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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第12章「トカゲキングダム」
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第12章 02話 触手と妖魔と

 古代から保存されていたであろう、一抱えもある瓶からあふれた緑のゲルは空気に触れ、触手となってカルボとセラの体を縛り上げ、宙吊りにした。


「いやあー! 服の中に入ってきたよぅ!」


 カルボに巻き付いた触手は大きな胸を強調するようなコースでキャットスーツの上から絡みつき、そのうえ器用にも胸元のジッパーをおろしてからその中に潜り込んでいる。

 

 一方のセラも触手に体をまさぐられ、袖口からぬろぬろと潜り込んでくるそれを引きちぎろうと躍起になっていた。いつの間にか口の中にも触手が突っ込まれ、声が出せない。


 アッシュとドニエプルは思わずその光景に見入ってしまい、3秒ほど動きが止まった。


「アッシュ」「ドニ」「早く助けましょう」「そうしましょう」


 黒薔薇と白百合の声にはっと我に返り、アッシュとドニエプルは改めて触手を引きちぎろうと駆け込んだ。


「ふッ!」


 鋭い呼気とともにアッシュのメイスが閃いた。ぶじゅ、と熟れた果物を叩きつけるような音がして、触手の一本がちぎれた。大きなビンに貯蔵されていた液体から切り離されると、触手は茶色く乾燥して崩れ去る。

 

 なるほどとドニエプルはうなずいて、大きな肉体を縦横無尽に操って触手の数々を切断した。やり方が分かりさえすれば、はるか昔の罠を打ち破ることはそう難しくない。


 バサバサと5、6本を引きちぎると、カルボとセラは触手から解放された。カルボを受け止めようと下で待ち構えていたドニエプルだったが、盗賊としての訓練を積んでいるカルボは空中で姿勢を変え、ひらりと床に降り立った。


 その時の、ドニエプルの残念そうな顔……。


     *


「な、なんだこの……なんというか、破廉恥なエリクサーは!?」


 セラは浅い褐色の頬を赤らめながら大瓶の中に蓄えられた緑色を指差した。得体のしれない触手に体を這い回られてよほど不快で恥ずかしかったらしい。


「目標を捕縛するためのものかなあ」


 カルボが逆さ吊りになって乱れた髪を撫でつけながら言った。触手の破片がわずかな粘液になって、胸元に光っている。アッシュとドニエプルはまたしても目を釘付けにされた。触手にジッパーを下ろされて、大きな胸の谷間がみぞおちの辺りまであらわになっている。


「投げつけて、敵を絡めとる用のだったら似たようなのがあるよ……あん、髪にくっついてる」


「よくもまあ何千何万年まえのエリクサーがそのまま働くものだ……」


 セラは柳眉をひそめた。その言葉には、遥か過去からの贈り物を喜ぶような色はなく、嫌悪感を露骨に示している。


「あー、カルボ……」


「どうしたのセラ?」


「……そんなに胸元をくつろがせるのはいかがなものか、と思うのだが」


 言われてカルボは自分の胸を見下ろした。今にも真っ白な双丘がまろび出そうになっている。あわてて可変式レザースーツのジッパーを上げた。普段よりきゅうくつ目だ。


 何かを察してアッシュとドニエプルの方を見ると、ふたりとも不自然に目をそらして咳払いした。


     *


 アッシュたちは巨人の机を降りると、さらに遺跡の奥へと続く廊下を進んだ。長い年月を泥沼の中で過ごしてきた遺跡の中はどこもしっとりと湿気を帯びて、長い年月をかけて繁殖したコケや菌類が壁や床にへばりついている。


「ガープ王国の探索隊はどこにいったのでしょうな?」とドニエプルがあごをさすった。


「足跡がそこかしこにある」セラが微妙にはがれたコケを指さし、「どうやらこの先で合流できそうだが……」


 セラはそう言ってアッシュのほうに視線をやり、「このまま探索隊の後塵を拝するのか? 私がいうのも何だが報酬を得る機会が減る気がするが」


 アッシュは小さくうなずいて、それはそうだと返した。


 誰も入ったことのない場所に乗り込んで地図をつけるのが今回の仕事なわけだが、すでに探索隊が踏み入った場所に後からたどり着いたのではあまり意味は無い。


「とはいえ他に行ける場所はないみたいだ。どうも外からの見かけどおり、ヘビがとぐろを巻いているみたいな構造だな。道なりに進もう」


 アッシュの言葉に従い、一行はさらに遺跡の奥へと進んだ。


     *


 唐突に声がした。


 遺跡の深部からだ。


 何か大声が――いや、それは悲鳴に近いものだった。


 そしてにわかに起こる剣戟の音。


「戦闘ですかな?」


「だな」


 ドニエプルに短く答えたアッシュの放つ空気が、すっと張り詰めた。無意識に腰の後ろの革ケースに触れ、メイスの柄頭を指で小突く。


「行こう、探索隊になにかあったらしい」


     *


 金属のかち合う音が走った。


 ガープ王国の遺跡探索隊の隊長は、横薙ぎに脇腹を狙う凶悪な刃をかろうじて防いだ。


 目の前に立つのは異形の男――いや、男女の別さえわからない人型の怪物であった。生身と鎧が禁断の魔法手術により融合したような体躯に、人類種が振るうのは困難な曲がりくねった大剣を手にしている。


 と、隊長の背後で悲鳴が上がった。


 隊員のひとりがどす黒い体毛の大型犬に押し倒され、喉笛を噛み切られそうになっていた。


 また別の場所ではムカデとダニをごちゃ混ぜにしたような化物に首筋を刺され、体液をすすられている隊員の姿があった。


 ――なんということだ!


