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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第07章「始源種への道」
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第07章 01話 干からびた夢

 始源種とは”始源の塔”から生まれたその種族の最初の一体のことをいう。ドラゴンの最初の一体。巨神の最初のひとり。人類の最初のひとり。植物の最初の若葉。そして動物の最初の一匹。


 始源種はどれも始源の塔から直接生み出されたものであり、最もたくましく賢く生命力と精神力に満ちていた――とされている。


 時が経つにつれて始源種は繁栄し、その代わりに偉大なる最初の血は薄れていった。体格は小さく、賢さも失われ、いま現在の生態系を形作るひとつの要素となっていった。かつての巨神たちがそうであり。人類もまたその影響を免れ得ない。


 動物たちはもっと顕著だ。


 造物主の贈り物”ジ・オーブ”をその手にしたのは三種しかいない。


 まずは巨神類、そして非常に短い期間ドラゴンたちのものとなり、それを簒奪さんだつした人類が現在の世界に栄えている。


 動植物は一度もオーブの恩恵に預かっていない。それが彼らを”ただの動植物”たらしめているのである。


 ラウムの町に身をおいていた偏屈な魔法使いシアーズはそのことに目をつけ、不満に思い、動物たちをかつての始源種へと”先祖返り”させられないか――という、無謀とも言える研究を始めた。彼の大いなる野望は周囲には理解されず、特に魔術大学からは実験は危険を招くとして非難さえ受けた。


 それが逆にシアーズの反骨心に火を付け、ラウムの町を出奔して洞窟にこもることを決意させたのである。


 そもそもラウムの町は湖で巨大生物が度々現れるという土地だった。


 これについてシアーズは巨神文明、ないし人類の過去の魔術が何らかの影響を及ぼしていると確信めいたものを抱いていた。


 なんという運命のいたずらか。洞窟の最奥部で彼は見つけてしまった。


 過去の魔法使いが行っていた研究成果、そして”過去の魔法使い”本人を――。


     *


「わ、私はその魔法使いと出会ってしまった……そして、と、と、取り憑かれてしまったのだ、彼の霊に」


 シアーズは伸び放題のひげの奥でもごもごと喋った。どうやら何日もまともなものを食べていなかったらしく、ひどく衰弱している。


「霊だって?」とアッシュ。


「そ、そうだ。あそこに人工の出入り口があるのがわかるか? あの奥に彼がいたんだ。妙な話だが彼とは話が合って――始源種を蘇らせる研究に協力を申しでてくれた」


「協力」「霊が」「協力」「どうやって?」


 不思議がる黒薔薇と白百合をちらりと見て、「私に取り憑いたんだよ、彼は」


「それで一人二役みたいになってたのね」とカルボ。


「だ、だが後になってそれは間違いだと思い知らされた……私を欺いた……いや、そういうことでもないな……私は彼のことを”過去の偉大な魔法使い”だと思っていた。だが真実は、”昔のイカれた魔法使い”だったんだ」


 アッシュは今のあんたみたいにッスか、と言ったがシアーズの耳には届かなかった。


「そ、そう、彼は始源種を産み出す能力などもっていない。か、彼は単なる……う!」


 シアーズは突然胸を抑え、苦しみだした。激しく咳き込み、身をよじって石床の上で身悶えする。


「どうしたんスか! 大丈夫ッスか!?」


「おごご……おぼっ……か、彼が……彼が目覚め……ぶはぁっ!!」


 シアーズの口から大量の何かが吐き出された。胃の中の物を嘔吐したのではない。青白い霧のようなものだ。それは一瞬老人の姿になり――風に乗ったように人工の石扉の向こう側へ吸い込まれていった。


 シアーズは失神し、目を覚まし、もう一度気を失った。


「……大丈夫、弱ってるけど脈はあるよ」頸動脈を押さえながらカルボが言った。「どうするの、さっきの?」


「行くしかない」


 言うやいなや、アッシュは石扉のところまですっ飛んでこじ開け始めた。


「死なないでよおじさん!」


 カルボはシリンジタイプの強壮剤をシアーズに注射して、アッシュの後を追った。


     *


 石扉の奥はあたかも古代の貴人の墓所のようになっていて、一番奥の玉座にはすっかりミイラ化した何者かが座っていた。


 部屋の左右には大きなくぼみがいくつかあって、その中には同じくミイラ化した副葬者が眠っていた――人間ではない。異様に大きな魚やイノシシ、イヌやウサギなどだ。巨大化させられた動物であることはひと目見てわかった。


 と、アッシュたちの目の前でさきほど魔法使いシアーズの口の中から出てきた青白い霧が、玉座に座ったミイラにまとわりつき、やがて一体化した。


『おおお……口惜しや』


 頭の芯に直接届く声。ミイラ男のものだ。


『あのシアーズという男、せっかくここまでチカラを与えてやったものを……!」


「自分の見たところ、向こうはそれほど感謝してない感じッスよ」


『ぬおおおお……』干からびた男はメキメキと音を立てて拳を握りしめ、『ゆるるるる……許さんぞ……ここまで巨大動物の研究を手伝ってやったというのに!』


 ――巨大生物?


