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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第11章「レプティリアン・アタック!」
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第11章 02話 折衝

 最初に問題となったのは、ガープ王国がエリクサーの触媒となる泥炭を湿地帯の一部から発掘しようとしたことである。


 ガープ王国としては、湿地帯に囲われたフォレストエルフに自治権を与えたことは最大限の譲歩だと考えていたが――王国の武断派はフォレストエルフを森から強制移住させることさえ視野に入れていた――フォレストエルフの考えとはすれ違いがあった。


 広大な湿地帯の中に、フォレストエルフよりは遥かに少ない人数であったがエルフの小集落がわずかに点在していた。スワンプエルフである。


 ガープ王国の交渉は当時フォレストエルフのみと行われ、自治権についてもフォレストエルフには認め、森の周辺に住むスワンプエルフの居住に関しては森の中のみ認める――としていた。プライドの高いフォレストエルフとは異なりスワンプエルフは非常に大らかで多くを求めず、個体数も少ないことから居住地を森にのみ限ることで満足していたはずだった。


 ここで小さな衝突があった。


 エルフの土地に対する考え方の違いが浮き彫りになったのだ。


 人間も住む環境にとって目や肌の色、体毛の濃さなどが異なる。生活の仕方もそれに合わせて変わり、特に住居や服装などに顕著な違いが出てくるものだ。


 エルフは人間とは比べ物にならないほど環境適応能力が高い。


 それは猫と犬に例えられる。


 人間は猫の品種のように、肌や目の色、顔貌など多少の違いはあるが、それはおおよそ外見上の違いにとどまっている。


 一方の犬は、体の大きさから毛の長さ、骨格、色、顔の形、足の長さ、性格、寒暖への適応力など到底おなじ種族とは思えないほど品種改良が進んでいる。


 エルフもまた然りで、都市生活に馴染めばシティエルフに。砂漠で暮らすエルフはデザートエルフに。山の上を生きる場所に選択した者たちはハイランドエルフに。鉱山や洞窟で働くようになればケイブエルフに。海辺に暮らし、魚を捕る生活を送るのはマリンエルフ。谷底で生きる”裏切り者”ペイルエルフ。そしてスワンプエルフは、沼沢地での生活に適応したエルフだ。


 エルフはそのように呼び名も異なれば生活習慣も異なり、使う言葉も、解剖学的にもまるで別の種と言っても過言ではないのだ。


 ガープ王国の提示した条件をフォレストエルフたちは飲まなかった。数こそ100人に満たない小集団であったスワンプエルフ本来の生活環境を、泥炭採掘のために狭め、汚すことを許さないと主張した。


 当時、危うく軍事衝突に至るほど険悪な両者の関係を何とか収めたのはシティエルフの外交官であるマル=ディエスの手腕であった。シティエルフは交渉術においてはエルフの中で最も高く、人間の中に混じっても一流以上の働きを示す。マル=ディエスはまさしくそういうエルフだった。


 一度は泥炭採掘事業そのものが頓挫しかけたものの、マル=ディエスが折衷案を出すことでひとまずクリアされた。


 スワンプエルフはフォレストエルフの庇護下に入り、湿地帯のかなりの面積は両エルフのために自治領を拡大。ガープ王国は環境破壊を最低限に抑えるため十分な発掘調査ののち、縮小された場所でのみ採掘に留められることとなった。


 この点について譲歩し過ぎだという批判が王国内から噴出しマル=ディエスを更迭――あるいはもっと血なまぐさい方法での排除――する動きさえ見られ、ガープ王家の後ろ盾がなければ本当に実行されていたと言われている。


 ともあれひとまず衝突寸前の気運は沈静化し、ガープ王国は将来の国益を担う一大公共事業として泥炭採掘を始めた。


 だが、ここで新たな問題が立ちはだかった。


 湿地の底を掘り進めるうち、巨神文明時代の遺跡が発見されたのである。


     *


 アッシュ一行は日が沈む前にフォレストエルフの住まうという森に入り、しばらく進んでから野営の準備を始めた。


「どうやってコンタクトを取ればいいか聞いてくればよかったな」


 アッシュは子供の握りこぶし程度の大きさの固形燃料に火を付けて、簡易焚き火セットの中に放り込んだ。中くらいの缶に炭を入れたものだ。


「『この辺の枯れ枝を焚き火にするな』などといわれたら大変なことですな」


 ドニエプルは神妙な顔をした。


 アッシュたちは3人とも、フォレストエルフについてのはっきりとした情報を知らない。これはアッシュたちの下調べが足りないというよりも、フォレストエルフの秘密主義が原因といったほうが良い。


