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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第07章「始源種への道」
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第07章 04話 夢の合間に

 本を取り戻してもらいたい――フードを被った男はそう言った。


 食堂の中が一瞬不思議な静寂に包まれ、食器の鳴る音だけが聞こえた。が、すぐに騒がしさが舞い戻り、秘密話にふさわしい雰囲気となった。


「話がヘンじゃない?」カルボは不審感を隠そうともせずフードの男の顔を覗き込んだ。「持ちだされた本を取り戻すっていうのは魔術大学の関係者がもう動いているんでしょう? それをわたしたちみたいな流れ者に依頼するってどういうこと?」


 フードの男は言葉を濁し、「それは……いまから説明したあとで判断して欲しい」


「世の中には聞くだけならタダというものもあれば、聞いただけで命を狙われる話もある。本当に仕事の依頼なら、前金としていくらか貰っておかないと割に合わない」


 カルボはピシャリと言い放った。


 普段からは想像できない強い調子に、アッシュは内心笑ってしまいそうだった。カネを引き出す彼女流の話術だ。話はカルボに任せておけば大丈夫だろう。そう思ってアッシュはテーブルの上のミートパイをひと切れつまんだ。


「わ、わかった……前金として10アウルムだ。今はそれ以上持ち合わせがない」


 四人分の夕飯を大衆食堂ではなく高級レストランに変えてもお釣りが来る額である。カルボがテーブルの下でアッシュの太ももを突っついた。作戦成功、といったところだろう。


「……話を元に戻そう」男の声は少し疲れていた。「キミたちも聞いただろう? 大図書室から5冊の本が持ちだされ、そのうち3冊はまだ行方不明だ。それを取り返して欲しいというのがぼくの依頼で……この件は大学関係者には知られたくない。だから、キミたちに頼むと言うよりはキミたちが大学と関係ない人間だというのが重要なんだ」


「確かにわたしたちは大学関係者じゃないけど、それで?」カルボは話を促した。


「この本の持ち出し……いや、盗難……はいろいろな事情が絡んでいる。かいつまんで言えば、誰かがある本を欲しがって、別の誰かが別の本を欲しがっていた。それが合わせて五冊。で、頭のいい誰かがこう考えた。『いっぺんに五冊持ちだして、その後に欲しがっている者の手に渡す』」


「合理的だ」とアッシュ。


「そうなんだ。じっさい途中までは上手くいった。だが大学だってザルじゃない。すぐに追跡がかけられ、二冊が奪還された。運び手は全員黒焦げか氷漬けか。もしくは半死半生のまま自白を強要する魔法の実験台にでも使われているだろうな。それとは別に三冊がそれぞれ別の場所へと運ばれた……目的地がどこなのか、お互いに知らせないのがルールだ。ぼくも詳しいことは知らない。せいぜい東か西か程度だ」


 男は喉が渇いたのか、テーブルの上のワインを一気にあおった。


「ふう……ぼくは、その運び役のひとりだった……今考えるとなぜあんなことに手を貸してしまったのかわからない……だがやってしまった。カネに目がくらんだのか……? いや、そうでないような気がする……」


「大丈夫スか、酔っ払ったんスか?」


「い、いや大丈夫だ。あの時のことを思い出すとどうも記憶が曖昧になるんだ。いや、すまない。とにかくぼくは一冊の本を運んだ。そして彼らに本を渡した。彼らは……欲しがっていたあの本を使って……ええと……すまない、どうも上手く思い出せないんだ……ええと、永遠の命……? 違うな、安寧が得られる、だったか……。とにかく、とにかくだ、彼らにとって大きな利益となるものだったらしい」


「その本っていったい何だったの?」とカルボ。


「教えられていない。厳重な箱にしまわれていて中身は見ていないんだ。五冊の運び役も同じだろう、全員面識もなかったし話すこと自体を禁止されていた」


「報酬の出どころは?」とアッシュ。


「え?」


「報酬ッスよ。話を聞くと、追手の魔法使いに黒焦げにされてもおかしくなかったわけでしょう? つまり命がけの仕事だ。タダで引き受けたわけじゃないッスよね」


「報酬は無事に依頼人へ本を渡した時点で渡される決まりだった」


「額は?」


 カルボがにゅっとテーブルに乗り出した。くつろげた胸元から谷間が丸見えになる。


「2000アウルム……人ひとり命がけになってもおかしくない額だ」


「そ、それどこにあるの!?」


「おいおい、ぼくは何もカネだけ持って行かせるために話したんじゃない。肝心の本を取り戻してくれればの話だ……実際に本が戻ってきたら、半額の1000アウルム。それでどうだろうか」