 隊長は目の前の肉鎧の男(アーマードマン)にガープ王国制式軍刀を叩きつけ、命の危機にある部下のところまで駆け寄ろうとした。


 ほんの5分前のことが脳裏によぎる。


 遺跡の大きな通路を進んでいくうちは特に何も起こっていなかった。しかし廊下の曲がり角を少し過ぎたところで、突然バケモノが現れた。


 世界の外側の領域から呼び起こされるモノ。


 妖魔だ。


 廊下の壁面に呪印が刻まれており、そこから妖魔が這い出てきたのだ。


 探索隊は全員ガープ王国の正規軍人であり、魔術師も加わっている。本来であれば、妖魔の1体や2体ものの数ではない。だがそこに現れたのは一度に20体あまりの敵だった。


 古代遺跡の広い空間に叫び声がこだまする。


 またひとり、探索隊のメンバーが殺されたのだ。怪力で大かなづちを振り回す角のある男(ホーンドマン)、影のように床に貼り付いて犠牲者の背後から襲いかかる平面クモ(プレーンスパイダー)、長い四足を持ち飛びついて自爆する自殺飛びガメ(スーサイドトータス)……。


 悪夢からこぼれ落ちたかのような妖魔に取り囲まれた探索隊は何とか持ちこたえているものの、死体はじょじょに増えている。


「この!」


 怒声とともに、隊員のひとりが足元に絡みついてきた平面クモの薄闇色の身体を上から貫いた。汚らしい体液が飛び散り、すぐに蒸発して死体も残さず消えていく。


 だがやり過ごしたところを血吸ムカデにのしかかられ、首筋に大あごが突き立てられた。

 

「うわあああ! 隊長! 助けてください隊長ッ!」


 探索隊隊長は、しかし次に絡んできた妖魔を相手にしていて動けない。周りに誰か手が開いている隊員はいないかと見回したが、妖魔の群れのほうが数が多い。無理だ。


 隊長は助けを求める隊員をあと数歩の距離で見捨てるしかなかった。


 円十字教会の説く世界の運命と個人の運命との合一が救済をもたらすという教理が隊長の胸に苦く広がった。


 あの隊員の運命は、もはや死しか残されていないではないか――。


 だが世界の運命はまだ彼らを――探索隊を見捨てる選択を取らなかった。


 キュン、と空を裂く音が隊長の耳をかすめた。


 それは恐ろしく速くまっすぐに飛び、血吸ムカデの胴体に突き刺さった。矢だ。突き刺さったまま勢いが止まらずムカデの下半分が引きちぎられ、どこかにすっ飛んでいった。


 さらにもう一射。甲高い風切音が角のある男(ホーンドマン)の首筋を射ぬき、体液を撒き散らしながら床にどう、と倒れた。


 探索隊隊長は目を丸くした。まだ生きている隊員も、周囲にいる妖魔共もおそらく同じようにした。


 妖魔の顔すら青ざめる弓矢の使い手。


 フォレストエルフ、セラ=ヴェルデの射撃であった。


     *


 合流したアッシュたちの助勢もあり、ガープ王国遺跡探索隊はなんとか被害を最小限にとどめた。


 それでも20人いた隊のうち3人が死亡、ふたりが行動不能の重傷である。隊長はそのことを悔い、なるべく感情をおさえていたが自責の念が胸から吹きこぼれるがごとく、という様子だった。


「廊下の左右に呪印が設置されていたんだ、我々を待ち構えるようにな」


 隊長は巨神文明期に作られた合成石の表面を柄頭でなぜた。そこには妖魔召喚の呪印が――焼夷エリクサーで表面を灼かれてすでに機能は失われている――刻まれていた。


「じっさい、そういう罠だったのだろう。いつ来るかわからない侵入者のために、はるか昔から」


「だとしたら、これは巨神じゃなくて人類種用の仕掛けッスね」


 言いながらアッシュは足元に残るクズ炭のような妖魔の残骸をブーツで踏みにじった。異界の領域から侵入した成れの果ては、さらに細かい粒子のようになって空気に溶け、消えた。


「なぜそのようなことがわかるんだ?」


 セラが腕組みしてアッシュを見た。背負っている弓をひと息に三射できる腕前だが、普通にしている分には整った顔立ちの若い女にしか見えない。


「場所だ。呪印の位置が下過ぎる。それに小さい。巨神相手にやるなら、もっとでかい呪印を壁いっぱいに刻んでおかないと」


「なるほど」浅い褐色の肌のフォレストエルフは素直にうなずき、今度はからかうように笑みを浮かべた。「ただ鈍器を振り回す野蛮人かと思ったらそうでもないようだな。見なおそう」


「そりゃどうも」


 アッシュは苦笑いした。人にどう見られているか、というところまで頭を回すのは難しい。


「……先を急ごう。罠が仕掛けられているってことは、この奥になにか守っておかないといけないモノがあるってことだ」


 そうでしょう、と探索隊の隊長に水を向けると、隊長はようやく落ち着いた顔でうなずいた。


 遺体とけが人、それと衛生兵をひとり残し、アッシュたちを加えた探索隊はさらに遺跡の奥へと進んだ。


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