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機構少女の専属整備士(マキナドール・クラフトマイスタ)  作者: ハシビロコウ
Stage.2《DEUS EX MACHINA》
13/40

4.神の不在


 貴賓室は広々としていて、高級ホテルもかくや、といった風情であった。

 初めて見る豪華な部屋をキョロキョロと眺めつつ、歩はベッドに腰掛けるヘレナに問う。


「……で、どうするんだ?」

「どうするって?」

「本当に一人で行くかどうかだよ。危ないのは分かってるだろ?」

「館内の見取り図は、もう憶えたけど?」

「いや、歩き回るのがじゃなくって……あぁ、もう」


 ガリガリと頭を掻きながら、歩は溜息をつく。

 そうして音を立ててヘレナの隣に座ると、彼女の顔を覗き込んだ。

 物憂げにしているヘレナに、歩は思わず不機嫌な面を見せる。


「アイツらが怪しい、っていうのは分かってるだろ。何されるかも分かんないのに、一人で行ったら危ないんじゃないのか?」

「大丈夫だよ、って言って誤魔化してもダメ?」

「ダメ」

「……ううん、じゃぁ、話すけどね」


 困った様に眉尻を下げる彼女に、歩は手を握って続きを促す。

 それを受けて、ヘレナはぽつぽつと話し始めた。


「ちょっと、困ってるんだ」

「何に?」

「歯車の会の人達に。あの人達が義肢のリハビリしてる、って言ってたよね。アレ、本当に……本当に、大変なんだ」

「そうなのか?」

「うん。私は半年だったけど、その半年間はずーっと、リハビリの為に費やしていたから」


 そう言って、ヘレナは手を擦る。

 脳で義肢を動かすのは、電気信号という頼りない吊り糸で、重い鉄人形を動かす様な苦行だ。

 ヘレナも最初は、上手くいかない動作練習を、何度も何度も、日が昇ってから夜が更けるまで行っていたのだ。

 何度も義肢を、身体そのものを投げ出したくなっては、RADIUSに励まされた十年前を、彼女は思い返す。


「私の頃よりずっと動かしやすくなったとはいえ、きっとあの人達も大変だと思う。そういう人達が、歯車の会に集まっている……ううん、誰かの思惑で集められているんだとも。でも、皆が励まし合って、頑張れる。そんな場所を……」

