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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第11章「レプティリアン・アタック!」
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第11章 08話 三者三様

 ――どういうことだ!?


 ガープ王国の帷幕外に出ようとするシティエルフの外交官マル=ディエスは、突如襲来したリザードマンたちに恐怖よりも純然たる疑問が湧いた。


 最初に頭をよぎったのはフォレストエルフのことである。


 彼らは永らくエルフの森に住み、大湿地帯の地理にも知悉ちしつしている。スワンプエルフとの同盟関係も持っている。よって、湿地帯の”腐れ沼”を中心に潜む怪物たちを何らかの方法で集め、統率した上で王国側の陣を狙わせたのではないか。


 とそこまで考えて、マル=ディエスは走りながら脳裏に浮かんだものを振り払った。


 ありえない。現在の会談の内容は、巨神文明遺跡の調査に関するかなり具体的な内容であり、両者の利益バランスを調整する大詰めのところまで来ている。ガープ王国、エルフ双方にとって時代の転換点になりうる話し合いにまで進んだところなのだ。


 その状況でエルフたちがリザードマンに襲撃を教唆きょうさするとは思えない。得がないからだ。権益を自ら捨てるほどフォレストエルフは愚かではない。


 では、いったい何者が?


 頭を回転させながら走るマル=ディエスの耳元を、ひょうっと音を立てて何かが飛来した。リザードマンの投槍ジャベリンだ。


「うおおっ、恐ろしい!」


 死の恐怖を前に、マル=ディエスは恥も外聞もなく恐怖の悲鳴を上げた。


     *


「ほぉう、ウロコ付きとは面妖な」


 龍骸苑ヴィネ精舎所属の行者モンクは、火に包まれつつあるテントのひとつで三体のリザードマンに囲まれていた。


「よろしい、これも修行のひとつ。3匹同時にかかって来られよ」


 ドニエプルの挑発がどこまで伝わったのか、リザードマンたちはジャベリンを手に同時に投擲した。三方向からの攻撃に逃げ場なしと見えたドニエプルだが、その姿は突然掻き消えた。


「甘い!」


 巨漢のドニエプルは、己の身長を超える高さまで跳び上がり、そのままリザードマンの一体の頭上に落下した。踵がものすごい音をたてて二足爬虫類の頭蓋に叩きこまれ、目玉の片方が眼窩からせり上がり、鼻から体液が飛び散った。ウロコ付きの怪人はどう、と倒れ、残りの二匹をたじろがせた。


「ふんぬ!!」


 間を開けず、ドニエプルは右腕に全身のエーテルを集中させ、オーラを纏わせる。強烈なバックブローがリザードマンに叩きこまれた。その1匹は木板と金属片を組み合わせたトゲのある盾を持っていた。それを一気に打ち砕いたが、正中線までは届かなかった。


 リザードマンたちはそれぞれにごつい石斧と錆びついた偃月刀ファルシオンを手に、ドニエプルを挟撃した。


 龍骸苑の行者として積み重ねてきた修行と実戦経験がドニエプルを動かした。オーラを全身にみなぎらせ丸太のような足で後蹴りを放つ。石斧破壊。次に前方から迫り来る偃月刀の側面を左の前腕でさばく。そのままリザードマンの手首を掴んで、右の掌底を正中線に叩き込んだ。リザードマンは口から得体のしれない胃の内容物をぶちまけ、崩れ落ちた。


「いァッさ!!」


 気合の声とともに、砕けた石斧を抱えるリザードマンにローキックを三連発。悲鳴が上がる。膝の骨、靭帯破壊。しっぽを使ってなんとか体のバランスを取ろうとするところを、ドニエプルは飛びついてトカゲの顔面を捉え、フェイスロックを極めた。全身の力全てを込めたフロントフェイスロックは3秒で左右の頬骨を粉砕。口から鼻から体液を垂れ流して死亡した。


 ドニエプルは残身し、「ふぅーっ……なかなか手ごわい」


 他の人間が見ればあっというまに決着がついたように見えたかも知れない。ドニエプル自身はそこまで簡単なものとは思えなかった。リザードマンは筋力が強く、ウロコによる天然の鎧を持ち、武器を巧みに操る。中には呪文まで唱える個体もいる。武装した山賊どもよりもよほど嫌な相手だ。


 ドニエプルはテントを見上げた。すでに炎が全体に回っている。


「この兵舎はもう無理ですな」まだ酸素が十分なうちにすっと一呼吸し、「ここはひとつ、要人警護といきましょうか」


 ひとりごちて、ドニエプルは風のように兵舎テントから逃れ、会談場のある帷幕に向けて走った。


 その背後で、兵舎は柱が燃えて完全に崩れ落ちた。


     *


 同時刻、エルフの森。


「”砂の四面体テトラヘドロン”付近に火をつけられた! 消火作業急げ!」


 フォレストエルフの叫びが夜の森に悲痛に響いた。ガープ王国の帷幕だけでなく、エルフの森も同様にリザードマンの襲撃を受けていたのだ。


 大幹事ジラ=ゴラオンは森の各地に設置されたら”目印”から送られてくる情報を映し出す大魔法具アーティファクト”遠見の空中万華鏡”で見ながら、憂慮のため息をついた。(註:大魔法具は魔力付与品よりも精巧に作られた貴重で強力なマジックアイテム)


