表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第12章「トカゲキングダム」
73/125

第12章 05話 王の首級

「今だ!!」


 隊長の檄が飛び、探索隊生き残りのクロスボウから一斉に矢弾が放たれた。本来であれば金属鎧を貫通する威力である。ましてやアッシュとドニの近接攻撃で文字通りの足止めを食らっている状態だ。巨大リザードマンの胸から肩にかけて、矢弾は5、6本突き刺さった。


 グウゥ、とかすかによろめいたその隙を逃さず、セラの弓矢が喉元を狙った。ひと息に三射できるフォレストエルフの弓術で一本が右の首筋に、もう一本は鎖骨に当たって弾かれ、もう一本は巨大斧によって防がれた。


「ええい、浅い!」


 セラは苛立たしく下唇を噛み、腰に吊るしてある人間の頭ほどの大きさのジャーに手をやった。


「セラ! これを使って!」カルボがホルダーから試験官タイプのエリクサーを手渡した。


「これは?」


「矢じりに結びつけるの。あたったら大ダメージ」


 カルボの挑発的な眼差しに、セラは血が熱くなるような高揚を感じた。ポーチから手早く矢づくり用接着剤を取り出して荒く貼り付け、その上から己の長い銀髪を引き抜いて巻き、縛った。


「お前を信じるぞ、カルボ……」


 セラは呼吸を整え、次の一射を構えた。


     *


 いったい何回殴打されたのだろうか。


 幾度も幾度もメイスに殴られ、さしもの巨大リザードマンも苦痛に耐えかねてきた。左膝を正面から側面から裏側から徹底的に攻められたせいでウロコが剥がれ青い血がにじみ、鬱血して右の膝より倍くらい腫れ上がっている。


 この人間め、とリザードマンは怒りに駆られた。さきほどから大斧を振り回しているのに、この人間――メイスを持った男にはかすりもしない。殺したくて仕方がない。単なる飢えとは違う感情が全身を震わせる。


 それにもうひとり。身体の大きい素手の男も厄介だ。


 メイスを当ててくる男と入れ替わるように重い打撃を突き入れてきて、互いをかばい合いつつ攻め手を緩めない。


 その合間の弓矢による攻撃である。


 許しがたい。


 巨神の奴隷にすぎない人類などとは違う立場なのに、とリザードマンはプライドと怒りのないまぜになった感情に大斧の柄を砕けるほど握りしめた。


 リザードマンは古代巨神語で叫んだ。


『零落したニンゲン風情が、このトカゲ王(リザードキング)に勝てるなど思うなよ!』と……。


     *


 もう一発。


 さらにもう一発。


 止まらない。


 ひとごろし(・・・・・)の眼差しをしたアッシュは、まるでメイスを振り下ろす機械のようになって巨大リザードマン――リザードキングの膝を念入りに破壊した。


 ゴウウゥ、と苦痛の叫びがリザードキングの口から漏れた。


 緑と茶のウロコに覆われたリザードキングはついに身体をかしげ、尻尾と右足でバランスを取らなければまともに立てない状態になった。


「噴ッ!」


 その隙に、ドニエプルは巨大なトカゲの王の背後に飛び蹴りを叩き込んだ。全身をめぐる体内エーテルを一度に爆発させ、一撃に強烈な威力を込める”噴射の構え”から放たれる蹴りが、いわおのようなリザードキングの背中に食い込む。衝撃がウロコを貫通して背筋に突き刺さった。


 激痛が走ったのであろう、リザードキングの巨大な身体はついにグラリと前のめりになった。


「今だ、抜剣突撃! 前へ!!」


 隊長が叫んだ。もはやクロスボウの矢弾は少なく、とどめを刺すには首を斬るしかない。探索隊は軍人の矜持を胸に各々の武器を構えてリザードキングに襲いかかった。


 それを見たアッシュは一瞬躊躇した。確かに片足はダメにしてやった。だがまだ大斧を手放してはいない。果たして突撃を仕掛けさせるのは得策なのか……?

