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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第16章「100人分の悪夢」
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第16章 08話 調教の成果

「どっせい!」


 ドニエプルが気迫とともに地を蹴り、ショルダータックルを半魚人マーマンに叩き込んだ。マーマンは空中をすっ飛び、焦げ付いた岩に思い切り背中を叩きつけられ戦闘不能。


 次いで低空を音もなく滑る幽鬼レヴナントに”聖炎の構え”から繰り出される対アンデッド闘法が炸裂し、ほとんど打ち合いにすらなさず消滅させた。


「しょせんこのとおりですなあ!」


 次々と敵の化け物を叩きのめすドニエプル。モンクにとっては相性のいい相手だ。乗りに乗っていた。


 だが敵はアンデッドとマーマンだけではない。


「うあああ!」


 一番手近なところにいたアリオク海軍の切り込み隊が、クラゲの集合体のような半透明のなにかに飲み込まれ、窒息させられそうになっていた。


「水の精霊獣エレメンタルビーストだ!」


 セラが叫んだ。その視線の先には、クラゲの集合体を思わせる半透明の精霊獣を操るマリンエルフの姿があった。


「精霊獣というと、アリオク市のマーケットで現れた?」とドニエプル。


「そうだ。精霊を水に憑依させて生み出す即席のゴーレムのようなもの……まずいぞ、あの兵士このままでは死ぬ」


「術者を止めればよいのですね?」黒薔薇はそう言ってセラたちの前に出た。


「白百合たちにお任せですの!」白百合も同じよう空中を浮遊して移動する。


 言うやいなや、精神集中をしているマリンエルフに地面すれすれを滑るようにして近づき、超精神術サイオニクスを発動させた。


「うぐっ」


 マリンエルフは急に頭を抱え、のたうち回った。同時に精霊獣の形象が崩れ、ただの海水になって水たまりを作った。


 黒薔薇と白百合によるサイオニクスで相手の脳エーテル波をかき混ぜ、ひどい頭痛を生じさせたのだ。”脳震ウェーブ”と呼ばれる術だ。


「すまない、君たちのおかげだ」


 九死に一生を得た兵士がドニエプルたちに礼を述べた。まだ若く、彼もマリンエルフだった。


「いったいなぜ同胞同士で殺し合わねばならないのか……これもセイレーンの仕業か」


 歯噛みするマリンエルフの兵士の言葉に、セラは無意識に周囲を見渡した。どこかに気配を感じたような気がした。だが、本当に気がしただけなのか。


 そろそろ大物が釣れるころかもしれない。


     *


 一方、セラたちに先行してアッシュとカルボはムルムル島の”穴”に向けて進路を切り開いていた。


 手に手に武器を構えたペイルマン・ウォーリア、ペイルマン・パイレーツらの頭を叩き潰し、あるいは武器の持ち手を手首ごと吹き飛ばす。


 マーマンの膝を砕き、立てなくなったところに顔面へキック。あごを叩き割り、青い鼻血を吹き出させる。


「次!」


 アッシュは三体同時に現れた普通のマーマンふたり分ほどの体格があるエリート・マーマンを見据え、黒鋼のメイスを構い直した。


「カルボ!」


「あいよー」


 アッシュの後ろについて走っていたカルボが、気の抜ける返事をしつつ胸に斜めに掛けているホルダーから軍用エリクサーを引き抜き、投げた。


 瞬間、ものすごい爆音と閃光がはじけ飛んだ。爆発時に強烈な音と光を発して視聴覚を狂わせ無力化するエリクサーである。これを食らって平気な顔をしていられるものはいない。事前に閃光手榴弾が投げられることを知っていたアッシュでさえ一瞬立ちすくんでしまうほどだ。


 だがもろに食らったエリート・マーマンはそれどころではない。もともとまぶたのない半魚人である。眼をつぶることもできず、ただ困惑の悲鳴を漏らすだけの生臭い魚に成り下がった。


 そこに待っているのはアッシュのメイスだ。肘の靭帯が引きちぎられ、側頭部にフルスイングをくらい、ウロコを突き破って打撃の衝撃が内蔵まで届いた。


 それぞれがとどめの数発を食らい、エリート・マーマンはあえなく全員死亡。


「作戦成功ぉ!」


 カルボが場違いにのんきな笑顔になった。それを見ていると、暴力の嵐となっていたアッシュの心が落ち着いてくる。


 人間に戻れたような気分だった。


     *


 まるで近海一円のマーマンと、ここ数百年でアリオク海で死んだ海難者が全てアンデッドとなって蘇って、それらがまとめてムルムル島に集結しているかのようだった。


 猛烈な砲爆撃を彼らがどうやって切り抜けたというのか。


 まるで誰かが操って、砲撃のときには海に潜って耐え忍び、アリオク軍が切り込みに入ったタイミングで上陸して行く手を妨害しているかのようだ。


「まるで、じゃなくて操られてるんだ」セラは焼け焦げた丘の上に立つ、異様な風体の女を鋭く睨みつけた。「そうだろう、セイレーン!」


 セラの声が空を突き抜けるように響いた。


 イソギンチャク、珊瑚、ウミウシ、クラゲ、ヒトデ……海の中の奇怪な生き物を組み合わせたような女体に、背中から4本のイカめいた触手が生えている。女怪にょかいセイレーンである。


