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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第07章「始源種への道」
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第07章 02話 カルボの早とちり

 魔法使いシアーズが巨大動物事件に関わっていたことがわかり、それを解決に導いたアッシュたちには称賛の声が送られた。


 かなり危険な場面も合ったがそれを乗り越えての事件解決に、当初の契約の50アウルムから多少の上乗せで支払われるほどには感謝されたようである。


 シアーズは今回の事件についての主犯格とみなされて罰金及び禁錮刑を言い渡されたが、抗弁などはせずそのまま収監された。昔のミイラ魔法使いの霊に取り憑かれたせいというのはアッシュらにとっては多少同情するところもあったが、何しろ巨大化生物の襲撃で人死が出ているのである。やむなきところだろう……。


     *


「それで、この後はどうするのかね?」


 ラウムの町の役所で、カルボはディマス町長にそう尋ねられた。アッシュと黒薔薇、白百合はどこか別の場所に行っている。


「エーテル機関車の線路が直るまでは足止めです」


 カルボは肩をすくめた。今日はいつものキャットスーツではなく、動きやすい普段着を身に着けている。


「君たちは町の恩人だ。それまでの宿代くらいは出させてもらうよ」


 ありがとうございますと頭を下げたが、ラウムの町はめぼしい観光スポットがあるわけでなく、線路の修復が済む10日あまりは退屈になりそうだと半ば諦めていた。外を歩いていても町の男たちに声をかけられて――なにしろカルボは魅力的なのだ――嬉しくはあるがそれはそれで相手にするのは面倒くさい。


 それを言うなら黒薔薇と白百合だ。彼女たちは本当に人形のように美しい。おまけに好奇心でいっぱいだから、どこで何をしでかしているか多少不安になる。何でもかんでも干渉するのはよくないと思いあえてつきっきりにはしていないが、もしかしたらなにか妙なことに巻き込まれているという可能性はある。


 それから――アッシュは何をしているのだろう。


 全然わからない。今朝は朝宿を抜けてからふらりとどこかに消え、その後は顔をあわせていない。どうしたのだろうか。


 アッシュは妙に礼儀正しいところがあるので町の中でトラブルを起こすとは思えないが、カルボの好奇心をくすぐった。


 カルボはそもそもアッシュのことをほとんど何も知らない。メイスを使って戦うめっぽう強い元聖騎士(パラディン)の男。左眉を指一本分ほど途切れさせた古傷があって、それから――。


 ――それだけ?


 どうもそれだけらしい。改めて考えると、気になって仕方なくなった。冒険のパーティを組んでいるだけの間柄でそこまで踏み込むのは良くない、という気持ちはある。だが好奇心の方が上回った。


「わたし、ちょっと表を散歩してきます」


 カルボはディマス町長にそう言って、役所から出て行った。


     *


「魚釣り?」「魚釣り?」「それはいったい」「なんですの?」


 黒薔薇と白百合が湖のほとりで同い年くらいの少年たちにチヤホヤされていた。黒薔薇と白百合は神秘的な容貌で社会常識に触れておらず、何にでも興味を示す。少年たちにアイドルのような存在とみなされるまで時間はかからなかった。


「魚釣りってさ、こうやって釣り竿で糸を垂らして……」


 男の子たちはデレデレしながら釣り竿の使い方を黒薔薇と白百合に教えている。


 その場に割って入るのは無粋だろう。


     *


「さーてアッシュはどこに行ったんでしょーうねー」


 鼻歌混じりにカルボは町の中を歩いた。ラウムの町はこじんまりとしているが活気がある。湖で獲れる魚と良質な木材のおかげで経済的にはそれほど困窮していないらしい。


 何の気なしに歩いている間に二回ほど町の男に声をかけられたが、パートナーのアッシュを探しているというと簡単に引き下がった。”パートナー”を強調するとたいていこういう反応だ。


 西にある坂を上がったところで見かけたと聞き、カルボはそちらに向かった。遠回りになってしまい、だんだん自分がなぜアッシュのことを探しているのかよくわからなくなってきた。別にアッシュは逃げも隠れもしないだろうし、カルボもどうしても見つけないといけない理由があるわけではない。


 だが妙なもので、何をしているんだろうと思えば思うほど何があっても見つけてやろうという気になってくる。


 するうちに、坂の上の方からちょろちょろと水が流れてくるのを見つけた。上の方の住民が何かを水で洗っているのだろう。


 それを追っていくと、民家の庭に見慣れたモノが立てかけてあった。アッシュの鎧である。傷だらけの表面が水に濡れている。鎧を洗っていたのはアッシュ本人だ。でもなぜこんな民家で?


