第01章 05話 パーティ結成
野盗の生き残りは、これでクロゴールと薪割り斧を持った男のふたりだけになった。
「どうスか、降伏とかしませんか。しないか。しないッスよね」
アッシュの言葉は平板だった。挑発している様子はない。何を考えているのかわからない表情だ。
しかしクロゴールは受け流せない。
「するかこのガキ!」
薪割り斧の男と目配せし、クロゴールは腰からギラリと光る剣を抜いた。他の野盗どもの得物とは違う。研ぎ澄まされ、その上わずかにエーテルの燐光をまとっている。魔力付与品だ。
ふたりの野盗はまっすぐにアッシュの元へ迫った。
「下がっててくれ」
アッシュはカルボから離れると、野盗たちに躍りかかった。
*
薪割り斧がアッシュの胴鎧を横薙ぎに狙う。頑丈なプレートメイルでも、それを上回る力で殴りつけられればただで済むはずはない。そして薪割り男の斧さばきはかなり鋭い。
「はッ!」
呼気とともにメイスを両手に構え、アッシュは薪割り斧の一撃を止めた。双方、激突の衝撃にわずかに上半身がブレる。
「ぬあーッ!!」
クロゴールが動いた。エーテルの淡い光をまとった剣を腰だめに構え、薪割り男と入れ替わるように突きを放った。
アッシュがそれを打ち払うと、その隙を見て高くもたげられた薪割り斧がアッシュの頭をかち割ろうと振り下ろされた。
それからの攻防は一瞬のうちに三人が入り混じり、傍からは何が起こったのかはっきりとは見えなかった。
結果として、アッシュは左の脇腹に薪割り斧をくらい、クロゴールのエンチャンテッド剣に肩当てを切り裂かれ、転倒した。
「アッシュ! アッシュ!!」
カルボの悲鳴が空に響く。あんな一撃を立て続けに喰らえば、鋼鉄の鎧でさえ防ぎきれないだろう。
「オラァ! 仲間の仇だ!」
薪割り男が斧を一気にアッシュの首へ振り下ろす。誰もがこれですべてが終わる――と思ったことだろう。
だがクロゴールだけは裏を見ぬいた。
おい危ない――と声をかける間もなく、攻撃を食らって動けないはずのアッシュが下から突き上げる蹴りで斧男の下腹部を急襲した。
「が……!?」
強烈な痛みに、薪割り斧が男の手からするりと落ちた。
それと入れ替わるようにアッシュは立ち上がり、メイスが振り回される。胸を正面から打って胸骨を砕き、そのままかちあげてあごに叩き込んだ。さらに喉首を素手でつかみ、喉輪で男を地面に叩きつける。恐ろしい腕力だ。
「なッ……なんだそれは!?」
クロゴールは焦りの声を上げた。
アッシュの鎧の、打撃を受けた脇腹と切り裂かれた肩アーマーの部分にあぶくのようなものが湧き上がっていた。
「発泡金属装甲だと!?」
発泡金属。
錬金術によって生み出される、金属を泡立たせた素材である。重さは鉄鋼板で作ったモノよりずっと軽く、それゆえ鎧を着込んでいてもアッシュの俊敏性をほとんど邪魔しない。おまけにもうひとつ細工が施してあり、発泡金属の泡にあたる空洞にショック吸収用のエリクサーが充填されている。これにより、過度の衝撃を受けた時にエリクサーが膨張反応を起こし、生身にダメージが通る前に金属自体が膨れて衝撃を受け止めるのである。そのような鎧はとても高価で、野盗や傭兵が気安く手に入れられるシロモノではない。
「何なんだお前はァ!!」
アッシュの脇腹と肩口でふくらんだ金属製のキノコのようなものを見て、クロゴールは困惑した。確実に終わるはずの計画が、何処かから現れた傭兵の小僧ひとりのために全てが瓦解しようとしていた。
「オレがァ! ”金の指紋”のためにいくら時間と金をつぎ込んだと思ってるんだ!」
アッシュは肩をすくめ、「すんませんね、自分、なんつーかこういうことしかできないんで」
「ふざけるなあああッ!!」
クロゴールは剣を振りかざし――両手両足をメイスで叩き折られ、地面にどうと倒れた。
薄明の空に朝日が昇る。
日がさして、血まみれのメイスがギラリと光った――。
*
意識を失ったクロゴールは、それでもまだかろうじて生きていた。両方の二の腕と大腿骨がへし折れて、芋虫のようにしか動けない。
「”金の指紋”……うう、あと少しで……」
やっとの思いで首を動かし、クロゴールはカルボの持つ”指紋”を見た。
「そ、それさえあれば……誰も知らない宝を、宝を……!」
「宝? 何だそれは」
ようやく落ち着いた保安官が、聞き捨てならないとクロゴールの頭に鎮圧杖―ー電撃を放って暴徒を強引に吹き飛ばす魔力付与品だ――突きつけた。
誰が喋るか、とクロゴールは顔を背けた。が、近くで見ていたカルボが懐を手慣れた様子でまさぐって――彼女は泥棒なのだ――何枚もの地図とメモを引っ張りだした。
