第11章 10話 一緒に
アッシュは右手のメイスを肩に担ぐようにして湿地の中をゆうゆうと横切り、正面から立ち向かうリザードマンの繰り出す槍を叩き折った。
リザードマンは全身をウロコに覆われ、防御も攻撃も侮れないものがある。だがそれほど器用ではなく武器作りには向いていないらしい。持っている石斧や槍は、アッシュにとっては脆い破壊対象でしかなかった。しかし武器を砕き割り、へし折って、丸腰にされてもなおリザードマンはしぶとい。雑菌だらけでほとんど毒のかたまりに等しい尖った歯。疲れを知らぬ頑強さ。そして尻尾。
――知ったことか。
あごの先端をひっかくように浅く殴ると、トカゲ男は脳震盪を起こして片膝をついた。そこをミドルキック、続いてメイスの一撃で鼻先を潰す。
その瞬間を見計らって、アッシュの背後からジャイアントトードが跳びかかった。
太陽を覆った影の動きでそれと知ったアッシュは振り向きざまにメイスを叩きこもうとしたが、それより先にドニエプルのショルダーチャージをくらい、トードは横斜めに三回転してブヨブヨの腹を仰向けに晒した。
「ドニ、助かる」
「なんのなんの、この数では互いの背中を守り合うしかありませんなあ」
ニッと歯を見せるドニエプルだったが、その僧服は怪物たちの体液にまみれ、ひどい状態になっている。素手で戦う行者である以上やむを得ないのだろう。
「大半が陽動に引っかかってる。もうちょっと頑張らないとな」
アッシュは言いながら、ヤモリ戦士の一団の吹き矢が狙っていることに自分たちを狙っていることに気づいた。
「僧服でアレを受けるのは避けたいところですな」
「オーケィ、俺がやる」
と、言いかけたところで金切り声が耳をかすめた。続いて二度、三度。
「セラ=ヴェルデ!」
「フン、騒ぐほどのことでもない」
誇り高い女エルフは文字通り矢継ぎ早に長弓を引き絞り、ゲッコウォーリアの一団は大半が串刺しになった。総崩れになったところでアッシュとドニエプルが飛び込んで、ゲッコウォーリア全員は潰滅した。
「どうだ、私の弓術は。エルフの森には私以上の使い手はゴロゴロしているぞ」
ふふんとセラ=ヴェルデが胸を張ると同時に、「あぶない!」後衛にいたカルボが叫んだ。腰から大きめのエリクサーポットを引きぬき、中の液体をセラ=ヴェルデに頭からぶっかけた。
何をする、と言う前に、セラ=ヴェルデを”炎の槍”が襲った。リザードウォーロックの呪文だ。直撃したセラ=ヴェルデはその場でよろけるも、しかし倒れることはない。防炎エリクサーが女エルフの身を守ったのだ。
「す……すまないカルボ。助かった」
少々の戸惑いとともに礼を言ってわずかに頭を下げた。
「いいってことよー。それよりあっち」カルボが西方を指差した。「苦戦しているみたい。ここから狙撃できる?」
「よし、やろう」
セラ=ヴェルデはカルボの言うまま、押されている陽動部隊と面しているトカゲたちに向かって立て続けに矢を放った。
女エルフの誇りが詰まった胸は、人間との共闘に高揚していた。
*
フォレストエルフたちがもつ弓矢の技術は人間のそれを頭ひとつふたつ分も凌駕する。矢をつがえる速さ、命中率、その威力。全ての技量がだ。
10人の最精鋭エルフ部隊は、フォレストエルフが身に付ける隠密術の粋を尽くした移動で沼エルフが人質になっている場所の高所に移動した。雅やかなエルフの装束が泥まみれになりながら匍匐前進で近づき、腰から短弓をそっと取り出した。
最精鋭のひとりが精霊魔法”蔦蛇”をこっそり使った。まだ青い森の蔦を採取して、精霊をとりつかせて生きたように這わせるというものである。
その蛇が、スワンプエルフの捕虜を取り囲む一匹のリザードマンに近づき、足に絡みついた。
「シガッガ!?」
驚きの声。集中する視線。混乱。統率の乱れ。
全てがフォレストエルフの有利に働いた。
矢が飛び、怒声が重なり、剣と斧と妖術が行き交う。
結果は――。
「助けに来ました、スワンプエルフの方々」最精鋭のひとりが微笑みながら声をかけた。
捕虜になっていたスワンプエルフは数日食物も与えられず衰弱していたが、フォレストエルフたちに最大限の感謝の意を表した。