「怪しいからって、強制的に奪っていいのか、って?」

「……うん」


 ヘレナは申し訳無さそうに、コクリと頷く。

 彼女は悩ましげに眉根を寄せて、歩の手を握り返した。


「もしかしたら……ううん。多分高い確率で、幕引さんは何かを企んでる」

「あぁ。爺さん、怪しいもんな」

「でもあの人が、自分の気持ちに……自分の信仰に、嘘をついているとも思えないんだ」

「……それで、どうしたいんだ?」


 歩の質問に、ヘレナは頷く。

 言い聞かせる様な声は、自信のなさと、信じることを諦める苦しさの、顕れであった。


「もしかして、もしかしたらだけど、彼は悪い人じゃないかもしれない。悪いことに加担していたとしても、今、そのことを私に話したいのかもしれない。その可能性も……」

「……限りなく低いが、否定は出来ない、か」

「うん。だから、その……」


 ヘレナはそっと、両手で歩の手を包む。

 そうして俯きながら、しかしはっきりと言った。


「信じたいんだ。あの人達を。マキナドールじゃなくて……ヘレナとして」

「……そうか。だから、悩んでるんだな」

「うん……」


 その頷きに、歩は頭を掻いて呻いた。

 そもそも、歩とヘレナは潜入捜査の為に来ているのである。

 幕引や歯車の会の面々が、一般市民の失踪に関わっている可能性が否定出来ない以上、犯罪に手を染めている可能性を疑ってかかるのは当然だ。

 だからこそヘレナも、マキナドールとして任務を遂行するか、同じサイボーグとして彼らを信じるかで葛藤しているのだろう。

 それを鋭敏に感じ取り、歩は暫く思い悩んで……。


「……俺は、ヘレナが危ない目に遭ってほしくはない」

「うん……」


 ……自分に素直になることで、結論付けた。

 予測していたのだろうヘレナが頷くのを尻目に、歩は更に言葉を続ける。


「でも、自分の気持ちを、押し殺してほしいとも思ってない」

「うん……えっ?」

「まぁ、俺はアンタを支える為にいるんだしな。……その為の専属整備士だし」

「歩くん……」


 最後だけは、ちょっと照れ臭そうに言い訳しながらも。

 歩は自分の気持ちを……自分がどうするかを、包み隠さず告げてみせた。


「信じてみろよ、好きなだけ。アンタに何かあっても、俺が何とかするからさ」

「……うんっ」


 その言葉に、ヘレナも元気良く応える。

 強く、しかし痛まない様に握る両手は、彼女の信頼と親愛を物語っていた。


「ありがとっ。歩くんに相談して良かったぁ!」

「お、おう。ま、まぁ俺は……」

「やっぱり持つべきものは友達だねっ!」

「…………おう」


 眩い笑顔に、歩は顔を真っ赤にして頷く。

 今ばかりは、ヘレナの目が見えていないことに、彼は感謝した。

 やがて迎えの者が来て、ヘレナは元気良く立ち上がる。


「じゃぁ、歩くんっ。また後でっ!」

「おう。またな」


 歩は彼女を、扉が閉まるまで見送る。

 そうして、その足音が聞こえなくなるまで待つと。


「……じゃぁ俺も、俺の仕事を始めるか」


 鞄から手袋型(ハンド)立体形成機(3Dプリンター)を取り出し、手にはめた。

 迷いも、躊躇いもない動きであった。


「ヘレナには悪いけど、俺はそんなにお人好しじゃないからな」


 そう言うなり、歩はバイザーの通信機能を使う。

 ヘレナに対し歩は幕引を、歯車の会を信用していなかった。

 心情でもなく、立場でもなく、ただ一つの事実から。

 それは――。


「……聞こえるな、RADIUS?」

『はい。通信状況、良好です』


 ――RADIUSの存在であった。

 音声通信は滞り無く繋がり、彼女はいつも通りの、淡々とした声で話す。


『証拠は見つかりましたか?』

「いや、まだだ。でも幕引の爺さんは……多分、悪巧みをしてる」

『その論拠は?』

「御神体のない神社とか、日本人としちゃ信用出来ねぇ」

『成程、それは確かに』


 歩は確信をもって言う。

 そう。この会館には、RADIUSを模した何かが存在しないのだ。

 それどころか、RADIUSが介入出来る通信機器も無いのである。

 RADIUSを信仰しているにも関わらず、RADIUSの介入を徹底的に防いでいるのだ。

 信仰すべき神の不在。それこそが歩の、不信の源であった。


『では何故、ヘレナには教えなかったのですか?』

「……聞いてたのか」

『職務上、貴方達の動向は常に確認しています。……今回の潜入捜査も、貴方達に仕掛けたセンサーや、バイザーの映像があってこそです』

「勝手に変なモノ仕掛けるなよっ!?」

『必要な措置ですから』


 しれりと言い放った声に、歩は大焦りで自らの衣服を探る。

 ……ちなみに今、彼が着ている服のお代はRADIUSが負担していたのだが、『汚れた衣服だけでは、専属整備士として体面が悪いですから』と言い含められたせいで、盗聴器などをつけられる可能性には思い至らなかった様だ。


『大丈夫。貴方の私服や私物には着けていませんよ』

「ホントかよ……?」

『えぇ。“私服や私物”には』


 下東京の危険な生活でも、純朴に育っている歩が可笑しいのか、珍しく明るい調子でRADIUSは話す。


『それで、何故ヘレナには黙っていたのです?』


 だが、すぐに淡々とした、真面目な口調に戻した。その言葉には、何処か探る様な、責める様な威圧感がある。

 彼女の様な人工知能にも、怒りというものはあるのだろうか?

