1.新しき時代、新しきモノ
今回から第二章が始まります。
本格的に動き始めるマキナドールの活躍に、ご期待下さい!
「――くらえっ! プラズマ・スラァーッシュ!」
「「ぐ、ぐわああああああああああッ!?」」
そう言い放った鎧とマントに身を包んだ少女、九代目マキナドール・スラが、彼女の身の丈ほどある大剣プラズマイオスを振り抜く。
その瞬間、プラズマイオスは空気中から掻き集めた電力を放出し、紫電の波が民衆を襲い、金品を奪う一団に襲いかかった。
彼らの大半は雷に身体を穿たれ、痙攣しながら倒れていく。
その光景を忌々しげに見ながら、敵の首魁“黒野盗”が吠えた。
『――おのれ、マキナドールッ! またも俺様の邪魔をッ!』
「覚悟するんだね、黒野盗ッ! 今日こそボクが、お縄を頂戴してやるっ!」
『ほざけッ! 今日こそ貴様を八つ裂きにしてくれるわァッ!』
黒野盗は中東の小刀、カタールを両手に、スラへと切りかかって行く。
風を斬り、合金製の床を穿つ猛攻を前にしても、スラは一歩も退く事は無い。
時に最小限の動きで避け、時に剣で弾き、時に鎧で受けていく。
最先端の技術で造られた剣と鎧は、時に変形し、時に装甲を切り替えて主人を助ける。
しかし敵もさるもの。スラが一閃する間に、彼は十の剣を閃かせる。
一歩も退かずとも、状況はスラの劣勢に追い込まれていた。
これには観衆達も思わず、固唾を飲んで見守る。
『はははッ! どうした、顔が強張っているぞ!』
「この、くらい……!」
『逃げたいか? 苦しいか? ――だが、逃がさん! 貴様は今日! 此処で! 俺様の手にかかるのだッ!』
「……誰がッ、逃げるもんかァッ!」
スラの渾身の一撃を、黒野盗がカタールで受け止める。
重い一撃を難なく受け止め、鍔迫り合いに持ち込む彼もまた、歴戦の戦士であった。
そんな彼を、正攻法から倒すのは難しい。
しかし、スラは決して小細工を使おうとはしなかった。
「私はっ、初代みたいになるんだ……ッ!」
悪党との正々堂々の真っ向勝負。それこそがマキナドールの華舞台。
スラは初代マキナドール・ヘレナの活躍を憧れに、マキナドールとなった少女だ。
彼女の様に戦いたい。彼女の様に勝ちたい。彼女の様に、皆の為になりたい。
その憧れこそが、スラの原動力なのだ。
「こんなところで……負ける、もんかァァァァッ!!」
スラの全身は、サイボーグの戦士マキナドールの例に漏れず機械である。だが、脳だけは人のそれだ。
脆弱な脳は、それ単体では何の意味も持たない肉の塊だが――。
――そのスラの“生身”が、“機械”を後押しした。
『ぐ、ぬゥ……ッ!?』
拮抗した鍔迫り合いが、徐々にスラの優勢に傾く。
黒野盗も抵抗を試みるが、白熱する大剣は、彼のカタールを徐々に破壊し――。
「っだぁぁぁぁぁッ!!」
『が、ガァアアアアアアッ!?』
――カタールごと、黒衣の盗賊を斬り裂いた。
身体から火花と黒煙を吹き上げる中、黒野盗は弱々しく呻く。
『ぐ、く……俺様の、負け、か……ッ!』
「観念しろ! その傷じゃ、抵抗なんて無意味だ!」
『……無意味、か。それは、そうだ。口惜しいことにな……!』
ゆらりと立ち上がる黒野盗。
今にも爆発しそうな身体を引き摺りながら、彼はスラへと呪詛を吐いた。
『……だが、覚悟するがいい、マキナドール! 貴様が如何に悪を討とうとも、如何に闇を払おうとも、絶望がお前を襲うのだ! その時は……!』
黒衣に包まれて尚、その双眸がスラを射抜く。
狂気を伴ったその瞳は、一瞬だけ寂しげになり、次いで昏い愉悦の色に満たされた。
『……その時は、あの時俺様に殺されておくんだったと、後悔するんだなァ……?』
「どういう……ッ!」
『ヒャァハハハハハ! さらばだ、マキナドールゥッ!』
次の瞬間、爆炎と共に黒野盗は四散した。
その身体の、機械の破片が無残に散らばっていく。
長年の好敵手の喪失。戦いの決着。告げられた謎の言葉。
その全てを飲み込んで、スラは剣を掲げる。
「……例え、絶望が何度、上東京を襲っても!」
その白熱した大剣は、民衆を暖かく照らす。
その光が届く範囲、上東京一帯こそが、彼女の正義の証なのだ。
「私達マキナドールは、絶対に負けない!」
高らかに告げられた言葉に、全ての民衆が沸き立つ。
スラ達マキナドールの活躍によって、今年も上東京は救われたのだ!
