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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第08章「ブラッドライン」
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第08章 01話 ブネ村

 魔法都市エリゴスで黒薔薇と白百合の生みの親であるジャコメ・デルーシアの情報を集めるため、魔術大学の大図書室を訪れたアッシュたち。


 しかし五冊の本の盗難事件のせいで図書室は封鎖されており、いきなり計画が台無しになってしまう。


 そこにフードを被った謎の男に声をかけられ、仕事を依頼される――盗まれた本のうち、一冊を取り戻して欲しい、と。


 高額の報酬を提示されたこともあり、一石二鳥とばかりに仕事を引き受けたアッシュたちだったが……。


     *


 半生体馬車をチャーターして街道を行くこと半日。


 アッシュたち一行はブネ村という小さな山村に到着した。小麦を育ててエリゴス市に売る典型的な農村のひとつである。


「ぼくはここで待機させられて、”盗まれた一冊”を渡されたんだ。そこからさらに目的の場所まで運ぶのが仕事だった」


 馬車の同乗していたフードの男はそう言って、余計にフードを目深に被った。よほど顔を見られたくないのだろうか。それともなにか理由があるのか。どちらにせよ挙動不審という印象が強い。


 一行は馬車を降り、ブネ村のひなびた風景をぐるりと眺めた。何の変哲もない村、としかいいようがない。すでに日は落ちかけ、畑仕事をしている人は誰もいなかった。


「で、ここからどこまで運んだの」とカルボ。高額の報酬があることで彼女は普段よりも積極的だった。


「……ハーゲンディ。森の中にある大昔の砦跡だ。街道が別に作られてからは要衝の意味がなくなって、ずっと昔に放棄されている」


「そこに住んでいる誰かさんが、2000アウルムもおカネ払って手に入れたかったってえの?」カルボが訝しんだ。


「そういうことになるが……」フードの男はカルボの剣幕に一歩下がり、「前に言ったけど本は厳重に箱のなかに入ってて、中身については知らないよ」


「じゃあとりあえず今日はこの村で一泊しようよ。砦は逃げたりしないでしょ」


 カルボの提案に全員うなずいた。半日馬車に揺られれば誰でも疲れる。


     *


「ごめんくださーい……」


 カルボが民家の入り口をノックして、おずおずと声をかけた。だが5分たっても返事はない。何の気なしに扉を開けようとすると、鍵はかかっていなかった。住民の気配はどこにもない。


「絶対おかしいよ、もう三軒目なのにどこも人がいないなんて」


 どういうことなの、とカルボはフードの男に詰め寄った。


「わ、わからない……どういうことだ?」男はうろたえ、”自分のせいじゃない”のジェスチャーをした。「ぼくがあの日の夜にここに来た時には普通に人がいたし、農作業もしていたんだ。信じられないかもしれないが、その夜は間違いなく人がいたんだ」


「農作業? 夜にッスか?」とアッシュ。「ふつう夜中に農作業はしないでしょう」


「え? それは……確かにそう言われればそのとおりだが……」


「クロ、シロ」


「はいアッシュ」「何の」「御用で」「ございますか?」


「お前たちの力で何か動くモノがあれば教えてくれ」


「はい」「今まさに」「みなさまの」「後ろに」


「え?」


 じゃり、と足音がアッシュ背後から近づいていた。


 村人だ。


 野良作業を終えた服を着て、麦わら帽子をかぶり、手にはまぐわ(・・・)を持っている。


「あ、あの……すみません、この村の方、ですよね?」


 カルボの問いに、しかし村人は何も答えず、代わりに手にしたまぐわを大上段に振りかぶった。


 いきなりのことでカルボの判断力がほんの数秒鈍った。この位置からでは農機具がカルボの愛らしい顔に叩きこまれてしまう――。


 こういう時のためにアッシュがいる。


 上段から振り落とされるまぐわにメイスの一撃を叩き込み、柄の中ほどからへし折った。音を立てて破壊されたそれを投げ捨て、尋常ではない顔をした野良着の男は、くわっと口を開いた。異様に長い犬歯と、口の周りの赤茶色の汚れが目立っている。反対に顔色は青ざめて、まるで死人のよう。


「ひっ、ひい! なんだこれは!?」フードの男が悲鳴を上げた。


「知り合いじゃないんスか?」


「そんなバカな! これはまるで……ア、ア、アンデッドじゃないか!」


 アッシュはそれを聞いて、なるほど、とメイスを曲芸のように踊らせて、振るった。


     *


 ”食屍鬼グール”は死んだ人間や殺した人間、あるいは普通に生きている人間を食らうアンデッドだ。瘴気ミアズマを浴びすぎた人間や、グールに噛みつかれた人間がグールに変貌することがある。つまりいくらでも増える可能性がある。閉鎖された集落がまるごとグールになって、餌を求めて波のように他の集落を襲う――というような事例もある位だ。


