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機構少女の専属整備士(マキナドール・クラフトマイスタ)  作者: ハシビロコウ
Stage.2《DEUS EX MACHINA》
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5.機械じかけの大聖堂


「……くそっ」


 歩は自らの選択に、後悔した。

 やはり行かせるべきではなかったのだと考えながら、彼は換気扇越しに様子を伺う。


「……さぁ、讃えなさい。祈りなさい。我らが大いなる機械の神を」

「「「|讃えよ、讃えよ、偉大なる《Gloria gloria in magna》RADIUS……!」」」


 換気扇の向こうには、地下にしてはやけに広い空間があった。

 その光景を言い表すならば、機械化した聖堂といったところだろうか。

 鉄の床に真鍮の長椅子。祭壇は金と銀で出来ているのか、煌びやかな光沢が目に眩しい。

 しかしそれよりも、祭壇に集まる様に立たされた、大量の人形達が気にかかった。

 精巧に造られた機械人形達が、ロボットなのかサイボーグなのかは、遠目に見ている歩には判断し難い。

 そして、その祭壇の上に。


「ヘレナ……っ!」


 聖者の如く磔となったヘレナがいることこそ、歩が彼らを“悪い奴ら”と認定するのに充分な理由だった。

 ヘレナもまた、周囲の人形達と同じく眠っている。

 唯一他と違うのは、その四つの義肢が外されていることだろうか。

 バイザーを起動して呼びかけようとも、ヘレナは何ら反応を返さない。

 何をされたかは分からないが、早急に助けるべきだということだけは確かだった。


「くそ、今、助けに……!」

『お静かに。何も準備せずに動けば無意味に終わる可能性もあります』

「でも……!」

『今は自分の感情より、ヘレナの救出が大事では?』

「……わかった」


 RADIUSに宥められ、歩は怒りを努めて抑える。


 自分は万能ではないし、ヘレナの様に強くもない。

 だからこそ、知恵を振り絞らなくてはいけない。考えろ。


 そう自分に言い聞かせ、周囲を伺っていると、RADIUSが解析結果を告げた。


『解析完了。祭壇付近の人型躯体には、全て脳の変わりに人工頭脳が収まっています』

「ロボット、ってことか?」

『いいえ。検出される痕跡から、嘆かわしいことに――彼らは全て、元サイボーグ“だった”、と思われます』

「……どういう……いや、やっぱり言わなくていい。想像したくない」

『了解致しました』


 嫌な可能性……所謂真実に思い至り、吐き気を覚える歩。

 そんな彼に、RADIUSは疑問を呈した。


『しかし、何故彼らはこの様なことをしているのでしょう?』

「何故って?」

『私に何かを伝えたいなら、私に直訴すればいい。こんな非科学的で、迂遠な方法で、何がしたいのか……』

「……さぁな。俺には分からないけど、一つはっきりしてることがある」

『それは、何です?』


 独り言つ歩に、RADIUSは興味深げに囁く。

 それを受けて、彼は静かに断言した。


「理由や動機はどうあれ、奴らが悪事を働いてるってことだ」

『……成程』


 思想や信仰の是非ではない。

 これが悪事であるからこそ、対処しなければならない。

 決意を抱く歩に、RADIUSも同調した。


『確かに、これは有罪の証拠です』

「俺の“視覚”を、警察に送れるか?」

『既に完了しています。現在、機動隊が急行していますが……このまま待機して間に合う可能性は、二十五%です』

「時間稼ぎがいるってことか」

『はい』

「なら、やるだけやってみる」

『怖くは、ないのですか?』

「怖いさ。ただ……」


 歩はじっと、狂信者の群れを見る。

 全員がサイボーグ。しかも数十人もいるのだ。

 恐らく、どう頑張っても酷い目に遭う。場合によっては死もあり得るだろう。

 しかし、それでも。


「……だからってそれが、俺が“やらなくていい”理由にはならないんだ」


 歩は友達として、決意を抱いたのだ。

 だからもう、退く気はなかった。

 代わりに辺りを伺って、突入後の算段を立てる。


「……ここ、スプリンクラーとかってあるかな」

『天井部に湿式四基を確認。火気に反応し、人為的に制御弁を締めるまで、水を撒き散らします』

「上々だな」


 そう言って、歩はズボンのポケットを探る。

 取り出したのは、錆の浮いたオイルライター。

 歩が下東京で見つけた一品であり、炊事や焚き火作りで重宝する品であった。

 そして、歩のちょっと……いや、かなりダーティーな武器でもある。


「……よし、これでいいだろ」


 歩は慣れた手つきでライターを手袋型立体形成期の指先に固定する。

 蓋を開き、親指で擦ればいつでも火が点くことを確認して、彼は頷いた。

 その様子に、RADIUSは怪訝そうな声で囁く。


『何をする気ですか?』

「キャンプファイヤー」

『よろしくないですね』

「ダメか?」

『ダメです』

「ちょっとだけ」

『ダメです』

「そうか……」


 少しがっくりしながら、次の手を考える歩。

