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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第09章「里帰り」
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第09章 04話 途中下車

「生まれ故郷に」「行きたくない?」「不思議」「不思議ね」


 黒薔薇と白百合は好奇心のおもむくまま日々知識を吸収している。”生まれ故郷”という概念も、以前であれば小首をかしげていただろうが今はちゃんと理解していた。


 しかしカルボのように、生まれ故郷に戻りたくないという判断は不思議で理解できなかった。人間とは生まれ故郷を大事にしてそこに戻る――それが一時的なものであっても――ことは価値あるものだと思っていたのだが……。


「いやその、ホラ……わたしって盗賊じゃない? そういう道を歩んだ子どもが親に顔見世できないっていうか……なんていうか」


 カルボは豊かな胸の前で指先をもじもじと絡め、言いにくそうにした。


「そうか。ならヴィネは通り過ぎて漁港のあるサブナックにしよう」アッシュはあっさりと言い、「クロ、シロ、新鮮な魚は美味いぞ」


「おいしいもの!」「それは大切です」「ぜひ」「参りましょう」


 何にでも好奇心を示す黒薔薇と白百合だが、一番は食べ物だ。彼女らは美味しいものを求めて度々迷子になるほどで、食欲も旺盛。新鮮な魚がどんな味か確かめるべく、一も二もなくアッシュの意見に賛成した。


「あ、あの、でもアッシュ泳げないんじゃ……?」


「海の中に潜るような仕事を受けなきゃいいだけだ」


「それはそうなんだけど、でも、やっぱり……」

 

 煮え切らない態度のカルボに、アッシュは腕組みして肩をすくめた。


「どっちなんだ」


「え?」


「行きたいのか、行きたくないのか、どっちなんだ」


「それは……」カルボは唇を突き出して、「よくわからない。親と顔を合わせたくないのは確かなんだけど、自分の生まれ育った場所だし、って……」


「じゃあ、どうする。パーティ解散するか?」


「どういう意味?」


「俺とクロ、シロは港町サブナックの方へ行く。お前はヴィネに行ってもいいし、俺達と行動してもいい。お前の自由だ」


 カルボはアッシュの言葉に突き放されたよう感じ、一歩後ろに下がった。


「カルボがついてきてくれというならヴィネについていく。要するに……」


 お前次第だ――アッシュはそう言い切った。


     *


 数時間後。


 結局答えを出せないまま日が落ち、空には赤の満月と白の三日月が浮かんでいる。


 カルボは自分の身勝手な感情で仲間たちを足止めしていることを反省していた。


 アッシュは些細な事で怒ることはないし、黒薔薇と白百合は何があっても好奇心を満たすことであれば喜んで受け入れる。カルボはだれかに叱られたわけではない。自分の親と顔を合わせるかどうかなんて自分にしか決められないことだ。


 カルボは13の時に家を飛び出し、それ以降の4年間は実家に近づくこともしなかった。もうとっくに娘のことなど帰ってこないものと思われている。きっとそうに違いない。


 だが――まだ17の娘でもある。もし親と仲直りする方法があるのなら、それに賭けてみたくもあった。


 ――いや、そんな方法なんて無い。


 カルボは頭のなかで勝手に落胆し、ソファの背もたれに深く体を預けた。元々両親に反発して飛び出したのだ。もし頭を下げて謝罪でもしたら、カルボはまた両親の敷いたレールに軌道修正させられる。そうに決まっている。


 ――やっぱりヴィネを通り越して港町のサブナックに行こう。アッシュたちに変な迷惑かけたくないもん。


 カルボがそう気持ちを固めたころ、商業都市ヴィネではある事件が動き出していた。


     *


 宗教組織”龍骸苑”ヴィネ精舎。


 ふたりの男がそこにいる。


「つまり拙僧らに見て見ぬふりをしろと?」


 袈裟を身にまとった禿頭の男が、よく通る声で言った。


 名はベルナルダス。龍骸苑ヴィネ精舎における最高位、龍僧正。責任者である。


「そのおっしゃりようではいかにも聞こえが悪い。我々はただ独力でこの件の解決を図りたい――そう申しているだけです」


 もうひとりの背の低い男はそう言って手を両方に広げ、胸襟を開けているというアピールをした。 


「独力とは言うが、そなたらの内情はそれなりに聞こえてくる」ベルナルダスはその場で袈裟をひるがえし、背の低い男から視線を外した。「このままでは完全に組織が分裂してしまう可能性がある、とな」


「いかにも。なればこそ、龍骸苑の方々からの介入は我々の望むところではないということです。どちらかに手を貸すということになれば、火の粉はあなた方にも及びます。同時に我々も、力での決着をつけざるを得なくなる」


