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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第05章「vs妖魔」
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第05章 04話 渚にて

 サン・アンドラスにあるのは地下世界のよこしまな怪物の召喚ポイントだけではない。


 暖かい日差しの差す海岸沿いの観光地でもあり、都市の大きな収入源となっている。


 ”リッパー事件”の事後処理があらかた終わり、アッシュらはようやく解放されたストレスの発散を兼ね、白砂と碧がかった青の海に遊びに来ていた。


「うっひゃお~う!」


 潜水していたカルボが、特徴的な歓声を上げて水面からジャンプしながら飛び出した。


 次いで黒薔薇と白百合も同じように飛び出してきた。


 三人はそれぞれ水着を着ていて、カルボはたわんたわんのプロポーションを水色のワンピースに包んでいる。黒薔薇と白百合はそれぞれおそろいの色違いのセパレートタイプだ。


「アッシュー! アッシュも入ったらー?」


 いかにも楽しそうに海を満喫しているカルボが、笑顔でアッシュに手を降った。


 アッシュはというと、ビーチパラソルの下で適当な姿勢で寝転がっているだけだった。


「水が」「冷たくて」「塩辛う」「ございます」


 黒薔薇と白百合もカルボにつられて海の楽しさ存分に味わっている。まるで子どもだ。


 カルボは別に海に来なくてもいつもたいてい笑っている。さすがにそれはアッシュの印象にすぎないが、それでも笑顔いるほうが多い。


 ――自分のこと盗賊だって言う割には明るいんだよな。


 アッシュはいつもそんな風に感じている。


 ――じゃあ、俺はどうなんだろう?


 かつて自分が聖騎士で、いまは元聖騎士の傭兵にすぎないということはもうカルボも知っていることだ。


 なんとなく結成したパーティだが、それなりに上手くいっているはずだとアッシュはそう思ってる。今の4人――黒薔薇と白百合は常に一緒だから実質3人みたいなものだが――でもし仕事ができるのなら、それでもいいという考えになって来た。


 ――孤児院、なぁ……。


 サン・アンドラスにまでエーテル機関車に乗ってきた理由は、黒薔薇と白百合のことを誰になら安心して預けることができるかを考えての事だった。負い目を感じないで済む方を探して、といったほうが正しいかもしれない。


 それは結局、アッシュ自身で可能性を潰してしまった。


 聖騎士の鎧だ。


 円十字教会を破門され、シグマ聖騎士団の元から追放され、誇りである紋章を削られたにもかかわらず未練たらしくつかっているシグマ聖騎士の鎧のせいで、タウ聖騎士団サン・アンドラス支部長のクライヴに目をつけられる原因にもなってしまった。その後和解したとはいえ、己のプレートメイルを見せればおそらくいい顔はされないだろう。いや、それだけですまないかもしれない。


 アッシュは、色々と考えて息詰まり、大きくため息をついた。


 何度も同じことを考えた。


 いつまで”元聖騎士”だったことを引きずるのだろう? すでに名誉は剥奪されているというのに。 


 アッシュはビーチパラソルの下で、まばゆい光を浴することもなく転がって、ずっと転がりっぱなしだ。たとえリゾート気分で海岸に出ても、カルボたちの水着姿を見ても、気分よくしていられる精神状態にはなかった――いや、カルボの眩しいほどの肢体を間近で見るのはそれなりに目の保養ではあったのだが。


「アッシュ?」


「わあ!」


 いつの間にか近くにいたカルボに顔を覗きこまれ、アッシュはうろたえた。


「なぁにそんなに驚いて」


「あ? いや、ちょっと考え事を」


 目の前でカルボの豊かな胸がたゆんと揺れてアッシュは少し挙動がおかしくなった。


「悩みがあるときに悩んでると、悩みの塊になっちゃうよ?」


「悩みの塊……」


「そうそう。気分が晴れたら考えもまとまるってば。おいでよ」


 カルボは手を差し伸べた。アッシュはそれを取り、のっそりと立ち上がった。傷跡だらけの体。背中から二の腕にかけての巌のように筋肉が発達しているのは、全力でメイスを振り回すため。


 平和なリゾート地にはいささか不釣り合いな肉体ではあったが、それでもアッシュはカルボの導くまま波打ち際まで走った。


「えい」「えい」「黒薔薇は楽しゅうございます」「白百合も楽しゅうございます」


 アッシュは黒薔薇と白百合たちにさっそく水を浴びせられた。


「ぷあっ!」


 頭から水浸しにされたアッシュはにやりと笑い、「やったなこの!」


「あはははは」「あはははは」「面白い」「ですわ」


 遺跡の中の研究所で眠っていた黒薔薇と白百合にとって、海とは初めて見る光景以上の意味があるのだろう。本当に楽しそうで、アッシュはすぐに自分の悩みなど大したことではないと思い始めた。単純だが、単純な方が楽な場合もある。