 カルボは姿を現して、何をしているのか聞こうと思った。が、はっとして足を止めた。


 アッシュは上半身裸だった。


 重いメイスを当たり前のように振るうための筋肉が腕から肩、胸から上へとたくましく盛り上がり、背中も腹筋も何かを中に詰め込んだようにガッシリとし、引き締まっている。鎧を着て軽々と動くのだからおそらく下半身も同様の出来上がり(・・・・・)だろう。肌のあちこちに無数の傷跡があり、ただごとではない場面をいくつもくぐり抜けてきたであろうことを物語っていた。


 カルボは赤面した。


 アッシュは敵と最前線で戦う戦士なのだから鍛えた肉体であるのは知っている。サン・アンドラスの海岸でも見たことがある。だが、今のように盗み見るのは初めてのことだった。


 いい体してますねぇ、ととぼけた感じに声をかけてもいいのだが、思っても見ないほど恥ずかしくて動きが止まってしまった。


「綺麗になりましたねぇ」


 庭の奥の方から女の声がした。カチイレだ。どうやらアッシュはカチイレの庭で、鎧の汚れを洗っていた――ということらしい。


「いやあ、もう洗ってもぼろぼろッスから」とアッシュは頭の後ろに手をやった。


「それと鎧下よろいした(註:鎧の下に着て衝撃を受け止めたり肌が擦れて傷になるのを防ぐための厚手の服)が破れていましたから縫っておきました――差し出がましかったかしら?」


「いや、そんなこと……すんません、恐縮ッス」


「うふふ」


「あれ、自分、なんかおかしいこと言ったスかね」


「いえ、アッシュさんってもっと強面な方かと思っていましたから」


「いやあ、そうスか」


 談笑する上半身裸の男と妙齢の女。その話をコソコソ隠れて盗み聞きしている自分。


 ――なんだこれ。


 カルボは状況を客観的に見て、自分自身どう説明したらいいのかわからなくなった。アッシュを探しに来たはずなのに自分は何をしているのだろう……。


 なんとなくアッシュとカチイレとの間に割って入るのは気が引けた。ただ、何かもやもやした。普通あんな風に裸の上半身を人前で晒すものだろうか? それほど親しくないはずの女性を前にして。


 いや、それは思い込みかも知れない。すでにアッシュはカチイレと”親しく”なっていたのかもしれない。


 一緒に行動している内になんとなくアッシュは”そういうこと”に疎いのかという頭があった。だがアッシュもカチイレも大人だし、そういう大人が短い間に”親しく”なることは考えられる。


 ――もしかするとふたりはすでに……?


 カルボはさらに赤面した。


 これは、よくない。もう、いち早くここから離れよう。もしふたりに見つけられてもなんと言えばいいのかわからない。カルボは自分の容姿やスタイルが魅力的だと思われることには慣れているし、時としてそれを武器に使うこともある。だが、まだ誰かと”親しく”なったことはない。


 ――いや、わたしのことなんてどうでもいいんだってば!


 カルボはこそこそと重心を下げ、ふたりに見つからないよう忍び足でその場を去った。


 と、思いきや足首をひねってしまい、思い切りコケた。


「カルボ? お前なんでこんなところに?」


「どうしたんですかカルボさん?」とカチイレ。


「いやその……何ていうか、全然お邪魔する気とかそういうのではなくですね……」


「どうかしましたか、アッシュさん?」とこれは知らない男の声。


「自分の仲間パーティなんスけど……」とアッシュ。


「アナタ、この方もアッシュさんといっしょに洞窟へ……」とカチイレ。


「おお、それではこの町の恩人だ」と、また知らない男の声。


「ほら、いつまでコケてるんだ。立てるか?」アッシュはそう言ってカルボの体をひょいと持ち上げ、立たせた。


「あの……」カルボは完全に挙動不審になって目を泳がせ、「つ、つまりどういうことなんでしょう……?」


     *


 カチイレは既婚者だった。


 純粋な親切で家に招き、元兵士の夫とふたりで歓待し、意気投合していつも使っている装備を綺麗にしてはどうかという話になったらしい。


 もちろんカルボが妄想したような個人的な関係は存在せず、彼女はひたすら早とちりしただけだったのだ。


 ひたすら。


 カルボは自分の思い込みを反省するとともに、アッシュのことが――妙に気になり始めていた。


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