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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第10章「ブルー&レッド」
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第10章 10話 歩哨

 ヴィネ近郊、エーテル=エリクサー併用式第3浄水場。


 大規模な施設と浄水量をほこる浄水場である。


 そこにはひとつ秘密があった。


 第1、第2の浄水場はいわゆる普通の水道に使われる上水を商業都市ヴィネに供給する。ついでに言うと地下にも流れこんで、地下世界の住民――つまり盗賊や食い詰め物や逃亡犯――の生活用水にもなっている。


 第3浄水場は違う。


 そこで浄化されて流れこむ先は、”赤い頭(レッドトップ)”のエリクサー精製工場だ。


 ”青い葉(ブルーハーブ)”はレッドトップの台頭とともに構成員の離反、殺害が相次いで力を弱めていたが、それでも盗賊ギルドとしてはいうなれば”老舗”である。腕利きが内偵をすすめ、完全に安定した水の供給を行うために通常とは別ルートの水道を使っていることがわかった。アクセルレッドはその精製過程の上で大量の水を必要とするのだ。


 第3浄水場の建築にレッドトップがどれだけのカネを払い、官憲を丸め込んで許可をとったのかは不明だが、おそらくは相当のものだろう。いまやアクセルレッドを蔓延させることで月々数万アウルムのカネが手に入っているはずだから、とうに元は取れていると考えられる。


『大量の触媒を駄目にされ、ついでに浄水場まで押さえられたらレッドトップは一気に資金源を失う。もちろん魔薬ドラッグ以外にも資金源はあるだろうが少なくとも大きな打撃を与えられるのは間違いない』


 ヒューレンジの言葉がアッシュの脳裏をよぎった。


『混乱の冷めないうちにブルーハーブ(こちら)の手の者をレッドトップの中枢に潜り込ませ、元締めであるダン=ジャリスを暗殺する。それが無理なら爆発物を仕掛け本拠地をドン、だ』


『それで全てが終わるかどうかはわからない。だが一時的にせよ魔薬が市場に出るルートは破壊できる。そこからこちらが勢力を盛り返す――という算段だ。どうだ? やってみてくれるかね……』


 危険な判断だった。敵は組織である。野盗やヴァンパイアの一族のように、簡単にぶちのめして終わりということにはならない。迂闊に自らの顔と名前が知れれば、後から暗殺者をしかけられるかもしれない。


 それでも、カルボは己の父に対してひとつだけ命令を受けると言った。


 そうであるならば、自分の”殺る”ことはただひとつ。


 邪魔するものにメイスを叩き込むまでだ。


     *


「入り口の見張りがふたりに見回りがひとり。浄水場の警備にしちゃあ大げさすぎですな」


 スリ師のジョプリンが忍び足で第3浄水場の入り口を偵察し、少し離れたヤブの中に戻ってきた。


「お父様の見立ては正しかったみたいね。三人……ならアッシュとドニエプルさんですぐに片付く?」とカルボ。「あまり時間は掛けたくないけど」


「呼び捨てで構いませんぞカルボ殿」


「あ、ごめんなさい。ドニエプルはどうかな、あの数だと何分くらい……」


「いや待て、だめだ」アッシュがカルボの言葉を遮った。「あの見張りは”リビングドール”だ」


「なんですと?」とドニエプル。


「ゴーレムの一種だ。人間サイズで、遠目には人間にしか見えない……見ろ、見張りに立ってるふたり、さっきから同じタイミングで左右に首を振ってるだけだ。それに見回りしてる奴、あれも何度回っても歩幅が完全に一緒だ」


 カルボたちはじっと目を凝らして、アッシュのいうことが間違いでないことを確認した。


「全部ロボット任せというところですかな?」とドニエプル。


「いや、ちがう。ここは思ったより厳重みたいだ」


 アッシュは夜の闇の向こうに立つ鉄塔を指差した。カルボが小型望遠鏡を覗き込むと、鉄塔の頂上は見張り台になっていて、そこにはふたりの男が番をしているようだった。動きは不規則、酒か何かをあおり、第3浄水場とその入口の動きを見ているらしい。ドールではないようだ。


