おっ月さん、嗤う(卅と一夜の短篇第15回)
夜の光が空から降り注ぐ。光は力の源だ。
わたしはムーンマン。悪事をなす満月の狂人だ。ケケケケケ!
手始めに隣人が仕掛けた罠網から漁獲物を盗んでやる。わたしは夜の川にざぶざぶ入り、石で囲った罠網からウナギを全部かっぱらう。魚籠のなかをウナギでいっぱいにしていると、人影が見える。若い男女が浅い川の真ん中で抱き合っている。こりゃ、見られたな。こいつら、隣人にわたしがウナギを盗んだことをご注進におよぶに違いない。そこで川のなかから手ごろな大きさの石を取り上げ、ウオーと吠えながら、石を二人の頭に向かって振り下ろす。頭が卵の殻みたいに割れて、二人は、アッと叫んで、両手を上に投げ出し、ばたりと後ろに倒れる。川の流れが二人を下流へと運んでいく。たぶん、明日の朝までは見つからないだろう。見つかるとしても、下流の町だ。もちろん、他のムーンマンが隣のやつの仕掛け網を荒らしてやろうとしたら、別だが。
すると、ムーンマン特製のいい考えが浮かぶ。この血まみれの石を隣人の家の庭に投げ込んでやる。下流の町の警察が逮捕状をふりまわしながら、隣人の家のドアをぶち破り、隣人と隣人の女房をしょっぴく。ケケケケケ。
わたしはムーンマン。満月の狂人。ウナギでいっぱいの魚籠を腰から下げ、さらなる悪事を考える。県道沿いの温泉付き老人ホームでは月に一度の夜更かし麻雀パーティの真っ最中だ。ここでムーンマン的おもいつきと鰻が融合し、最高の悪事が万年筆となって、わたしの頭脳に舞い降りて、素晴らしい計画の青写真を描く。
老人ホームの裏手の外側階段で屋上へ登り、専用の貯水タンクへウナギを一匹残して、全部ぶちまける。そして、階段を下りて、老人ホームの灯りがやんわり落ちる道端のベンチに座り、叫び声と人が倒れる音がきこえてくるのを待つ。すると、阿鼻叫喚。バタン。バタン、バタン。蛇口からウナギが出てきたに違いない。酸素を二酸化炭素にするしか能のない年寄りが三人、心臓麻痺でくたばった。ケケケケケ!
月の光を浴びながら、ムーンマンはさらなる飛躍を遂げる! 年寄りをやったら、次は若人たちを的にかける。でないと、大自然のバランスが崩れてしまう。
市内でももっともうるさい騒音の巣窟であるナイトクラブへ、用心棒みたいなでかい男がわたしにたずねる。
「何か危険物は持ってるか?」
「いや。ウナギが一匹だけ」
クラブの建物に入ると、ノイズとヤワな電気の光がバチバチしている。なかの若人たちはみな体をくねらせて踊っていた。ムーンマンも踊る。シャツの襟を引っ張って、自分の背中にウナギを入れて、そのウナギのウネウネするのにあわせて、わたしもウネウネ踊る。踊りながら、男子トイレに何とか移動する。
個室では若人たちがドラックとセックス、あるいはその両方に励んでいる。ゲロにまみれて、倒れている女子高生をまたぎこし、目当てのものを見つける。ガス管だ。掃除用具をしまっている小部屋からレンチを失敬して、ガス管を少し緩めてやる。誰にも気づかれず、ガスが充満するようにしてやるのだ。ここでタバコをつける。まだ爆発するほど、ガスは漏れていない。あと十分はかかる。タバコを近所の喫茶店の紙マッチに挟んで、ゴミ箱に入れ、トイレットペーパーのロールを二つぶち込む。そして、わたしのパンツのなかで休んでいるウナギを外側から叩いて、シャツの背中のほうへと追い出し、ウネウネダンスをしながら、外に出る。あと十分もすれば、タバコの火が紙マッチの頭のリンに点火し、全てのマッチが燃え出して、トイレットペーパーを燃やし、それが派手にメラメラ飛び出して、ガスに引火する。多分、二十人は死ぬ。プラスわれ先に外に出ようとする若人たちが将棋倒しになって、最終的なスコアは四十は堅い。火事から爆発、将棋倒しのコンボで二倍のボーナス!
わたしはムーンマン。スコアを稼ぐ狂人。ケケケケケ!
背中のウナギを外に出し、その頭を噛み千切る。気色悪くて吐きそうだが、狂人になりたかったら、辛抱が必要だ。
食いちぎったウナギの頭を満月にささげるべく、空を仰ぐ。
すると、そこには月はなく、天の川がさんさんと夜の光を町へと注いでいた。
なんてこった! わたしが浴びていた光は月ではなく天の川のものだったのだ!
すると、わたしは意気消沈する。力の源たる満月がないことにすっかりしょげる。身の置き場に困り、道端に縮こまる。口からウナギの頭がポトリと落ちる。川で殺したあの二人は織姫と彦星というわけか。
「あの、大丈夫ですか?」
道端でうずくまるわたしに若者が声をかける。ショートヘアの少女、あるいは長髪の少年にも見える若人だ。
「ほっといてください。わたしはただの男なんです」
「だいぶ元気がないみたいですけど」
「ええ。そのとおり。だから、ほっといてください」
ショートヘアの少女、あるいは長髪の少年にも見える若人は肩をすくめ、立ち去る。
わたしはムーンマン。月のない普通の男。
いや。
生まれ変わって悪事を働く。手ごろな石を持ち上げて、手ごろな頭を探す。
すると、電灯の下を歩いていく、さっきの若人の姿が目につく。
手始めにあの頭を叩き割ってやる!
わたしはミルキーウェイ・マン。天の川の狂人。ケケケケケ!




