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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第11章「レプティリアン・アタック!」
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第11章 05話 走れアッシュ

「……その解毒剤とやらをとりにエルフの森へ入ったというわけだな?」


 あらましを聞いた取調官は、調書に状況を記していたペン先をアッシュたちに突きつけた。


「そうッス。まさかガープ王国とエルフがそんな揉めてるとは思ってもみなかったもんで……」


 アッシュは朴訥なしゃべり方で、善良で何も知らない田舎者といった風を装った。もっともガープ王国の実情を知らなかったのは事実なのだが。


「フォレストエルフとの会談はほとんど表沙汰にはなっていないからしょうがないとはいえ……」取調官はアッシュたち三人を見比べて、「タイミングが悪い。今日はまさに最重要の話し合いが行われているんだ。簡単に解放するわけにはいかん」


「でも……!」


「待て、お前たちの事情はわからんでもない――そうですね、ええと」


「セラ=ヴェルデだ」女エルフは憮然とした表情のまま答えた。「我らとて話がわからぬわけではない。仲間の命を助けようと言う話が本当であれば、薬師くすしの力を貸すこと自体は構わない――と思っている」


「だったら!」


「そこな取調官どのと同じだ。わざわざ会談の日に森に入ってきた部外者を簡単に返すわけにはいかん。少なくとも会談が終わって、お前たちの取り調べが住むまでは拘束を解くことはできない」


 それは理解してくれ、とセラ=ヴェルデは付け加えた。最大限の温情を示しているのであろう。そのことはアッシュたちにもなんとなく伝わってくる。


「……その取り調べってのはいつ終わるんスか」


 アッシュがうつむいたまま、低い声で言った。


「流れとしては会談が終わり次第本国の尋問を受けて、そこで有罪か無罪かが決まる。だから……そうだな、あと二週間ぐらいはかかるだろう」


 ミシィ、と音がした。


 取り調べ用のテントにいた誰もが、何ごとかと周囲を見渡した。


「それじゃ困るんスよ」アッシュが顔を上げ、取調官の方を見据えた。「あと二週間じゃ、黒薔薇のところに持って返っても間に合わない。それじゃあ困る」


 取調官は頬を引きつらせ、椅子に座ったまま可能な限りアッシュから遠ざかろうとした。これはひとごろし(・・・・・)の目だ。そうすることが必要なら躊躇なく人を殺す。そういう目だ。


「あ……いや、その、私としてはお前たちの意見を、なんというか……汲んでやりたいところだが、なにぶん決まりでそうなって……」


 ミシミシッ! テントの中に、先程より強く音がした。ようやくその音がどこから聞こえたのかがわかった。アッシュが、その手を縛る手枷を引きちぎろうとしているのだ。


 取調官は息を呑み、セラ=ヴェルデの顔色をうかがった。


 セラ=ヴェルデの表情もまた当惑に満ちていた。


「それは……森の精霊の力を借りて作った魔法の枷だ。力を込めてちぎれるものではない……」


 彼女には思いもよらないことだった。つい先程までは大人しく手枷を引っ張られるままにガープ王国の帷幕まで歩いて行ったというのに。


 女エルフは息を呑み、「お前たちの……状況……はわかった。だが約定として、人間の侵入者は人間側に委ねることが決まっていて」


 ミシッペキッ! 女エルフの言葉を遮るように音がした。次第に手枷の音が変わってきている。取調官、そしてセラ=ヴェルデは、枷が本当にちぎられてしまいそうだと思わざるを得なかった。


「……自分が人質になってここに残ります。その代わりこっちのふたりに解毒剤を持たせて、解放してやってください」アッシュは恐ろしいものを宿した双眸で取調官、そしてセラ=ヴェルデを見比べた。「その後、ふたりはガープ王国に戻ってくる。もしもどってこなければ、死刑にでも何でもしてくれていいッスよ」


 テントの中の空気が変わった。重苦しく、何かが歪んだような。


「待たれよアッシュ殿。それなら拙僧が代わりに残ろう。拙僧は龍骸苑ヴィネ精舎に僧籍を置く行者モンクだ、失礼ながらこの三人の中で最も身元が確かでありましょう」とドニエプル。