そして平和が乱される時、また新たなマキナドールが立ち上がる。
戦え、マキナドール! 上東京の平和を守るために!
戦え、マキナドール! 幸福と利益を守るために!
戦え、戦え、マキナドール!
***
「――くぅーっ! スラちゃんカッコいいなぁっ! 流石、私の後輩だねっ!」
「……おい。おいコラ」
ビデオの再生が終わり、感無量とばかりにヘレナが悶える。
ポップコーンを片手に映像を眺めていた歩がそれを見て、漸く口を開いた。
「何だこれは?」
「先代マキナドールの、ヘレナさんお手製切り抜きVTR集! スラちゃんはね、マキナドール界きっての体育会系マキナドールなんだよっ! とっても努力家なの!」
「それは今見たから知ってる。……ヘレナ。俺は五分くらいの映像でいいって言ったよな?」
「うん」
「何でそれが、六時間になった?」
「折角だから、私達マキナドールの活躍を、歩くんに知ってもらいたいなって!」
「うん、アンタがバカだってよく分かったわ」
「ひどいっ!?」
ショックを受けて頭を抱えるヘレナだが、六時間ぶっ続けでビデオを見続けるのは生身では厳しい物がある。
先代マキナドール・スラの活躍はそれはもう手に汗握る物で、最初はただ初代マキナドールに憧れるだけの少女が、数々の強敵や事件、そして心優しい人々との触れ合いを通して真のヒーロー・マキナドールとして成長していく様をありありと映していた。
特に、友か市民かを迫られ、自分の正義に目覚めることで双方を助けることに成功した時は、歩でさえ涙を流しそうになった程だ。
……正義に目覚める切欠が、事前に行われた初代マキナドールとの邂逅でなければ。
目の前の残念娘と、映像内の正義の味方が微妙に結びつかず、歩は盛大に溜息をつく。
そうして、さっさと自分が求めていた結論を打ち出すことにした。
「取り敢えず、ちゃんと映像も見られるんだな?」
「うん。大丈夫。五分でも六時間でもバッチリだね!」
「そうか。じゃぁ調整はこのくらいで大丈夫だな」
そう言いながら、ヘレナはテレビのチャンネルを変える。
しかし、盲目の彼女が、何故ビデオを見られるのか?
その理由は彼女の隣に座る少年、専属整備士の伊須都歩にある。
顔に装着しているバイザーが彼の感覚を送信する事で、ヘレナに視覚を与えているのだ。
あれから二日。時間をかけて作り直した、感覚送信機の改良版であった。
以前より感覚を鮮明に、かつ何処でも送信出来る様に、衛星通信の利用を行っている。
問題はまだまだ山積みではあるが、前回より遥かにスペックを増していた。
「でも凄いね、これ。前は視覚だけだったけど、今は何か、身体がぽかぽかする!」
「俺の感覚が、全部送られているせいかな。本当は視覚だけの方が、脳の負担とかに良いとは思うんだが、中々上手く調節が効かないし……何よりヘレナ自身の目で見える様に代用品で視覚を繋げたいんだけども、どうにも繋がらなくて……」
「……ううん、このままで良いよ」
ブツブツと呟く歩に、ヘレナは微笑みかける。
たまに浮かべる淋しげな笑みとは似て非なる、穏やかな笑みだった。
「そうか?」
「うん。だってこれ、凄く安心するもん!」
そう言って、ヘレナは自身の身体を掻き抱いた。
身体の中を巡る暖かさを、逃さない様に。
「……フルボーグには、生身がないから、かな」
フルボーグ。脳を除く全身を機械化した人間を指す言葉。
その意味通り、彼らには生身の感覚がなく、脳という糸で操り人形を動かす様な「違和感」がある。その違和感を消す為に、彼らは人らしい容姿と、人らしい生活を好むのだ。
そんな彼女にとって、歩から感じる生身の感覚は、とても好ましい物なのだろう。
歩はその意思を汲んで、ゆっくりと頷く。
「そうか。じゃぁ、残しておく」
「ん。ありがとね、歩くん」
「別に、仕事だし」
「そっかー、仕事なら仕方ないかー」
「……ふん」
「ふふふー」
ぶっきらぼうに言う歩だったが、それが素直になれないからだというのは、ヘレナには丸分かりだ。
何せ、その思考さえも、ヘレナに送信されているのだから。
その不器用さが嬉しくて、ヘレナはにっこりと笑う。
そっと彼女が、手探りで歩を抱き締めようとして……。
『では、完成ということでよろしいですか?』
「あぁ、取りあえずは」
「ふぎゅっ!?」
……突如振りかかった声に邪魔され、ずっこけた。
伝説の英雄とは思えない程に情けない悲鳴に、歩は呆れた様に言う。
「何やってんだ、アンタ」
「全然、タイミングが、よろしくないぃ……っ!」
