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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第15章「花と花」
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第15章 01話 雨の中に

 深夜。


 雨が降っている。強い。


 闇の向こうからエーテルランプの光が現れて、馬のむずがる音ががひとつ、ふたつ、みっつ。白い息が流れ、消えていく。


「……あそこにしよう」


 先頭の半生体馬ウマにまたがる男――アッシュが前方の暗がりを指差した。枯れた川にかかっている崩れかけた橋の下で、雨宿りができそうな空間があった。


 仲間たちからは肯定も否定もなく、顔にかかった雨のしずくを拭っている。


 草生え放題の斜面を滑らないよう慎重に馬を操り、アッシュたちは数時間ぶりにまともに雨をしのげる場所に入っていった。


     *


「いやあ、ひどい目にあいましたな」


 巨漢の行者モンクは、僧服の上から羽織っていたやや寸足らずのマントを脱ぎ去り、適当に突き出た石に引っ掛けた。パタパタとしずくが流れ落ちる。


「火をおこしましょうか。これでは風邪を引いてしまいますぞ」


「そうだな」と答えるアッシュも、マントを纏っていたにも関わらず全身ずぶぬれた。「カルボ、頼む」


「あいよー」


 気の抜けた返事をして、カルボは石の囲いを作ってその中心に焚き火ほどの熱量を発生させるエリクサーヒーターのポットを置いた。安全紐を引き抜くと、荒れた橋の下に暖かな光が灯る。


「これ、あんまりもたないから薪になるようなものを集めないと」


 アッシュたちは橋の下で可能な限り乾いた木の枝などをかき集めたが、大した量にはならなかった。だが濡れた服のままでは体温が奪われる。アッシュたちは服を脱いで、エリクサーヒーターの周りに即席のハンガーを作って並べた。


一応、節度として男性陣と女性陣に別れ、お互いに見えないようにしている。


「……ちょっと待った」


「え?」


「クロとシロはどこに行った?」


     *


 黒薔薇と白百合は人造人間であり、双子であり、ふたりとも超精神術師サイオンである。


 サイオンの使う超精神術サイオニクスは、呪文や儀式を必要とする魔術とは異なり、使用者の脳内で発生したエーテル波で直接外部の現象を操作する技術のことを言う。黒薔薇と白百合はそのような訓練など一切していないが、生まれつきそうした超能力を備えていて、自分がサイオンだという自覚も無いままごく自然に能力を使っている。


 空気の状態を操ることのできる彼女らは、雨粒を浴びないように空気のドームのようなものを体の周りに無意識に生成していた。


「たっきぎっ」「たっきぎっ」「どっこ」「でっす」「の」「?」


 真夜中の豪雨であっても、この愛らしい少女たちはサイオニクスによって身体も濡れず、空中を浮遊し、光感知能力も増幅されているため移動はほとんど苦にならない。


「どこにもないですわ、白百合」「どこにもありませんね、黒薔薇」


 ふたりは顔を見合わせ、うーんと同じ角度で首をひねった。


 アッシュたちが雨宿りしている古い石橋付近をうろうろしてみたものの、当然のごとく雨にさらされて何もかも濡れてしまっている。焚き木に使えそうなものなどどこにもない。


「あら?」「あれは」「なにかしら」「なんでしょう」


 黒薔薇と白百合は、豪雨降りしきる暗闇の中で何かの物音を聞いた。椅子とテーブルが何かにぶつかって壊れる、そんな音だ。


 ひたりは同時にピンときた。椅子やテーブルがあるのなら、そこには誰かがいるはずだ。雨宿りなら屋根のある建物のほうが良いに決まっている。もし誰もいなかったとしても、テーブルの足は焚き木代わりになるだろう……。


 ふたりは顔を見合わせ、愛らしくお互いに微笑んだ。


「行きましょう、白百合」「行きましょう、黒薔薇」


 篠突く雨の中、黒薔薇と白百合は手を繋いで物音がした方にふわふわと飛んでいった。


     *


「クロ! シロ! どこだ?」


 鎧をつけず予備の服の上からマントを羽織っただけのアッシュが、雨音しか聞こえない暗闇の中で叫んだ。


 いつからいなくなったのかわからない。水滴とともに不安が首筋を伝う。サイオニクスを使うふたりは闇の中で何かに襲われるようなことがあっても簡単にどうにかされはしない。だが黒薔薇と白百合は仲間というより妹に近い存在だ。放っておく訳にはいかない。