*
次の日の朝。
ガープ王国王都軍がようやく到着し、すでに崩壊寸前だったリザードマン軍は援軍により完全に瓦解した。
降って湧いたように起こったリザードマン一斉蜂起事件はこれで終わった。
そしてガープ王国とフォエストエルフの交渉も。
*
2週間後。
ガープ王国北部巨神文明遺跡は、スワンプエルフたちの見事な働きにより発掘され、泥濘が取り除かれた。
「これを見たまえ諸君。爬虫類と両生類の生態を表すレリーフらしきものが刻まれている。ここがリザードマンどもと関係しているのは明白だ」
ガープ王国の考古学者が興奮しながら説明した。一刻も早く遺跡を調査し、リザードマンのさらなる一斉蜂起を防ぐ方法を探すべきだ、と締めくくり、”特別講習”はおわった。
「それでは」「中には」「秘密の」「お宝が?」
黒薔薇と白百合は、ようやく衰弱から回復してアッシュたちのもとに戻ってきていた。
「お宝とは俗なことを」セラ=ヴェルデは美しい少女たちにややトゲのある言い方をした。「もっと……ロマンある物が眠っているとは思わないのか?」
「ロマンの」「あるもの?」「それは例えば」「太古の遺物?」
そんなところだ、とセラ=ヴェルデは大きくうなずいた。
「世間じゃそういうのををお宝っていうんだ」アッシュは肩をすくめた。
「それは……そうだが! 心の問題だ」とセラ=ヴェルデは取り繕った。
「さて、そろそろ俺らは行くか」
アッシュの号令に、カルボやドニエプル、黒薔薇と白百合は荷物を抱えてそれぞれ装備した。
「そうか。その……なんというか、残念だ」
「何ならお前も行くか?」
「わ、それいいと思う」カルボが割って入った。「ねえセラ、セラも一緒に来ない?」
「だから私の名前はセラ=ヴェルデだ。セラが肉体の名前、ヴェルデが魂の名前、エーテル体の名前は決して明かされない」
「でも……」
「めんどくさいな」
「少々長いなと拙僧も思っていたところです」
「面倒くさい」「名前ですね」
「というわけでこれからはセラと呼ばしてもらう」
「全く釈然としないぞ!」
「でね、セラ」とカルボ。「わたしたち、これから発掘された遺跡を探索するの」
「遺跡って、あそこにある掘り出されたものか?」
「どこに行くと思ってたんだ?」とアッシュ。
「うるさい」
「俺たちはこないだの陽動作戦の働きが認められて、遺跡捜索のファーストアタックに参加させてもらえることになったんだ」
「そこに私も加われと?」
「そういうことだ。ま、何かの縁ってことでな」アッシュはそう言って、左眉の古傷を指でなぞった。「セラ、お前遺跡に入ったことは?」
「ない」
「興味は?」
「…………ある」
「じゃあ、一緒に来ないか? 気にするな、俺たちパーティは全員たまたま縁があったから一緒にいるだけだ」
「し、しかしだな……ええと、すまない、まず幹事に話を通さないと。返事はそれからでいいか?」
別に構わない、とアッシュはうなずいた。
*
「長距離偵察、ですか?」
セラ=ヴェルデは直属の上司である幹事に話を持ちかけたところ、アッシュらに同行することをあっさり許可された。ただし”長距離偵察”という面目で、エルフの森、あるいはガープ王国に危険の存在を確認したら報告か、それが出来なければ破壊するという条件付きで認められた。
「我々の世代は少し森にこもりすぎた。それは誇りと孤高の生き方ではあるが、少し新しい風をお前の世代が運んできてもいいと、大幹事がおっしゃられている。お前もあの傭兵たちと同じに十分な功績が認められた。褒美……とは言わないが、そういうことだ」
*
「と、言うわけだ。貴殿らに力を貸そう」
セラは複雑な表情ではにかんだ。
カルボはセラに駆け寄ってその手を両手で包み込んだ。
――この娘の手は温かいな。
セラはそう感じ、アッシュの言う『たまたま縁があって』という言葉に納得がいった。
元聖騎士の戦士・アッシュ。
女盗賊のカルボ。
双子の人造人間・黒薔薇と白百合
龍骸苑の行者・ドニエプル。
そしてエルフの弓兵にして精霊使い・セラ=ヴェルデ。
彼らには、まだ見ぬ冒険の旅が待っている。
11章 おわり
12章に続く