 頭に過ぎった疑問は口にせず、歩は真面目に、真摯に答える。


「正直、判断を誤ったとは思う、けどさ」

『けど?』

「……信じたいっていう気持ちを、無碍にしたらさ。ヘレナが、悲しい気持ちになるんじゃないか、って思ったから」

『悲しい気持ち? 心配から来る言葉を拒絶する程、彼女は子供ではありませんが』

「それはそうだろうけど、俺はヘレナの整備士だ。……アイツの全部を支えられる様にするのが、俺の仕事じゃないか?」

『非効率的です』

「人間だからな。仕方ない」

『そうですか……そう、ですね』


 彼女は何かを飲み込む為に、ゆっくりと言葉を弄ぶ。

 やがて意を決した様に、はっきりとした口調で話し始めた。


()()。私は、皆さまの幸福の為に、この上東京を維持しています』

「あぁ、知ってる」

『私は全ての差別を払拭し、全ての市民を幸福に導く為に存在しているからです』

「あぁ。偉いと思うよ」

『その為に私は、ヘレナを利用しています。……彼女には、多大な苦労をかけています』

「……うん」


 懺悔の様に語られる言葉に、歩は相槌を返す。

 言葉に感情は見当たらない。だが歩には、それが強がっている様にも思えた。


『なので、貴方には……彼女を支えて欲しい。これからも、願わくば、ずっと』

「専属整備士として?」

『どの様な形でも、構いません』

「……そうか」


 歩は彼女の言葉に頷いて、手袋型立体形成機を起動させる。

 唸る様な音と共に、歩は彼女の願いに答えを返した。


「わかった」

『はい』

「俺なりに……友達として、頑張ってみる。だから、道案内は任せた」

『……はいっ』


 力強い答えに、RADIUSもまた、力強く返す。

 彼女は暫しの検索を経て、バイザーに会館の立体図を映し出した。


『ダクトを通じ、地下階へと侵入してください。そこに、ヘレナの反応があります』

「おうっ!」


 言われるや否や、歩は鞄から小型の釘打ち機を取りだす。

 彼は何本かの釘を壁に打つと、それを足場にするすると壁を登り、慣れた手つきで換気扇を取り外した。

 そうして開いた、狭いダクトへの入り口に、歩は苦もなく入り込む。

 その見事な手際に、RADIUSはわざとらしい口笛を吹いた。


『慣れていますね』

「このくらい、下東京で慣れてるから、なっ!」


 廃棄された高層ビルを探検する事もある彼にとって、この程度のことは造作もない。

 音を立てない様に気をつけながら、歩は匍匐前進を開始する。


「……待ってろよ、ヘレナ。今、そっちに向かうからなっ!」


 願わくば、ヘレナの信じる心が報われます様に。

 そう思いながら、歩は自分の出来る精一杯をする事にした。


***


 一方、その頃。

 ヘレナは幕引に案内されながら、地下階へと向かっていた。

 直接見ることは出来ないが、その床が徐々に硬質な物になっていくのを、彼女は響く音で感じ取っていた。


「……ヘレナ様、足元、お見えになりますかな?」

「えぇ、大丈夫。心配してくれて、ありがとうございます」

「いえ、いえ。お客様に転ばれては、会長として名折れですから」


 そう言って、彼は薄暗い階段を降りていく。

 暫く沈黙が流れたが、不意に、幕引が口を開いた。


「……そういえば、ヘレナ様は脳以外を機械化されているのでしたな」

「え? えぇ、そうですが……?」

「では、かなり苦労なされたことでしょう。生身しかない者は、偏見が多いですから」

「……えぇ、そうですね。割と、苦労はしています」


 そう言って、ヘレナは苦々しく答える。

 彼女達マキナドールの活躍で、サイボーグの扱いを見直した人もいれば、そうでない人もいる。

 華々しく活躍するヘレナでさえ、心ない人々に嘲笑された事は数知れずあった。

 守るべき人々に嘲笑される。その苦しみを慮ってか、幕引は労しげに言葉を放つ。


「そうでしょう。そうでしょう。血も涙もありながら、心なき者は数多くいます。己がどれ程愚かなのかも分からずに」

「……幕引さん?」

「えェ、えェ。分かっております。彼らは生肉に集る蛆でありながら、迷える子羊なのだと。……故にこそ、あの御方が顕れたのだとも」


 しかし、その言葉は段々と、歪んだ熱意を持ち始めた。

 それに気付いたヘレナが、怪訝そうに口を挟むが、幕引は気付くことなく捲し立てる。


「RADIUS様。あァ、RADIUS様! あの御方が導いてくださるからこそ、子羊は幸福へ至れるのです! 私達はそれに感謝し、あの御方に帰順しなければならないッ!」