「あっちが本命の見張りだろう。下手にドールを壊すと人を呼ばれるかもな」


「ふむ。拙僧がよじ登って叩き落としてしんぜようか?」


「その間にわたしたちでドールを?」とカルボ。


「待った」アッシュが難しい顔で一同の動きを抑えた。「ちょっと慎重になり過ぎかもしれないけど……」


「けど?」


「ドールの方も見張り台を見ている可能性がある。つまりだ、鉄塔の方の見張りをぶん殴ったら、それを見てドールが通報なりサイレンを鳴らすなりするかもしれない」


「逆もまた然り、と。それは厄介」ドニエプルはじれったそうに己の手のひらを拳で打った。「アッシュ殿の言うとおりなら、同時に二ヶ所を制圧しなければなりませんな」


「じゃあ、どうすればいいの?」カルボが眉根を寄せ、「上手くタイミングを合わせるって言っても、そんな方法……」


「それは」「わたくしたちが」


 黒薔薇と白百合それぞれの手を挙げた。彼女らの赤と青の瞳は薄っすらと光っている。ふたりの超精神術サイオニクスの力だ。そのおかげで闇夜でも見通せる。


「黒薔薇と」「白百合が」「ふた手に分かれて」「合図します」


 黒薔薇が鉄塔を、白百合がリビングドールの方を指差した。


 ふたりはいつも近くにいて、精神的にある種の特別な結びつきを持っている。離れて行動する場合もその結びつきはほどけず、テレパシーを使って遅延なく意思の疎通ができるのだ。


「……よし、それで行こう」


 細かい打ち合わせを済ませ、アッシュたちは行動に移った。


     *


 巡り合わせの悪さというものがある。


 今夜、浄水場の見張り台に詰めていたふたりは、とびきりの悪い巡り合わせにぶち当たった。


 なにしろ突然侵入してきた僧形の大男に有無をいわさずぶん殴られ、裸絞はだかじめで念入りに気絶させられた挙句に後ろ手をロープで縛られたのだから。


 一方で浄水場の入り口を不眠不休で警護し続けるリビングドールは、二体がアッシュのメイスで瞬く間に破壊され、最後の一体はジョプリンが短弓ショートボウで狙い撃った後に白百合の超精神術サイオニクスで頭を吹き飛ばされた。


 ジョプリンの背中にどっと汗が滲んだ。


 どうやら全てうまくいったようだ。


     * 


 破壊したドールの”中身”には警報装置が仕込まれていて、有無をいわさず三体を破壊しなければ厄介なことになっていただろう。


「これだけ厳重に警備しているということは、やはりレッドトップの生命線ということなのでしょうな」


 ドニエプルがあごをこすりながら神妙な表情をつくった。


「大量の触媒と水。ふたつの供給が絶たれたらアクセルレッドはしばらくのあいだ作成できない。もしかすると、もう二度と」とアッシュ。


「そうだといいけど」


 カルボはそう言って、浄水場の入り口のドアにすっと近づいた。当然の如く鍵がかかっている。


 こういう時はシーフの独擅場だ。ヒップバッグから七つ道具を取り出すと、カルボは鍵開けを始めた。極細の針金を鍵穴に差し込み、門外漢には何をやっているのかわからないうちに軽い金属音がしてドアが開く。


「早いな」アッシュは感心したように言った。


「忘れてた? わたし盗賊なんだよ」


カルボはいたずらっぽく笑ってから、入口のドアを音が立たないようそっと開け、素早く中に首を突っ込んだ。


「よし。行こ、みんな」


     *


 見張りは厳重だったが、浄水場の内部にはごく少数の見回りと、夜間シフトの作業員だけだった。


 アッシュたちは苦もなく彼らを捕縛し、代わりにエリクサー爆弾をありったけばらまいた。


「何か最後にドーンと強そうなのが出てくるかと思ってたのに」カルボは唇を尖らせた。


「なんだ? 厄介なモンに出てきて欲しかったのか」


「そんなんじゃないけど」


 一行には軽口を叩く余裕さえ出来た。


 ロープで縛り上げた見張りや作業員を施設の外に放り出すと、ちょうどのタイミングで内部の時限式爆弾が爆風と炎熱を上げた。足の下からから突き上げるような揺れ。おそらく仕掛けた全部が爆発したことだろう。これでレッドトップが守ろうとした魔薬ドラッグ生成に必要な水の供給はストップするはずだ。


「全部」「成功」「ミッション」「コンプリート」


 黒薔薇と白百合が楽しげに浮遊して夜空を舞った。


「じっさい、これで終わりならよいのですが」ドニエプルが腕組みしながら、「いまごろ地下ではレッドトップの拠点にブルーハーブの切り込み隊が攻め入っているはず。彼らの首尾がどうなるやら」


「それは……お父様に任せるしか無いわ。わたしたちが加勢に加わるのはもう遅いし、ブルーの構成員だってやられっぱなしじゃないもの」


 カルボはそう言いつつ、地面をじっと見つめた。その下で起こっているのはいかなる修羅の様相か。


「……行こう。俺達がこれ以上ここにいる理由はなくなった」


 アッシュの言葉に一同はうなずいて、明けかけた夜空の下、ヒューレンジ邸へと向かった。


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