「……トカゲどもか。人間ではなかったことを喜ぶべきかな」


 白と深緑のローブを身につけた老エルフは、これから何が起こるかの予想をしていた。


『人間たちを信じて譲歩などするからこのようなことが起こるのだ!』

『これまでの約定など全て破棄しろ! 巨神文明遺跡の所有権は我らにある!』


 強硬派はそのように主張しこの12年の交渉の成果を台無しにしようとするだろう。あるいは人間がリザードマンを手引したと考えるエルフも出てくるかもしれない。


「伝令です」


 ほとんど足音を立てずに早足のエルフが何ごとかを伝えに来た。ジラ=ゴラオンは無言のまま言葉を待った。


「さきほど人間側の帷幕への放火と襲撃が確認されました」


「ほう」


「リザードマンに襲われたのは、どうやら人間も同様のようです」


「……あいわかった。下がって良い」


「は」


 ”遠見の空中万華鏡”の周囲はまた静かになった。リザードマンに次々と森に火を放たれている危機的状況ではあるが、エルフの戦士たちならばじきに鎮圧できるだろう。それよりも、人間が同様に攻撃を受けているというのなら答えはひとつだ。


 人間でもエルフでもない第三の勢力が、大湿地帯の所有権を賭けて手を挙げたということだ。


     *


 粘液の鎧を身につけたヤモリの戦士(ゲッコウォーリア)はまず四足で泥濘の土地を素早く駆け抜けて、射程内に敵が入ったところでさっと中腰の姿勢を取り、猛毒の吹き矢を吹く。呼吸困難をもたらす毒矢は危険だが、吹き矢である以上強力な貫通力などはもたない。


 ゲッコウォーリア単体では必ずしも強力な戦力ではないが、そこにカエルの歌人(フロッグバード)の呪歌やジャイアントトードの巨躯が混じると一気に侮れないものになる。


 リザードウォーチーフに率いられたリザードマン、リザードウォーロック、そしてゲッコ(ヤモリ)ニュート(イモリ)、フロッグの混成軍団は、夜が明けても執拗に人間とエルフ双方を攻め続けた。


「……王都軍が到着するまではどうやってもあと2日はかかるそうだ」


 ガープ王国側のシティエルフ、外交官マル=ディエスはフォレストエルフの重鎮たちに告げた。ここ数日まともに眠れる時間がなく、疲労の色が濃い。


「それまでは我々だけで抑えねばならんと……?」とフォレストエルフ大幹事ジラ=ゴラオン。


「いまのところはかろうじて防衛線を維持できています」カム=ラムカム特使が軍略地図に触れた。「しかし物資の不足が響いてきました。大急ぎでこちらの矢と、王国側のクロスボウに合わせた矢弾を作らせてはいますが、なんとも……」


「それより問題なのは」大幹事ジラ=ゴラオンは、円卓を挟んだ位置に所在無さげに立っている男を見た。「ニリ=ヌトロン代表、あなたの子や孫らですなあ」


 ニリ=ヌトロンと呼ばれた男はスワンプエルフの年長者であり、彼らの代表としてエルフの森の”深緑の館”に招かれていた。典型的なスワンプエルフであり、水辺と沼での暮らしのため着衣の習慣がなく、身につけているのはふんどしのみである。


「へえ……おおごとでござんす」


 ニリ=ヌトロンは顔を伏せた。同じエルフ属ではあるが、その体つきはシティエルフともフォレストエルフとも全くと言っていいほど異なる。黒目が大きく占める目の瞬膜を閉じたり開いたりしているのは彼らなりの感情表現であるが、それを読み取るのは難しい。


 大湿地帯に生きるリザードマンを中心とする怪物たちの一斉蜂起――そう呼ぶことが正しいのか誰にも分からないが――によりスワンプエルフは真っ先に標的になり、百人近い集落は無残に荒らされていた。少なくない人数が殺され、10人程度が人質として捕まり、残りは散り散りになってエルフの森へと逃げこんだ。彼らがどこに行ったのかまだ全員の確認が取れていない有様だった。そのなかで族長であるニリ=ヌトロンが”深緑の館”まで落ち延びたことは僥倖ぎょうこうといえた。


ワレの孫っ子も人質に取られちゅうござんす」独特の訛りでそう言って、エルフの族長は不思議な中腰の姿勢を取った。「ワレらはいくさの備えはほとんどしておらんち、こんなときどうしゃあええのかわからんのでござんす」


「それは盟約を結んだ我らフォレストエルフの責任です、ニリ=ヌトロン代表」フォレストエルフの大幹事はそう言って、真っ白なヒゲをするりと撫でた。「安全を保証するというお約束で居住地を移ってもらいながら死者を出したのは痛恨事。我らフォレストエルフはあらゆる手段を使って速やかに人質の奪取に動きましょう」


 ジラ=ゴラオンは自ら歩み出てニリ=ヌトロンの手を取り、握手した。


「我々ガープ王国も気持ちは同じです、両代表どの」


 外交官マル=ディエスはそう言って手を差し伸べ、三人は――それぞれ立場の異なる三種のエルフは――固い握手を交わした。


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