第04章 04話 地下世界へ
「雇い主……というと? すまない、詳しく話してもらえないだろうか」
クライヴは明らかに困惑しながらカルボに尋ねた。
「はい、実はわたしたち、この人に探すよう依頼されたんです。リッパーを」
カルボは真剣な眼差しでそう言った。もちろんそんな事実はない。
「この人も、その……とある人物からリッパーを探すように雇われた人で」
「それはつまり……君たちは孫請けだった、と?」クライヴはいかにも話を理解したように言い、「いやしかし、その”とある人物”とやらは何者だね? 私にはその人物こそが黒幕であるように聞こえるが」
「はい、そうなんです。そうだよね?」
カルボは猿轡を噛まされた男に詰め寄り、首を横に振りかけたところをクライヴに見えないよう下っ腹にパンチを入れた。
「ね? そ・う・だ・よ・ね?」
男は何かの虫のようにばたばたと必死の形相で首を縦に振った。
「じゃあ、ちょっとこの人に話してもらいましょう。今回の事件の経緯を」
*
回収業者だった男たちは、やむなく自分たちを雇った老婦人のことをぽつりぽつりと話した。
そうすることが自分たちの命を永らえる唯一の手段と思い知らされたからだろう。
クライヴはその話を信用したが――どうもカルボの話は素直に聞いてくれるようだった――それは大嘘もいいところだった。
アッシュたちはその下っ端の男とは偶然顔を合わせた程度だし、当然雇われてなどいない。
カルボにそう言えと強要されているからだ。
アッシュが回収業者のリーダー格を追う足の速さにとても追いつけないと思ったカルボは、業者の下っ端をとっ捕まえ脅し、なだめすかし、軽く色仕掛けなども取り混ぜながら”自分がアッシュたちを雇った”と言わさせた。こうすることでクライヴの疑いを一応は回避させ、かつ黒幕の居場所を吐かせるという一石二鳥の作戦というわけだ。
「お、俺達は、その……誰だかわからない婆さんに雇われたんだ……金持ちだと思う。いつも綺麗な服を着て。名前も、普段どこにいるのかも知らないが……」
「その老婆がなんと?」
「リ、リッパーというバケモノが街に逃げ出して、それを檻の中に入れれば大金をくれるって……う、ウソじゃあ……ない、です」
後半はクライヴに見られないような位置からカルボがナイフを突き付けていたが――とにかく男はそう答えた。
「そ、それでその、俺達の力じゃ不足だって気づいて、その……俺がこの人達を雇ったってわけです」
「”誰だかわからない”、”普段どこにいるのかも知らない”……」クライヴはあごのさきに拳を当て、「君たちにその依頼をしたのはどこかね? そこから辿れるかもしれない」
「それは……」
「どうした? 言えないのか」
「北の工業地区です……錬金術研究が行われている大きな建物、ありますよね」
「それでは錬金術師が関わっている?」
「いえ、そうじゃなくて……いやそうかもしれないんですけど。俺達が呼び出されたのはその近くにある巨石のあたりなんです」
「巨石って?」
カルボがわからず顔でクライヴを見ると、「サン・アンドラスの工業地区には地表に出ている巨神文明の痕跡が多くてね。排水を流したり浄化できる上下水道に利用されているんだ」
「だいたいわかった」
それまで黙っていたアッシュが、メイスを肩にトントンと乗せて言った。
「水道に使われてるんなら、そこに潜り込んで何か悪さをしているんだろう」
「……そこまで単純な話かね?」とクライヴ。
「手がかりはそれだけっスからね。俺たちは今からそこに行ってみます」
「君たちが?」
「聖騎士団に空振り引かせる訳にはいかないッスよ。ここは死のうが生きようがしくじっても構わない傭兵にでも任せて、街の警備に力を入れた方がよくないスか」
「むう……」
クライヴは眉間にしわを寄せた。様々なケースを天秤にかけているようだった。
「わかった、こうしよう。工業地区には私も行く」
「支部長、それは」「なにかあったとき危険です!」「ここは団員から何人か出して……」
タウ聖騎士団のメンバーは次々とクライヴの発言を諌めたが、クライヴは聞き入れなかった。
「このサン・アンドラス支部で一番腕の立つのは私だ。物事を綺麗に済ませるには私が出張るのが一番いい。万が一聖騎士団から死者が出ても私ひとりで済む……善は急げという言葉もある。アッシュくん、カルボくん。早速その場所に向かおう」
クライヴは一度そうと決めたら行動が早い。市内に残していく団員とその再配置を的確に指示し、万が一自分が死んだ時の対応を副官に伝え、回収業者の男を警察まで連行させた。