 しかし、RADIUSは法の番人だ。その様な事を看過するモノではない。

 なので。


『人に向けてはいけませんよ』

「よしきた!」


 ちゃんと釘を差してから送り出すことにした。

 その言葉を受けて、策が整った彼は換気扇を蹴り外す。

 派手な音を立てながら落ちたそれと共に、歩は勢いよく鉄の聖堂へ降り立った。


「そこまでだっ!」

「……おや、おや」


 その音と共に、忌まわしき詠唱がぴたりと止む。

 何十人もの機械化した信徒達を挟み、いつもの穏やかな笑みを浮かべた幕引と、勇敢にも手袋型立体形成機(ハンド3Dプリンター)を構えた歩が対峙した。


「よくいらっしゃいました、整備士殿。貴方も、浄化の儀に参加されるのですか?」

「違う! ……ヘレナを、取り返しに来た!」

「それは、それは。勇敢な少年ですな。ヘレナ様は良いご友人をお持ちだ」


 幕引が少し手を振ると、瞬く間に信徒達が身構える。

 彼らは皆一様に全身を機械化しており、その人間性の尽くを撤廃するかの様に、姿かたちを均一に揃えていた。

 その全てが、幕引という狂信者に従っている。彼がその気になれば、歩をすり潰すべく殺到するだろう。

 しかし、幕引はそれを命じず、慈悲深くも見える表情で歩を見据えていた。


「心清らかな少年よ。私と共に、神に奉ずる道を行きませんか。貴方の様な、心清く、巧みな技師ならば、機械神の良い駒となることでしょう」

「嫌だ!」


 歩は即答する。

 彼の頭は怒りと、ヘレナへの想いと、次の策の確認で占められていた。


「それは、どうして?」

「俺がそんな道を歩いたって、ヘレナが無事に済む訳じゃないだろ! それに……!」


 歩はオイルライターを着火させ、形成機を起動させる。

 形成機は塗装の為に、薬剤をそのまま噴出させることも出来るのだ。

 天高く突き出された形成機が、可燃性の塗装薬剤を吹き出し……。


「――Do it yourself! 自分の道は、自分で切り拓くもんだッ!」


 ……引火した塗装薬剤が、炎となって噴射された。

 ぎょっと幕引が目を剥き、信徒達がどよめく。

 天に向けられた炎は、幸か不幸か天井を舐める程度に済んだ。が、それでも天井まで届いた炎に反応し、防災設備が動作する。


「……わっ、あ、雨ッ!?」

「こいつ、神聖な儀式をなんだとっ!?」

「お静かに。ただのスプリンクラーです」


 歩の目論見通り、スプリンクラーは雨の如く水を撒き散らし、非常ベルが喧しい音を立てる。

 その光景は一目で分かる大惨事であり、天使を迎える為の儀式には相応しくない。

 怒りに燃える信徒達を宥める幕引であったが、彼もまた、怒りを堪える様に笑みを引き攣らせている。

 楽しみにしていたことを台無しにされると、人は怒る。それを知っているからこそ、歩の“挑発”は功を奏した。


「ここまでは、順調……っ!」


 自分は警察が来るまでの時間稼ぎと、可能ならばヘレナの救出を行えばいいのだ。英雄的な活躍はしなくていい。自分の役割と、出来る事を考えるのだ。

 そう自らに言い聞かせる歩に、正面から戦闘に臨む気など、最早存在しない。

 いつでも逃げ回れる様にしながら、歩はおどける様に笑った。


「お、雨天中止か? なら、ヘレナと一緒に帰らせて貰うぜ」

「多少の小雨ならば決行です。幸いにして全員、防水対策は整えていますからね」

「それは聞きたくなかった、なッ!」


 歩が駈け出した瞬間、信徒達が一斉に飛びかかる。

 瞬く間に壁際へと追い詰められた歩だったが、スプリンクラーを壊すことだけが、彼の考えた策ではない。


「あばよッ!」

「こ、コイツ、壁を登ってッ!?」

「鬼さんこちら、ここまでおいでーっ!」


 彼は壁に両手足をかけると、まるで蜘蛛の様に登り始めた。

 彼の安全靴には砂鉄や釘を集める為の磁石が仕込まれており、手袋型立体形成機は部品を掴む為に放つ磁力を調整出来る。

 これらを使いこなせば、鉄の壁を登ることも不可能ではない。下東京での探索の際、釘が通らない鉄材を登る時に良く使う手段であった。


「叩き落としなさい。骨の一つ二つ、折れようと構いません」

「はッ!」

「物騒だな、くそぉっ!」


 とはいえ、壁を自由自在に登れる訳でもない。

 自分の身体を両手足だけで支えるのは、元気溌剌な少年でも堪えるものがあるのだ。

 それでも必死に長棒を避け、更に上へと登ると、歩は片手を信徒達へ向けた。


「――瞬間接着剤、噴射っ!」


 次いで放たれたその言葉に反応して、形成機が唸りを上げる。

 そうして形成機は、歩を突き刺そうとしていた長棒の山へと、大量の粘液をぶちまけた。


「な、釈棒が絡まって動かん……っ!?」

「クソ、これでは役に立たん! 換えを持って来い! 早く!」

「どうぞごゆっくりっ!」


 粘液……金属の接合にも用いられる強力な瞬間接着剤は、歩の望み通り、長棒を一つの塊に変貌させた。

 使い物にならない長棒を捨てた信徒達を見て、歩は少しだけ安堵しながら、RADIUSへ囁く。


「……後どのくらいだ、RADIUS?」

『残り、十分程です』

「長過ぎる……っ!」


 淡々と告げられた残り時間が、歩の精神を削っていく。

 十分まで、壁に縋りついて耐えられるか? 銃を持ち出して来る可能性は?