『おやおや』
声の主……二人の居場所を与えたRADIUSが、いつもの無機質な声で誤魔化した。
ちなみに此処は上東京の最上部、上神田の行政区画だ。
この行政区画はRADIUSの居城であり、執務室でもある。
と言っても、RADIUS個人の為にあるのは、“自身”の一部、量子コンピュータを収める中枢だけだ。
その他はRADIUSとの会議や、物理的な書類のやり取りが必要な者の為に設けられた部屋ばかりである。
……その部屋も、使われなくなって久しいが。
二人がいるのは、その使われなくなった一画を改造した、所謂「ガレージ」である。
元々はRADIUSが誂えた機材と調度品が並べられた、とても無機質な部屋だった。
しかしそこに歩が下東京から家具を持ち込み、ヘレナが可愛らしい小物や衣装の置き場にしたことで、行政区画の中でそこだけが、三人の秘密基地の様になっていた。
三人共、この部屋を気に行っていた様だが、特に歩はそれが強く、上東京にいる時は専ら此処にいる程である。
『お邪魔でしたか?』
「ぜーんぜんっ。RADIUSならいつでも歓迎ですよーっだ」
『それは良かった』
下東京から持ち込んだソファに座り、悪態をつくヘレナ。
ぎし、と派手な音が上がるが、これはスプリングが古いせいだと彼女は自分に言い聞かせる。
尤も、そのスプリングは昨日交換したばかりなのだが、敢えてそれを指摘する程、歩もRADIUSも野暮ではなかった。
「なぁ、RADIUS。ちょっといいか?」
『はい。何でしょう、歩様』
「ヘレナの目なんだが……これって、カメラとかの映像とかをヘレナに流せないのか?」
『……検索中』
歩の問いは、感覚送信機以外での視界の確保についてであった。
脳に直接送り込むのは同じだが、歩の感覚を全て送るのは、些か情報量が多く、フルボーグでなければ情報過多となってしまうだろう程だ。
加えて、視点も本人の物とは異なる為、灰尊との戦いのような緊急時はともかくも、普段使いするには余りに危なっかしいものである。
それを解消出来ないかと尋ねるのは、整備士としていい着眼点だろう。しかし――。
『……申し訳ありませんが、それは許可致しかねます』
「どうして?」
『カメラ映像を脳に送ることは、脳に多大なストレスを与え得るからです』
――RADIUSはその質問を“却下”した。
彼女は珍しく少し考え込み、イメージを映すことなく歩達に語る。
『そもそも、ヘレナの盲目は、脳に接続する機械の異常が原因です。なので、義眼の交換は意味をなしません』
「それはわかってる。だから、脳に直接視覚を送ってるんだし」
『はい。ですがカメラの映像は、“肉眼で見たもの”とは異なります』
RADIUS曰く、それは大きな隔たりである。
そもそも脳は、眼球を通して獲得した“映像”を都合よく解釈することで、現実世界と触れ合っている。だまし絵などが成立するのも、この解釈が原因だ。
しかし、カメラは事実のみを撮影する。
眼球を通して送られるなら、脳も解釈する時間を与えられるため処理が可能だが、脳に直接送信する場合はその時間が与えられず、受け容れる為の処理が間に合わなくなってしまうのだ。
『この為、常用すれば脳或いは精神に異常を来してしまう可能性が高いのです。管理A.Iとしては、その健康被害を許容致しかねます』
「そうか……俺の視点よりも、ヘレナの視点そのままの方が戦いやすいかな、とは思ったんだけどなぁ」
「そう考えてくれるだけで、すっごく嬉しいから大丈夫だよっ!」
ゆっくり頑張ろう? と励ますヘレナに、歩ははにかみながら頷く。
そんな中、ふとRADIUSの表情にノイズが走った様に見えたが……それは一瞬のことであった。
彼女はそれを気にすることなく、鷹揚に次の話題へと舵を切る。
『では、RADIUSからのご用件を通達してもよろしいですか?』
「あぁ。どうしたんだ?」
『はい。今回の用件は三件。まず、テレビを御覧ください』
「もうテレビは充分見たんだが……」
『まぁまぁ。良いニュースですよ』
そう言いながら、RADIUSはテレビのチャンネルを切り替える。
子供向けアニメを楽しんでいたヘレナが「あーっ!?」と声を上げるが、流れ始めた番組に意識を移させられた。
テレビには男女二人のニュース・キャスターが映っており、スーツ姿の二人は流麗な声で読み上げる。RADIUSが報道していないということは、民間放送だ。
『――では、続いてのニュースです』
“祝! 初代マキナドール・ヘレナ、正真正銘の大復活!”