 まぐわを持ったグールが突然現れたことに刺激を受けたかのように、無人の民家から、小麦畑の中からぞろぞろと新たなグールたちが現れた。


「どういうことスか、これは」


 アッシュは殺意がわだかまりつつある目で、フードの男に静かに尋ねた。最初に相手をしたグールは、すでに両足をへし折られて地面をもぞもぞとイモムシのように這うことしかできない。


「もし罠にハメたんだとしたら、自分、何するかわからないッスよ」


「罠? 違う! 僕はこんなことになるなんて知らなかった! 本当だ、信じてくれ!」


「待って、アッシュ」カルボが割って入った。「先にグールを片付けよ? こんなんじゃ話も聞けないよ」


 フードの男の焦り方は尋常ではない。これが演技なら驚くほどの名役者だ。


「了解だ。円十字の慈悲においてその身を……」


 アッシュは祈りの言葉を捧げかけて、口をつぐんだ。アンデッドを滅ぼす際に唱える言葉。教会を破門された身でそれを唱えるのはふさわしくない。


「……元村人の方々には申し訳ないッスけど。自分、聖なる力で安らいでもらうこともできません」


 アッシュは小声でゆるしをうた。


「俺にできるのは、やっぱりこれ(・・)だけだ」


 アッシュは手にする鋼鉄のメイスを右肩に担ぎ、近くまで寄ってきたふたり組のグールに跳びかかった。


 すれ違いざまにメイスを一閃。腕が一本夕闇の村に高く跳ね上がり、そのまま勢いを利用してグールの膝を正面から蹴り、へし折った。


「あ、あ……乾く……喉が……」


 グールになりたて(・・・・)の場合、まだ人間としての思考能力が残っている場合がある。それゆえ人間の言葉をしゃべることもある。


 アッシュはためらうことなくグールの顔面にメイスを叩きこんだ。


 グールになった以上、戻す方法はない。だからもし彼らに救いをもたらせる方法があるとすれば、それは一刻も早くアンデッドの肉体から魂を解放してやることだけだ。


 アッシュはひとごろし(・・・・・)の目で次の標的を定めた。こうなった時のアッシュは、極めて合理的な思考をする。地形と位置、標的との間隔。己に可能な動作の限界。順序。


 一瞬の判断を下し、次の瞬間には行動する。


 稲妻のように村の中を駆け抜け、柵を乗り越えて二体のグールの頭を粉砕する。粘り気のある赤黒い体液が飛び散った。アッシュはそれに構わず次の獲物を探す。走ってカルボたちの元へ襲いかかろうとするグールは、生前から身に着けていたシャツの襟を後ろから強く引き、転倒したところをブーツで頭を踏み潰した。


 さらに数体の群れまでめがけてアッシュは疾駆して破壊。そして粉砕。


「数が多い……」フードの男はごくりと息を呑み、村の中で蠢くグールの姿を目で追った。「この分だとおそらく村人全員がグールにされている」


 カルボも同じ意見だった。村人が全員グールに”感染”している。誰かひとりがグールに噛まれ、後はねずみ算式ということだろうか。


 フードの男は何かに耐えられなくなって、腰に下げていた水筒から水を飲んだ。


「ああ、もうひとり……」


 アッシュのメイスさばきは、いわゆる鈍器を振り回す力自慢のそれではない。遠心力と体の重心を瞬時に判断し動きに無駄がない。鎧を着て戦場を舞うさまは、重厚でありながら軽やかささえ感じさせる。


「……だいたいこんなもんだな」


 息を切らせ、アッシュがカルボたちのところに戻ってきた。叩き潰したグールは20体近い。


 その双眸にはすでに殺気はない。元のアッシュだ。


 いや――どちらが元のアッシュなのか、それはこの場の誰も知り得ない。


「すごい腕だ」フードの男は心底から感心したように言い、「いや、掛け値無しにキミたちを雇えたのはここ数年来で一番の幸運だよ」


「そりゃあどうも、光栄ッス」


 アッシュは手の甲で額を拭った。汗が滴っている。


「はいこれ」


「ん?」


 カルボが水で濡らしたハンカチを渡してきた。


「気が利くな」


「ぐへへ」


 アッシュは一息ついて、フードの男の隠された奥の顔をじっと見つめた。すでに日は落ちて、ただ闇の中で瞳が動いていることしか判別できない。


「な、なにか?」


「クロ、シロ」


「はい」「なんでしょう」


「この人のフードを外してやれ」


「え!?」


 男は急な話に慌て、アッシュに抗議することもできなかった。ふわふわと浮遊しながら男の背後に回った黒薔薇と白百合が、ずっと目深に被っているフードを払った。


 男の顔が月明かりに照らされる――その肌は凍死しかけているように青白く、虹彩がなんともいえない禍々しい色に輝き、その口からは二本の長い犬歯が伸びていた。


「ちょ、このヒトもグールだったの!?」カルボがわけがわからないという風にかぶりを振った。


「……」


 男は口をつぐみ、答えられない。


「その人はグールじゃない」


「え?」


「グールを生み出す根源――”ブラッドサッカー”だ」


「ブラッドって……それじゃあ」


「そう。”吸血鬼ヴァンパイア”だよ」


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