 そんな思考の乱れが、歩の手足を不安定にさせ――。


「……う、わぁっ!?」


 ――鉄の壁から、滑り落ちた。

 長棒をすり抜け、鉄の床に叩きつけられる。

 辛うじて首を守ることは出来たが、叩きつけられた衝撃に、歩の肺が空気を漏らした。


「が、ぅ……っ!」

「落ちたぞッ!」

「殺せッ!」


 痛みに動けない歩を、信徒達が幾つもの長棒で打ち据える。

 骨に響く痛みに、歩は必死に耐え続けた。

 服も肌もズタボロになったところで、長棒の猛打がぴたりと止む。

 幕引が、その手で信徒達を制したのだ。


「……まだ抵抗する気ですか?」

「ぐ、ぅ、ぅぅ……っ!」


 幕引はぞっとする程に穏やかな笑みで、歩へ語りかける。

 恐怖が歩の心を襲うが、それでも彼は立ち上がろうとした。


「最後の選択です。我らと共に来ませんか? ヘレナ様も、RADIUS様も、きっとお喜びになる筈です」

「やな、こった……!」

「何故です? あの御方に殉じることで。あの御方に近付くことで、あの御方に救われるのです。それこそが、双方にとっての幸いなのです」


 それは間違いなく、狂信であった。

 肉体を捨て、神に近付く。成程確かにそれは、解脱とも言うべき苦行にして修業だろう。

 だが、その行いは神の意思に基づくものか――基づく訳がない。

 RADIUSというコンピュータは、その行いに一言も、肯定の意を示さなかったのだから。


「何が幸いだ、馬鹿馬鹿しい……ッ!」


 口の中の血を幕引へ吐き捨てながら、歩は身体を起こす。

 腕も足も震える中、その目だけは震えることなく、幕引を見据えた。


「そんなんじゃ、ヘレナも、RADIUSも、喜ぶ訳がねェだろ……っ!」


 その瞳に宿る心は、恐怖と暴力に晒されながらも、これっぽっちも折れてはいなかった。

 歩の脳裏に、ヘレナの、RADIUSの言葉が過ぎる。

 その上で幕引の言葉を聞くと、彼の言葉で、彼女達の言葉が汚されている様な気がして、そう思う度に、歩の心はより頑丈に、しなやかになっていくのだった。


「……二人とも、皆の幸せの為に、頑張ってるんだ。俺じゃ、真似出来ない様な、沢山の人達の為に……!」

「えェ、えェ。存じてますとも。だからこそ、我々は肉の身体を捨て、あの御方の一部へと――」

「……だからっ!」


 軋む肉体を酷使しながら、歩は瞬く間に、オイルライターで火を灯す。

 ゆらめいた小さな火に、歩は指先を宛がい、水素入り(・・・)の密閉容器を形成機に差し込んだ。


「――なっ」

「誰かに助けて欲しいから誰かに迷惑をかけるなんて、アイツらが喜ぶわけないだろっ!」


 慌てて顔を背ける幕引に、歩は指先を向ける。

 形成機から吹き出した水素が、オイルライターの火に触れ……。

 ……内臓に響く音が、聖堂内に響き渡った。


「うあああああああああッ!?」


 歩も信徒たちも、その衝撃に吹き飛ばされる。

 特に歩は床を転げ回り、壁へと叩きつけられることとなった。

 指は千切れないで済んだものの、根本からあらぬ方向へと曲がっている。確実に、骨が折れていることだろう。

 今まで頼りにしてきた形成機も、無惨にヒビ割れ、その唸りを止めていた。


「ぐぅっ、ううううううっ……!」


 苦痛に身を捩り、ぼろぼろと涙を流す歩。

 だが、同じく至近距離から喰らった幕引も、無事では済まない筈だ。

 他の信徒達も、トップの幕引が倒れれば、儀式どころではないだろう。

 自らを投げ打った一撃に、勝利を確信した歩は顔を上げ、激痛と涙で歪む目を――。


「……やれやれ、とんでもない悪戯っ子ですね」


 ――驚愕と共に、見開いた。

 幕引は爆発した場所から微動だにもせずに立っていた。