 アッシュの脳裏を疑念が転がった。魔法使いシアーズは”始源種”を蘇らせる研究をしようとしていたはずだ。


『もうよい、貴様らも処分してワシの研究材料おもちゃにしてくれよう!』


 ごう、とエーテル風が吹き、ミイラ男が玉座から立ち上がった。その眼窩には青白い炎が灯り、全身を覆う元はローブであったのだろうボロ切れを翻らせる。


 アッシュは密かに舌なめずりをした。


 手にした鋼鉄のメイスはあらゆるものを粉砕するが、霊体を消し去るには分が悪い。ミイラの中に霊体が入ってくれるなら――頭をかち割れる。


 古代の墓所じみた石造りの遺跡を飛び回りアッシュは恐ろしく素早い動作でミイラに迫った。


『むお!?』


 ミイラがいったい何百年眠っていたか、そんなことはアッシュの知る由もない。鋼鉄のメイスが示す解決法に従い、アッシュは逆袈裟にミイラを打った。しかしミイラはかつて魔法使いであったアンデッドである。メイスが直撃する寸前、干からびた体表に紫電が走り、おおきく背後にずれてかわした。


『おのれぇぇぇ……ワシのチカラを侮りおって……!』


 ミイラの言葉はアッシュに向けられたものではなかった。おそらく錯乱した思考回路はかつての世界へと向けられ、自らの魔法研究の成果が受け入れられなかった怨念を吐き出しているのだろう。


「すんません。自分、そういうのよくわからないもんで」


『なにをぉぉぉ……!』


「こういうことッス」


 アッシュは体を大きく反らせてメイスを持ち上げ、一気にメイスを振り下ろした。


 全身のバネを使い、空気を引き裂くほど力のこもった一撃がミイラの頭頂に叩きこまれ、そのまま首、胸骨、横隔膜、腹部、下腹までを上から下まで完全粉砕。断末魔さえ発することなく、かつての魔法使いはようやく冥土に送られた。


     *


「この……魔法使い……は、始源種の研究をしていると私につけこんできたのだが……」


 失神から覚めたシアーズはアッシュたちと共にミイラの成れの果てを見下ろし、細かい話をし始めた。


「私も彼の技術に従って巨大動物を作ることに成功したところまでは良かった……だが次第におかしなことに気がついた。彼の実験材料にされた動物は、伝説の始源種のごとく体格こそ大きくなった。脳の容積が増えて賢くもなった。しかし、そこまでなのだ」


 干からびた魔法使いは洞窟の奥に封印されていた場所にシアーズを呼び寄せ、その体を乗っ取った。力が足りずシアーズの意識が残っていたが、妙なことに彼らはシアーズの意識の中で共存していた。


 それからの彼らは研究に没頭し、巨大動物を作ってその成果に酔った。それらの動物が結果としてラウムの町を襲っていることへの罪悪感はミイラ男の意識によって打ち消された。


 やがてシアーズの始源種復活への研究は途絶した。


 過去の大魔法使いと思い込んでいたミイラが、実は”動物の巨大化”の専門家であり、始源種復活の手段など全く知らなかったのだ。


 ラウムの町の湖で巨大化生物が度々みつかるのは、大昔の培養装置から培養液が漏れだして、それがたまたま魚の口に入ったに過ぎない。ラウムは夜な夜なミイラ男のために野生動物を呪文で手懐けてから洞窟に持ち帰り、巨大動物を作っていった。


 たしかに始源種は体格が大きいとされている。


 しかしミイラ男の目的は”巨大化”でしかなかった。先祖返りを起こさせる気などなく、ただ大きい動物を作ればいい――その上でしもべにしてどこかを襲わせればいい――という程度の男だったのだ。


 この時点で両者は決裂し、己の精神の中で互いの追い出しあいが始まった。ひとりで言い争いをしていたのはそのせいだった。


「ありがとう……目が覚めたよ。始源種への先祖帰りはより深く研究すべきテーマだが、その結果ラウムの住人にひどいことをしてしまった。町に戻り正統な罰を受けよう」


 シアーズは寂しそうに笑い、ミイラの残骸をちらりと見た。その目にかすかな涙が浮かんだ。たとえ目的は違えど、過去に生きた魔法使いと精神的合一を果たし、知識の交換ができたからだろうか。


 仕事は終わった。


 一同は洞窟を出て、ラウムの町に向かった。


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