 泥沼をお望みか――と、背の低い男は強い目でベルナルダスを見た。堅い樫材のような意志。袈裟に包まれた分厚い体躯をもつ僧に迫るものがあった。


「どう転んでも拙僧らに旨味・・はないと」


「ありていに言えば、そのとおりです」


「昨日”向こう側”からの使者が来てな」


 ベルナルダスのあっさりした切り出しに、男はゴクリと息を呑んだ。


「全く正反対の話を持ち込んできたわ。『争いはいずれ都市全体に及ぶ』と。『それを回避するには、我々が手を組んで一気に向こうの組織を壊滅させるしか無い』とな」


 精舎は数秒の沈黙に包まれ、「……それでなんとお答えに?」


「保留にした」


「……ほう」


「どちらも納得できる話だが、当苑にも重んじるべき名誉がある。どちらを選ぶと問われれば……」


「問われれば?」


「流れる血が少ないほうを選ばせていただこう」


 ヴィネ精舎の広間は再び沈黙に包まれた。


     *


 アッシュたち一行は結局カルボの意見の尊重し、商業都市ヴィネを通過してそのままエーテル機関車に乗って海洋都市サブナックへと向かうことになった。


 カルボは終始元気がなく、自分の選択が本当に正しかったのかわからない――という表情をあからさまにしていた。


 アッシュは本当はヴィネで降りたいんじゃないのかと声をかけようとしたが、やめておいた。言葉にするのは簡単だ。しかしそれが本当にカルボのためになるのか、アッシュにはわからなかった。それはカルボが女だからかもしれない。どちらにせよあと一歩踏み込めないものがあった。


 そうこうしているうちに4日が経ち、列車はヴィネについた。


 圧搾空気が漏れる音とともに乗客が次々とヴィネ駅に降りていく。特に何ごともない風景だった。アッシュたちもここで降りようと思えばすぐに降りられる。だがそれはしないと決めている。


 そのときである。


 突然、駅の構内で爆音が響いた。


     *


 黒煙、爆炎、悲鳴。


 アッシュたちの乗る客車の窓ガラスがビリビリと震えた。


 何かわからないが、確実に何かが起きている。


「アッシュ……?」


 カルボが窓の外を見て、視線を戻した時にはアッシュの姿はなかった。ほんのわずかの時間にアッシュは車外へ出て、爆発の現場へと走っていた。


     *


『只今駅構内で事故が発生しました』

『状況が判明するまで全線運行はストップさせていただきます』

『乗客の皆様におかれましては大変ご迷惑をおかけいたしますが今しばらくお待ち下さい――』


 駅内アナウンスが繰り返される中、アッシュは野次馬の人垣をかき分けて先頭に立った。そこには爆発に巻き込まれたのであろう数人の被害者と、シートを掛けられた死者とがいた。誰が爆発を起こしたのか、犯人がどこにいるのかはわからない――アッシュはこの件を”事故”ではなく”事件”、あるいは”犯罪”だと断定していた。誰から何を聞いたわけではない。アッシュの鼻は現場に漂う殺人の意志を嗅ぎとっていた。


「すんません駅員さん」


「はい!?」


 現場の保持とけが人の世話で大わらわになっている駅員は、アッシュの声にあからさまな不快感を見せた。


「これ、魔法ですか? エリクサーですか?」


「そういうことはまだ調査中です! すみませんが何も答えられません!」


 駅員はそう言って、けが人をどこかに誘導していった。死傷者6人、うち死亡者ひとり――というところか。アッシュは現場の状況から判断した。


 ――暗殺? テロ? 機関車が停まったタイミングでか? 誰かを狙っていたのか?


 アッシュは現場が片付けられるまえに、拾えるだけ情報を拾っておこうとした。自分には関係ないことだと言えばそうなのだが、火中に首を突っ込むのはアッシュの性分なのだ。


 ――客車自体を破壊しようとした形跡はないな。乗客が降りるのを待って呪文か爆発性エリクサーを使っている。だとしたら、巻き添えが出るのを承知でやったってことか……。


 アッシュの胸の奥が騒いだ。関係のない人間を、そうだと知った上で巻き込んだのだとしたら、そいつは何であれ、誰であれアッシュの敵だ。聖騎士であった日々がそうさせる。それより昔のまだ子どもだった頃の自分もそう叫んでいる。


 と、そのときアッシュの代わりを務めるように誰かが叫んだ。女の声。カルボの声だ。


「イーソン!? そんな……イーソンなの!?」


 わななく口元を抑え、カルボは大きな目をさらに皿のようにして血まみれのシーツに覆われた死体に駆け寄った。


「あっ、あんたダメだよ! 立入禁止って書いてあるだろ!」


「すみません、わたし、この人の関係者なんです!」


 アッシュは目を丸くしてカルボを見た。


 何かが起ころうとしている。


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