「乗った。乗るよね?」


 よだれを垂らさんばかりのカルボの顔に思わず吹き出しそうになりながら、アッシュは構わないと答えた。


「よし、では目的地だが……う!」


「どしたんスか?」


「い、いや……その、西日が強くて目がくらんだんだ」


「西日?」


 アッシュは首を傾げた。窓越しの光はそれほど強くない。男の席の位置からいってもそんなに眩しいようには思えなかった。


 妙だ。


 男は屋内で話をしながらも一切フードを外していない。


 それどころか、ローブから指先さえ出すことも稀だ。


「すまない、目的地についてだが……」


 アッシュは説明を詳しく聞き出しているカルボに任せ、男がいったい何者かを考えた。あるいは――。


 このフードの男には、もしかするとメイスが必要になるかもしれない。


     *


「黒薔薇は」「白百合も」「もっと」「観光」「したかった」「ですわ」


 夜。カルボと相部屋の黒薔薇と白百合が、魔法都市エリゴスに着いた途端に離れた場所に移動することになってむくれていた。下着姿で三角座りになって、部屋の中をくるくる回って浮遊している。


「わたしもそうだよ。でもね、あなたたちの正体を突き止めるにはお仕事の話に乗っておいたほうがいいの。わかる?」


「白百合はわかる?」「黒薔薇はわかる?」「わかりませんわ」「わかりませんわ」


「そおんなこといったてぇ~」ふたりに手を焼くカルボは、自分もまた下着姿でベッドの上に三角座りをして頬を膨らませた。「大図書館に入るには本が戻らないといけないしぃ~」


「お金は?」「お金ですの?」


「むぅ。そうよ、生きていくためにはおカネがいるの! あなたたちの服もご飯も、おカネがないとかえないんだよ? わかってる?」


「ごはん!」「ごはんは必要です」


「そうでしょ? だからもうちょっとがまんなさい。さ、お風呂はいろ」


「はー」「ーい」


     *


 同時刻、別室。


 アッシュは傷だらけの鎧を脱ぎ、メイスの手入れをしていた。鋼鉄製で、今まで様々なものを粉砕してきた。その中には人間もいれば死ぬことのできない化物もいるし、異世界から呼び出された妖魔も含まれる。とにかく様々なものをだ。


 数年間愛用し、重さもバランスも長さの感覚も全てが手のひらに馴染んでいるが、さすがにガタがきている。金属の塊でぶん殴るという意味ではほとんど問題はないが、敵の攻撃を受けとめたときに出来たささくれ(・・・・)や摩耗、サビがあり、武器としての質は落ちてきているのだ。


 ベッドに横たわり天井のエーテルランプを見上げながら、アッシュは珍しくカネの使いみちを考えていた。


 もし本当に今度の仕事で1000アウルム入るとしたらカルボと半々で500アウルム。装備を頭から爪先まで一新しても余裕でお釣りが来る。無論聖騎士の鎧は特別製でカネで買うことはできない。だが――別の新しい鎧に着替えることはできる。


 ――聖騎士の鎧を自分から捨てる、か。


 聖騎士の鎧は高性能であると同時に、アッシュにとっては不名誉の象徴を身にまとうことでもある。


 自分から脱ぐべきではない、自分は不名誉を背負って生きるべきだ。そう思っていた。


 だがなぜだろうか。いまはふと、そうでない生き方を選択してもいいのではないかという考えがよぎっていた。


 入れ替わるようにカルボと黒薔薇、白百合の顔が浮かんだ。


 まだ短い間しか行動をともにしていないが、彼女たちにずいぶん救われている。考え方も行動も影響を受けている。自分は変わってもいいのではないかと思い始めている。


 ――コークスのオジキ、すんません。


 半分眠りながら、アッシュはコークスの名を呼んだ。


 かつてのシグマ聖騎士団団長であり、親代わりであった男の名を――。



第7章 おわり

第8章につづく

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