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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第08章「ブラッドライン」
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第08章 05話 ヴァンパイア・ブラッド

「がああああッ!!」


 視力が回復した吸血鬼ヴァンパイアがひとり、アッシュに躍りかかった。吸血鬼同士にも仲間をいたむ感情があるのだろうか。それを確かめる前にアッシュのメイス一閃で顔面の皮を剥がれた。苦痛に吠え猛ったところをメイスが迎撃し、膝が正面から砕ける。


 転倒した吸血鬼の頭を踏み潰し、アッシュは無言のまま次の”獲物”の肩口にメイスを叩き込んだ。バキバキと吸血鬼すらうなじの逆立つ音を立て、片腕がぶらりと垂れ下がる。


「どしたんスか……こんだけ人間エサにしといて自分たちだけ殺されないとか思ってたんスか?」


 甘いッスよ――アッシュは静かにそう言うと、メイスとともに舞った。


 心臓を、顔面を、脳を内臓を四肢を砕き、ふっとんだ死体が叩きつけられて長テーブルが叩き割られた。壊れた手すりが白木の杭のように天井を向いた場所に首根っこをひっつかんで投げつけて串刺しにする。


 アッシュはもはや手におえないほど暴れ回り、次から次へ敵を血祭りにあげた。その目には一切の憐憫はなく、殺し、殺し、殺した。


 と、一瞬の隙に後ろから羽交い締めにされる。吸血鬼の肉体は強い。その腕力も強い。そして人間の命に対する尊敬がない。ひとりがアッシュを背中からがっしりと掴み、もうひとりが爪を伸ばし、アッシュの喉を切り裂こうとした。


 アッシュはそれをメイスで受け止める――しかしメイスの重心は先端の金属塊にあり、片手で攻撃を受けるには難しく、こつ(・・)がいる。羽交い締めにされた状態ではさしものアッシュも防ぎきれず、鋼鉄の柄がガチッと額にあたった。


「ぐ」


 衝撃に目がチカチカする。額の皮が切れ、だらっと血がこぼれた。


「あああああッ、その血べろべろ吸い取ってバラバラにしてやる!」


 同胞を殺されまくった吸血鬼のひとりはかっとなってアッシュの利き腕を殴りつけ、メイスを剥ぎとった。ボロボロになった聖騎士の鎧はそれでも最後の忠義とばかりに発泡金属装甲のエリクサー膨張反応で衝撃を帳消しにしてくれた――しかしこれが限界だった。


「死ね! 死ねこの只の人間風情が!」吸血鬼は狂乱し、「お前のこのメイスで頭を砕いてやろう! 喰らえ!」


 吸血鬼の膂力りょりょくを持ってすれば、訓練などしなくてもメイスを振り回すには苦労しない。力任せに振り上げて、アッシュの脳天へと振り落とした。


 アッシュの行動は素早かった。まず後ろで羽交い締めにしている吸血鬼の足の甲を思い切り踏みつける。その上で全身のバネを使って背に負うようにして、メイスの一撃を無理やり肩代わりさせた。


「何ッ!?」


 振り下ろした勢いを途中で止められなかった吸血鬼は、そのまま同胞の肩甲骨辺りにメイスをぶち込んでしまった。痛みに羽交い締めをほどいた背後の吸血鬼を一本背負いで投げ飛ばし、正面の吸血鬼を巻きこんで無茶苦茶に転げさせる。


 アッシュは床に転がったメイスを拾い上げ、「こいつにさわらないで欲しいッスね。結構大切なものなんスよ、この吸血鬼風情が」


 すでに半数を血の海に沈められ、さしもの吸血鬼たちも余裕を失った。


 その時、呪文がアッシュを襲った。


     *


 まず稲妻がアッシュの鎧を打った。発泡金属の隙間には対呪文防御用のエリクサーも封入されているが、100%無効化するには今まで受けた傷が多すぎる。火花が散って左腕の肩から先の装甲が吹っ飛んで、腕がむき出しになった。


 次いで”喉斬り”――空気をエーテルで変質させ、かまいたちで目標の首元を切り裂くという暗殺呪文――が右の頬を襲い、すんでのところで襟の金属板で受け止めた。バキンと金属が折れ、装甲の破片が飛び散った。


 さらに”火炎”が、”ブラッドクロウ”が、”闇色の矢”がアッシュに襲いかかり、防御に耐えかねた鎧のパーツがどんどん破壊されていった。


「今だ、殺れィッ!!」


 プレートメイルのほとんどのパーツがむしり取られ、もはや万事休すとなったアッシュに生き残りのヴァンパイア共が躍りかかった。


「そうスか」


 アッシュは邪悪な呪文でも唱えるかのような低い声で言い、最初に襲ってきた吸血鬼にメイスを突き立てた。ただ振り回すだけがメイスの使い方ではない。重量を利用した正面突きもまた強威力をもつ。脇腹に打撃。そこから翻って背中を狙おうとしていたもうひとりに裏蹴りをくらわせ、テーブルから拾い上げた燭台を目の位置に突き刺す。


