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機構少女の専属整備士(マキナドール・クラフトマイスタ)  作者: ハシビロコウ
Stage.2《DEUS EX MACHINA》
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3.歯車の会


「……ったく、なんなんだよ、あの態度!」

「まぁまぁ。怒っても疲れるだけだよ? ほら、オゴリなんだからもっと食べる食べる!」

「むぅ……」


 釈然としない、と思いながら、歩はハンバーガーを貪る。

 自動化されたファーストフード店は同じ味の食事を提供し続ける。

 それがどれだけ得難いことかを下東京で生活する歩は知っていたが、少しだけ味気無さも感じていた。

 とはいえ、美味しい物は美味しいので、彼は残さず、黙々と食べ続ける。

 そんな彼に、ヘレナはゆっくりと話しかけた。


「……ねぇ、歩くんはさ」

「ん?」

「どうして、下東京に住んでるの?」

「……あぁ」


 ヘレナの問いに、歩は受諾とも拒絶とも言い難い声を上げ、バイザーを停止させる。

 急に視界が消えたことに、ヘレナは焦りながらも、話を続けようとした。


「あの、ほら。歩くん、五歳で小卒ってことはすっごく頭いいってことじゃない? 私、小学校は飛び級とか出来なかったけど、飛び級する子って企業からお誘いあるとか……」

「あったよ」

「えっ?」

「あったけど、全部断った」

「そ、そうなんだ……」


 ぶっきらぼうな、しかしいつもより冷たさを孕んだ声が、歩の口から放たれる。

 ヘレナはその言葉に萎縮して、黙り込む。

 バイザーが与える、歩との“繋がり”。

 それが歩の手で絶たれたことに、ヘレナは堪らなく、不安感を覚えた。

 静かな時間が、少し流れて。

 漸くハンバーガーを完食した歩が、口を開く。


「……誰にも、頼りたくなかったからな」

「…………」

「だから、全部断って、下東京に引っ越した」


 そう言って、歩はバイザーを起動させる。

 視界と共に、歩の声も普段通りに戻っていた。


「悪いな、驚かせて」

「え……?」

「後で買い物付き合うからさ。そんな不安そうな顔すんなって」

「あ……」


 言われて、ヘレナは自分がどんな顔をしているか気づく。

 歩の視点から見える彼女の顔は、悲痛そうに歪んでいたのだ。

 生身だったら気恥ずかしさに、顔を真っ赤に染め上げていたことだろう。

 代わりに頬を膨らませ。


「……絶対だからね」

「はいはい」


 そっぽを向いて、小指を差し出すのだった。


***


 翌日。歩とヘレナは早速歯車の会の本拠地を訪れた。


「……やァ、やァ、良くお越しくださいました。ヘレナ様、伊須都さん」

「はい。本日はよろしくお願いします」

「……よろしく」


 ちなみに今日は怪しまれない様に、歩は小汚いコートと作業着を脱ぎ、さっぱりとしたシャツとジャケットを着込んでいる。ヘレナもいつものコスチュームからブレザーに着替えており、パッと見なら学生の二人組、兄妹、あるいはカップルといったところだろう。

