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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第13章「ザ・ウォーカー」
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第13章 01話 テクスメック

今回もショートシナリオです。

第一部終了って感じで…

 リザードキングが本当に始源種であったかどうかの断定はできないが、少なくともその近縁であることはほぼ間違いない――というのがガープ王国巨神文明研究機関が出した結論だった。


 そんなものがなぜ遺跡の中で、”停滞”の魔法まで掛けられて保存されていたのかはそれこそ巨神のみぞ知るというところだ。


 あるいは遺跡の中にあったエリクサーの生成プラントに何かのヒントが隠されているのかもしれない。が、それはもはやアッシュらの手を離れ、ガープ王国の研究者たちに委ねられている。


 アッシュたちには当初の予定より倍ほどの報酬が与えられた。本来の依頼であった遺跡内部の地図の作成と、結果として衝突することとなったリザードキングとの戦闘での活躍が認められてのことだ。


 リザードキングはホログラムの形態でほとんど止まった時間の中で、いうなれば凍結保存されていた。それがなぜ突如肉体を取り戻したかについて学者たちも首をひねらざるをえないところだが、理屈はともかく原理的には異界領域と現世を結ぶ呪印が重要であったらしい。


 ホログラムの姿はリザードキングのエーテル体――その存在の根本的な構成要素――であり、肉体は異界領域の”向こう側”に保存されていたと考えられた。通常の呪印が異界領域から妖魔を召喚するのとは逆に、肉体をトカゲの王から引き剥がし、それを異界領域に閉じ込めていたのではないかという推論が得られた。


 もしその推論が正しいとすれば、これは画期的な保存方法だ。エーテル体側、つまり現世の時間の流れを極端に遅くして、腐敗や乾燥に弱い肉体を現世の外側に預けるようにすれば、不老不死の実現にさえ足がかりができるかもしれないということだ。


 学者、魔術師連中は大いに興味を惹かれていたが、アッシュには実現までには遠すぎると思えた。


 まず生命体からエーテル体を残して肉体を分離させるという方法自体、人類種の時代になってまだ誰も実現させていない技術だ。


 反対にエーテル体だけを肉体から離脱させ、幽霊のようになって自由に空を飛ぶ方法は高度な呪文によって実現できる。しかしその残された肉体を別世界に送り込み、必要なときに再召喚して合体する手法を再現するのは困難を極めるだろう。


 と、そこまで考えてアッシュは思考を放り投げた。ほとんど不可能に等しいことだからといって、それの実現に向けて動き出す人々を冷淡な目で見る必要などない。頑張るなら頑張ってもらえばいい。


人にはそれぞれ性分と役割がある。


他人のそれを邪魔する必要はない。


     *


「旦那、これはもう新しいのに買い換えたほうがいいんコム」


 数日後、ガープ王国王都の鍛冶屋を訪れたアッシュは、長年の相棒である鋼鉄のメイスをテクスメックの鍛冶師に見せた途端にそう言われた。


「別に新品同様にしてくれってわけじゃないんだ、軸の歪みさえ直してもらえば……」


「できんコム」いかにも老練という風体のテクスメックは全く譲る気がないように言った。「つかもボロボロコム、打撃部分もあちこちガタが来て亀裂が入ってるコム。直してもすぐにダメになるんコム」


 鍛冶師は珪素顔をピクリとも動かさない。


 テクスメックは生来の頑固さで知られている種属だ。巨神文明期に、始源の塔からではなく巨神自らの手で生み出した珪素系生命体で、建築や整地といったインフラ整備を担うよう命令を受けていた。当時は準知性体と見なされ、よく出来た機械奴隷にすぎない扱いだったが、長い年月の間に自らの知性のバージョンアップを続け、ついには人類種の一員として認められるまでに至った。


 巨神たちにとって、そしてテクスメックたちにとっても幸運だったのは、生命体と見なされても特に反抗の意思は見せず、自らの使命感を持ってひたすらインフラ整備や保守点検、また彫刻などの芸術品の作成を行うことを選んだことであろう。


 その中には鍛冶を生業とするテクスメックもいて、アッシュの修理依頼を完全に断ったのはその子孫――ということになる。


「ちょっと待つコム、どこに行くコム」


「いや、あんたが無理だって言うならほかを当たろうかと……」


「この王都にコム以上の鍛冶師なんていないコム。だからコムの店で新品を買うんコム」


「すごいストレートだな」


「旦那、あんたのために言ってるコム」テクスメックの鍛冶師は直角のあごにゴツゴツした手を当て、「戦場では武器一本が生死を分けるコム。旦那、あんたに死を選ばせるわけにはいかんコム」