 吸血鬼の死体は増え、いまや最初の半分まで減っていた。


「何をやっているか!」


 ついにガスコインの怒声が血塗られた地下宮殿にこだました。食堂を見下ろすせり出しから飛び降り、膝を曲げることすらせず着地した。


「なんという人間だ、キミは」ガスコインは怒りと賞賛がないまぜになった声で言った。「恐ろしい、吸血鬼相手にここまでやるとは。我が部下になってほしいくらいだ」


「そうスか、そりゃあ光栄ッスね」


「私に血を飲ませてくれないか? かわりに新たな生き方を与えてあげよう」


「反吐が出ますね」


「私もだ」


 言うやいなや、ガスコインの体が煙のように掻き消えた。テレポートの呪文などでどこかに移動したわけではない。上位吸血鬼ヴァンパイアロードならではの幻術能力で”透明化”したのである。


 かすかに空気の揺らぎがあって、目を凝らせばそこに立っていることが分かる。だが乱戦になればすぐに背景に混ざってしまうだろう……。


 アッシュの懸念はすぐにその通りになった。生き残りの吸血鬼、そして傷が浅く、死んでも死にきれなかった吸血鬼が立ち上がり、一斉に飛びかかってきたのである。


 背中から強烈な一撃を加えられた――壊れた長テーブルを吸血鬼の怪力で振り回したのだ。背中の発泡金属装甲が守ってくれたが、これで衝撃吸収エリクサーの充填が切れた。あとはただの金属板でしか無い。


 アッシュは全身の力をメイスに集中させて右手側から飛びかかってくる吸血鬼を頭頂からみぞおちの辺りまでピューレにし、その勢いを利用して前方宙返りをした。プレートメイルを着込んだままでのアクロバットである。まともな人間ならそんなことをしようなどとまず思いつかない。いくら見た目より軽い発泡金属装甲でも金属鎧なのだ。


 だがアッシュはやってみせ、着地から息をつかずに手近にいた血まみれの吸血鬼に中段の足刀蹴りを叩き込んだ。


「ぎゃああああ!」


 吸血鬼が叫ぶ。ただのキック一発にしては大仰である。が、乱戦の最中にそんなことを気にする者はいない。


 と、アッシュはすでに装甲されていない左腕を掴まれた。そこには誰もいない。


 その瞬間のアッシュの反応は、ある意味で人間を超えていた。


 ――左腕ひだりを潰される!


 目に見えない握力の存在。それは透明化したガスコインにほかならない。メイスを盲滅法めくらめっぽうに振り回し、透明な手を引き離そうと必死になった。


「むっ!」


 メイスの角がガスコインをかすめ、上位吸血鬼を覆う幻術がかすかに破れた。そこに向けてアッシュの蹴り、蹴り、蹴り!


「鬱陶しいわ!」


 ガスコインは業を煮やし、アッシュの腕を掴んだまま放り投げた。アッシュは冗談のように吹っ飛んで、精霊造石の柱に思い切り背中をぶつけた。すでに衝撃吸収エリクサーの効果がない場所である。硬い床にずり落ちて、アッシュは動かなくなった。


「ふー、まったく恐ろしい人間だ、キミは」


 ガスコインは深い安堵の溜息をつき、透明化をといた。そして配下の吸血鬼にアッシュの死体を好きにしろと命じ、自らはカルボたちに近づいた。


「さて、そこな美しい乙女三人は私自らが血を吸ってやろう。隣の吸血鬼」ガスコインは、足がすくんで動けないエンセンに声をかけた。「三人を捕まえて連れて来い。そうすれば改めて我が宮殿の一員に加えてやろう」


 エンセンはビクリと体を震わせた。彼はすでに吸血鬼である。限界まで我慢していたが、もはや血への渇望を抑えられなくなっている。


 ガスコインの宮殿にいれば血の渇きを鎮めることには困らないかもしれない。魅力的な取引――といっても良いだろう。


 それは吸血鬼の考え方だ。化物の理屈だ。エンセンはまだ人間でいたかった。吸血鬼から人間に戻る方法があるのかどうか、エンセンにはわからない。だが人間に戻れるか否かではない、エンセンは人間性を捨てられなかった。


 ガスコインは、全く信じられないという顔をした。


 エンセンが全てをかなぐり捨ててガスコインに跳びかかったからだ。


     *


 ガスコインとエンセン。


 上位吸血鬼と吸血鬼の世界に参入したばかりのエンセンには、埋めがたい能力の差がある。


 首根っこをつかまれ、エンセンの腹をガスコインが手刀で貫いた。そのままはらわたを引きずり出され、エンセンは死んだ。だが死ねない。吸血鬼は腸を引き裂かれた程度では、苦しみはしても死ぬことは許されない。


 苦痛の中、エンセンはそれでもガスコインの首を絞めようと手を伸ばした。


「愚か者が」


 ガスコインはエンセンの体をフルスイングで投げ飛ばした。精霊造石の床に叩きつけられ、大量の血と内蔵が飛び出す。


「では美しいお嬢さんがた、キミたちは我が宮殿の華として永遠の命を差し上げよう。さあ、こちらに」


 闇の宮殿の中、ガスコインの目が怪しく光った――。


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