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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第01章「金の指紋」
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第01章 03話 7人の野盗

 アッシュの操る半生体馬車がフェネクスに着くと、町は一気に騒然となった。


 無理もない。朝送り出した半生体馬車に保安官の死体と顔面の陥没した野盗が増えて帰ってきたのだから。


「なんてことだ……」


 ことのあらましをアッシュの口から聞いた町の住民たちは、戦々恐々と互いの顔を見合わせた。


「一応運んできた山賊のおっさんどうします、トドメとか。まあ、少し回復させれば喋れると思いますけど」とアッシュ。


「そ、そうだな。何か口を割らせよう」


 町に詰めていたもうひとりの保安官があたふたと教会から僧侶を連れて来て、”回復し過ぎないように”回復を頼んだ。


「ちくしょう、ちくしょう、オレをこんな目に合わせやがって……そこの小僧、絶対ゆるさねえ……オゴッ!」


 顔の腫れが引いた途端悪態をつき始めた野盗の脇腹に蹴りを入れ、アッシュは保安官に尋問を促した。目つきが怖い。


「オ、オレたちは……ちくしょう、この町にあるお宝の鍵を狙ってたんだ。覚悟しやがれ、そこの小娘が失敗した時点で、お前らはみなごろし決定だ、へへへ……!」


「小娘……?」


 保安官とアッシュの視線が、まだ両手をロープで縛られているカルボの方に向いた。


 カルボはすっかり意気消沈した顔でうつむいている。


「み、みなごろしとはどういうことかね」と保安官が嫌な予感を飲み込みつつ言った。「お嬢さん、たしか道具屋の”金の指紋”を盗もうとしたんだったな。いったいなにをしようとしてたんだ? この野盗どもと何かつながりが」


「あるに決まってオゴッ」


 話に割って入ろうとした野盗の男にアッシュがもう一度蹴りを入れた。


「わたし……そいつらとグルだったんだ」


「何だって?」


「”金の指紋”。それを盗み出して持ち帰ったら……この町の安全は保証するって」


 カルボの言葉に、集まっていた町の住民たちはざわめいた。野盗の仲間なら今すぐ吊るせなどと過激なことを言い出す者もいたが、結局カルボが白状するに任せた。


「……わたし、ちょっとした失敗で行き倒れになってたの。で、そいつらにたまたま助けられて、そうしたら……その、私の”腕”に目をつけられて、この町で発掘された”金の指紋”を盗んで来いって言われて。それで……」


 カルボは言いながら、身体を震わせて涙をこぼした。


「……もし盗んで持ち帰ることができなかったら、町を焼いて皆殺しにしてでも”指紋”を手に入れるって、そいつらの親玉に――クロゴールっていうヤツなんだけど、そう言われて」


「そんで?」


「泥棒が悪いことだってわかってるけど、わたしが盗めば犠牲者が出ないと思ったら……盗むしかない、って思って。だから……」


 ごめんなさい、とカルボは涙を流して頭を下げた。


 住民の視線は、”指紋”を盗まれた当人の道具屋のオヤジに注がれた。オヤジはバツの悪い顔をして、「これじゃあオレが悪いみたいじゃねーか」と首をすくめた。実際オヤジは被害者なのだが、まだ若い女の涙にウソの匂いはなく、なんとなくそういう流れになってしまった。


 ――悪くない女だ。


 アッシュはほとんど誰にもわからないように小さく笑い、「準備したほうがよくないッスかね?」

 

「準備? あ、ああ。そうだな。とにかく、そういう話なら野盗が襲ってくると考えたほうが良さそうだ」保安官はそう言って、「武器か魔法の使える者は協力してくれ。子どもと年寄りは下の発掘跡に身を隠すんだ。早くしよう」


     *


 顔面をメイスでぶん殴られた野盗の男は手錠と猿ぐつわをかまされた上で馬小屋に放り込まれた。馬糞にまみれてうーうー唸ったがすでに野盗たちの目的や人数構成に関しては口を割っていて、利用価値はないとみなされた。


「いやな月だ」


 武器を持った坑夫のひとりが空を見上げ、嫌そうに唇を歪めた。


 すでに日は落ち、夜空には神韻たる星々が散りばめられている。しかし星明かりだけで、ふたつある月のうち”赤の月”しか天にかかっていない。もうひとつの”白の月”に比べれば光量がすくないのだ。


 ”赤の月”はまたの名を惑わしの月という。ヒトや動物の行動に影響を与え、幻術呪文の効果を高める。攻める側とっては誰かひとりでも幻術にはめれば有効で、守る側はいつ誰が心を惑わされるかわからない。住民側の不利だ。


 野盗が呪文など使わない、というのは希望的観測に過ぎないだろう。


「アッシュといったか? 悪いな、アンタまで巻き込むことになっちまって」保安官が武装を整えながらアッシュに言った。


「いえ、大丈夫ッス。自分、元々ここいらで傭兵の仕事を探すつもりだったんで。ちょうどいいって言ったらアレですけど」


「そうか。ならいいんだ。それより……」


「はい?」


「野盗が7人……あの嬢ちゃんのことが本当なら、町は無傷じゃあ済まないだろう。そんな人数に襲われたことは今までなかったからな。嬢ちゃんに盗ませるままにしておけばよかったかもな」


