言ってたじゃないか」
バイザーの視覚から、ヘレナは手の持ち主を探る。
包帯まみれの手は、間違いなく歩のものであった。
ヘレナから彼の表情は伺えないが、その声は慰める様な、支える様な、温かいものであった。
「だから、ハリーのオッサンにだって胸張って良いんだ。な?」
「……いいの、かな?」
『はい』
ヘレナの誰に向けたかも分からない言葉に、RADIUSが答える。
彼女は落ち着いた声で、ヘレナに囁いた。
『胸を張ってください。貴方はそう出来るだけの事を、成し遂げて来たのですから』
「……うん。ありがとう、二人共」
ヘレナは頷いて、ゆっくりと息を吸う。
大きく吸っても、胸が膨らむことはないが……胸を張って、前を見ることは出来た。
「……マキナドール・ヘレナ! 無事、“ヒーローとして”事件を解決しましたっ! 警察の皆さん、ご協力ありがとうございましたぁーっ!」
「ありがとう、ございました!」
『本日は誠に、ありがとうございました』
ヘレナが綺麗に敬礼するのを見て、歩もそれに倣う。更にそこに、RADIUSも声を重ねた。
そんな三人を見て、張井や機動隊の面々は顔を見合わせると、やがて誰ともなく、心底可笑しそうに笑い始めた。
「……わ、笑うことはないだろっ」
「そーだそーだーっ! こっちはヒーローさん達なんだぞーっ!」
『笑気ガスは漂っていませんよ。それとも何か、私達が可笑しなことをしましたか?』
それにムッとして、歩とヘレナが揃って頬を膨らませる。
RADIUSの語調も何処か拗ねた様な物だったが、張井は彼らを鼻で笑い、一蹴した。
「ハッ。ガキが一人前みてェに振るまいやがって。……忘れたか?」
そう言うなり、張井は悠然と姿勢を正した。
彼が一度「注目!」と叫べば、機動隊の面々もまた、一糸乱れぬ動きで気をつけの体勢を取る。
「今回依頼したのは俺達だ。手柄を横取りするンじゃねェ。……この度は事件解決の為奮闘した事、誠に感謝申し上げる! マキナドールとその整備士、そして管理A.Iに敬礼!」
「「「ありがとうございましたッ!」」」
びりびりと、何十人もの声が空に響く。
その迫力と、心地良さに負けぬ様に、歩とヘレナは、にっこりと笑って、敬礼を返した。
【Stage.2 END】