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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第05章「vs妖魔」
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第05章 01話 隠蔽

 サン・アンドラスの眠らない夜。


 妖魔リッパーによる聖騎士斬殺事件の手がかりを追うタウ聖騎士団支部長クライヴは、互いの勘違いからアッシュと一触即発の状態になる。


 そこに駆けつけたカルボの機転――あるいは泥棒ならではの大嘘――で戦闘は免れたが、リッパーの正体、その出どころは謎に包まれていた。


 リッパーの”回収業者”に口を割らせたアッシュたちはサン・アンドラス工業地区におもむき、黒幕はサン・アンドラスの地下、巨神文明遺跡を利用した上下水道にいると推測。さっそく調査を開始した。


 この探索、いかなる結果を招くのか――。


     *


 謎の老婦人が地下世界から出入りしていたはずのハッチを求めてすでに30分。


 それらしき場所を見つけては、可動式の檻――”泡沫うたかたの檻”という魔力付与品エンチャンテッド――が通らないサイズであったりと空振りが続いていた。


「ダメだな。カルボ、本当にこの近くなのか?」とアッシュ。


「わかんない」


「マジかよ」


「だってわかんないんだもん」カルボは唇をつきだした。「隠し扉になってるかもしれないけど、それっぽいのはどこにもないし……」


 アッシュはうーんと唸って、地表に突き出た巨神文明遺跡の名残を見渡した。地下世界に通じる出入り口は存在する、だが大きさが理屈に合わない、隠し扉も見当たらない……。となると、カルボの推理は頭から間違っている可能性がある。それならこのサン・アンドラス工業地区をウロウロしていてもらち(・・)があかないのではないか。


「待って」「くださいまし」


 と、急に黒薔薇と白百合がアッシュの袖を引いた。


「どうした?」


「見つかるかも」「しれません」「隠し扉の」「場所」


「どういうことだ? お前たちがどうやって……」


 いぶかしがるアッシュをよそに、黒薔薇と白百合はわずかに宙に浮き、互いに向き合うようにして”歌った”。ラー、と高い音同士がぶつかって、何とも表現しがたい空気のうねりのようなものが拡散していく。


「アッシュ! あれ見て!」


 カルボが指差した場所は変哲のない壁だったが、その一角が半透明になって点滅している。


 その奥には、スロープのようなものが見え隠れしていた。


 黒薔薇と白百合が声をとめるとそこはまた元の壁に戻った。


「幻術だったんだ」


 カルボが半透明になっていた部分に手を突っ込むと、するりと通り抜けた。物理的な隠し扉ではなく、魔術的な隠蔽だったのだ。


「すごいな、クロ、シロ!」アッシュは素直に笑ってふたりの少女の頭を同時になでた。「こんな力があったのか」


「よくわかりませんが」「できると思ったら」「できて」「しまいました」


 ふたりの白い頬にすこし赤みが差した。


「ほらみろ、やっぱりあったじゃん」とカルボ。


「なんでお前が偉そうなんだ」


 アッシュたちのやり取りをみて、聖騎士クライヴが頭を抱えた。


「その子たちは、ええと、いったい何者なんだ?」


「黒薔薇です」「白百合です」「どうぞ」「よしなに」


「いや名前を聞いているのではなくてだな……」


「クライヴさん、いまはそれよりもこっち、こっち」


「あ、ああ。確かにそうだな」


 気を取り直し、アッシュ、カルボ、クライヴ、そして黒薔薇と白百合は幻術の壁を抜け、地下世界の入口へと降りていった。


     *


 巨神文明はかつて10万年間もの長きに渡り地上を支配した。


 その崩壊のあと人類種が地上を我がものとして1万年。


 それだけの年月を経ても、巨神文明の遺産は”生きている”モノが少なくない。例えばエレベーターや動く廊下といった移動手段にまつわるものだ。体の大きい巨神が建物の中を行き来するには面倒なことが多かったのだろう。巨神文明華やかなりし頃に作られたエレベーターなどは半永久動力が使われていて、現代においても使用できる場合がある。


 現に、アッシュたちが乗り込んだ地下世界へのエレベーターもまだ使用可能状態にあった。


 体がふわっと持ち上がるような感じがして、10秒程度で停まった。ガシャン。どこかのロックが外れ、エレベーターのドアが開いた。そこから先は、恒耐久性レンガが敷き詰められた通路がどこかに続いているようだった。


「さて、気を抜かずに頼む」


 クライヴはそう言って聖騎士の鎧を軋ませた。


 それを見たアッシュは、心もとない感覚に囚われた。今の装備はただの服とメイスだけだ。いつものプレートメイルは着込んでいない。教会に破門されシグマ聖騎士団を追放された証でもある鎧をクライヴに見せるわけにはいかない。着てこなかったのは正解なのだが、これから何かに襲われた時に自分の命を守ってくれるモノがないのはうっすらとした恐怖を招いた。


 ――今の俺は命知らずの傭兵マーセナリーだ……。


 アッシュはそう自分に言い聞かせ、巨大レンガ造りの廊下に足を踏み出した。


     *


 ”回収業者”が、謎の老婦人が香水――実際には消臭用エリクサー――を使っていたという証言した意味がアッシュ一行にも理解できた。


 巨神文明の遺跡とはいえ、現在は上下水道を通している地下世界の一角である。空気には、鼻にまとわりつくような悪臭が混ざっていた。


「なにかしら、白百合」「なにかしら、黒薔薇」「変な匂い」「良くない匂い」


 黒薔薇と白百合には下水道の概念はない。排水が流れ込んでそれが悪臭を発しているということをカルボが簡単に説明したものの、きょとんとするだけで果たして理解したのかどうか。