 エーテルランプの光量を最大にしてあたりを見渡す。


 すぐに奇妙なこと気づいた。


 家だ。


 古ぼけた家が建ち並んでいる。明かりはどこにも点いておらず、人が住んでいる気配は感じない。廃村か。それともこの雨で家の中に閉じこもっているのだろうか。


「アッシュ、私は向こうを探す」同じように普段着にマントをかぶっただけのセラが、アッシュと逆方向を指差した。「遠くまで行っているとは思えない、そうあわてるな」


 リラックスしろというジェスチャーに、アッシュは少し気分を落ち着かせた。


 ドニエプルとカルボは橋の下で火の番をしている。黒薔薇と白百合がひょっこり戻ってきても大丈夫なようにだ。


「お前は意外と過保護だな」


「過保護?」


 セラは口元に拳を当てて少し笑いながら、「単にはばかり(・・・・)に行っているだけかもしれないだろう?」


 それもそうか、とアッシュは肩の力を抜きかけたが、やはり不安な部分が残る。ふたりの少女は元々ふわふわと迷子になりやすいのだ。いつぞやのサン・アンドラスで事件に巻き込まれたのも、ふたりが好奇心で街中を飛んで回ったのがきっかけになっている。


「まあ、それならいいんだ。じゃあ、向こうは頼む」


「わかった。こんな雨の中でウロウロしたくはない、早くかたをつけよう」


 アッシュとセラはそれぞれの受け持ちの方向へと歩きだした。


     *


「これは」「いったい」「なんで」「しょう?」


 黒薔薇と白百合が何か壊れた音のした家の中に入ると――鍵は閉まっていなかった――つい何日か前まで人が住んでいた様子で、廃屋というには違和感のある佇まいだった。明かりは点いていないし、人の気配はしない。


 一見、どうということのない民家である。


 しかしテーブルがひっくり返って足が折れていて、テーブルクロスがビリビリに引き裂かれていた。同じようにめちゃくちゃに分解された椅子が何脚か転がり、どこかに飾ってあったのだろう酒瓶が床に落ちて割れ、まだ新しいアルコールの匂いが漂っていた。


 山賊のような無法者が侵入して、家探しをして唾を吐きかけて出ていった、とでもいうような光景だ。


 黒薔薇と白百合は好奇心にかられてあちこちを調べてみたかったが、今は薪がわりになるものを探すのが先だ。


「まって白百合」「そうね黒薔薇」


 ふたりは人造人間として生まれ、ふたりでひとつのような存在である。お互いに何を考えているかは口に出さずともわかる。


 薪を探すくらいなら、仲間たちをこの家の中に呼ぶほうが効率がいいのではないか。


 たしかに乱雑に荒らされているものの、人が5、6人入ったとしても問題のない広さだ。


「戻りましょう、白百合」「そうしましょう、黒薔薇」


 ふたりは手をつなぎ、浮遊しながら民家を出ようとした。


 その時である。


 ひっくり返って壊れたテーブルが、何かの力で天井近くまで跳ね上がった。ギシギシと音を立ててテーブルの下から何かが這い出してくる。動いている。立ち上がろうとしている。


 少女ふたりは、その正体を確かめようとしておずおずと近づいた。銀色の、人間ほどの大きさの何かだった。人型をしているがそれは人間ではない。


 鎧だ。甲冑だ。全身をくまなく覆う金属鎧だ。


 鎧は全身を軋ませながら何かを探すように周りを見渡して――いや、見渡せるはずがない。なぜならその金属製の甲冑には、頭がないのだから。


 ヘルムがないという意味ではない。首から上が存在しないのだ。


 ややあって、奇怪な鎧は足元に転がっていた兜を目も付いていないのに探し当て、関節を軋ませながらかぶった。首もないのにだ。


 その歩く鎧は、存在しないはずの目線を黒薔薇と白百合へと向け、ぎしりと手を伸ばした。ふたりを捕まえようとしている動作だ。


「逃げましょう!」「そうしましょう!」


 ふたりは慌てて民家の外へ逃げようとした。


 だが。


 少女たちの悲鳴が豪雨の中にこだました。


 戸口には動く鎧とは別のものが立っていた。


 青ざめた肌。痩せさらばえ、落ち窪んだ眼窩には眼球の代わりに赤黒い炎がちらちらと灯っている。人間の姿をしているが、それはちっとも人間ではなかった。


青ざめた男(ペイルマン)瘴気ミアズマ(註:負の性質を持ったエーテル。有害)を大量に浴びた死体は死ぬことを許されず、生ける屍となって蘇る。アンデッドだ。


「あ、あ……」


 ペイルマンが、半開きの口からかすれた声を発した。その声に呼ばれたのか、背後からさらに二体のペイルマンが現れた。いずれも滝のような雨に打たれてずぶ濡れだ。ただでさえ哀れな生ける死人である。その姿は思わず目を背けたくなるおぞましさがあった。


 黒薔薇と白百合はさらに悲鳴を上げ、パニックに陥った。


 冷静であれば、ふたりのサイオニクスで吹き飛ばせない相手ではない。だが豪雨と暗闇の中から現れた死体たちに行く手を阻まれて冷静でいられるほど強固な精神は、今のふたりに備わっていない。


 背後には動く鎧。


 前方には生ける死体。


 魔の手が迫る――。


     *


 ――悲鳴?


 激しい雨音の中、アッシュの耳は確かに黒薔薇たちの叫びを捉えた。


 次の瞬間、雨粒が地面に落ちるより早くアッシュの姿は消えていた。


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