第09章 03話 豪遊!
手元にあるカネを絶対誰にも盗まれない方法がひとつあって、それは全部使いきってしまうことである。
アッシュたちはカルボの提案で、1000金の報酬を必要な分だけ残して綺麗さっぱり使ってしまうことにした。
魔法都市エリゴスには幸いなことに使い道はいくらでもあった。主には魔力付与品、エリクサー、最高級ホテルの食事。
アッシュは装備を改め、完全に破壊されてしまった聖騎士の鎧の代わりに、動きやすくかつ強度に優れた特注のライトプレートアーマーを購入した。これはハードレザーアーマーの部分部分に金属の装甲板を取り付けミックスしたものだ。聖騎士の鎧に使われていた発泡金属装甲は最高級品なので流石にそれには劣るが、アッシュの無茶な注文を鎧職人は応じてくれて、満足の行く出来のものが仕上がった。
全身は軽量化重視で、左右の腕と肩の装甲が分厚くなっている。メイスと合わせて防御をやりやすくするためと、体当たりの威力を増すためだ。すね当てとブーツにも十分な装甲を施しているのはアッシュの第二の武器とも言える蹴り技を活かすため。足裏にはアンデッド系の化物に対処するため魔力を付与された青銀珊瑚を埋め込んでいる。陸上に生える青銀珊瑚は清らかなエーテル風を浴びて育つ非常に清浄かつ硬質、高価な天然マテリアルで、普通の武器では殺しきれない敵相手には必殺の装備といえる。
鋼鉄製のメイスはそのまま手放さなかった。かなり傷んできて、サビも浮いているが三年以上使いこなしている業物である。装備の全部を一新してしまうのは感覚が狂ってしまうかもしれないという考えあってのことだ。
他にもこまごまとした装備を買い込んで、アッシュの取り分はほとんどこれらで使いきってしまった。引退する気など無いから、これでいいのだと本人は主張した。
カルボもアッシュほどではないが古くなった装備を新しくし、特にエリクサーは今までの2倍以上を持ち運ぶようにした。
いつも身に着けているキャットスーツは元々面積や色合いが可変式になっている魔力付与品で、高価なものだからそのままである。相変わらず体の線があらわになっていて、押し込み切れない豊満な胸に思わず視線が惹きつけられる。
カルボ自身はいつ何時出費が発生するかわからないということで、報酬の取り分を予算として少し残すことにしている。
その手持ちのなかからカルボは黒薔薇と白百合の新しい衣装を買ってあげた。いつものひらひらのドレスは何かの拍子に引っかかって破れてしまうかもしれないということで、もっと動きやすい服を何着か用意した。
いま黒薔薇と白百合が身に着けているのは、ショートパンツにニーハイソックス、上着は袖なしのシャツで、長い髪は結いあげてじゃまにならないようにしてある。
何にでも好奇心を示すふたりは服装を変えることにも興味津々で、機能性のことは考えずに喜んだ。実は魔法による守護の力を発揮する糸を差し込んでいる魔力付与品なのだが、それについてはふたりにとってあまり意味のないことだろう。
*
「装備も充実したしうまいものも食ったし」アッシュは切り出した。「そろそろ次にどうするか考えないとな」
「えーずっとごろごろしていたいぃ」
「そんなこと言ってるとおカネなんてすぐ底をついちゃいますよ~」
おどけた調子で言うアッシュの言葉。
それを聞いたカルボは小さくため息を付いて、「そうなんだよねぇ、贅沢しようとすればまだできるけど。でも仕事で使う装備もいっぱい買っちゃったし」
「ここは魔法都市エリゴスだ。大都会なんだから仕事のひとつやふたつ探せばいくらでもあるだろう」
「それはそうだけど。でもこの都市に来た最大の目的である黒薔薇と白百合の正体っていうか、ジャコメ・デルーシアの本は見つけちゃったわけだし。エリゴスに拘る理由もないといえば無いんだよね」
「じゃあどこかに移動するか? ヴィネとか」
「う」それまでだらだらとしていたカルボはすっと背筋を伸ばした。「ヴィ……ネ?」
「ここに比べりゃ治安の悪い場所だが、一大商業地だ。俺も昔行ったことがある」
「……聖騎士だった時に?」
「まあな」アッシュはわずかに顔を伏せた。「まだ小僧の頃だ、単に警護で突っ立ってただけ」
「あの……」
「どうした?」
「ヴィネはやめとかない? それだったらまだエリゴスに残ってた方が」
「ん? それならそれで俺は構わないけど」
「アッシュ」「カルボ」「わたくしたちは」「新しいものが」「見たいと」「おもいます」
黒薔薇と白百合は同じポーズでそう言って、アッシュとカルボの顔を見比べた。
「え、あなたたちエリゴスは飽きちゃった?」
「飽きたわけでは」「無いのですが」「行きたいところは」「全部行きました」
黒薔薇と白百合はわずかに宙に浮き、手を繋いで”扇”を作っている。
エリゴスは魔法都市として大きく発展した場所だが、街のすべてが魔術大学を中心に回っている。魔法の知識があればためになるものはいくらでもあるだろうが、アッシュもカルボも魔法使いではない。黒薔薇と白百合は念動波を使うことができるものの、これは魔法ではなく持って備えた”超精神術”であり、呪文で取り扱う能力とは系統が違う。
見学にあちこちの塔を回っても結局は解放されているスペースを見学出来るだけで、隠された秘密には触れることはできない――当然のことだが。
好奇心の塊である黒薔薇と白百合も、ひと月近く滞在していればそろそろほかの世界を見に行きたくなるのも無理はない。
「えと、んと、じゃあヴィネ以外に行く場所ってないかな?」カルボがやや大仰な身振りとともに言った。何かに焦っているようだ。
「このまま東側の線路に行けばヴィネには4日もあればつくけど、ほかは遠いな。大都市だと……ああ、だめだ」
「何がダメなの」
「北の方のアンドロマリウス王国は知ってるか? ハルファス家とマルファス家」
「遺跡資源の領有権か何かで戦争してるところ?」
「今は停戦中だけど、揉めるのは時間の問題だろう。傭兵としちゃ稼ぎどころだけど――俺だけならともかくみんないっしょに乗り込むぞっていう場所じゃない」
「じゃあ他には?」
「サブナック辺りが大きい都市だな。海洋都市。漁港がある。たしか……」
「海底遺跡があるところ?」
「毒鯨がウロウロしていてなかなか近づけないっていう」アッシュは地図の上をトントンと指で小突いた。「でも、できれば俺は行きたくない場所だな」
「どうして?」
「俺は泳げない」
「ああ……そうなんだ」カルボはあからさまに落胆のため息をついた。
「どうした? ヴィネには行きたくないって聞こえるぜ?」
「あー、うん、そんなこともないんだけど……」
カルボは煮え切らない物言いをした。どうも何かを隠している――と言うのは、アッシュだけでなく黒薔薇と白百合にも明らかだった。
「俺としちゃあ、クロとシロが行きたいって場所に行けばそれで構わない。仕事があって稼ぎになるならな。カルボがヴィネに行きたくないっていうなら別の方法を考えるけど……」
「理由くらいは」「聞きたいですわ」「ねえ白百合」「はい黒薔薇」
黒薔薇たちはカルボの体に寄り添い、ふたりしてじっとカルボのことを見つめた。
澄んだ宝石のように純粋な視線にカルボは額に手をあて、何度か困惑の表情を浮かべたあと、諦めたように言った。
「ヴィネはね、私の生まれ故郷なの」