 しばし沈黙のなか廊下を進むと、地上から流れ込んだ雨水や排水が滝のように流れ落ちる区域に入り込み、よりいっそう悪臭が高まった。


「う~、早く通り抜けちゃいましょうよ、聖騎士パラディンさん」とカルボはクライヴにお願いした。お願いというよりは、体を妙にくねっとさせて”おねだり”しているようだ。


「そ、そうだな。では急ごう」


 クライブは背筋を正し、足を早めた。


「女の子に免疫ないみたい」


 カルボはアッシュに意地悪そうに笑ってこっそりと耳打ちした。聖騎士は廉恥潔白を旨としている。おまけに円十字教会の聖騎士団は女人禁制の男所帯も多く、タウ聖騎士団もそのひとつだった。


 と、そのとき下水溝のあちこちからキッ、キッと甲高い声が聞こえた。姿は見えない。


「ドブネズミか?」とアッシュ。


「たぶんね」カルボはベルトの装具につけた多種多様なエリクサーの具合を確かめた。


「ドブネズミ、か……」クライブは眉をひそめた。こういう任務は初めて、と顔に書いてあるようだった。


「あっ」「あそこから」「上がって」「来ますわ」


 黒薔薇と白百合が心細そうにお互いの手を握り合うのと同時に、廊下の周りにゾワゾワとした影がいくつも現れた。ネコほどもある太ったドブネズミの群れだ。


「うお~~気持ち悪い!!」


 その場から飛び上がるくらいカルボは怖気おぞけが走り、アッシュとクライヴの影に隠れた。そのさらに後ろには黒薔薇と白百合を下がらせている。


「ネズミ斬ったことありますか?」


「経験はないが、やってみせよう」


 アッシュとクライヴは言葉をそれだけ交わし、それぞれの武器を構えた。


 キイッ、とネズミの一匹がまるで号令するように鳴くと、待機していたドブネズミがいっせいに飛びかかってきた


「ぬあっ!」


 先に動いたのはクライヴだった。ドブネズミ退治にはまるで似つかわしくない高級なロングソードを振るい、最初に飛びかかってきた一匹を両断する。


 アッシュはクライブの斜め後ろに陣取り、クライヴが殺し損ねたネズミをメイスで殴りつけ、なるべく綺麗なままで排水口に捨てた。内蔵を飛び散らして変な病気でも貰ったら面倒だ。


 ――女3人はこういうとき役に立たないな。


 何となく想像はついていたが、やはりこういう構図になった。が、それはそれで”女を守っている”というプライドに繋がる。特にクライブのような手合はそうだ。


 この調子ならネズミの群れを追い払うくらい簡単だろう――と思った矢先。


 ドブネズミ数十匹分ものおぞましい叫び声が聞こえ、排水口の陰からぬう、と何かが顔を出した。それはドブネズミで――それにしてはサイズが桁違いだ。


 まるまる太った人間ほどもあるその不潔な塊は、ネズミの姿をした人間、あるいはその逆のネズミ男(ワーラット)だった。恐ろしい悪臭を撒き散らし、クライブと正面から退治した。


「……簡単には通さない気か」


 クライブは刀身に残ったネズミの血を払い、ジャキリと中段の構えを見せた。


「自分が後ろに回り込みます」と小声のアッシュ。


「挟み撃ちか」クライヴは一体一の戦いに無粋な、と言いかけてその考えを払った。「ワーラットに名誉など無い。構わん」


「うッス」


 再度ワーラットが金切り声を上げた。


 それを見越していたかのように、ふたりの戦士は動いた。


     *


 サン・アンドラス工業地区、地下世界の闇の中。


「参ったわね」


 謎の老婦人――トヴァ夫人は、手元の銀眼プレートを見てため息をついた。地下世界の各地にこっそりと取り付けられた監視眼から送られてくる映像を受信する魔力付与品エンチャンテッドである。そこには障害物を切り開いて進む男女のパーティが映っていた。


 トヴァ夫人には彼らが何者なのか見当がつかなかったが、彼らのうちひとりは明確に聖騎士パラディンであった。


「とうとう聖騎士団が出張ってきたわ」


 夫人はそう言って、彼女の協力者であるフードを被った妖術師ウォーロックの男に話しかけた。男は壁に蛍光エリクサーで描かれた魔法陣を前に、ただただ困惑した。


「リッパーの回収が遅れたのが痛かったわね……ここでの商売も潮時かしら」


「ではこの召喚ポイントを捨てるので?」


「やむを得ないわ。捕まって私たちのしたことが明るみになってしまえば死刑になってもおかしくない。ここは逃げましょう」


「かしこまりました、トヴァ夫人……足止めが十全に働くことを願いましょう」


「最後には”あの子”も控えているのだから時間は稼げるはず。さ、撤収準備を」


 トヴァ夫人はそう言って、必要な資料だけをより分けて残りに燃焼性エリクサーをぶちまけ、燃やした。全てが灰になるまで、そう時間はかからないだろう――。


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