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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第11章「レプティリアン・アタック!」
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第11章 03話 会談

 朝、ガープ王国北部エルフ自治区。


 いわゆる”エルフの森”である。森の精霊が妖しい言葉でささやき、木々も下生えも生き物たちもどこか奇妙な印象を与え、そして美しい。


 高い梢の隙間から差し込む陽光が水蒸気とエーテルを含んだ空気を白い虹のように浮かび上がらせ、ここが普通の場所ではないと主張しているかのようだった。


「いやはや、エルフのすみかとはかくも美しいのか……」


 ドニエプルは周囲の様子を眺め子供のような目を丸くして辺りを見渡しながら進んでいる。


「ふらふら歩いてたら何が起こるかわからないぞ。精霊に持っていかれる(・・・・・・・)かも」とアッシュ。


「持っていかれる、ですと?」


「森の精霊は残らずエルフの味方のはずだ。たぶん、連中の環境適応力と関係があるんじゃないかな――とにかく、森全体が味方というか、所有物というか、そういうことだ。気をつけてくれよ」


 沈黙が続き、ときおり怪鳥の鳴き声が本能的な不安感を煽った。湿った土と朝露を含んだ下生えがひやりとした湿気をあたりに振りまいている。


「地図の上ではここ辺りに”黄橙きだいだいの御柱”っていうのが立ってるはずだけど……」カルボが手元と周りとを見比べて、「どこかにある?」


「どんな形なんだ、それは」


「こう……黄色と橙色の柱?」


「そのままじゃねーか」


「そんなのわたしだってわからないよ」


「お、アッシュ殿カルボ殿、あれを見られよ」


 ドニエプルが指差した方向に、丸太に彫刻を施した柱が立っている。名前の通り、黄色と橙色に塗り分けられたもので芸術性……精神性……そんなものを空気に発散しているかのようだった。


「ランドマークその1、ってところだな。おそらくこの奥の……南西に向かうのがいいんじゃないかな。ちょうど森の中央辺りだ」


 アッシュがそう言った。カルボもドニエプルも反対するだけの材料はなくそれに従う。


「迷わないようにいきたいけど……そう簡単にはいかないよな」


 アッシュは周囲を見渡し、そこにうっすらと混じる何者かの視線を感じ取っていた。


     *


 ガープ王国、屋外特設会談場。


「30分前です」


 シティエルフにして外交官、マル=ディエスの副官が言わずもがなのことを言った。


「まだ姿を見せないというのは少々……何かアクシデントでしょうか」


 マル=ディエスは副官の方を見ようともせず、”下がれ”のジェスチャーをした。


 フォレストエルフはプライドが高くとっつきにくい連中だが、一度結んだ約束は破らない。駄々っ子のように人間は出て行け――と騒ぐだけの連中ではないのだ。今までのやり取りでそれは確かなことだった。


 今回の議題は今後の王国とエルフの間で巨神文明の遺跡をどう扱うかについてであり、非常に重要な会談となる。それはエルフたちも理解しているはずだ。だが刻々と会談までの時間は迫り、エルフの長たちは誰ひとり姿を見せず、中止にするという連絡も来ない。


 マル=ディエスは深い憂慮の念を抱いた。


 12年に及ぶ折衝を反故ほごにされれば、ガープ王国における自分の立場は危ういものになるだろう。いや、そのようなことは瑣末な話だ。ほとんど自分の人生をかけて挑んだ仕事に泥を塗られるのは、シティエルフとしてこれまで生きてきた時間を台無しにされるも同然だ。それだけは避けたい。


 ――最悪の場合、こちらから森に出向くか……?


