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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第13章「ザ・ウォーカー」
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第13章 03話 進む道

 ガープ王国、王都にあるホテルの一室。


「……それで、なんで俺の部屋に全員集まっているんだ?」


 アッシュはそう言って部屋の中を見渡した。ガープ王国から直々に貰った報酬のおかげでそれなりに豪華な部屋をとっている。


 カルボ、黒薔薇と白百合、ドニエプルそしてセラ。アッシュを合わせて合計六人がそこに集合し、各々が適当に椅子やベッドのへりに座っている。


「だって他の部屋に集まるのもなんか変だし」とカルボ。「こういう時はやっぱりリーダーのいるところじゃないとね」


「うん?」


「だから、リーダーの」


 そう言われたアッシュは首をひねり、長考した。


「……俺はリーダーだったのか?」


「違うの?」


「いや、まあ……薄々そんな気がしなくもないが……」


「そうだよぅ。だって、アッシュの周りになんとなーく集まってここにいるんだから」


 カルボはそう言ったが、アッシュはいまいち要領を得ない様子だった。


「だよね、みんな?」


 アッシュの代わりにカルボが部屋の中を見渡し、メンバーそれぞれの顔を見た。


 黒薔薇と白百合はよくわからないといった表情でふわふわと浮かび――その服装はカルボが選んだ魔力付与品エンチャンテッド仕様だ――セラの銀髪を好き勝手に結っている。


「拙僧は修行の一環でカルボ殿とアッシュ殿に同行しておりますゆえ、止むに止まれ事情がなければこのまま道を共にしたいと思っております。拙僧としてはリーダーはおふたり、というところですな」


「セラは? お前はエルフの長距離偵察(エルヴン・リーコン)なんだろ? 前に立って率いたっておかしくない」


「私か」セラは少し複雑な顔をした。「そうだな、森の大幹事(註:セラが住んでいた大森林の長老に当たるエルフ)からは確かに『外の世界を見てこい』という役割を与えられたわけだが……」


「わけだが?」


「お前たちと行動をともにして間近で見るほうがより多くのものを学べる気がしている。リーダーをやれというならそうするが……いや、やはり辞退するよ」


「だってさ」カルボはなぜか手柄を取ったような様子でアッシュの顔を覗き込み、「わかった? リーダー」


 アッシュはひとつ唸って腕組みし、「今までと何も変わらないが、いいのか?」


 部屋の空気がアッシュを肯定していた。


 そういうことになった。


     *


 わざわざアッシュをリーダーだと確認したのは何のためかというと、自分たちは次にどこへ行くのかを決めるためである。


 ガープ王国は新興国であり、先日ようやく大湿地帯の泥炭発掘のめどが付いたところで、まだまだ問題、危険は山積している。


 内海にでる魚人や海賊、マリンエルフとの対立。


 移民の奨励のためにつきまとう治安の悪さ。


 税金を収めることが出来ずドロップアウトした移民たちの野盗化。


 それらの問題を少しでも早く収束させるため、王国では傭兵を多く雇い入れている。その募集に乗ればしばらくはカネには困らないはずだ。


「ああ、でも海関係の仕事は無理だ」とアッシュ。


「なぜだ?」とセラ。


「俺は泳げない」


 アッシュらはカルボが集めてきた情報などを元に次にどう動くかの話し合いをしていた。


 だがどうも熱が入らない。


 スリルと無縁の退屈なものを蹴ってもなお仕事は選り好みするほど転がっている。山賊のこもる古い砦を壊滅させるもよし。街道沿いに住み着いた瘴気ミアズマを垂れ流す闇魔術師を殺害または捕縛してもよし。農場に現れた正体不明の獣から家畜を守るもよし。


 どれも傭兵の仕事としては至極まっとうな、文句なしの汚れ仕事だ。戦争に参加してでもいないかぎり傭兵とはそういうものなのだ。


 が、どうにも一同の空気は盛り上がりに欠ける。


「……なんだその顔」アッシュが頬をふくらませるカルボに言った。「何が不満なんだ」


「だあってぇ、なんか地味っていうか、なんていうか……」カルボはばしっと指先をアッシュに向け、「あなたには軸がない」


「軸?」


 アッシュは虚を突かれたように手元の動きを止め、眉をひそめた。


 カルボたちがリーダーをやれというなら別に構わない。断る理由もない。だから仲間のために仕事のピックアップをするのは当然の作業。そう思って候補をいくつか上げたのだが、それを『軸がない』と言われてしまうとは思いもよらない事だった。


「それはつまり、俺にどうしろっていうんだ?」


 アッシュは左眉を指一本の幅で断絶させている古傷をなでた。


「わかんない」


「……わかんないのか」


「あのね、なんていうか……わたしたちが何をしたいかじゃなくてね、アッシュの”目的”を聞きたいの。アッシュの、リーダーの、あなたのしたいこと」


 アッシュは再度思わぬ角度から頭を揺さぶられる思いだった。


 ――俺の目的?