 幕引が言葉を発する度に、今までの信じたい可能性とは正反対の、とても大きな可能性を意識せざるを得なくなった。

 ヘレナの脳裏で、警鐘が鳴る。


「……幕引さん、貴方は」

「分かりますか、分かりますでしょう。我々はあの機械の神に近付かねばならないのです。穢らわしい肉の身から解き放たれ、魂を機械に宿さねばならないのです!」


 幕引は確かに、信仰のある男であった。

 恐らく彼が話していた身の上は本当だ。そして、溢れんばかりの感謝を抱いている事も。

 しかし、その信仰が根本からねじ曲がっていたら?

 ヘレナの足が自然と、油断なく、半歩下がった。


「その点、貴方は素晴らしい! 貴方の身体は、あの御方の祝福に満ち溢れている! ……ただ一点を除いては、ですが」


 幕引が重く、響く様に手を叩く。

 その瞬間、物影から幾人もの人が飛び出し、ヘレナを囲んだ。

 彼らの全てが、その身体の殆どを機械化している。ヘレナと同じ、フルボーグであった。


「……貴方のただ一点の穢れ。それは、脳! それを排除し、貴方は完全な聖者へ……いいえ、天使となるのです!」

「窃盗罪……ううん。明らかな、殺人か」


 最悪の可能性に至ったことで、ヘレナは重い溜息をつく。

 行方不明になった人達が、彼ら歯車の会の毒牙にかかった事は、最早間違いないだろう。

 結局、彼女の信じた可能性など、存在しなかったのだ。


「……貴方達の信仰は、きっととても、強いものなんでしょうね」

「えェ! えェ! 分かって頂けますか、マキナドール!」

「はい。とっても残念だけど……その信仰は、間違ってます」

「は?」

「私は天使じゃありませんし、RADIUSも神様じゃありません。人を傷付けることを、RADIUSは決して許しませんし……」


 彼女は冷たい口調で、腰を下ろす。

 構えられた拳は声を頼りに、ゆっくりと幕引へ向けられた。


「……私はマキナドールとして、貴方を打ち倒します」


 油断も、慢心も、情もない。無慈悲な戦闘機械(マキナドール)として。

 ヘレナは幕引達に、宣戦布告した。

 それを受けて、幕引は……。


「……そうですか。なら、仕方がありませんな」


 ……ゆっくりと、穏やかに頷いた。

 その反応に、ヘレナは驚きながらも、警戒を強める。

 幕引が何かを企んでいることは明らかだと、ヘレナは神経を研ぎ澄ませ――。


「しばらく、眠って頂きましょう」

「ッ、ぎ、いぃぃィィィ――ッ!?」


 ――身体に走る衝撃で、声にならない悲鳴を上げた。

 喉から電子音が鳴る度に、急速に身体の感覚が失われ、彼女は前後不覚に陥る。

 立つ姿勢を維持することも出来ず、彼女は床に倒れ伏した。


「……ァ、が……!?」

「ヘレナ様の強さは充分に知っております。如何に機械化しようとも、私達では束になっても敵いません。ですから……当然、対策を取らせて頂きました」


 幕引は始終穏やかな笑みで、ヘレナが痙攣する様を眺めている。

 その影はシュルシュルと蠢き……もしヘレナの目が見えていたなら、腕に蛇が伝っている様に見えたことだろう。


「黒騎士。かの同志は、実に良い物を寄越してくださいました。これならば、私の様な凡愚でも、貴方の動きを封じられる」


 僅かに保たれていたヘレナの聴覚が、その言葉を最後に停止する。

 最低限の生命活動だけを許された彼女の脳は、それを切欠に、彼女の意識を閉ざした。

 完全に動かなくなったヘレナに、幕引は申し訳なさそうに、しかし満足げに頭を下げる。


「手荒な真似をして、本当に申し訳ない。しかし、貴方の浄化も、もうすぐなのです」


 幕引は配下の信徒に命令し、ヘレナを抱えさせる。

 丁重に運ばれる彼女を見送りながら、幕引は歪な笑みを浮かべた。


「……暫くは、お休みください。我らが天使……マキナドール様」


 そうして幕引は、悠然と信徒の後に続き、階段には誰もいなくなった。


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