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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第06章「巨大生物を追え」
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第06章 01話 樫棒はクロスボウより強し

「サン・アンドラスを離れようと思う」


 昼食を食べに入った麺屋のテーブル。あらかた食べ終わったタイミングでそう切り出したアッシュに、カルボはぽかんとして口の端から食べかけの麺がひょろっと顔を出した。


「え、ど、何? 急に」


「別に急でもないだろう?」


「だって、そんなこと今まで一言も」


「そりゃ今まではまだホテルに滞在してる余裕があったからな」


 アッシュが言っているのは先の”リーパー事件”で多大な働きを見せたことに対する報酬で、サン・アンドラスの行政府から出たものと、特別にタウ聖騎士団から渡されたもののふたつ。それなりに高額だったのでしばらくは黒薔薇と白百合をつれて観光を楽しんでいたのだが、なんにでも限界はある。


「でも、まだ半分も使ってないでしょ?」カルボは唇をとがらせた。「もうちょっと遊びたい」


「そんなこと言ってるがな、いま財布に入ってるカネで装備やらエリクサーやら買い込んでたら、機関車の運賃が払えなくなるぞ。歩いて移動する気か?」


「移動せずにサン・アンドラス(ここ)でおしごとさがせばいいんじゃないの? 聖騎士団とコネができたんだし」


「クライヴとの関係をこじらせたくない」


「じゃあ、どこにいくつもり?」


「エリゴス」


「エリゴス……ってだいぶ遠くない? ここからだとエーテル機関車でも2週間はかかるよ。なんでそんなところに?」


 カルボが訝しがると、アッシュは口の周りをミートソースでベタベタにしている黒薔薇と白百合を見た。


「あそこには魔術大学があるからな。クロとシロの正体、手がかりくらいはつかめるだろ」


「まだ諦めてなかったんだ。わたし、超精神術師サイオンの能力があるってわかっただけで十分だと思ってた」


「……何を思ってこの世に生み出されたのかわからない、ってのはやっぱりな。嫌なことだと思う。せめて手がかりくらいは知っておきたい」


「そうなの?」カルボは黒薔薇と白百合の口元を拭いてやりながら尋ねた。


「白百合はどう思う?」「黒薔薇はどう思う?」「うーん……」「うーん……」


 ふたりの美しい少女は同じ角度で首を傾げ、考えこんだ。


「わたくしたちには」「よくわかりません」「でも」「アッシュがそう仰るなら」「そうなのだと」「思います」


 黒薔薇たちは以前は”ご主人様(マスター)とアッシュとカルボのことを呼んでいたのだが、カルボに矯正されて名前で呼ぶようになっていた。 


 カルボはふうとため息をつき、「もー、ふたりがそう言うなら、わたしも従うしかないじゃない」


 こうして一行は魔法都市エリゴスに向けて出発することになった。


 もう孤児院に預けるためではない。


 ”仲間”である黒薔薇と白百合のために。


     *


 サン・アンドラス駅でエーテル機関車に乗り込み、客車に乗り込む。


 この客車も武器や鎧は禁止で、丸腰にさせられたアッシュはまた不安になってそわそわし始める――かに思われたが、今回は余裕のある態度で座席についている。こっそり護身用の武器を持ち込んでいるからだ。


 見た目は単なる太い樫材の丸棒だが、生身の相手を殴りつければ骨折する程度には堅く、重い。


「機関車で移動」「機関車で移動」「楽しいですわ」「楽しいですわ」


 黒薔薇と白百合はエーテル機関車にのって車外の様子を見るのがすっかり気に入ったらしく、窓際の席で機関車が動くのを待っていた。


 やがてエーテル炉に火が入り、数度の汽笛のあとエリゴス行の機関車がずしずしと走りだした。


「大丈夫かな、アッシュ」カルボが手元の手帳から顔を上げて言った。


「なにが?」


「エリゴスまで行くお金でもう予算ギリギリだよ」


「だからそう言ってただろ」


「こんなに厳しいと思ってなかったよぅ。ご飯とか節約しないと……というか」


「ん?」


「どこかで”お仕事”でもしないとホントにヤバイかも……」


「カルボ、お前の言う”お仕事”ってちょっと不穏なんだが……」


「うー、じゃあ我慢してエリゴスまで行って……」


「どっちにしろそこでなにか手を打たなきゃ、しばらくは野宿生活だな」


「えー!? なんでそうなっちゃうの?」


「お前が豪遊したからだろ」


 とにかく、無いものは無いのである。


 ふたりは頭をひねったが、かたや戦うことしかできない傭兵、かたや盗賊である。一声に仕事と言っても戦う場がなければどうにもできないし、カルボの技術はそのものが犯罪に直結している。


「突然客室で事件が起こって儲け話が飛びこんできたりしないかなあ?」


「そんなうまい話があるなら誰も苦労しないって……」


 アッシュは肩をすくめ、肘をついてしばし微睡まどろんだ。


     *


 どのくらい時間が経ったのか、すっかり熟睡していたアッシュは誰かが口論しているような騒がしさに目を覚ました。


 次いで雷が間近に落ちたような轟音。


 窓の外を見ると風景が動いていない――エーテル機関車が停まっている?