「ねえアッシュ」カルボが背後から静かに語りかけた。「この子たちさ、孤児院で預かってもらうって話、やめとかない?」


 アッシュはひとしきり黒薔薇と白百合と水かけ遊びをしながら、そうしようか、とだけ答えた。


     *


「ちょっと出かけてくる」


 ホテルに戻った一行たちが疲れから半分眠ったようになっているところを、アッシュがそういってひとりでどこかに行こうとした。


「ん……どこに? わたしちもついていったほうがいい?」寝ぼけ眼をこすってカルボが言った。


「いや、こっちの話だ。俺ひとりでいい」


「こっちの話って……あれ?」


 アッシュの格好を見てカルボは目をしばたかせた。


 汚れたマントをを身にまとい、その下は傷だらけの聖騎士の鎧だ。


「アッシュ、その格好って……」


「クライヴに会ってくる」


「そんなことしたら……アッシュが昔聖騎士だったってバレちゃわない?」


「もちろん」


 バラしにいくんだ――アッシュはそう言って、ホテルから出て行った。


     *


「……おおむね理解した」


 サン・アンドラス円十字教会内タウ聖騎士団支部長クライヴは、共に”リッパー事件”を解決した者としてアッシュを自らの部屋に招き入れていた。


 アッシュの不器用な説明を受けて、クライヴは汚れ傷んだ聖騎士の鎧を目の前の男が身に着けている理由を知った。


「それで、君は私に何を望むのかね、アッシュくん」


「それは……」アッシュは散々迷った挙句、「いったい、どうすればいいんスかね?」


 クライヴは少々露骨なくらい眉をひそめ、「教会を破門された人間をこの部屋まで通した意味を理解したまえ。君のことは友人だと思っているが、私の立場とすれば鎧を剥ぎとってすぐに追い返すこともできる」


「それなら……それならそれでいいのかもって、今は思ってます」


「……」クライヴは何も答えずアッシュが言うに任せた。


「自分は、三年前にシグマ聖騎士団からの追放を受けてからも、どこかまだ”自分は聖騎士なんだ”っていう意識が残っていた。だからこの鎧を身に着け続けていた――こんなボロボロになっても」


 アッシュは胸甲の痛々しい亀裂の痕を指でなぞった。


「だから、もう鎧を脱いで、本当に何もない状態から一介の傭兵としてやっていけたら――なんて思ってるんス」


「ふうーむ……」クライヴはアッシュの全身を守る鎧を足先から頭まで見つめ、「それならこんなところに来ず自分でどこか人目につかない場所で脱いで、捨ててしまえばいいのではないか?」


「そうも思いました、何度も……。でも、こんなボロボロになっても、やっぱり聖騎士の鎧なんです、自分にとっては。この鎧を適当な場所に捨てるなんてできない。売りさばく事もできない。だったら……」


「私に処分してほしいと願い出た?」


「……それ以外に方法は思いつかなかった。クライヴさん、あなたになら任せられると思って」


 しばしの沈黙。クライヴには、アッシュが冗談で言っているようには見えないし、投げやりになってなんでもいいからこちらに押し付けているようにも思えなかった。


「承知した」


「じゃあ、この教会で処分を……」


「いや、だめだ」


「えっ?」


「破門された人間は教会に足を踏み入れることを許されない。たとえ所属が違えど、聖騎士の鎧を処分することはタウ聖騎士団が追放者のために力を貸したことになる。これはわかるだろう?」


「はい。ですが……」


「私からできる最大の援助は……そうだな、君の鎧を私は見ていないし、君の告白も聞かなかった。君が教会に入った事実はない。その記録も記されない。つまりだ、アッシュくん」


「……はい」


「君はまだその鎧を着続ける運命にあるのさ。私の信仰心がそうしろと言っている」


「そんな……それじゃ自分はいつまで経っても鎧を脱げない……」


「脱がなければいけない時がやがて来るだろう」


「それも信仰心……ッスか」


「勘だ」


「勘?」


「そうだ。近いうちに君は厄介な戦いに巻き込まれるだろう。その時に役立つはずだ」


「厄介な戦い、ッスか?」


「ああ。それが何なのかまでは分からないが、その鎧ごと壊れてしまうような、ね」


「鎧が、壊れる?」


「そう。そこまで戦って、戦い抜くんだ。そうすれば君は鎧を脱がざるを得なくなるし、鎧も自然と君の下を離れよう」


 そこまでやれば君は初めて聖騎士の呪縛から解き放たれるだろう――クライヴはそれを言い残し、アッシュはタウ聖騎士団の支部長室を出た。


     *


 数分後、タウ聖騎士団支部長室。


「よろしかったのですか、あの者の処遇は」クライヴの副官が言った。


「方便だよ。実際彼にはそういう方法が必要だし、我々も破門者を表立ってかばうことはできない」


 クライブはそう言って、テーブルの上の氷が溶けた青茶ブルーティーを飲んだ。冷たくはない。


「しかし、厄介な戦い……本当にそんなものが?」


 クライヴは何も言わずにやりと笑みを浮かべた。


「……それも方便ですか」


「そうだ。だが彼なら厄介なことに頭を突っ込む。良しにつけ悪しきにつけ、な。それは請け合おう……」


 クライヴの思惑を知ってか知らずか、アッシュはひとつの迷いを振り切り、傷ついた鎧を相棒にまだ戦うことを決意していた。


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