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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第08章「ブラッドライン」
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第08章 03話 侵入、地下宮殿

 バーガンディ砦跡地はちょっとした血の海と化していた。


 入口と中庭に詰めていた狂信者たちは10人ほど。全員死亡。やぐらを巡回していた三人は、うちふたりをアッシュが撲殺。残りのひとりはやぐらに飛び乗ったカルボが蹴りで中庭に叩き落とした。身長の数倍はある場所から落ちた男だけが両足を骨折しただけで生き残れたというのは何かの皮肉だろうか。


「話して。この砦跡には何があるの?」


 カルボが形ばかりに喉元にナイフを近づけた。カルボがナイフを人間に向けることは、脅しの時以外にはほとんどない。


 ヴァンパイアを狂信する男は両足の骨折のせいか全身に脂汗をかいていた。ぶるぶると震えながらも首を横に振る。沈黙を守る気だ。


「別に聞き出す必要もないッスけどね……」アッシュが手元のメイスを弄び、男にピタリと目標を定めた。「この砦はヴァンパイアの巣窟だ。どこに誰がいようと、生かしておく気はない……ッスよ」


 アッシュのメイスから血糊の塊がずり落ちた。まさしく何人もの血を吸った凶器だ。


「ダメだよアッシュ……殺さないで済むならなるべく生かしておかないと」


 カルボがたしなめた。アッシュがメイスで戦えば圧倒的な戦闘力を持っているのは承知しているし、そういう男でなければ砦を正面突破などという作戦は無謀すぎる。それはわかっている。わかっているが――カルボはアッシュにもっと別の選択肢があるはずだと示してあげたかった。


「お前がそう言うなら任せる。ただ、もしおかしなことになればメイス(こいつ)がモノを言う。いいな?」


「うん」


 アッシュの目から、あの恐ろしい何かが消えていた。アッシュがいくら頼もしくても、できればあんな目はしてほしくない。


「エンセンさん」


「は、はい……」


 エンセンの声は震えていた。彼はヴァンパイアだが、この砦にいた何者かに噛まれ、不本意にそうなったに過ぎない。たったひとりでほとんどの狂信者を殺して回る男への恐怖にかられる人間性は、まだ持ち合わせていた。


「この人はヴァンパイア。ヴァンパイア相手なら話せることはあるでしょ?」


「おお……!」


 狂信者の男は、エンセンの虹彩の色や牙を見て、魅了された。狂信者たちはヴァンパイアの力と不死性に心酔しているのだ――いつか本当に吸血鬼のステージへと上げてもらえることを信じて。


「あ、あそこのうまやの陰に古井戸があります……蓋をはぐとレバーがあって、カモフラージュされている扉が開くようになっています」


 狂信者はまさしく狂信者の目でエンセンを見上げ、知っていることを吐いた。あとは吸血鬼への羨望と帰依の話をうわ言のように繰り返すだけで、もはや利用価値はなくなった。


 アッシュたちは狂信者の男を縛り上げて厩に放り込むと、言われたとおりにレバーを引き、砦の地下へと降りていった。


     *


 いきなり空気の感じが変わった。


 崩れた石組み、雨漏りで水たまりができていた出入り口付近とは打って変わり、掃除の行き届いた精霊造石の床になっている。


「いかにも誰かが住んでるって感じだな」とアッシュ。


「だから、ヴァンパイアでしょ?」カルボは壁に架けられたろうそくの燃えカスを調べつつ言った。


「エンセンさん、あんたここまでは入ってきてないッスよね?」


「ああ。ぼくが本を渡したのは、上の正面入口のところだ。ついでに言えば……おそらくその時に血を吸われたのだと思う。記憶は曖昧だがね」


 エンセンは右腕の噛み跡をローブの上から押さえた。

 

「罠とかあるかな?」カルボが素早く前後左右に視線を動かした。


「あってもおかしくない。ヴァンパイアってのは基本的に人間をいたぶって殺すのが好きだからな」

 

 一行は慎重に足場を選んで進んだ。だが狂信者を10人以上も地上に控えさせていたことを考えると、わざわざ罠を仕掛ける必要はないと判断したのかもしれない。普通はそんなものを少人数で突破できないからだ。


