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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第16章「100人分の悪夢」
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第16章 06話 軍艦ロバート

 幽霊海賊船とアリオク海軍との戦いは、海兵たちの奮戦によりようよう決着が着こうとしていた。


 接舷してきた腐りかけの船に工作班が突入し、船倉に焼夷エリクサー爆薬を仕掛ける。道中に出てくるアンデッドは、五光宗の僧兵たちが召喚した天使”金色の光を(ゴールデン)取り戻すもの(レトリーバー)”が放つ霊光に打たれて次々と消滅していった。


 そこで軍艦は重エーテル機関を全力で回し、幽霊船から可能な限り遠ざかる。


 3。2。1。


 ある種の感動を引き起こすような爆音とともに幽霊船から火柱があった。


 幽霊船は火に包まれ、船底に穴が空き、生き残った――というのは矛盾した言葉だが――アンデッドたちは炎によって呪われた生を解き放たれ、浄化された。


     *


「それは”セイレーン”だな」


 軍艦”ロバート”艦長はセラたちの話を聞き、そう断定した。


 半魚人マーマンの襲撃をうけた客船は一度アリオク市海軍と合流し、被害状況の確認が行われた。そこで船橋を魔的な歌で制圧した化け物の話をしたところ、疑いようもない態度でセイレーンの名が出された。


「幽霊海賊船団の被害を広めている大物だ」薄い白髪の艦長はまるで釣りの話でもするように『大物』のジェスチャーをした。「ヤツのせいで沈められた船は大小合わせて10を超える。民間人も軍人も関係なく殺されている」


 よく生き残ったものだ、と言って艦長は手足の長い美しいフォレストエルフの女を眺めた。マリンエルフは見慣れているであろうが、フォレストエルフはまず海の都では出くわさないはずだ。


 そのセラは、女怪にょかいセイレーンとの戦いであばらにヒビが入り、カルボのエリクサーで痛み止めをしている。


「残念ながら逃してしまった。面目ない」とセラ。口元を歪めているのは背中のケガのせいだけではない。


「いや、諸君らがいなければ船ごと乗っ取られていたかもしれない。改めて礼を言わせてくれ」


 ところで、と艦長は含みを持たせて切り出した。


「君たちの能力を見込んで提案・・があるのだが」


「提案」


「そうだ。我々アリオク海軍は幽霊海賊船団のせいで貴重な海兵を多く失った。軍艦ごと乗っ取られたこともある。同士討ちをさせられてな、最悪だった」艦長はその時のことを思い出したのか、わずかにうつむいた。「まあ、そんなわけで人員の不足は深刻なのだ。単刀直入に言えば傭兵として君たちを雇いたい」


 セラはなんとなくそのような話をされると察していたのでそう驚くことはなく、「しかし我々には我々の目的地がある。申し訳ないが……」


「いや、そう手間は取らせん」


「と言うと?」


「うむ。我が海軍はさきごろ幽霊海賊船団の出どころ(・・・・)を突き止めたのだ」


「出どころ……ですか」


「ここから南西に進んだ場所にムルムルと呼ばれる小さな島があるのだが、船団はそこを守るような行動を取っている。皮肉にもヤツらの数が増えたことで判明したのだがね」


「そこに攻撃を仕掛けると?」


「いかにも。五光宗の坊主連中が言うには、毎度毎度幽霊船を沈めたところで海底に怨念がたまり、付近の海水がミアズマ化するという。つまり……」


「元から叩かない限り被害が収まらない、と?」


 そのとおりだ、といって艦長は帽子のつばの位置を直した。


「明後日には残存勢力で艦砲射撃を一斉に行う手筈だ。その後ムルムル島に人員を送り込み、完全に制圧する」


「その手助けを私たちにしろと?」


「そうだ」


「危険な任務だ」


「報酬は弾む。それと客船については我々で用意しよう。当然一等客室だ」


 セラは口ごもった。安全を考えれば答えは当然『ノン』だ。しかし客船の船賃を払ったことで懐が寒いことも事実である。それにセラ自身もセイレーンに逃げられ、内心では今すぐにでも見つけ出して射殺してやりたいという気分なのだ。