 保安官はため息をついた。不安を隠し切れていない。


「それ、保安官が言っちゃまずいんじゃあないッスか」


「え? ああ……そうだな」


 気を紛らわそうとする会話はそこで途切れ、夜は深まっていった。


 町のあちこちにはかがり火が焚かれ、なるべく影ができないようにしている。それで星明かりの暗さを少しでも補おうとしているが――アッシュは鎧の腰に下げたメイスの柄を軽く掴んだ――夜間に明かりを立てすぎるのは危険を招くやも知れない。


     *


 数時間が過ぎた。


 野盗はまだ現れない。


 もしかすると今日は現れないのかもしれない――という雰囲気が町に流れ始めた。歩哨に立っている住民も、いつしかあくび混じりになっている。


 すでに町に雇われ済みの数人の傭兵たちは流石に警戒を解かず、交代で町の内外に注意を向けている。


 彼らが果たしてどこまで動けるのか。単に腕っ節が強いだけでは、酒場で暴れるごろつきをぶちのめす事はできても、武装した野盗相手にどこまでやれるのかは神のみぞ知る、といったところだ。


 ――神のみぞ、か。


 アッシュは無意識に胸甲に刻まれた傷跡を指でなでた。


 そこにはかつて、何よりも輝かしい紋章が取り付けられていた。


     *


 星明かりはなりを潜め、月明かりも弱々しい。夜明けが近い。


 慣れない防備体勢にほとんどの住民は気を張りすぎ、疲れて眠っている者も出だした。


 アッシュにも眠気はあったが、ただの一般人たちとは違い戦士としての経験をつんでいる。町の中を動きつつ、手薄になっている箇所を確認した。


 敵の野盗はただ突っ込んでくることはないだろうとアッシュは見ていた。目的が単なる略奪ではなく”金の指紋”という明確なモノであるならば、何かの拍子に壊してしまうような方法は避けるはずだ。


 十中八九最初に使うのは弓だ。


 ひとしきり矢を放ってから突入しやすい場所から雪崩れ込んで、何人か殺したあとに降伏を求め、それから目的のモノをだせと強要する。そんなところだろう。アッシュが野盗の立場でもそうする。


「あれ? 起きてたか」


 通りかかった保安官詰所で、アッシュはカルボが所在なげにウロウロしているのに気づいた。だがくくられていたはずの手縄が外されている。不審だ。


「……誰か外したとか?」


「自分で外した」カルボはそっけなく答えた。


「自分で、って……」


「縄抜けだよ。わたし泥棒だもん」


「それでよく今まで逃げ出さなかったな。意外だ」


「わたしがこの町に潜り込んだのって、住民が殺されないためって言ったでしょ」


「”金の指紋”か」


「うん」


「なんつーか、その……根本的なこと聞くけど、”指紋”ってなんだ? よっぽどカネになるとか?」


 答える代わりに、カルボはアッシュの顔を見て忍び笑いをした。


「……なんだよ?」


「アッシュって面白い言葉遣いするけど、わたしには普通なんだね」


「使う相手を選んでるんだよ」


「なにそれ、わたし下に見られてる?」


「気にするな。それよりさっきの質問」


「あ、うん。”指紋”ってうのはね、巨神文明時代に作られた仕掛け(・・・)を外す鍵だよ。巨神の指紋が押された、こう……このくらい大きさの板で。それを使うと扉が開いたりとか」


「ふうん」


「結構有名だよ?」


「俺、ずっと最前線で戦ってただけだから」


「今までずっと? 軍人さんなの?」


「まあ、そんなようなものだ」アッシュは少し口ごもり、曖昧にごまかした。「じゃあアレだ、野盗連中は”指紋”を使ってどうにかして開けたい鍵ががあるってことか」


「”見つけるまで何年もかかった”って言ってたから、多分そうなんだと思う」


「だいたいわかった。いつもと同じだ」


「いつもと?」


「ああ」アッシュは腰の後ろに引っ掛けた鋼鉄のメイスを抜き払い、「こいつでぶん殴って終わりだ」


「あはは、単純明快」


「だろ? って、お前まだ囚人扱いなんだから、あんまうろうろしちゃよくねーぜ。じゃあな」


「あれ、もう行っちゃうの?」


「持ち場に戻らないと」と言いかけて、アッシュは足を止めた。


「どうしたの?」


「いいことを思いついた」


「いいこと?」


「ああ、ちょっと協力してくれねーか」


 カルボは目をぱちくりさせてから、アッシュの”いいこと”が何かを尋ねた。


「……うん、だいたいわかった」


「そっか。じゃあ頼むぜ」


「いざとなったら守ってね、アッシュ!」


 アッシュは背を向けながら首をかしげ、カルボの言葉には答えずに汚れたマントを翻し、元いた場所に戻っていった。カルボの声は場違いに明るくて、何も知らない少女のようで、何か心がムズムズするものがあって、なんと答えたらいいのかわからなかった。


 その時である。


 アッシュの周りから急に音が消えた。


 風の音も、かがり火が燃える音も、目の前でクロスボウを撃ち込まれた住民の悲鳴も、何も聞こえなかった。


 アッシュはギリ、と奥歯を噛み締めた。襲撃が始まった。予想通りまず弓矢だ。だが予想を超えていた。


 野盗の中の誰かが、広域消音の呪文を使って町の一部――あるいは全体の音の伝達を阻害したのだ。


 ――やられた!


 自分自身の声さえ耳に入らない。呪文自体はそう長く持たないだろうが、一時的にとはいえ味方との連絡も寸断された。アッシュは目を見開き、バリケードを打ち破ろうとする野盗の元へ走った。


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