 いや、確かにそれは驚くべき事実だが、それ以上におぞましい事実が歩の心を襲う。


「折角のコーディネートが、台無しです」


 幕引の首は、手は、足は。爆発の衝撃で、てんでばらばらにねじ曲がっていたのだ。

 生身の人間ならば、いや、例えサイボーグでも、生きているか疑わしい状態である。

 にも関わらず、彼は平然と喋っている。まるで苦痛も何もないかの様に。

 正気の削れる異形は、更にめきめきと歪みながら、歩へ嘲笑っていた。


「まぁいいでしょう。我らが天使を手中に収めれば、最早穢れた肉を維持する必要もない」


 幕引はずるりと剥けた肉を剥がし、内側からめきめきと膨れ上がっていく。

 そうして、幕引晴天という人間は、その外側を覆っていた肉を捨て……。


『……御覧なさい、整備士殿。これが、貴方の哂った信仰の極致です』


 ……巨大な、機械の怪物へと成り果てた。

 ぎこちない動作も、穏やかな笑みも、人々を救う慈善も。

 その全てが、この蛸の様な、磯巾着の様な怪物、幕引晴天が、人の皮を被って行っていたのだ。


「おぉ、幕引様の真の御姿だ……!」

「何と、何と素晴らしい……っ!」


 その異形に、信徒達が感嘆の声を上げる。

 こみ上げる吐き気は、激痛かおぞましさか。

 詳細も分からぬまま、歩は顔を青褪めさせて呻いた。


「気持ち、悪ィ……っ!」

『私は清々しい気分ですよ。全く、黒騎士殿は、とても良い身体を用意してくださった。……さて、もうお遊びはここまでだ』


 幕引はその触手を蠢かせ、歩を持ち上げる。

 四肢の一本一本を触手に締め付けられ、歩は苦悶の声を上げた。

 徐々に締め付けは増し、激痛が彼の精神を削る。


『まずは貴方の四肢を引き千切り、機械の物に置き換えましょう。何、器用な貴方ならきっと、すぐに慣れますよ』

「がぁ……! ヘ、レナ……っ!」


 手足から何かが切れそうになり、朦朧とする意識の中、歩は必死に、ヘレナへ手を伸ばそうとする。

 ぴくりとも動かせない手が、限界まで引き延ばされた時。


『機動隊、建造物の破壊によるショートカットを確認。到着まで残り……零秒』

「――おらァッ!」


 RADIUSの声と共に、聖堂の扉が破られた。

 その途端、紺色の最新式防護服(ボディアーマー)に身を包み、電磁ライオットシールドと銃を構えた男達が一斉に聖堂へと雪崩れ込む。


「都市警察だッ! 貴様等を逮捕する、大人しく投降せよッ!」


 男達、都市警察の機動隊を率いて来た偉丈夫は、彼らを纏める張井警部だ。

 彼は瞬く間に機動隊を聖堂内に展開させ、未だ蠢く触手の塊を見据えた。

 その不気味さに多くの隊員達がどよめくが、張井の一喝ですぐさま銃を構え直す。


「……民間人の保護を最優先とする! 目標、民間人を拘束する大型機械! 警告略式、対サイボーグ用スタンガン、構え!」

「「スタンガン、構えッ!!」」

「……撃てェィッ!」


 張井の一声と共に、機動隊の銃弾が、高圧電流のワイヤーを伴って幕引へと撃ち込まれる。

 幕引の装甲が分厚いのか、その殆どは弾かれたものの、高圧電流が歩に巻き付く触手を緩ませ、取り落とさせた。


『ぐ……ッ! 敬虔なる信徒達よ! 穢れた肉塊共を潰してしまいなさいッ!』

「「はッ!!」」

「一班は大型機械を牽制ッ! 二班はサイボーグ共の対処! 三班は俺と共に民間人の確保! 急げッ!」

「「了解ッ!!」」


 幕引とその信徒達。張井と機動隊が、それぞれ激突する。

 だが、如何に身体能力が優れたサイボーグ信者達でも、連携の取れた機動隊を崩すのは難しい。

幕引が狂った様に触手をしならせても、戦況はやや機動隊有利に傾いていた。

