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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第11章「レプティリアン・アタック!」
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第11章 04話 迷いの森

「いったいお前たちは何なんだ?」


 ガープ王国の取調官が椅子に座らされたアッシュ達を見て、至極まっとうな質問をした。連行されてきた時の手枷はそのままになっている。


「ええとですね……」


 むっつりと押し黙っているアッシュに代わり、カルボが愛想のいい微笑みを浮かべながら答えた。


     *


 時間は遡って、そこはエルフの森の中。


 すっかり道に迷ってしまったアッシュたちは、大声でエルフの助けを呼ぶという原始的なやり方で脱出を図った。


 正確には脱出ではなく、フォレストエルフと接触して今も黒薔薇を苦しめる呪毒の解毒剤を求めてのことだ。


「エルフ殿! フォレストエルフ殿!! おられるなら我らの願いを聞き遂げ給え!」

 

 ドニエプルが木々を縫うようにして大声を上げるが、鳥が羽ばたく気配さえ無い。


 やがて獣道すら途絶え、アッシュたち三人は完全に森の中に閉じ込められてしまった。もうエルフの集落を探すどころではない。出口も入り口も方角も、何もかもがわからない。


「クロとシロがいてくれたら幻術くらい破ってくれたんだろうが……」


 アッシュは唇を軽くかんだ。黒薔薇の呪毒を解くためにこんなエルフの森まできたのだから、順番が逆だ。


「カルボ、エリクサーで使えそうなものはないのか」


 アッシュの問に、カルボはベルトのホルダーを調べた。最近の羽振りの良さからか、エリクサーの数や種類にはかなり幅がある。


「……のろし用のエリクサー、広域警戒用の魔力付与エンチャンテッドブザー、あとは……酔い止め?」


「酔い止めはいま関係ないだろ」


「でもでも、何か迷ったって感じの瞬間に頭がくらっとしない?」


 カルボの言うことは確かに正しかったが、くらっとする感覚まで途絶えさせたら、今度は自分たちがどういう状況で惑わされているかもわからなくなってしまう。


「のろしとブザー、か」アッシュはあごのしたに拳を当てて、「両方試してみよう。エルフに遊ばれている時間がもったいない」


 カルボはうなずいて、まず濃い煙を垂直に伸ばすエリクサーポットに火をつけて地面においた。次にベルトからブザーを取り出し、スイッチ代わりのヒモを引き抜こうとした。


 その時、突然のろしのポットがはじけて壊れた。


 そこにはいきなり現れたかのように長い矢がポットを壊し、地面に突き刺さっていた。全くの出し抜けにだ。どこから撃たれたのか、とっさにはその方向すらわからなかった。迷宮と化した森の得体のしれない魔法効果のせいだろう。


「誰だ!?」


 アッシュの怒声が木々の間をこだました。


「フォレストエルフか? 話がある、どこにいるんだ?」


 奇妙なほど、なんの気配も感じなかった。


「いかにも私はフォレストエルフだ」


 アッシュの何度かの呼びかけの末、ようやく誰かがそう答えた。森全体にこだまするような声で、全く場所の特定ができない。


「何者だ、何のために森に入った? 王国との約定を違える気なら、この場で殺す」


「王国?」ドニエプルが首をひねった。「ガープ王国のことでありましょうや?」


 声の主は答えない。


 アッシュは舌打ちして、「ガープ王国とは何の関係ない、俺達は解毒剤がほしいだけなんだ!」


 声の主は、やはり沈黙を守った。


「待って、アッシュ。交渉はわたしが」


 無意識に腰の分厚い革ケースに入ったメイスに手をかけたアッシュをカルボが制した。


「エルフさん、勝手に森の中に入ったことは謝ります。でも、わたしたちの話も聞いて」


「……」沈黙の中に、わずかな”興味”の雰囲気が空気に混ざるのをアッシュたちは感じた。


「わたしたちの大切な仲間が毒を受けて苦しんでいます。ただの毒じゃなくて”呪毒”。その解毒剤はフォレストエルフしか持っていないと――そう聞いてここまで訪れただけ。あなたたちに敵意はないし、ガープ王国とも関係ないの。解毒剤さえ手に入ればすぐにでも出ていきます、お願い!」


「信用しない」今度は即答でそう言った。「我々は現在ガープ王国にのみ交渉の窓を開いている。お前たちがマル=ディエスの手の者か、それとも別の間者であるかどうか。確たる証拠がなければこれ以上の話は無しだ」