 ……昨日はヘレナの鬱憤晴らしに、散々着せ替え人形となったのだ。

 若干無愛想なのはご愛嬌、という奴である。


「えェ、えェ。かの初代マキナドール様と、その新しい専属整備士殿ですからな。私自ら、丁重にご説明させて頂きますとも」


 RADIUSが事前に取り次いだお蔭か、彼らを応対したのは歯車の会の会長、幕引 英明(まくびき えいめい)その人である。

 幕引は清潔なシャツとズボンに身を包んでいたが、歯車の会の活動内容に漏れず、彼もまた、所々をサイボーグ化している様であった。

 その両手両足は鋼鉄に覆われ、片目はカメラの様になっていたが、表情は至って穏やかな好々爺のそれである。

 そのギャップが、歩の警戒心を揺らがせる。バイザー越しに見ているヘレナも同じ様で、幕引の朗らかな笑顔に、少し困惑している様だった。


「ご足労頂いて早速ですが、館内を見て回りながら、当会のご説明をさせて頂きましょう」


 そう言って、彼は自ら案内を始める。

 歯車の会の本拠地は、一見すると教会の様でもあった。

 しかしそれに反して、内装は暖かみの感じる木造建築のそれとなっている。

 下東京では(倒壊しているのが殆どとはいえ)良く見る木造建築でも、合金と樹脂で作られた上東京で見るのは珍しい。

 それは珍しい建築物を建てられるだけの資金があるということであり、客寄せの為でもあるのだろう。事実、歩もヘレナも、純粋に館内の景観を楽しんでいた。


「私達歯車の会のことは、お聞きしておりますかな?」

「あ、はい。サイボーグの生活支援をされているとか……」

「えェ、えェ。サイボーグ化は、長いリハビリが伴って初めて、使いこなせる様になりますからな。ヘレナ様の様に身体を自在に操るのは、中々難しいものです」


 そう言いながら、幕引は自身の手を見せた。

 グー、チョキ、パーといった手の動きは何処かぎこちなく、しばしば震える事もある。

 二一一六年に至り、如何に科学技術が発展しようとも、それを使うのは人間だ。

 特に高等技術の塊であり、身体そのものとなる義肢を動かすのは至難の業で、ヘレナの様な戦闘も出来るサイボーグはそういるものではない。

 館内の人々は誰もが義肢を身につけており、その誰もが動かすことに難儀している様だ。


「……爺さんのも、怪我とかが原因?」

「こーら、歩くん? 目上の人への敬語は大事だよっ?」

「ごめん。でも小学校で習ってないから分からん」

「もー、便利な言い訳憶えちゃってー……」

「ホホホ、構いませんとも。興味があるのは良いことです」


 歩の不躾な質問に、幕引は寛容に笑って返す。

 人を取り纏める立場にある為か、その在り方は柳の様にも、大樹の様にも思える。


「えェ、えェ、仰る通り。私の義肢や義眼も、事故で置き換えたものです」

「……そうなんですか」

「はい。もう随分、昔の話ですがな。その時苦労した際に、RADIUS様にお救い頂いたのです」

「RADIUSに?」

「はい、それはもう。……家庭も持たず、利益を追い求めるばかりで、誰にも嫌われる様な中年に……人では為し得ぬ程に、献身的に」


 老人は深く刻み込まれた感動を想い、静かに言う。

 その振る舞いからは篤い感謝しか見えず、とても、RADIUSに背く様な誘拐事件を、主導する人物には見えなかった。


「……私はあの方に身体も、魂も救われました。ならば、私はあの方の(しもべ)となり、あの方のお望みを叶えるべきでしょう」


 信仰とは、即ち感謝の顕れである。

 ならばこそ、幕引英明はRADIUSを信仰し、RADIUSの奉じる社会に貢献しているのだろう。

 敬虔な老人の、真っ直ぐな想いを、歩とヘレナは確かに感じ取った。


「……さァ、さァ、着きました。こちらが、会員達の談話室になります」


 暫く歩いた先で、歩達は一つの部屋に辿り着いた。

 他の部屋よりも広いその部屋は日差しが良く、他の部屋よりも多くの人々が集っている。

 談話室、というだけあって、好き好きに話していた人々だったが、ヘレナの姿を見るやいなや、黄色い悲鳴が上がる。


「ま、マキナドールのヘレナさんっ!?」

「うそ、本物っ!?」

「……どうも、こんにちはっ」

「わぁっ、本物だぁーっ!」

「さ、サイン! サインくださいっ! えっと、この義手とかに油性ペンで……!?」