「承知した。少なくとも私ひとりは参加させていただこう」


 おお、と艦長は白い歯を見せ喜んだ。


「それは助かる。我が海軍は海賊相手なら問題ないが、相手はアンデッドだ。そういう連中と戦える人材が一番欲しいのだよ」


 そういって艦長は片手を差し伸べ、握手を求めた。


 セラもそれに応じ、艦長の手を握った。


「契約成立だ。具体的な報酬については部下から説明させる。よろしく頼んだぞ」


     *


「俺も行く」


 セラの話を聞いたアッシュは、間髪をいれず即答した。顔色は青白く目の下のくまが酷いが、それでもはっきりと言い切った。


「無理はするな、そんな状態では」


 セラの言葉を遮るようにアッシュは首を左右に振って、「上陸するんだろ?」


 幽霊海賊船団の本拠地と考えられるムルムル島には、艦砲射撃ののち腕利きの切り込み隊が僧兵隊とともに突入する手はずになっている。


「船で寝てたってなんにも良いことないからな、おかに上がって敵を倒すほうが遥かにマシだ」


「まったく……」セラは髪の後ろをなでつけて、「カルボ、なんとか言ってやれ。こんな状態で戦えると思うか?」


 カルボは腕組みしてうーんと悩み顔をしてから、「アッシュなら大丈夫じゃないかな」


「……なんだその根拠のない物言いは」


「危険なのはわかるよ。でも、寝てたらっていっても聞きそうにないし」


 アッシュは気だるそうに起き上がってベッドに腰掛け、「そういうことらしい」


 セラは黙り込み、何かを言おうとしてから、結局肩をすくませて勝手にしろと言った。


     *


 アッシュらが乗っていた客船は一度港に戻り、各種の点検が行われてからの再出港が決まった。


 代わりに一行は軍艦”ロバート”に乗り込み、総攻撃の時間を待った。


 ”ロバート”に乗り込んでもアッシュの船酔いは続いたが、それでも客船で全く動けなかったときよりはずっとましになっていた。いままで何の働きもできず寝込んでいたのとは異なり、戦場に突入するという意識が三半規管の暴走を抑えているようだった。


 黒鋼のメイスがいつもの革ケースに入っていることも船酔いの苦しさを忘れさせてくれる。船酔いにメイスは効かないが、アンデットや化け物なら叩き潰せる。


「皆の衆、よろしいですかな」ドニエプルが厚めの紙束を持って船室に入ってきた。「艦砲射撃の日時と突入時の人員配置、その他もろもろの資料をいただきました。よく目を通すようにとのこと」


「ん。確認させてくれ」


 アッシュは資料を受取り、素早くページをめくった。


「だいたいわかった」


「もう!?」とカルボ。


「まあな。三年前まではこんなことばっかりしてたから」

 

「三年前?」セラは目をぱちくりさせ、「そういえば聞いたことがなかったな、アッシュ。お前が昔何をやっていたか」


「聖騎士だ」


「え?」


「……といったら信じるか?」


「いや、なんというか……」


「まあそれは帰ってきてから話すことにするか」


 アッシュのあっさり言った。


 それを聞いたカルボは内心どきりとした。聖騎士だったという話は、仲間の間でも知っているのは自分だけのはずだ。教会から破門されたということも。そんな不名誉の過去を取り沙汰にしようというのだろうか。アッシュの心変わりか? それとも……。


 ――なんだろ、この気持ち。


 カルボは少し不機嫌になっている自分に気づいた。なぜかわからないが、アッシュの過去のことを自分以外の誰かに打ち明けようとしていることにわずかな抵抗がある。それは自分だけのものにしておきたかった。独占欲?


「クロ、シロ、お前たちは……」


 どうする、と聞く前に、黒薔薇と白百合はいつの間にか水着に着替えていて、浮き輪に水中ゴーグルとシュノーケルまでどこかから引っ張り出していた。


「もちろんわたくしも行きますわ!」


「白百合もですの!」


「いやしかしお嬢ちゃんがた、遊びや水練ではありませんぞ」とドニエプルが間に入った。この僧形の巨漢にとって黒薔薇と白百合は今や姪っ子のような存在であり、できれば危難あるところに連れて行きたくないという保護者の気持ちだった。


「止めてもダメですわ、ドニ」


「白百合たちは遊びに行くわけではありませんの」


「ほう」


「わたくしたちの力は、わたくしたちみんなを守るための力」


「だから一緒に行きますの。わたくしたちみんなのために」


 格好こそ夏の海を楽しもうとする子供だが、黒薔薇と白百合は自分たちなりに考えて答えを出したようだ。


「アッシュ殿……」


 助けを求めるようなドニエプルに対し、アッシュは仕方ないという表情で肩をすくめた。


「それよりセラ、大丈夫?」とカルボが心配そうにセラを見た。


 セラは腕組みして、「問題ない……といいたいところだが、背中を痛めている状態で弓を使うのは正直難しい。鎮痛エリクサーにも限界があるしな」


軍艦ここの衛生兵に治療を頼んでみたら?」


「もう頼んだ。あとで正式に診てもらうが、どうも自分で思っているより重傷らしい……が」


「が?」


「私を置いていくなどとは言わないでくれよ。精霊術と剣術だけでも十分戦える。それに……」セラは燃えるような目をした。「あのセイレーンは私の手で決着をつけたい」


「私も行くからね」とカルボは立ち上がった。普段腰に巻いているエリクサーホルダーに加え、肩に斜めにかけるホルダーを装備して、普段の倍ほどもエリクサーのポットを身につけている。


「ずいぶん多いな」とアッシュ。


「うん。ここの倉庫から軍用のエリクサーちょろまかしてきた」


「ばっ、お前そんなことしたら……」


「もー、冗談だよじょうだん。いくらわたしが盗賊でもそんなことしませんっ。ここの海兵さんに頼んで正式に譲ってもらったの」


「本当かよ……」


 アッシュはカルボのことを信用している。同時にその腕前もだ。彼女なら本当に軍の倉庫から盗めてしまう──と考えると、やっていてもおかしくはない。


「まあ、そんなわけで……」アッシュはひとつ深呼吸して、「作戦を考えよう」


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