「よくわかんないけど、ここに書いてある場所に”金の指紋”で開く鍵があるんだよね?」
「うっぐ……小娘、貴様……!」
「倒れたところを助けてくれたから、それだけはお礼言っとく。でも――あなたに力を貸したのはすっごい間違ってた」
カルボは悔み顔でそう言って、ガラス板に挟み込んだ金の手形を見せた。金の”手形”である。
「そ、れが金の……」
「ううん、これはわたしが作った偽物」
「な、なにぃ……」クロゴールは驚愕し、脱力の吐息を漏らした。「どういうことだ……?」
「”金の指紋”は太古の”巨神の指紋”が押されてるでしょ? これは偽物。わたしの手形。本物は別のところにしまってあるよ」
「うおわあああ!」クロゴールは狂乱した。「オ、オレが7年かけて探しだしたのに! こ、これまでやったことは……! チクショウ、チクショウがァ!!」
折れた両手両足で立ち上がろうとするがそれは無理な相談というものだ。
「君、どうするかねこの男」保安官がアッシュに尋ねた。
アッシュは軽くうろたえ、「え、自分がスか?」
「今日の功労者は間違いなく君だ。望むなら縛り首でも何でもするぞ」
「はあ。じゃ、一番近くの裁判所まで連行して、いろいろ聞き出せばいいんじゃないッスかね? どうせ山ほど余罪がありそうだから、色々吐かせてからでも遅くはないというか」
なるほどと保安官は膝を叩き、一度拘束してから死者を弔って、それがすんだら半生体馬車で運び出そうと言った。
アッシュに異論はなかったが、隅っこのほうで顔を伏せているカルボの姿をちらりと見て――彼女が”金の指紋”を盗み出そうとしたことは事実なのだ――何事かを思案した。
ともあれ、恐怖の一夜は多くの犠牲者を出しつつも終わった。
日が次第に高くなり、青空が広がり始めた。
*
成り行きだが傭兵として一番の手柄を上げたアッシュは町中から感謝の意を示され、金銭だけでなくなにか特別な報酬を与えるべきだという声が広まった。フェネクスの町は巨神遺跡群の発掘現場に造られた町であり、レアメタルや遺物が引き上げられる場所であもある。そう簡単には手に入らない太古の魔法の品が町にもいくつかあって、それらからどれかひとつ好きなモノを持って行って良いという結論に達した。
「何でもひとつだけならいいんスよね」アッシュは左眉を途切れさせた古傷をなで、「じゃあ、”金の指紋”を頼んます。もちろん本物のやつで」
「な、なんだって?」
”指紋”の本来の持ち主である道具屋のオヤジが声を荒げた。
「待ってくれ、あれを守るためにこんな戦争まがいのことしたんだぞ!? それを……」
「でも、鍵だけあっても意味はないでしょ? 自分が山賊の親分のメモを見て、隠されているのが何なのか探してきます。そんで、見つけたものはこの町に持ち帰る。それならどうスか」
アッシュの話し方は、言葉遣いにやや癖があるが妙に丁寧だった。野盗の群れをほぼひとりでみなごろしにした男とは思えないものだ。
「まあ……そう言うことなら……」
道具屋のオヤジは周りの空気に押され、やむなく了承した。
「助かります。じゃあ、アレっスよね。盗まれそうになった”金の指紋”自体が自分のものになったってことは、彼女の盗難未遂は帳消しってことで」
カルボはびくりと肩を震わせてアッシュのことを見た。
「どうスか、保安官さん」
「ううむ……どうも理屈に合わない気がするが、君のことは信用しよう。ただしこの町にそのままおいておくわけにはいかんだろう」
「確かに」
「だったら君が引き取ってくれ」
「え、自分がスか。それ厄介払いじゃ」
「まあ、そのとおりだ。君はこのあと”金の指紋”で開く場所を探しに行くんだろう? そのお供にでもすればいい」
「うーん……」と、アッシュが再びカルボのほうに向き直ると、カルボが猛然とダッシュしてタックルしてきた。
「おごっ」
地面に倒れたアッシュにしがみつくようにして、カルボはアッシュに懇願の眼差しを見せた。
「賛成、賛成です! 厄介払いされます!」
カルボが何をどう考えて話を飲んだのかわからないが、とにかくそういうことになった。
アッシュもまた、自分がなぜ泥棒娘の身を引き取らなければならないのかイマイチ納得できる答えが思いつかなかった。
だが少なくとも、ふたりには同じ胸が踊るものが宿っていた。
”金の指紋”に封印された遺跡。
それを暴くことができるなら、傭兵や街のこそ泥をやるよりきっと”いいこと”が起こりそうだと。
「改めて、よろしくね、アッシュ!」
「まあ、なりゆきだ。よろしく頼む」
アッシュとカルボは握手を交わし、ふたりは遺跡を暴く即席パーティを組んだ。
さて――。
この先に何が起こるか。
まだ誰も知らない冒険が始まる。
1章 おわり