 そうこうしている内に、張井と機動隊の一部は歩を回収する。


「おい、大丈夫か」

「……すっげぇ、痛い……」

「喋れるだけマシだ。おい、このチビに治療を」

「了解っ。……ちょっと痛いぞ」

「誰、がチビ……ぁっ、痛ぅッ!?」


 一旦物影に隠れた張井達は、ボロボロとなった歩へ応急手当を行う。

 傷口には治療用ナノマシンの入ったヒーリング・ジェルが塗られ、折れ曲がった指も元に直される。

 とはいえ、やや手荒な治療は痛みを伴い、ぜいぜいと息を吸う歩だったが、その頭にぽん、と手を置かれた。

 硬質な義手は、張井の物だ。彼は以前見た仏頂面で、不器用に歩の頭を撫でる。


「よくやった」


 そうして放たれた一言に、歩は目を瞬かせる。

 やがて、ゆっくりと首を振ると。


「……アンタの、為じゃ、ないっ」

「そうかよ」


 強がって、笑った。

 張井も何処か満足げに頷くと、すっくと立ち上がる。


「……後は任せろ。こっからは警察の仕事だ」

「やだっ」

「駄々こねんな、チビ」

「チビじゃない! ……ヘレナがまだ、あそこにっ!」

「……あのガキ、ドジ踏みやがって」


 歩が目を向ける先には、磔となったヘレナの姿があった。

 張井は呆れた様な、怒っている様な、複雑な表情を浮かべている。

 だがすぐに立ち直ると、彼は隊員達に指示を飛ばした。


「三班はこのまま、半分は俺と、大型機械……推定、幕引を迂回し、マキナドールを確保する。もう半分はそこのチビを守れ」

「「了解ッ!!」」

「待った!」


 すぐさま再編成を始める張井の裾を、歩は両腕で引っ掴む。

 激痛に泣きたくなるのを必死で堪える少年を、張井は強引に振り払うことはしなかった。


「……何だ」

「俺も、連れて行ってくれっ」

「駄目だ」

「頼む!」


 頭を下げる歩を見て張井は苛立ち混じりに溜息をつき、機動隊の面々も顔を見合わせる。

 一旦此処から祭壇まで行って帰ってを行うならば、触手の猛攻を掻い潜る必要がある。

 少年の気持ちも分かるが、怪我人を連れて行くには危険過ぎた。

 だが、歩もそんなことは百も承知であり、感情論だけを振りかざして我儘を言う気はなかった。


「俺なら、すぐにヘレナを治せる。……ヘレナが戦えれば、勝ち目は上がる筈だ」

「馬鹿が。指が折れてるのを忘れたか」

「このくらい、痛くもなんともないっ」

「ヒーリング・ジェルの鎮痛効果が効いているだけだ。動いたらまた痛むぞ」

「だったら、尚更、今行かなきゃだろっ!」


 歩は一歩も退くこと無く、実利と感情、そして強がりを使って我儘を通そうとする。


「……俺は、アイツの友達で……整備士なんだからっ」

「…………ハァ」


 ある程度納得したのか、それともこのまま揉めていても不毛だと思ったのか。

 張井は深い溜息をつき。


「……三班は全員、俺に着いて来い。そのチビ助も連れて、だ」


 機動隊三班に、命令を下した。


「「了解ッ!!」」


 三班の面々は敬礼すると、実に楽しげに歩の背を叩く。


「やったね、ボクっ」

「ハリー警部にワガママ通すとか、やるじゃんか!」

「もうちょっとだけ、頑張れよ。お前にはあの触手の一本も触れさせねぇからさ」

「……マキナドールがお姫様役なのは気に入らないが……」

「とにかく。一緒に、頑張ろう」

「え、あ、うん。……えっと」


 口々に囃し立てられ、戸惑う歩。

 だが、彼らが好意的に、ヘレナを助けようとしてくれているのは理解して。


「……ありがとう」


 気恥ずかしげに、彼は礼を言うのであった。


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