テロップが画面に挟まれ、歩は勿論、ヘレナも目を丸くする。
そんな本人達の驚きを余所に、女性キャスターは何処か嬉しそうに、男性キャスターは彼女の情報を補足すべく口を開いた。
『昨日二〇時、上東京管理政府は十代目マキナドール・ヘレナ氏がテロリストの逮捕に成功したことを発表しました』
『ヘレナ氏は初代マキナドールを勤められたベテランであり、十代目としての輝かしい功績は、今回が初となります』
『最上級管理A.IのRADIUS氏は、「私達の知るヘレナが戻ってきた」とコメントし、行政としてもその期待は大きい物と見られています』
『上東京にお住まいの皆さんも、その活躍に大きく期待していることと思いますが……初代マキナドールとしての活躍は十年も前でしたか。私はキャスターとして新人だった頃ですが、そちらは小学校くらいですか?』
『えぇ、あの頃は小学校の三年生でしたが、学校ではヘレナさんのことで持ち切りでした』
女性キャスターは懐かしむ様に、とても嬉しそうに口調を弾ませた。
『テレビに齧りついて、次の活躍はまだかなって。ずっとニュースを見ていましたよ。ヘレナさんが出るコマーシャルの商品を買い集めて自慢する子もいて、私も欲しい! って母にせがんだり』
『では、それ以降のマキナドールの活躍も?』
『勿論、見てました。私の青春、って言っていいくらいです。でもやっぱり、格好良くて、誰にでも優しいヘレナさんが、一番大好きですね』
『成程。なら、今後も十代目マキナドール・ヘレナ氏に期待ですね?』
『はい! ヘレナさん、頑張って! 見てるか分からないけど、応援してますっ!』
『では、続いてのニュースです。食品加工のバルゼー社が養殖していたバイオマグロが反乱を起こした件について、バルゼー社が記者会見を……』
ニュース番組を最後まで観ることなく、RADIUSはテレビの電源を切る。
歩はほう、と感心すると、感激の余り口元を抑えるヘレナへと目を向けた。
「……アンタ、やっぱ凄いヒーローだったんだな」
「だったじゃないもん……でも、凄く嬉しい……!」
『おめでとうございます』
「うんっ!」
RADIUSが優しく言うと、ヘレナも眩い笑顔を咲かせる。
それに鷹揚に頷くと、RADIUSは打って変わって、冷たい口調に切り替えた。
『……次は、面会です』
「面会?」
『回線を繋ぎます』
「え、おい。まだ誰かも聞いてな……」
有無を言わさず、RADIUSが壁面に映像を展開する。
取り付く島もない対応に目を丸くする歩であったが、次いで映し出された人物に、彼は眉を顰めることになる。
『これはこれは! ご機嫌麗しゅう、マキナドール!』
「……どうも、簿社長」
その姿を例えるならば、豚がスーツを纏っている、といったところだろうか。
下品に脂肪を蓄えた中年の男は、その肉を揺らしながら笑っている。
男を見て、歩は下東京で見つけたランチョンミートの缶を思い出した。長い間放置され、劣化したが故に味が無く、脂肪で胃を悶えさせるそれは、歩とてそう好んで食べる物ではない。
『君の活躍は聞かせて貰ったよ。良くぞテロリストを捕えてくれた! やはり君は英雄だ!』
「はい、ありがとうございます」
『これからも是非、この都市の為に活躍してくれたまえ!』
「……はい、精進させて頂きます」
ヘレナはいつの間にか立ち上がり、まるで軍人の様に敬礼していた。
しかしポーズに反して、その言葉はいつもの様な感情味が薄れている。
二人の首を傾げる歩だったが、その疑問を解消すべく、RADIUSから耳打ちされる。
『簿済満。r.U.r社の社長です』
「r.U.r社の?」
『はい。r.U.r社は私の開発元であり、上東京の提携先としては最大手です。その為……』
「……この街の権力者ってか」
『えぇ。それも、とても上位の』
企業の影響力というのは、二一一七年になっても変わらず……否。昔よりも強くなっていた。
世界的に民営化が進んだ結果、政府が行うべき職務は大きく減り、RADIUSが運営する上東京でさえも、必要な業務の六割を民間企業に委ねている。