 

 ――俺も参加するしかない。


 アッシュは腹を決めた。


 次の瞬間、急な痛みがアッシュの右手に走った。


 見れば、バンテージを巻いた手のひらから出血し真っ赤になっていた。加えて指の何本かを骨折しているようだった。立て続けの強打のせいで手首から先が疲労で震え、握力が極端に下がっている。柄が血染めになったメイスも、右手だけでは保持できない。石の床に取り落としてしまった。ガランと音を立てて鋼鉄のメイスが転がる。


 ――くそ、こんな時に!


 アッシュは心のなかで毒づいた。これでは右手はまともに使えない。かつてのシグマ聖騎士団時代に左手でも武器を振るえるよう一応の訓練は積んでいるが、果たしてこの局面で実用に足るのかどうか。


 そんな中、探索隊の隊員10人が鬨の声を上げながらリザードキングに斬りかかった。


「うおお!」


 隊員のひとりがブロードソードを突き上げ、ウロコを切り裂いた。別の隊員は脛に切りつけ、あるいは逆の足に刃を突き立て、あるいは大斧を持つ右手を狙って武器を取り落とさせようとする。


 なかなかの動きだった。


 十分修練した攻撃である。


 彼らにドニエプルとセラの弓、カルボたちのサポートがあれば自分が手をくださずともいいかもしれない――アッシュの心は若干くつろいだ。


 だがそれはリザードキングへの侮りと同義だった。


「シェハアーーッ!」


 突然トカゲの王が猛り、錆びたナイフのような歯が並ぶ大口をばっくりと開いた。


 眼下の人間たちを鈍く光る目で見下ろし、思い切り口から唾液のしぶきを吹き出した。


「ぐあっ!」

「うああああ!」

「目、目が……」


 リザードキングの口中は呪いをかけられたように穢れ尽くしており、その唾液は猛毒となる。頭上から毒の唾液をもろに浴びた隊員たちの皮膚や粘膜は爛れて、吸い込んでしまった者は呼吸困難に陥っていた。


「いかん!」


 誰かが叫んだ。ドニエプルだ。しかしアッシュには注意を傾ける余裕はない。ほとんど使えない右手にメイスを握らせ、上から左手を重ねて強引に両手持ちにする。聖騎士であったころ仲間の団員から”狂犬”と揶揄されたほどの脚力で一気に距離を詰め、リザードキングの腫れ上がった右膝を足場に跳ね上がり、間髪をいれずにトゲだらけのあごをフルスイングで殴りつけた。


 ヒットのタイミングは完璧だったといえよう。


 しかし右手の震えで全力には程遠い。


 アッシュのメイスはウロコの一枚を剥がす程度の威力しか発揮できずそのまま転落してしまう。


 背中から石床に叩きつけられるまで約1秒。


 アッシュの目にはスローモーションとなってリザードキングの動きが映った。再び口を開き、毒の唾液をアッシュひとりに向けて吐き出そうとしている。


 落下しながらでは避けることも防ぐこともできない……。


 まさにその瞬間。


 リザードキングの口の中に矢が突き刺さった。フォレストエルフの印入り。その矢じりには、カルボから渡されたエリクサーが括りつけられており、刺さった瞬間にその中身が吹き出した。


 しゅう!


 白い煙がおぞましい口中いっぱいに広がり、さらに白いものが顔中に貼り付いていく。


 霜だ。


「どぉだあ! セーレ山脈の万年雪を触媒にした冷凍エリクサー!」


 カルボが拳を握りしめ、嬉しさのあまりかぴょんぴょん飛び上がった。豊かな胸が一拍遅れるように上下する。


「……そいつはすげえや」


 背中から石床に落ちたアッシュは息をつまらせた。できればもっと早く使って欲しかったといいたいところだったが、カルボの喜んでいる声は耳に心地よく、いろいろなものを帳消しにしてくれる。


 毒唾液を吐くどころか顔面全体を霜で覆われ、口の中に矢を撃ち込まれたリザードキングは一度完全に動きをとめた。それから猛然と顔中をかきむしり、矢を引き抜いてものすごい声で吠えた。耳にしているだけで恐慌に陥りそうになるほどの絶叫だ。