 マル=ディエスの脳裏に浮かんだアイデアは、しかし上手いものではないだろう。迂闊うかつに森に踏み込むことは、最悪の場合軍事衝突を招きかねない。


 ――ではどうすれば? いや、それよりも”何が起こったか”を考えるべきだな。


 そこまで考え、マル=ディエスは森のぎりぎり端まで伝令官を控えさせ、自身は会談場から動かないことに決めた。


 これはマル=ディエス自分自身の信念であり、外交官である自分の仕事への誇りであった。


 そしてさらに時が過ぎ、会談時間である9時まであと5分に迫った。


 マル=ディエスは懐からハンカチを取り出し、そっと額の汗を拭いた。


 と、その時。


 思ってもみない光景がそこにあった。


 フォレストエルフたちは、何人かのエルフ――いやちがう。三人の人間・・に手枷を付け、森の外へと無理やり歩かせていた。


「なんだと?」


 マル=ディエスはガタリと音を鳴らして椅子から立ち上がった。


 いままでの話し合いにより、人間が許可無く森のなかに入るべからずという暗黙の了解があった。少なくとも王国側から人員を派遣する行為は数年前から厳しく制限されている。そのことを知らない外国人が入りこんだのか?


 背中にじわりと汗をにじませるマル=ディエスをよそに、三人の人間を連れたフォレストエルフたちが会談場の王国側の帷幕へと歩いてくる。


 マル=ディエスは己が信仰する五光宗の祈りを口の中につぶやき、エルフたちがやってくるのを見守った。


     *


 時間はやや遡る。


 アッシュらは黒薔薇を救うための解毒剤を手に入れるべくフォレストエルフの集落に向かっていた。


 はずだった。


「くそ、こっちじゃなかったのか」


 地図に記されていた”黄橙の御柱”を見つけるまではよかったのだが、アッシュたちは早々に道を踏み間違え、次のランドマークである”水晶の環”まで全くたどり着けなくなっていたのだ。


「しかし、後ろに戻ろうとも道がござらん、アッシュ殿」殿しんがりを務めるドニエプルが、後ろを振り返って言った。「進む度に歩いてきた道が消えている。獣道さえ見当たりませんぞ」


「……やっぱり森の精霊にいたずらされてるのかな」とカルボ。


 アッシュは一度足を止め、木々の隙間から漏れてくる光以外のない薄暗い森のなかを見回した。アッシュは三人の先頭に立って歩いているが、木々のどれもが同じように見え、しかし一度も通ったことのない場所のようにも見えた。


「さっきから樹の幹に印をつけてるけど」カルボは手元のナイフをぷらぷらと揺らし、「どこにどのマークを入れたのかさっぱりわからなくなってる。堂々巡り……と言うより森自体が常に動いてるって感じ」

 

 カルボの感覚は、アッシュにも十分理解できた。森で侵入者を迷わせるための呪文があるというのは、知識として知っている。だがそれとてループ構造に気がつけば脱出は可能な範囲のはずだ。


 おそらくその魔法と同じようなものが森全体にかけられているのだろう。別の理由かも知れないがそこは疑うときりがない。


 フォレストエルフなら、その魔法を遥かに高いレベルで、しかも永続的に働くような仕組みでかけていても何ら不思議ではない。


 言えることはただひとつ、アッシュたちパーティはまるっきりその魔法にはめられたということだ。


「すこし考えよう」


 アッシュたちは足を止め、それぞれの知恵を絞った。


「これだけ広範囲に”迷いの森”を仕掛けてあるということは、エーテル制御のコアがあると思うの。それを壊せば……」とカルボは言いかけて、はっと気づいた。「あの柱もそのひとつ、だったとか?」


「拙僧はカルボ殿と同意見です。地図に目印として記されていたものこそが罠を発動されたやもしれませんな」とドニエプル。


「もっともな話だな」アッシュは左眉の古傷を指でなぞり、「でもそこに戻る道がない。コンパスもデタラメにしか動いていないし、それに……」


「それに?」


「あの柱はまず間違いなくエルフが立てたものだ。傷つけたり壊したりすれば、交渉がやりにくくなる。俺たちゃ別にエルフとやり合いに来たからじゃないからな」


「じゃあどうすれば?」


「助けを求めよう」


「え?」

「なんですと?」


 アッシュの言葉に、カルボとドニエプルは目を丸くした。


「だから、フォレストエルフに森に勝手に入ったことに詫び入れて、助けてくれって呼びかけるんだ」アッシュは真顔でそういった。「生活も考え方も違う相手でも、殺しあうほどの関係じゃないだろ」