「では行こう私が先導する……ん?」と、クライヴはアッシュたち一行を見て訝しんだ。「そこの……女の子たちも連れて行くのか?」
黒薔薇と白百合のことである。どうみても戦力に数えられる外見ではない。それはアッシュも承知しているが、ふたりの少女を置いて行くとどこでなにをするのか心配だし、何かの手違いで誘拐される恐れもある。そもそも誘拐の概念さえわかっているかどうかあやしいのだ。自分の目が届くところに置いていたほうが安全だというアッシュの判断だった。
「黒薔薇も」「白百合も」「お役に」「立ちたい」
計ったように全く同じタイミングでスカートをつまみながらおじぎをする黒薔薇と白百合に、クライヴは頭を抱えた。傭兵のパーティというよりはサーカス団だ。
「これ以上は時間が惜しい。移動しよう」
クライヴを加えた一行は――ついでにカルボのウソでアッシュたちの雇い主に仕立てあげられた男も無理やり参加させられている――サン・アンドラス北部の工業地帯へと急いだ。
*
「あそこの奥。陰になってるところにその、依頼主の婆さんが」
カルボのウソによって事情を話さざるを得なくなった回収業者の男が、工業地区を吹き抜ける生ぬるい風を受けながら言った。
「”研究対象”だから特製の檻に入れろって。そういう話だった。報酬は前金で100金。成功報酬は400だっていわれた。そんなもん、受けるしかねえだろ。いくらでも怪しいところはあったが、とにかくオレたちは街の中でなんだか知らない化物――”リッパーを捕まえることになったんだ」
名前も名乗らず、一見して上等な服をきた上流階級っぽくて、”老婦人”と呼ぶほうがふさわしい感じだったと男は付け加えた。
「その老婦人とやらはどこからやって来たんだ?」とクライヴ。
「わからない。こっちから聞いていい雰囲気じゃなかったし、話が終わったらオレたちにとっとと帰れってな具合で、知らない内に消えちまうんだ。いつ消えたのかもわからない」
「どんな匂いだった?」カルボが問うた。
「匂い?」
「そう。その貴婦人の」
「ええと……きつい匂いの香水を使ってたな。いかにも金持ちっぽい感じの。話し終わった後にオレたちにも残り香がうつってるような」
「匂いがどうしたんだ?」とアッシュ。
「多分その人、地下から上がってきたんだと思う」
カルボはそう言って、少し離れた塀の片隅に落ちていた紡錘形の小さな空き瓶を拾い上げた。
鼻を近づけて匂いを嗅いで、それを男に手渡した。
「ああ、これだ。これです、この匂い」
「……使ったのは香水じゃなくてエリクサーね。強力な消臭効果があるやつ」
「消臭効果? ってことは」
カルボはうなずき、「この街の地下にある巨神文明の遺跡、それを利用している上下水道……その貴婦人、下水の匂いを消したんじゃないかな」
「しかしそれは早計じゃないか?」クライヴが割って入った。「単にひと目の付かないこの場所を待ち合わせ場所に選んだのかもしれない」
「それならこの人達に人ひとり入れるような檻を手渡したのは誰かって話になります。例えば遠くのお屋敷に住んでいたとして、誰かに力仕事をさせずに自分ひとりでガラガラ引っ張ってきたなんてこと、ありえないでしょう?」
「むう、確かに」
「でもこの近くに出入りできる場所があれば、力がなくても運べるはず。それにこの辺りは工業地帯だからエリクサーの買い付けもしやすい――もしリッパーが本当に”研究対象”だっていうんなら、エリクサーは必須です」
カルボがしゃべり終わると、場に沈黙が流れた。
「じゃ、行くか」
アッシュは迷いなくカルボのほうを見て言った。
「待ってくれ、あっさり決めすぎじゃないかね」
クライヴはそう言ったが、カルボや黒薔薇と白百合も準備を整え、地下世界への出入り口を探す体勢に入っていた。
「来ないならそれでもいいッスよ。地下の下水道なんて、自分みたいな傭兵がお似合いスから」
その代わり成功したら報酬をもらうとアッシュは持ちかけた。クライヴは、それは構わないが私も一緒にいくときっぱり言った。
そのとき、こっそりカルボが笑みを浮かべた。
話に出てきた未払いの成功報酬400金が三人分が本当にあるのなら1200金が黒幕の手元に残っているはず。これを逃す手はない――。
さまざまな思惑を抱きながら、アッシュたち一行は地下世界への入り口を探し始めた。
さて――。
謎に満ちた妖術師、そしてトヴァ夫人なる人物の正体を暴くことができるのだろうか?