 アッシュは目をしばたかせた。会って五分も経っていない相手に命の心配をされるとは思わなかった。


 そんなアッシュを無視して、テクスメックの鍛冶師は自作商品を並べている店内に入り、ガシャガシャと金属が打ち鳴らされる音を散々響かせてから大きな木箱を頭の上に掲げて持ってきた。テクスメックは一般的に人間の腰くらいまでの身長しかないが、足腰の頑健さは文字通り岩のようで、腕力も類人猿並だ。


「さ、これを見るコム」


 サビ止め油の独特の匂いが漂う。箱のなかには、ギラリと光る武器の数々が突っ込まれていた。ブロードソード、ジャベリン、投げナイフ、プージ、片手斧、両手斧、ファルシオン、シャムシール、ウォーハンマー、マイター、ショートソード、前反りのショートソード、モーニングスター。


「そしてメイスってか」


 アッシュは片手持ちの鈍器を探しだし、箱の中から引き抜いた。負傷した右手にはまだ包帯が巻かれていたが、カルボの医療用エリクサーを始めとした治療を受けて、動かすだけなら支障はなくなっている。


 テクスメックの鍛冶屋謹製のメイスは、アッシュ愛用の鋼鉄のメイスと比べかなり軽く、軸が拳ふたつ分ほど長い。打撃部分は小ぶりで、四枚の分厚い鋼板が花開くようにして並んで頭蓋骨を叩き割るのを待っている。


 軸が短めで、打撃部分に八枚の鋼板が邪悪ささえ感じられる意匠で生えているアッシュのメイスに比べればシンプルでお上品(・・・)だと感じた。


 ただし――。


「悪いな大将、これじゃ俺の戦いかたにゃ合わないわ」


 アッシュは軽量メイスをバトンのように遊んでみせた。これはこれで悪くない。慣れさえすれば十分な戦闘力を発揮できるだろう。だが戦というものは、一瞬の油断で片がつく。新品武器に何かの違和感なり不備を感じるようなことがあれな、致命的なことになってもおかしくはないのだ。


 既成品のブロードソードでも得物にしていればこんな事にはならなかっただろうか――とアッシュは軽量メイスを箱のなかに戻した。


「むう……じゃあ他の武器も気に入らないって言うことコム?」


 テクスメックの鍛冶屋はムッとした表情を見せた。小柄なゴーレムを思わせるテクスメックだが、意外と表情豊かなのである。


「品質がいいのはわかったけどな。大将、あんた一流だよ」


「当然コム。だから言ってるコム? この王都でコム以上の鍛冶屋なんていないコム」


「そうらしい」


 アッシュは嘘偽りなくそう言った。剣も斧も、いっそそっちに乗り換えてもいいとさえ思える出来だったからだ。だが、やはり何年も自分の手に馴染んだメイスと重さやバランスが変わってしまうのは、ある種の恐怖がつきまとう。何かあった時にリーチや打撃ポイントがズレてしまったら?


「だからそのメイスを修理してくれ、っていうコムか?」


「まあな」


「ふぅ~む……ならばこういうのはどうコム?」


「どういうのだ?」


「コムにその壊れかけのメイスを預けるコム。違和感のない、しかも頑丈ですごいヤツをコムが作ってやるコム」テクスメックの親父は人間の半分の胸を張って、「一週間……いや3日もあればやってやるコム」


 アッシュは腕組みして考えた。王都に滞在してすでに2週間ほど。今までのカネに加えてガープ王国からの報酬がある。もう少し滞在期間が伸びたところで問題なくやりくりできるだろう。


「わかった。それじゃああんたに任せよう」


「話が早いコム。じゃあ早速作業に入るんコム。さ、今日は店じまいコム。帰った帰った」


 テクスメックの鍛冶屋はそう言うなり本当に店を閉めて、鍛冶場に引っ込んだ。もはやアッシュのことなど眼中にないという様子だ。すぐに灼けた鉄にハンマーを打ち込む威勢のいい音が響き始める。


 アッシュは頼んだぜとだけ言葉を遺したが、それも聞こえていないようだった。


 テクスメックは頑固なのだ。


 アッシュは苦笑して仲間たちが滞在するホテルへと戻った。


 腰にメイスの重みがなく、少し心もとない。


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