「いやしかしですな……うーむ」ドニエプルは困惑を隠せない。


「わたしたちがミイラになるまで放っておくかも」カルボは眉根を寄せて、「でも他に上手い方法、思いつかないし。それで行きましょ」


 言うやいなや、カルボは森の清浄な空気を思い切り吸い込んで、「エルフさーん! たすけてくださーい!!」


 アッシュとドニエプルは顔を見合わせ、苦笑してからカルボのあとに続いた……。


     *


「……それが彼らだと?」


 ガープ王国外交官マル=ディエスは、手枷をはめられてバツの悪そうな顔をした三人の男女をみた。眉に傷跡のある背の高い男。キャットスーツを着た若い娘。そして袈裟を着た大男。


「何者なんだ、お前たちは?」


「自分たちは、その……迷子に」


「迷子になっていたので念のため助けておいた」アッシュが言いかけたところ、言葉尻を踏みつけるようにして男のエルフが言った。「マル=ディエス、貴殿の仕込みではないと信じるが」


「カム=ラムカム特使、今更そのようなことをしても我が方に利はない。彼ら三人は無関係の人間だ」


 マル=ディエスはそう言って、座った椅子がいきなりゼリーに変わったかのような難しい顔で三人を見た。言うまでもなく、アッシュ、カルボ、ドニエプルである。


「迷子といったか……まあいい、今は君たちと話している暇はない」


 マル=ディエスの部下が無言のままアッシュたちに近づいて、来なさい、とだけ短く命じて帷幕の外へと追いだされた。


「ではさっそく会談へ移ろう」


 カム=ラムカム特使と呼ばれたフォレストエルフは、帷幕の一角を占める会談テーブルを指した。一般的な人間に比べれば背の低いシティエルフに比べ、フォレストエルフは背が高く均整のとれた体型をしていて、肌は浅い褐色をしている。共通点といえば耳の形が尖っているくらいだ。それぞれが生活環境に適応したエルフの諸族だが、尖った耳だけは変わることが無いようだ。


 フォレストエルフ側、カム=ラムカム特使とふたりの随伴員。


 ガープ王国側も外交官マル=ディエスに副官ふたり。


 加えて双方の書記役が議事録を作る。


 が、今回はいつも異なりフォレストエルフの人員がもうひとりいた。


「彼女は?」と外交官マル=ディエス。


「ああ、すまない。あれは会談に連れてきたのではないのだ」とカム=ラムカム特使。


「では何のために?」


「彼女なのだ、先の三人をとらえたのは」


「ほう。では話が早い、彼らの取り調べに参加させてもらっても?」


「そうしてくれ。私のそのつもりで連れてきた。セラ=ヴェルデ」


 セラ=ヴェルデと呼ばれた美しいフォレストエルフが一歩前に出た。褐色の肌に、さらりとした銀の髪。背には流麗な模様を細工した長弓を背負っている。


「そういうわけだ、セラ=ヴェルデ。彼らの取り調べに協力するように」


「お命じのままに、カム=ラムカム」


 美しい女エルフ、セラ=ヴェルデは独特のフォレストエルフ式の礼をして、帷幕の外へと出て行った。


「では、こんどこそ会談の始まりといこう、カム=ラムカム特使」


「そうだな、外交官マル=ディエス」


 帷幕の中に緊張が走り、ふたりのエルフたちは互いの背負ったものを如何に譲らず、相手に譲らせるか。穏やかな言葉の下にナイフを隠した対決が始まった。


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