「サンリ、オロソメァッ!!」


 古代巨神語の呪いの言葉を吐き出し、巨大リザードマンは周りに群がる隊員を跳ね飛ばすようにしてカルボとセラのいる場所へと駆け出した。左膝はほぼ完全に破壊され足を引きずるような走りだが、極太い尻尾を杖代わりにして転ばないようにしている。


「この!」


 セラが素早く弓を引いた。リザードキングの体に矢が刺さる。しかし致命打にはならない。


 緑と茶の巨体は止まらない。カルボたちまであと五歩。そこにカルボがエリクサーを床に撒き散らした。黒と虹色を混ぜあわせたようなそれは、滑りを強化させたオイルのようだった。


 リザードキングはスラロームするようにかわしてから、さらにカルボたちへと迫った。


 大斧の射程内である。


 真っ二つにして臓物を食らってやろう――そんなふうに思ったかもしれない。


 だが、それは叶わなくなった。


 強大なトカゲの王は、その場で思い切り転倒した。


 オイルを踏んだのではない。


「やりましたわ」「やりましたね」「大」「成」「功」「にゃ♥」


 黒薔薇と白百合が、今までそんな場所にはいなかったはずなのに可愛らしく飛び跳ねた。超精神術サイオニクスにより空気を歪めて姿を消す”色のない迷彩”だ。


 そしてもうひとつ、黒薔薇と白百合の両手には一本の淡く輝くロープが握られていた。それも超精神術によって生み出された”切れない紐”である。


 つまり黒薔薇と白百合は何もないように見せかけて床にロープを張り、傷ついた右足に引っ掛けることで巨体を朽木倒しにしたのだ。


「グァアアアアアアッ!?」


 巨体であれば、転倒時の衝撃も大きい。リザードキングは無様に仰向けになり、起き上がることが困難になっていた。おまけにカルボの狙い通りリザードキングの倒れた先はまさに潤滑オイルの真っ只中で、手も足もつるつると滑って起き上がれない状態になった。


「みんな離れろぉ!!」


 セラが叫び、腰に下げていたジャーから緑の光球を取り出した。光はホタルのように長弓にまとわりつき、そして一体化した。


 弓を横に構え、弦を引き絞る。


 瞬間、弓から緑の光が伸びて、弓が二倍の長さに延長・・される。


 さらに光が伸びる。


 いまやセラの構える弓は3倍の長さになり、弦も3本になっていた。


「いくぞぉ! 精霊合体術”倍力弓”!!」


 渾身の矢が放たれた。緑のエーテル力場によって構成された”弓”は、そこから打ち出される矢の威力を強烈にする。もはやロングボウのそれではなく、クロスボウを超えて小型の攻城弩バリスタほどもあるだろう。


 頑強で鱗のある岩の塊のようなリザードキングといえども、その運動エネルギーを受け止めることはできない。


 仰向けになった巨大なるトカゲの王は、土手っ腹に風穴を開けられた。


 それでもなお暴れることを諦めなかったが――まだ動ける探索隊たちにめった刺しにされた。両目を貫かれ、動脈を切断され、首を切り落とされ、そこまでされてようやく生命活動を停止した。


 ――数の勝利だな。


 ボロボロの右手を押さえ、アッシュは苦笑した。自分ひとりではさすがに勝ちはなかっただろう。硬く重く無慈悲な金属の塊を振るっていても、城塞の壁を壊すほどには強く殴れない。


 ――誰かと……仲間と一緒に戦うのって……いいな。


 アッシュはそう思った。仲間。ついこの間まで自分はひとりだったはずだ。三年間の放浪の旅。その先で出会ったカルボ、黒薔薇と白百合。それからドニエプルに、今度はエルフのセラ。


 アッシュはこの先のことを考えたかったのだが、激しい疲労がそれを許さなかった。


 リザードキングと同じように仰向けになって床に倒れこむと、少し笑った。


12章 おわり


13章に続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