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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第07章「始源種への道」
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第07章 03話 魔法都市エリゴス

 再びのエーテル機関車である。


 列車強盗に破壊された線路は修復され、10日ぶりに復旧となった。


 アッシュたちは町長やカチイレらに見送られ列車にのり、本来の目的地である魔法都市エリゴスに向けて出発した。


 次に待つのはどんな冒険か――。


     *


「うお、でかいな」


 機関車に揺られること一週間。アッシュはエリゴス市の駅に降り立ち、まず駅の大きさに驚いた。様々な路線が接続されているため、どこを向いてもせわしなく行き交う人の群れだらけである。


「すごい人」「こんなにいっぱい」


 何もかも初めての光景を目にして、黒薔薇と白百合は興味津々といった様子だった。

 

「どうする? 観光する?」


 カルボが大きく背伸びして、眠そうに目をこすった。長旅の疲れだろう。


「別に物見遊山に来たわけじゃないぞ」


「わかってますぅ。黒薔薇と白百合が何者か、この子たちを作ったっていうジャコメ・デルーシアが何をしたのか。それを調べるためでしょ?」


「そうだ」言いながらアッシュはあくびを噛み殺した。アッシュも疲れている。元気なのは黒薔薇と白百合だけだ。


 それぞれ荷物を運びながら駅の改札を通ると、眩しい光の中を素晴らしく幻想的な街並みが一行を出迎えてくれた。

 

 曲線を多用した大小の建物は夢の中に出てくる世界のようで、じっと見ているとめまいを起こしそうだ。色とりどりの壁や屋根の色はまるでキャンディーを空からばらまいたよう。


 駅前では半生体荷獣が引く大きな車が富裕層のタクシーに使われ、空中の水精球から水が流れ落ち続ける逆噴水の脇をノシノシと歩いて行く。


 視線の遠くにそびえ立つのは天をつかむ腕を模した大きな建物、エリゴスの中心的存在である世界有数の魔術大学である。様々な国と地域から集まる学生たちがいつか魔術研究史に名を刻む一流の呪文使いにならんと日夜研鑽を積んでいる。


