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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第06章「巨大生物を追え」
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第06章 02話 ラウムの町

 とんでもないことになっていた。


 列車強盗に襲われたエーテル機関車だが、むしろ被害は外のほうにあった。


 機関車を緊急停止させるために強盗たちは呪文で線路を焼ききっていたのである。


「こいつぁ参ったなあ、一日二日で直る状態じゃない」


 乗務員たちがそう言って、乗客たちに一度前の駅に戻りそこで運賃の払い戻しに応じる――というようなことを説明した。抗議の声も上がったが、新しい線路を運んで修理するまでどうにかなる状態ではなかった。高位の術者がいれば呪文で何とかなったかもしれないがそう都合よくはない。文句を言っていた客も、結局は渋々ながら乗務員の言うことに従うしかなかった。


「……ってことだけど、どうする?」カルボが苦そうな顔で言った。


「先に進めないんじゃあ、どうしようもないな」とアッシュ。「前の駅ってどこだ?」


「えっと、ラハブ? バウム? なんだっけ……辛気臭い感じの小っさい町」


「ラウム、です」


 乗客のひとりが急にアッシュたちに話しかけてきた。女だ。二十代後半くらいだろうか。長い髪を後ろでまとめ、煙るような目をしている。顔立ちは美しい部類だが、どこか精彩に欠いているという印象だ。


「すみません、いきなり話しかけてしまって」


 女は自らをカチイレと名乗り、ラウムの町の出身だと説明した。


「あなたがたのさっきの活躍、見ていました。それで、少しお話を聞いてもらえればと思って」


「お話?」


 アッシュはエーテル機関車の様子とカチイレとを見比べた。機関車の調整にはまだ時間がかかりそうだ。


「はい、いいですよ」カルボはアッシュが答える前に言った。「立ち話も何ですし、一度客車にもどりましょ?」


     *


 この世界は驚異に満ちている。


 中でも最大のものが造物主自らが建てた”始源の塔”だ。この世界の全ては始源の塔から始まった。


 今この世界で生きているすべての生命は始源の塔から生まれたと言われている。巨神も人間も、全てに先んじて生まれたドラゴンもだ。客車の車内を飛んでいる一匹のハエさえ、元を正せば始源の塔に行き着く。


 造物主は塔と一緒にあるものを地上に贈った。


 ”ジ・オーブ”。


 そのよう呼ばれる光り輝く宝珠が与えられ、手にしたものが地上の支配者になるとされる。


 巨神が10万年もの間地上を支配したのも、彼らが衰退し人類種が次なる地上の支配権を得たのも、このオーブがあってこそのものなのだ。


 造物主の力はなおも塔に、そして世界中に残り、生命の種の残り香のようなモノが現在も有り余るほど存在している。


 エーテルだ。


 魔法使いたちが用いる呪文が不可思議な効果を発動させるのは、すべてこのエーテルが源となっている。いわば造物主の残した遺産を利用し、世界を生み出した力のほんのわずか、ピンの先程の量を利用し、チカラに変換しているのである。それが善きにせよ悪しきにせよ。


 あるものはエーテルを使って人を癒やし、あるものは反対に傷つけ、またあるものは”塔”から生まれた生命以外の何かを生み出そうとする。


 カチイレの故郷、ラウムの町にも魔法使いがいた。不思議ではない。どこの小さな町でもひとりくらいは魔法使いがいるものだ。


「そこまではどこの町でも村でも当たり前のことです」カチイレは顔を伏せた。「ですが、ラウムの魔法使いのひとりが、その……おかしく(・・・・)なってしまって」


「おかしく?」


「はい……」


 隠遁グセがあって気難しい性格だったというその魔法使いはある日突然町から消えた。初めはまたどこか山奥にでも引っ込んで研究でもしているのだろうと誰もが思い、放って置かれた。彼はそういう人物であり、変に気を回されるを嫌っていたのだ。


 だがひと月が経ち、三月が経つうちに状況が変わってきた。


「町に怪物が迷い込んでくるようになったんです」


「怪物?」


「ええ。初めはオオムカデやオオグモのような巨大な虫だったのですが、その時は魔法使いと結びつける人はいませんでした。ですが次第に迷い込んくるものが……悪質化して、といいましょうか……」


 馬のように大きなオオカミ。大型犬ほどもあるネズミ。棍棒を持って暴れまわるオオザル――。


 そんな化物たちがラウムの町にさまよい出て、住民を殺すようになったのだという。これまでは自警団がなんとか食い止めていたが、それもすでに限界が来ていた。


 町が巨大なけだものの餌食にされてしまう――そう考えた町長や警察たちが、近隣の腕のたつ傭兵を雇おうと話を決め、カチイレにその白羽の矢が立ったというわけだった。


「ラウムの町から何駅かすすんだところには傭兵が多く集まっていると聞いて、そこに向かおうとしていたのですが……」カチイレは焼き切れた線路をちらりと見て、「これではいつになるかわかりません」