「ドニ、クロ、シロ」セラは彼らを振り返ることなく言った。「一対一でやりたい。手助け無用だ」


 ドニエプルたちはただその背中を見守るだけで、肯定も否定もできなかった。


 腰のショートソードを抜き払い、セラは敵に向かって丘を駆け上った。


     *


 ザパ=リーンは強烈な法悦感に包まれていた。


 かしずくマーマンたちに命じ、できたて(・・・・)のエリクサーがたっぷり注入された肉塊を冷え切った水面の中に次々と投じさせた。


 肉塊の材料はマーマン自身のものも混じっていたが、彼らにはあまり倫理観が存在しないらしく、気にする様子は見受けられない。


 作業は10分ほどで終わり、ザパ=リーンは自分で手を動かしたわけでもないのに防寒着の下で汗ばんでいた。


「わ……わたしの……」


 何かをいいかけてザパ=リーンは咳き込んだ。阿呆のように口を開けていたため、喉元が冷え切っていた。


「研究がついに完成する!」演説するかのように大きな身振りをして、「半年の間、吟味に吟味を重ねたエリクサーの配合! 呪印を氷に刻み込む技術の開発! 凍てついた氷穴で私はついにここまでやり遂げた! 見よ!」


 マーマンは何の反応も見せず、パクパクと口を開け閉めした。


 ザパ=リーンは大氷堂から続く水面まで近づき、覗き込んだ。恐ろしく澄みきった青い水には、先ほど投げ入れられた肉塊が赤黒い血の薄衣をたなびかせている。さらにその下。鍾乳石が牙のように生えている底面に、何か(・・)がいた。


 ごうん、と地響きがした。


 水底の何かが蠢いていた。


「ひひっ、食ってる食ってる。そうだろう、ここひと月は何も与えなかったからなァ」


 大きな手が肉塊をつまみ、クレバスの中に突っ込んでいく。それはとてつもなく大きな口だった。


 食事をしている。嚥下し、次の、その次の、肉塊を食らう。


 ついに最後の肉塊までを食らった。


「よし! よおしよし!」


 ザパ=リーンは、半年の間一度も見ていない空に向かって両手を突き出した。


 澄み切った地底湖が轟々と渦巻き、何かが大きく動き出した。


「行けい! いけいけ!! いいぞ、我にひれ伏せ、化け物め!!」


 大氷堂に地震が起き、壁と言わず天井と言わずヒビが入った。


 ザパ=リーンの頭上から巨大な氷塊が落ちてきたが、何も心配はいらなかった。


 水面から飛び出した巨大な腕のようなものが、氷塊を手づかみし、握りつぶした。


 か弱い主を守るかのように――。


     *


「いやに冷えるな」


 アッシュは鼻の下をこすりながら言った。


 マーマンたちの本拠地と思しき縦穴からは、周りの空気よりもずっと冷たい空気が立ち上っていたからだ。


「降りてみる?」とカルボ。指差す先には大きな鉄の箱があった。どうやらエレベーターらしい。


 アッシュはさんざんマーマンたちの血を吸ったメイスを肩に担ぎ、少し首を傾げた。


「アリオクの兵隊さんに任せるのが一番だ……といいたいところだけど」


「けど?」カルボはいたずらっぽくアッシュの顔を覗き込んだ。


「ちょっとぐらい中を覗いてみたくもある」


「ぐへへ、わたしも」


「じゃあ、行くか」


「うん!」


 アッシュとカルボはエレベーターに乗り込み、凍った縦穴を下り始めた。


     *


 ムルムル島沖で異変が起こった。


 下から突き上げる揺れ、上から引っ張ったように盛り上がる海面。


 砲爆撃を終え、切り込み隊を送り出してようやく一段落ついていたアリオクの軍艦が、高波によって大きく揺らいだ。


「いったい何事だ!?」


 軍艦”ロバート”艦長が床に転げ落ちそうになりながら叫んだ。


 艦橋にいる下士官がそれに負けじと叫ぶ。「2番艦”アンタッチャブル”から入念!(註:テレパシー装置による通信が入った、程度の意)」

 

「読み上げろ!」


「『海面下から浮上するものあり、巨大な海獣――』……」


 下士官の声が途切れた。正確には、轟音で何も聞こえなくなった。


 それは肉眼でも確認できた――とてつもない高さの水柱が”アンタッチャブル”をかすめるようにして立ち昇り、その中から真っ黒な影が現れたのである。


 立ち昇った水柱は滝となって”アンタッチャブル”の甲板に降り注ぎ、船体が大きく揺らぐ。


「……なんだあの巨大さは?」


 老練の”ロバート”艦長は我が目を疑った。


 自分の見間違いであることを祈った。


 祈りは通じなかった。


 浮上した黒い影は100人分の悪夢をつなぎ合わせたがごとき姿をしていた。


 軟体動物のようであり、腔腸動物のようであり、棘皮動物のようであり、甲殻類のようでありながら、類人猿のようでもあった。


 腕があり、腕があり、新たな腕が増えていく。


 その何番目かの腕が、”アンタッチャブル”に叩き込まれた。雷のような音が鳴り渡り、左舷が大きく吹き飛ばされる。だけでなく、腕に触れられた部分に急速に霜が降り、真っ白になって凍りついていく。水しぶきも凍ってひょうになり、さらには空気中の水蒸気までが凍りついてダイヤモンドダストがキラキラと海上を舞った。


「まさか、この歳で本物に出くわすとはな……!」


 ”ロバート”艦長は奥歯を噛み締めた。


 水と氷の悪魔。船乗り全ての悪夢。海の狂王。


 クラーケンの浮上である。


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