「よぉし。金目の物を全部出してもらおうか。人死は出したくねえ、おとなしく従ってくれや」


 客車内に野卑な声が響いた。


「……カルボ、何が起こった」アッシュはすでに目をさましていたらしいカルボに小声で尋ねた。


「トレインジャック」


「なに?」


「乗客と入れ替わってたみたい」


 アッシュが体を捻って客車の後ろ側を見ると、呪文で出した炎を手にまとわせた男と、その一味らしい武装した男が2,3人――いや、ひとりは女らしい。過激なファッションにタトゥーとピアスが過剰に盛られている。


「おら、早く財布を出しな! 手首を叩き切ってやろうか?」


 強盗犯たちはトレインジャックの成功に酔っているのか、みな高揚していた。あるいは度胸の出るエリクサーでも飲んでいるのかもしれない。


 乗客は犯人たちの脅しに勝てず、渋々懐から財布を取り出した。拒んだり抗議しようとした者は殴られたり髪の毛を捕まえられ座席の角に頭を打ち付けられたりした。小さな悲鳴がいくつも聞こえ、車内はトゲのような緊張感に包まれた。


「おい、次はお前だ」


 強盗犯にナイフをもった手でどやしつけられて、カルボがおそるおそる立ち上がった。


 強盗犯の男はその途端舌なめずりをして、ピッタリとしたキャットスーツに包まれた尻をまさぐろうと手を伸ばした。


「へへへ、姉ちゃん、いいカラダしてるじゃねえか」


 強盗犯は武器さえ持っていれば客は怯えて動けないだろうとはじめから思い込んでいたに違いない。カルボのとろけるようなヒップラインに伸ばした手は隙だらけだった。


 ばちん。ねずみとりのバネがおりたような音が車内全体で聞こえた。


「あれ?」


 強盗犯の男の手のひらが、本来の関節では向かない方向に曲がっていた。手首に何かが激突し、関節が外れている


「どうなってやがる!」


 男は本能的な恐怖を感じて、ナイフを持った手を振り回した。


「カルボ、座ってくれ」


 アッシュはカルボの肩に手をおいて客車の通路に出た。その手には、護身用に持ち込んでいた樫材の丸棒が握られていた。


 強盗犯の男は言葉にならない何ごとかを叫びながらナイフを振り回した。


「危ないッスよ、そういうの……」


 ヒュッと空を切り、再び丸棒が男を襲った。男はナイフを取り落とし、硬い音を立てて床に転がった。


「あ……!」


 激痛で声がでない。男はアッシュに正確な打撃で親指を砕かれ、ナイフを持っていられなくなったのだ。


 さらにアッシュは男のあご先に鋭い一撃を食らわした。脳をシェイクされ、男は白目をむいたあと膝から崩れ、そのまま昏倒した。


「どうスか、降伏とかしませんか?」アッシュは残りの強盗に平板な発音で呼びかけた。「今なら間に合う……かもしれないッスけど」


「するかアホウが!」


 強盗のもうひとり、手に火炎放射の呪文を用意していた強盗団のリーダーらしき男が、今すぐ炎を吹き出すとアッシュに脅しをかけた。


「テメェが避けたら他の客が丸焼きだ! さあどうする? テメェこそ降伏するのは今のうちだ!」


「じゃあ……」アッシュは無造作に床に膝をついて、「すんません、降伏します」


「え?」


「あ、すんません。ウソです」


 リーダー格の男が炎を蓄えていた右手にナイフが刺さった。ひざまずいた時に、最初のナイフ男が落としたナイフを広い、ほとんどノーモーションで投げつけたのだ。


 ば、と呪文の力が逃げ、リーダー格の男は悲鳴を上げ、次の瞬間には声も出せなくなった。アッシュの丸棒がみぞおちを突いていた。


「チクショウ、動くなコノヤロウ!」最後に残ったパンク女の得物はクロスボウだった。「動けば即お前を撃つぞコノヤロウ!」


 アッシュの動きが一瞬止まった。


 ――ちょっと厄介だな。


 相手はクロスボウである。ナイフや火炎ならまだしも、当たれば致命傷になる。客車という狭い空間でどこまでかわせるだろうか?


 ――盾にするしか無いか?


 アッシュは足元に転がる気絶した強盗犯ふたりを見た。肉の盾にすれば人質になるし、もし撃たれても矢弾を防ぐことは可能だ。ただ問題は、盾にされた強盗は死ぬということだ。


 ――構わないか。


 どうせ強盗である。手元に持っているのが木の棒でなくメイスであれば、足元のふたりはすでに死んでいる。ならば死のうとどうしようと同じことだとアッシュのひとごろし(・・・・・)の部分が言った。


「待ちなさい!」


 と、カルボが叫んだ。


「あなたクロスボウを撃った後のことは考えているの!?」


「なにィ……?」パンク女は動揺した。


「たとえ撃ったとしても次の矢をつがえるまでに時間が掛かる。その間あなたは無防備! この意味がわかる?」


「え? その……」


「周りを見てみなさい! クロスボウがなかったら、乗客に取り囲まれて捕まるだけ!」


「そ、そんなこと……!」


「仲間はもう倒れて起き上がれない……この意味がわかる? わかるんならどうぞその人を撃ってみなさい!」


 カルボの堂々とした物言いに、パンク女は思わずクロスボウの矛先をわずかに下へ向けた。


 女は何かを言おうとした。が、間に合わなかった。アッシュがクロスボウの動きを見逃す事はありえない。丸棒を叩き込んで無駄弾を撃たせ、及び腰で逃げようとする女のあごに掌底をぶち当てた。


「さわがせてすんません、これ(・・)、良かったら片付けて貰えると助かるッス」


 車内はわっと歓声に包まれた。


 列車強盗3人を無傷で戦闘不能に追い込む――アッシュの戦闘能力と、カルボの弁舌の勝利だった。


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