「はい、はい、落ち着いて」


 幕引の鶴の一声に、パッとざわめきが止まる。

 満足気に頷くと、幕引はゆっくりと口を開いた。


「今日は、マキナドールのヘレナさんとその整備士さんが見学にやって来てくださいました。皆さんが普段何をしているか、ヘレナさん達に話してさし上げましょう」

「「「はーい!」」」


 人々は快活に応え、歩達を談話室の奥へ通す。

 出された紅茶からは、落ち着いた香りが漂っている。

 ヘレナは物珍しげに手で扇ぎながら、するりと飲んでいた。


「えっと、私達、ここの会員で。手術を受けてから入ったんです」

「皆サイボーグ手術を受けて、此処で義肢を動かす練習をしているんですよ」

「そのミントティーも、私がリハビリとして育てたミントで淹れたんです。どうですか、お口に合いますか?」

「……うん。ミントティーって初めて飲むけど、とっても優しい味ですね。でも、家庭菜園って、大変でしょう?」

「いや、そうでもないぞ」

「えっ?」

「ハーブは放っておいても生えるからな。寧ろ、ハーブ以外を一緒に育てる方が大変だ」


 ヘレナの言葉に、歩が平然と返す。

 言い当てられるとは思っていなかったのか、会員の少女は開いた口を塞げない様だ。


「実際は、増え続けるハーブを抜く作業で苦労したんじゃないか? アレを義手でやるのは難しそうだ」

「そ、そう! 皆の育ててる野菜の所にも生えちゃうし、抜いても抜いてもまた生えちゃうから、終わんなくて!」

「アレは根っこまで取り除かないとまた生えてくるからなぁ。土を根こそぎひっくり返さないと終わらねぇよ」

「……歩くん、よく知ってるね?」

「まぁ、下東京でも野菜は作れるしな」


 ヘレナは知らないことだが、歩も下東京に菜園を持っているのだ。

 勿論、ハーブにも手を出したことがあり、大量増殖したそれに手を焼いたことは、彼の苦い思い出となっている。

 ハーブ生育は計画的に。それが歩の得た反省点であった。


「……と、とにかく、そのお蔭で、一ヶ月くらいで指が上手く動くようになったんですよ!」

「それは凄いなぁ。私、指を動かすのは結構かかったよ」

「……リハビリって、そんなにかかるのか?」

「うん。部位にも依るけど、最初は思い通りに動かすのに凄い時間がかかるんだ。私の時はいきなり全身だったけど、大体、半年くらいかなぁ?」


 のほほんと言うヘレナに、ぎょっと歯車の会の人々が目を剥く。

 おや、と歩が首を傾げると、情報を補足すべく幕引が口を開いた。


「普通の人なら、片手でも半年。全身なら歩き回れる様になるまでに……二、三年は必要でしょうな」

「あ、あれ?」

「つまり、ヘレナ様が素晴らしい努力を修められたということですな。いやはや、流石はマキナドール様です」


 幕引の言葉に納得した様に、会員達が拍手する。

 ヘレナは照れ臭そうに頬を掻くが、やがて真剣な眼差しで答えた。


「あはは……でも私の頃には、こういった活動はありませんでした。RADIUSと一緒に、ずっと、ずっと、身体を動かす練習をするだけだった」

「……ヘレナ」

「だから……だから今、皆で集まってリハビリ出来るということは、凄く羨ましくて、それと同じくらい良いことだと思います」


 一人でやるより、皆でやる方が、苦しいことは少ないから。

 ヘレナがそう言って微笑めば、歯車の会の面々もふわりと微笑む。

 疎外感を感じる歩であったが、義肢が無ければ分からない苦労というのもあるのだろう、と自分を納得させた。

 そんな歩を知ってか知らでか、幕引は鷹揚に頷いてみせた後、ヘレナへと話しかけた。


「この後は食事会を予定しております。その後は……」

「その後は?」

「……ヘレナ様お一人に、お見せしたいものがありますので、お呼びするまで、貴賓室でお待ち頂けますな?」

「…………」


 来たか、と歩が身構える。

 そう。今回はただの見学ではなく、潜入捜査として入り込んだのだ。

 歩としては何事もなければ忍び込んで探る予定だったが、相手からアプローチしてくれるなら丁度いいというものである。

 ヘレナも、ゆっくりと目を閉じて、頷いた。


「……はい。楽しみにしてますね」


 その意思を、包み隠す様に。


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