 答えはすぐに出せる。極論すれば――いや、極論せずともわかっている。


 ない。


 目的などないのだ。


     *


 二十歳のとき、忘れられないあの時、アッシュは当時のシグマ聖騎士団主計長サンズを殺してしまった。手にはサンズの胸骨を叩き割った感触が未だに残っている。


 サンズが魔導結社キサナドゥと内通し、資金と情報を横流しにしていると聞かされ、それを消せと命じられればそうするのが団内でのアッシュの立場――”忠犬”アッシュ――としては、命令に従うことが聖騎士団への貢献であり、誇りだった。


 しかしそれは大いなる間違いであり――実際にはサンズは内通者などではなく、むしろ真犯人を明らかにさせようと働いていた。


 副団長ロト。彼がアッシュに命令を下した。


 だがそれすらも欺かれていた。


 アッシュを巧みに操りサンズを消すように仕向けたのはロトではなく、ロトの姿を呪文でコピーし扮装したキサナドゥの邪悪な術者、つまり偽者だったのだ。


 退団と永久追放、円十字教会からの破門で済んだのは、それでも穏当な処分だったであろう。団内には処刑を望む声さえあった。


 アッシュにとって不幸だったのは、後見人でもあった団長コークスがすでに他界していたことだった。コークスが生きていれば、あるいは別の決着もあったかもしれない。


 いずれにせよ、もはや手遅れだった。


 アッシュは紋章を剥ぎ取られ、傷ついた鎧を呪いのように背負ったまま放浪の旅に出た。


 それから三年。


 いまや聖騎士の鎧さえも失った。シグマのに繋がるものは、あとはもう長年慣れ親しんだ鋼鉄ハガネのメイスしかない。


 聖騎士団に戻ることはできない。


 親代わりだったコークスは死んだ。


 戦乱で荒れ果てた故郷に家族と呼べる者は誰ひとり生きていない。


 では、この先どこに行くのか。


 仕事の依頼を受けて向かう目的地ならどこにでも行く。


 だがアッシュの、アッシュ自身の目指すものはいったいどこにあるのか?


 カルボの聞きたいこと、”軸”とはそういうことだろう。


 だがもうそんなものはとうに失われて――。 


     *

 

 ホテルの調度品がかすかに震え、かたかたと音を立てた。


 足元から微かな揺れを感じる。地震だ。


「またか」とセラ。


「また?」


「ああ。昼間にもほんの少しだが揺れを感じた」


 今回のほうが大きいな、とセラは自分の足元に目を落とした。


「わたくしたちは」「全然」「感じ」「ませんわ」


「それはあなたたちがふわふわ浮いてるからでしょ?」カルボは真面目な顔で黒薔薇と白百合をたしなめた。


 その日は地震に水を差された形になって、これからのことについてはまた明日ということになった。


     *


 夜。


 ベッドに仰向けになって、アッシュは答えの出ない物思いにふけった。明かりの消えた天井のエーテル灯が、残り香のようにかすかな光を帯びている。


 ――俺自身の目的、か……。


 そんなものはとうに失せている。頼る者、居場所、戻るところ。むしろそれらを失っても道を踏み外さず、比較的まっとうな傭兵としてあちこちを転々としていただけマシとも思う。戦災孤児の頃には、殺しこそやらなかったがいくつかの犯罪に手を染めた。捕まって牢屋にぶちこまれた同じ境遇の子どもたちを何人も知っている。


 聖騎士団から追放されても悪の道に転落しなかったのは、やはり当の聖騎士団で厳しく鍛えられた法と秩序の精神が条件反射的に自分を抑え、諌めてくれたからだろう。


 受けた依頼は果たしてきたし、契約を一方的に破棄して裏切ろうとした依頼者はきっちり締め上げたし、気の触れた死霊術師や鬼族、山賊のたぐいには言われなくてもメイスを振るった。


 ――それで十分じゃないか。


 と、アッシュは理不尽さを感じる。傭兵がその日暮らしの危険な仕事だというのは重々承知だ。それでも自分なりの正義でやってきた。


 追放から三年。


 もう聖騎士団に戻りたいという気持ちは消えた。全く無くなったかといえばそれは――いや、それももう済んだ話だ。吸血鬼との戦いで鎧を破壊されても、心が軋むような追放あのときの喪失感に比べればどれほどのこともない。そう思えるようになった。


 だから――だから、アッシュにとって大きな目的などとうになくなっている。


 それを”軸”だというのなら、カルボの言うとおり自分は軸のない男なのだろう。


 ――そんなもの、どうしろっていうんだ。


 ねたように体を横に向けると、アッシュは眠りに落ちた。


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