 そこで列車強盗をあっという間に制圧したアッシュらを見て、彼らを町に呼ぼうとカチイレは意を決したというわけだ。


「お願いします、おふたりがいてくれれば何とかなると思うのです。どうか力を貸していただけませんか……!」


 カチイレの声は抑えめだったがきっぱりとした意志が感じられた。アッシュたちを逃したくないという迫力のようなものがその表情に表れている。


「わたしは賛成!」カルボが元気よく手を上げた。「どうせすぐには出発できないんだし。それまで手を貸すくらいはいいでしょ?」


「黒薔薇も」「白百合も」「賛成」「いたします」


 カルボや黒薔薇たちに賛成されて、アッシュはもう断れないな、と思った。


「報酬次第、ってところかな」


 ポーズだけではあったが、アッシュはカネ次第の強面風に振る舞った。もちろん無償奉仕ではないということもはっきりさせておかないといけない――エリゴス市までの運賃をのぞけば財布の中はカラカラの強行軍なのだ。機関車のレールを焼き切られたのは思いもよらなかったが、まっとうな傭兵の仕事が舞い込むなら運が良かったのかもしれない。


 カチイレの提示した金額は50アウルム。傭兵四人分雇う賃金としては物足りないが、カチイレのすがるような物言いに強くは出られなかった。ラウムの町で住民が必死に集めたカネ、という様子が目に浮かぶ。


 アッシュが了承するとカチイレは煙るような目を細め、アッシュの手を両手で握って何度も礼を述べた。


 やがてエーテル機関車の準備が整い、これまで来た道を逆に走りだした。


     *


 ラウム駅に到着し、機関車から一歩降りたちょうどのタイミングで、アッシュの鼻先にぽとりと雨粒が落ちてきた。ほどなくざあっと雨音があたりを包む。


「すみません、いきなりこんな雨降りで……」カチイレは申し訳無さそうに眉根を寄せた。


「雨が降るのはカチイレさんのせいじゃないよ」カルボが至極当然のことを言って、「それより、どこか雨がしのげる場所に行こ?」


 アッシュたち四人はカチイレの案内に従って町の役所に入った。


「あれは」「なんですの?」


 黒薔薇と白百合が、入って早々に役所の壁に飾られている大きな墨絵のようなものを指差した。


「あれは何年か前に近くの湖で吊り上げられた魚の魚拓です。大きいでしょう?」とカチイレ。


 黒薔薇と白百合に魚の大小を測る基準は存在しない。ふたりは全く同じ角度で首を傾げたが、その魚拓が普通より大きなものなのだということだけは理解したらしい。


 アッシュとカルボも魚拓に目をやるが、たしかに大きい。ワニの子どもくらい――いや、もう少し大きいかもしれない。犬やネコなら丸呑みしてしまうだろう。


「やあ、実はあれを釣ったのは私でして」役所の奥から小柄な中年男が出てきた。「大きいというか、ちょっと大きすぎて気味が悪いくらいでして。あっと申し訳ない、私はこの町の町長をやっておりますディマスと申します」


「ディマスさん、この方たちが」とカチイレ。


「おお、連れて来てくれたか! 何か列車強盗があったらしいと聞いて、もう無理だと思っていたよ」ディマス町長が興奮気味に言った。「いやあ、ありがたい。この町で何が起こっているのか、話はお聞きしたでしょうか?」  


「でっかい動物が攻めてきて大変、ってところまでは」カルボは肩をすくめ、「その魚も巨大化しちゃったやつとか?」


 冗談で言ったつもりが、ディマス氏とカチイレは深刻な表情になった。


「ああ、これは失礼。どうぞあちらの席にお座りください」


 布張りが破れて何度かお手製の修理をしたと思われるソファーにアッシュとカルボが腰掛け、余った黒薔薇と白百合はそのうしろでふわふわ浮かんだ。


「実はですね、この町に巨大な生き物が現れるのは初めてじゃあ無いんですわ」とディマス町長は言って、テーブルの上に古っぽいアルバムを取り出した。「ほら、このザリガニやナマズも。カエルとか。まるでお化けでしょう?」


 セピア色のかなり古い記憶紙だったが、見る限り人間と比べた縮尺が大きくて、なるほどお化け生物と呼ぶのがふさわしく思えた。


「……全部湖の生き物ッスよね?」とアッシュ。


「そうなんですわ。だから、いままでは妙に大きく育った生き物、豊漁の兆し――で済ましていた」ディマス町長は眉根に深い縦皺を作って、「いまこの町を騒がしているのは、陸上の生物なんです。しかもオオカミだとかネズミだとかサルだとか、そんな危険なものばかりで。実はもう……その、5人以上死傷者が出ているんです」


 一同は静まり返り、雨音だけが役所を包み込んだ。


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