 エルフは環境適応能力が非常に高い。


 森とは得てして鬱蒼とし、生命の神秘をはらむもの。


 その森に適応したフォレストエルフは、めったに森から出ることもなく、人間と安易に言葉をかわすこともなく、森の恵みで生きるための狩猟を重視し、弓の腕前は亜人を含めた全ての人類種のうちでも最高だという。


 多くの人間にとってエルフといえばその秘密に彩られたフォレストエルフのことを指す。深い深い森のようにその正体を包み隠されているというのに……。


「でも相手は妖魔でも鬼族でもないんだからさ、いきなり襲って食べられちゃうわけじゃないでしょ」焚き火で温めたお茶をすすり、カルボが言った。「話し合いで何とかできるよ、きっと」


「だといいけどな。それより、フォレストエルフはどこにいるんだ? 地図を見ても全然わからん」


「フォレストエルフは徹底的な秘密主義だそうですな。森の精霊の力で道さえ定かならぬとか」


 ドニエプルはそう言って地図を覗き込んだ。そこには森の外形線と、ごくわずかに判明している目印になる地形が書き込まれている。ヒューレンジが手を回して手に入れたものだがあまり役に立ちそうになかった。


「とにかく今日は休もうよ、真っ暗でなんにもわからない」とカルボ。


 日の落ちた森の中は一面の闇で、明かりをつけながらの移動ですら危険とアッシュたちは判断した。


 こうしている間にも黒薔薇は呪毒に苦しめられている。だが当てずっぽうに動くだけでは単にリスクが増すだけだ。今のアッシュたちは身の危険を顧みないことよりも、絶対に間違いなく解毒剤を持ち帰ることが必要なのだから。


     *


 翌朝。


 三交代で焚き火の番をしていたアッシュたちだったが、闇の中のどこかから響く怪鳥の声と、辺りを這いまわる巨大昆虫の足音くらいしか聞こえてこず、やや生理的嫌悪感を刺激する程度で夜が明けた。


 日が高くなってもなお薄暗い森。だがその道無き道をたどり強引にでも進まなければならない。


 アッシュ、カルボ、ドニエプルの三人は、それぞれに黒薔薇たちのことを案じながら、フォレストエルフの集落へと急いだ。


     *


 ガープ王国の外交官マル=ディエスもほぼ同時刻に帷幕の中で目を覚まし、身だしなみを整えた。


「彼らの姿は?」


 生まれつき体の小さいシティエルフであるマル=ディエスは、頭ひとつ半ほど身長の違う人間の副官に声をかけた。


「夜のうちには動きはなかったようです」


「そうか」


 フォレストエルフ代表者との話し合いは今日の朝九時――人間社会の暦の上で――定められていた。議題は、湿原の中から泥炭ではなく巨神文明期の遺跡が発掘されたことについてだ。


 これまでに少しずつ話し合ってきた両者の決まり事によれば、王国側は湿地帯の一部を専有し、そこでのみ泥炭を発掘することに両者は合意していた。


 しかし古代遺跡が発掘されることなどは王国側には――あるいはエルフ側にも――全くの予想外であって、採掘が進まなくなるという状態に陥ったのである。いまの土地使用の取り決めでは一旦遺跡周辺を発掘し、それから泥炭を採掘せざるを得ない状況だった。


 ここにフォレストエルフは難癖を――王国側にとっては難癖以外の何物でもない――つけてきた。湿地帯に遺跡が眠り、それを発掘する権利について記された条文は一行もなく、エルフ側の古い預言では”巨神の庭を荒らすべからず”とされているらしい。ゆえに遺跡の発掘は無期限中止すべきだ――というものである。


 ガープ王国側としては、現在の専有面積の中で遺跡を避けるようにしての泥炭採掘はあまりにも非効率になってしまい、国家の事業として成り立たない。これまで12年間の折衝をへてようやく泥炭採掘が軌道に乗るはずだったにも関わらず、この結果である。


 ガープ王国政府もはや辛抱の限界であった。外交官マル=ディエスは王国側のプレッシャーを背負わされ、フォレストエルフとの新たな交渉をスタートさせなければならない。


 ――せめて同じエルフのよしみと考えてくれればな。


 マル=ディエスは朝の太陽に照らされる豊かな森の様相を見て、誰にも聞こえないようにため息をついた。


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