 その他にも螺旋を描く尖塔がいくつも立ち並んでいるがたいていは魔術に関わっている。魔法都市という別名はこの活発で先進的な魔術研究の様子をさして名づけられたものだ。


 壮麗で、どこもかしこも不思議が詰まった夢の国のような都市・エリゴス。


「これだけの街なら、ジャコメ・デルーシアの情報くらいどこかにあるだろ」


「まずどこから調べれば……ふわぁ~」カルボはもう一度あくびをして、「どこから調べればいいと思う?」


「魔術大学に直接行って聞くのがてっとり早いだろうな」


「でもいきなり行って入れてもらえるもんかな?」


「そこは事情を一から話してだな……あ、クロ、シロ! 勝手に買い食いしようとするな!」


「でも」「だって」「お腹が」「空きましたわ」


「わかった、わかった。後で買ってやるから、すぐにどこかへ行こうとするな」


 アッシュたちはラウムの町の一件を片付けて多少財布に余裕ができたが、無駄遣いはしたくなかった。


「じゃあ、まずあそこの一番大きな大学塔に行こ。腕の形のでっかい塔」


 カルボは黒薔薇と白百合の手を左右の手で握り、勝手にどこかに飛んでいってしまわないようにした。


 タクシーを使っても良かったが、ここは節約して徒歩だ。奇抜な風景を眺めながら歩くというのも悪く無い。


     *


 大学塔に入ることだけはすんなり行った。ただし下層階の一部が観光客用に開放されているだけで、そこで何かを調べようとするのは難しいようだった。


「本を閲覧したいですって?」


 アッシュたちは、係員を務める中年女に声をかけた。おそらく彼女も何らかの魔法を使えるのだろう。


「ごめんなさいね、普段なら一部はお見せできるんですけど、最近になって少し……事件があって」


「事件?」


「あ、いえね。大したことないのよ。ちょっと蔵書が何冊か貸し出されたまま戻ってこなくってね。それが戻るまでは大図書室自体を閉鎖しているのね」


 アッシュとカルボは風船から空気が抜けるようにため息を付き。互いに顔を向けた。黒薔薇と白百合はよくわかっておらず同じ角度で首を傾げていた。


「あの、聞いてもいいですか」とカルボ。「その盗まれた蔵書っていうのは高価なものなんですか?」


「そうねえ、五冊のうち二冊は闇ブローカーの手に渡っていて、その……法的に問題のない範囲で解決したのだけれど。残り三冊は大学でも行方知れずのままよ」


「じゃあ、その本を取り戻せば図書館に入ってもいいんですね?」カルボはいかにも無垢な呪文修行者というふりをしながら、「わたし、何とかお手伝いしたいです!」


「それは……そうねえ、ありがたいけれど。でも私の一存では決められないわ。図書室長が全蔵書についての責任をもっていらっしゃるから、お話をしてみたらどうかしら」


「室長は今どちらに?」


「第3塔の警備状態の視察に行っているはずよ」


「分かりました!」


 カルボは元気よく頭を下げ、アッシュの袖を引いた。


「行きましょう、そこで話を聞いたほうが早いよ」


「あ、ああ。わかった」


 アッシュはカルボの流暢な会話に少し驚いた。盗賊の得意技であるところの話術というものだろうか。一行は大魔術塔から出て、第3塔へと向かおうとした。


「しかし貸し出された本が帰ってこないってだけで大げさだな」


「違う違う。貸し出したっていうのは嘘よ」


「ウソ?」


「わたしが”盗まれた”っていってもとくに否定しなかったでしょ? 何かの不祥事があったんだよ」


「あ、たしかに……」アッシュは先程の会話を思い出した。


「だったら盗んだ連中がいて、そいつらから取り戻さないといけないってことでしょ?」


「それが?」


「わたしたちがそれを取り戻したら報酬をもらえるように話をつける。一石二鳥だと思わない?」


 アッシュはううん、と唸った。何ごとも仕事にして報酬を得られるのならその方がいい――特に流れ者の傭兵と盗賊としては。


「よし、その方向で行ってみよう。話をすすめるには何ごとも素早く……」


「ちょっといいかな、そこのキミ」


 魔術塔から出てまもなく、アッシュは突然男に声をかけられた。


「自分スか?」アッシュは律儀に立ち止まった。


「そう、そうだよキミ」


 修行中の学生ローブのフードを深くかぶり、男はアッシュに近づいて上目遣いに見た。まだ若い。


「ここは人目につきやすい。移動しよう」


 言うやいなやローブの男は魔術大学に背を向け、早足でどこかに向かって歩き出した。


「……何のつもりだろ」カルボは首を傾げ、すぐについていくことを躊躇した。「どうするの、アッシュ?」


「行くだけ行ってみよう」


 アッシュは腰に下げたメイスの握りを確かめた。今はプレートメイルを着込んでいる。完全武装状態なら何が出てこようがメイスで一撃だ――という身振りだ。


 来て早々変なことに首突っ込まないでよ、とアッシュの背中に小さく声をかけ、カルボ、黒薔薇と白百合も後に続いた。


     *


「キミたち、さっき大図書室に入りたいって言ってたろ」


 ローブの男が言った。一同はいま小さな食堂の席についており、周りの騒がしさで他に声を聞かれる心配はない。


「……盗み聞き?」カルボが綺麗な眉をつり上げた。「どういうつもり?」


「落ち着いてくれ、ぼかァ別に君たちと喧嘩がしたいわけじゃない」


「なら何を」


「仕事だ。仕事を頼みたい」


「……一応話だけは聞くけど」カルボはローブの男を値踏みし、「こっちも暇じゃないんだけど」


「では手短に行こう。取り戻してもらいたいものがある」


「取り戻す? 何を」


「……本だ」男はフードの中で胃痛を起こしたように声を絞り出した。「大図書室からなくなった残り三冊。そのうち一冊を」


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