     *


 精霊造石製の磨き上げたような床石と壁はやがて闇色を帯び始めた。照明壁に吊るされた照明が減り、光量も下がってきている。


「気味悪い」カルボが苦そうな顔をした。「趣味も悪い」


「ここからは闇の領域……てなことを言いたいのか?」とアッシュ。


「かもね。今までと雰囲気違うし、迂闊にものに触らないようにしてね」


     *


「エンセンさんは真っ暗闇でも眼が見えるんでしょ?」カルボはそう言ってエンセンの目を覗き込んだ。「つまり、敵のヴァンパイアも」


「……そういう……事になるかな。たぶん」


 エンセンの声は震え、ろれつが回らなくなっているようだった。吸血鬼化の進行だ。おそらくエンセンはヴァンパイアに噛まれてから一度も血を吸っていないはずだ。それがどんな感覚なのかは想像するしか無いが、体が干上がるような苦しみではないだろうか。エンセンは葛藤し、今にも行動に及ぶかもしれない――若く美しいカルボの血を吸うために。


 アッシュはそれを感じ、一瞬だけひとごろしの目になった。カルボを――仲間をヴァンパイアの眷属にしようなどとするなら許しておく必要はない。場合によっては先に始末しておく必要がある……。


 と、先頭に立って進んでいたカルボが”止まれ”のジェスチャーをして、床にしゃがみこんだ。


「どうした?」


「静かに」カルボの顔が急に険しくなった。「奥の方から話し声が聞こえた」


 全員の動きがピタリと止まった。空中を浮遊する黒薔薇と白百合もお互いの体にしがみつくようにして動かないようにしている。


「……本を取り返さないといけないんだ、結局は戦うことになる」アッシュがささやいた。「ヴァンパイアと交渉ができるとは思えない」


「そうなのかな」


「そうだ。人間の血を飲む、しもべを増やす。突き詰めればそれだけが目的の連中だ」


「うん……」カルボは納得しかけて、はっと顔を上げた。「でもさ、それだったら何のために”本”を手に入れようとしたのかな?」


 アッシュは押し黙った。言われてみればそのとおりだ。わざわざ魔術大学の大図書室から盗んだ本である。中には世界に一冊しか現存しないようなものもあるのだろう。それらはとても貴重だが――ヴァンパイアが稀覯本きこうぼんのコレクションをしているということなのだろうか。


 ヴァンパイアは血を吸う。彼らは”エサ”である人間よりも自分たちのほうが”上”だと考える傾向にある。知力も体力も高貴さも。そういう存在だから、日の届かない闇の中で貴族的な営みをしていることも珍しくない。アッシュにとってはそんな話自体が唾棄すべきことだが、事実なのでしかたない。


 エンセンに渡した2000アウルムという大金を出しても手に入れようとした本とはいったいなんなのか。


 ただ出会った吸血鬼を片っ端から殺して本を取り戻そうとしか考えていなかったアッシュは興味を覚えた。何か他の悪事とつながっているかもしれないし、あるいは全く別の目的があるのかもしれない。


「……行こう。いずれにせよ、ヴァンパイアと接触しないとどうしようもない」


 アッシュの言葉に一同はうなずき、廊下の奥へと向かった。


     *


 暗闇に包まれた廊下の奥から、生臭い臭気が漂ってきた。


「うぅ……これ、何の臭い?」


 口を覆ってカルボは吐き気をこらえた。


「血……血の臭い、です。それから肉の。腐っていく肉の臭い」


 エンセンは引きつった顔で答えた。ヴァンパイアのさがが全身を支配しつつあるのか、その声は嫌悪感よりも魅力的な何かと出会ったかのように、わずかに浮かれているように聞こえた。


「そろそろだな。向こうはこっちの動きを把握しているかも知れない。いや、把握していると考えて行動しないといけない。カルボ、クロ、シロ。戦う準備を整えておいてくれ」


「ぼ、ぼくはどうすればいいかな?」エンセンが言った。「ヴァンパイアになりかけているぼくに、何かできることがあれば……」


「……できるだけ人間でいてください。それだけで十分ッス」


 アッシュはそれだけ言って、バーガンディ砦跡の地下に作られたヴァンパイアの宮殿へと足を踏み入れた。


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