そしてその中でも最も重要な、都市機構を担っているのがr.U.r社であり、この機械の浮島はr.U.r社によって賄われていると言っても過言ではない。
そうなれば最高権力者であるRADIUSも、その下に就くヘレナも、彼らの意見は無碍にできない、ということなのだろう。そう納得した歩は、面倒そうに済満を見つめた。
『やぁ、君が伊須都君だね?』
「そうだけど」
『噂は聞いているよ。傷付いたヒーローの為に献身する、勇敢な少年技術者! 素晴らしい! 君の活躍を大々的に讃えたいのだが、よろしいかな?』
「やめて欲しい」
『そうかね! ではささやかに報道させて貰うとしよう!』
「……そうかよ」
人の話を聞いているのかいないのか。済満は実に楽しげに腹を揺らす。
対する歩は腹を立てていたが、怒鳴るとヘレナ達に迷惑がかかってしまうので、努めて冷静であろうとしていた。
よく分からない会社自慢――r.U.r社は実に多岐に渡る商業展開を行っており、主にその説明であるが、歩はその技術以外に興味はない――を歩が聞き流していると、済満は再び笑って言った。
『では、より良い治安! より良い利益の為に! 頑張りたまえ、諸君!』
不成立のウィンクと共に、済満は通信を切る。
一方的なやり取りに、誰ともなく溜息をついた。
……疲れると溜息をつくのは、人もサイボーグも、人工知能も同じなのだ。
『……お疲れ様でした』
「よく言うよあのオジサン。この間は“中古品でもプレミア価値が付くということを証明しておくれよ!”……とか言ってた癖に」
「そりゃ失礼だな」
「でしょ、でしょ? やっぱりヘレナさんは若くてピチピチだし……」
「ヴィンテージ品は飾るだけでも価値があるってモンだ」
「むきぃーっ!?」
ヘレナが奇声を上げながら、歩をソファへ引き摺りこむ。
もみくちゃになりながら、抱き締めるヘレナとそれから逃れようする歩。
そんなじゃれ合いを眺めながら、RADIUSはゆっくりと告げた。
『お楽しみのところ申し訳ありませんが、次の用件を遂行致します』
「このままでいい?」
「だめ!」
『はい。お好きな姿勢でお聞きください』
「やめろってばーっ!」
ヘレナ程になると、素人相手なら目を瞑っていても勝てるというのか。
寝技に持ち込まれ、嫌と言う程に太腿を堪能させられた歩は、顔を真っ赤にさせて天井を見上げるしか出来ない。
それを気遣ってか、RADIUSは天井に映像を映し出し、説明を開始した。
『現在、上東京では信仰の自由を認めています。その為、上東京でも様々な宗教団体が活動を行っているのですが……』
宗教団体、と聞いて、歩が眉を顰める。
二一一七年に至った今、多くの市民にとって、宗教とは胡散臭いものである。
勿論、RADIUSの言葉通り、上東京はどんな信仰を抱くのも自由だ。最近はVRを使えばいつでも神社や寺、教会などに行くことが出来るし、道端には今も地蔵が置かれていたりする。
例年通りクリスマスを祝って除夜の鐘を突き、初詣に出かける市民が殆どだ。
しかし、信仰という程ではない。手を合わせ祈りはするが、苦しい修行をしたり、神の為に人生を費やす、なんてことは誰もしないものである。
科学技術が進歩し、RADIUSという有知有能な統治者がいる以上、物質的にいるかも分からない全知全能に救いを求める必要がまるで無いからだ。
精々が昔ながらのライフスタイルとして、その生き方を採用した人々くらいだろう。
……とはいえ、全くいないかと言われれば、そうでもない様で。
『……少々、奇妙な方々がおりまして』
「どういうこと?」
『それが、アー。私も困惑を隠せないのですが……』
RADIUSの声が、珍しく困惑と照れを含んでいる。
やがておずおずと、彼女は結論を述べた。
『……私を信仰されている方々が、事件の発生源なのです』
「「はぁ?」」
何を言っているのか分からない。そう言いたげに二人が口を開く。
RADIUSもまた、自分だって訳が分からないとばかりに口を噤んでいた。