 アッシュは苛立ちの顔で握りこぶしに力を入れた。


「……もし、力づくでもそうすると言ったら?」


「こうなる」


 その瞬間、ものすごい風切音を立てて矢が飛来して、先ほどのろしエリクサーのポットがあった場所に刺さった。


 どうん、とおよそ矢が突き立つ音とは思えない衝撃が走って、地面が内側から爆発したように湿った土が吹き飛んだ。ぱらぱらと土の雨が振り、それが収まると、この爆発が爆発物によって起こったのではなく先ほどと同じ矢が刺さって引き起こされたものだとわかった。


「弓矢一本で……!」カルボの顔は青ざめた。「フォレストエルフが弓の名手とは聞いていたけど、こんなに……」


「……ドニ」


「はい」


「どう思う?」


「拙僧と同じ系統の、体内のエーテル流で心身を強化する能力……おそらくは弓矢を手足の延長としてかくの如き威力を発揮したものと」


「なるほど」


 言うが早いか、アッシュはメイスを革ケースごと外して地面に置き、ベルトに挟んでいる小型の投斧も足元に投げ捨てた。


「降参だ。俺たちに戦う意志はない」


 アッシュは目配せし、カルボも武器とエリクサーホルダを外して地面に置いた。モンクであるドニエプルは武器を持っていないため、代わりに腕組みして腐葉土の上に座り込んだ。


「もう一度聞くが」


 いきなりアッシュたちの背後から声がした。女の声だ。


「お前たちはマル=ディエスの手のものではないのだな?」


 アッシュはうなじの毛が逆立つのを感じた。きりり、とかすかに弦を引き絞る音。弓で狙いをつけられている。声のする距離からして楽々と頭を撃ち抜かれるポジションだ。


「わたしたちは、その……マル=ディエスという人を知らない。名前からするとエルフ?」


 カルボの返答に、背後の女エルフの気配から刺々しさが少し減った。


「では先程の……”呪毒”の話は?」


「本当。誓ってもいい。ひと月の間苦しんで、そのまま死んでしまう呪毒なの。あなたたちでないと解毒剤を作れないと聞いて、それでこの森に」

 

 カルボの声は緊張しつつもなめらかだった。それが女エルフにどれほどの影響を与えたかわからないが、張り詰めた弓弦が緩められる音がした。


「完全には信用出来ない」女エルフはそう言って、何ごとか呪文を唱え始めた。「悪いがそれ(・・)をはめさせてもらう」


「それ?」


 答えが返ってくるより早く、森の中から魔法的なつたがどこからとも無く伸びてきて、アッシュたちの両手首を縛る手枷となった。きつく締まっている感じはないが、引き抜こうとするとすぼまり、ちぎろうとしても魔法的な強度があってびくともしない。


「いいだろう、ゆっくりこちらを向け」


 女エルフはそう言って、アッシュたちはそれに従って声のする方向に向いた。


「わ、すごい美人」


 カルボがあまり後先考えずうっかり声に出した。相手がどう感じたかはともかく、その印象はアッシュもドニエプルも同じだった。


 肌の色は浅い褐色。銀の髪を神秘的な紋様の留め具で束ね、大概の人間の女より小さな顔を縁取っている。手足はスラリと長く――と言うより一般的な人間の体型からすると持て余すほどで、それがエルフの環境適応能力の賜物であることは間違いない。そのせいで体幹部が余計に小さく見えて、人間基準でのスタイルの良さを生み出している。


「わたしはカルボ。こっちがアッシュで、あの大きい人がドニエプル。あなたは?」


 カルボは相手がなにか言うより早く名乗った。先手を打たれると、思わずガードがゆるくなるものだ。女エルフは表情こそ堅いままだったが、カルボに切れ長の目を向け名乗った。


「……セラ=ヴェルデだ」


「セラさんって呼べばいいの?」とカルボ。


「無礼な……エルフの名の呼び方も知らないのか」


「じゃあどう呼べばいいの?」


「区切らずに読む。セラ=ヴェルデ」


「セラ=ヴェルデ?」


「そうだ。精霊使いにして弓使い、誇り高きフォレストエルフのセラ=ヴェルデだ」


 セラ=ヴェルデは堂々と胸を張って自らの出自を名乗った。


 ――案外単純だな、このエルフ。


 アッシュはそう思わずにはいられなかった。カルボはシーフであると同時に、豪商の顔を持つ盗賊ギルドの元締め、ヒューレンジの娘である。表の教養と裏の技術を併せ持っているカルボが、エルフの名前の呼び方を知らないはずがない(・・・・・)


 セラ=ヴェルデはカルボの話術にまんまと情報を明かしてしまったことになる。


「とにかく一度幹事の裁可を仰がねばならん。移動するぞ」


少ししゃべりすぎたことを恥じるように咳払いをし、セラ=ヴェルデはアッシュたちの手枷を一本のロープで繋いで森の外へと連れて行った……。


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