「待ってドニエプル、黒薔薇はわたしたちの仲間で……」


「水臭いですぞカルボ殿。カルボ殿のお味方は拙僧の仲間でもある。そう思ってくだされ」


 ドニエプルはがっしりしたあごでにぃっと笑った。


「そういうわけで取調官殿、その方向でお頼み申す」


「そ……そういうわけでと言われてもだな、私の権限でそんな話は通せんよ。エルフ側の事情もある。そうでしょう?」


 取調官はセラ=ヴェルデに話を振って、助けを求めた。


 一方のセラ=ヴェルデは思案顔で腕を組み、アッシュたち三人を見比べた。


「エルフ側の事情ということであれば、通せなくもない……」


「ほんとうに!?」カルボがはっと顔を上げた。「ありがとう! セラ……」


「まだ気が早い」セラ=ヴェルデはぴしゃりと遮った。「私がこのあと森の幹事に話をしてみる。それがダメだった場合は私の裁量ではどうにもならない。それを理解してくれれば……」


「是非もなきこと」とドニエプル。


「お願いします、セラ=ヴェルデさん!」とカルボ。


 そして……。


「必ず、お願いします」


 アッシュはひとごろし(・・・・・)の目で油断なくセラ=ヴェルデの顔をしたから睨めつけた。


 ――なんだ、この人間は……?


 セラ=ヴェルデはぞわりと鳥肌を立て無意識に一歩下がった。無礼を咎めても良かったが――そうすべきなのだが――恐ろしい迫力に声が出なかった。まるでできなければお前を殺すとでも言うような……。


「では私は話をしてくる。取調官どの、後はよしなに」


 セラ=ヴェルデは動揺を隠すようにそう言って、取調室代わりのテントから出て行った。


     *


 二時間後――。


「それが浮き馬?」


 カルボが物珍しそうにセラ=ヴェルデの乗る馬を見て言った。


 浮き馬とははるか古い時代からエルフに伝わる一種の品種改良馬である。馬体のあちこちに体内で精製された空気より軽い気化エーテルを気嚢に溜め込み、馬体重を軽減している。これにより普通の馬よりも遥かに負担が少なく走れるため、短距離、長距離いずれもずっと効率が良くなる――というものである。


 セラ=ヴェルデは誇り高そうに胸を張り、「いまは個体数が減っていて、人間の暮らしの中ではほとんど見かけることはないだろう。本来なら気楽に見せられるものではないが、事情が事情だけに特別に回してもらえた」


 カルボは自分の乗る半生体馬を浮き馬の横につけ、手綱を握るセラ=ヴェルデの手を両手でそっと掴んだ。


「な、なにを……?」


「ありがとう、セラ=ヴェルデ。あなたのおかげで黒薔薇はきっと助かる。本当にありがとう」


「そ、そんな目で見られても困る。私は私のすべきことをなすだけだ。誇り高きフォレストエルフは死にゆく子供を見捨てたりしないという、とにかくそういうことだ」


 セラ=ヴェルデは少し動揺した。カルボの目は真摯で、自分のことを信じきった顔をしている。小さくため息をつき、セラ=ヴェルデはもうこの人間ふたりに付き合うしか方法はないと、ひとつ腹を決めた。


「アッシュといったか? そろそろ出発しよう。時間がないことは私も理解している」


「分かった、行こう。こっちの馬は半生体馬だが、浮き馬にゃ追いつけないかもな」とアッシュはにっと笑い、からかうように言った。


 セラ=ヴェルデは、アッシュが見せた恐ろしい眼差しが残滓のようにうなじに張り付いているようで、誇り高きフォレストエルフとしては情けないが曖昧にうなずくことしかできなかった。


「行こう」


 アッシュは言うやいなや、半生体馬の手綱を操って走らせた。


「あっずるい! 待ってよアッシュ!」


 そう言ってカルボも馬首を返し、黒薔薇のいる北へと走りだした。


「セラ=ヴェルデ、早く行こ?」


 そう言われ、セラ=ヴェルデもはっとして浮き馬を走らせた。


     *


 それぞれの馬を走らせるアッシュたちのことを、大きな目で凝視する者がいた。


 湿原のぬかるみの中から、頭の上部だけを出して――。


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