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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第21章「ダンジョンエクスプローラー」
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04話 揺れる

 アッシュたちが目撃した天に昇る妖しい光は地下の巨神文明遺跡を揺るがす地震を起こした。


 のみならず、上に伸びた光の柱は遺跡の天井を突き抜け、そのまま地表へと秘されたエネルギーをぶちまけた。


 その地点は、アロケルカイム王国軍とゴブリンの大軍勢が今まさに激突している最中のバラム平原であった。


 降り続く大雨でぬかるんだ地面は突如波打つように揺れた。


 魔法によって引き起こされた局地的な人工地震である。


 そこには悪意があった。


 激しい揺れに襲われたのは人類側の陣であり、自軍に戦況を素早く伝達するための伝令術士が利用する中継装置が置かれている場所だった。軍全体の最重要拠点のひとつといえる。


 偶然ではない。


 ゴブリンたちは、人工地震をそうと知った上で発生させたのだ。


 目の前で何が起こったのか――ましてや地上で何が引き起こされたのか確かめるすべを持たないアッシュたちは、しかしゴブリンどもの悪しき企みが動いていることだけは理解した。


 それだけで十分だとも言える。


 囚われたデシルの仲間たちを救うという目的にはなんら変わりはない。


 乗り込んで叩き潰す、それが最善の手段であることも。


     *


「とはいうものの……」


 ゴブリンの拠点となる建物に正面からなだれ込み、身を低くして通路の曲がり角から頭を出したアッシュは、ここから先の動き方を頭に思い描きながらつぶやいた。


「表であれだけ騒いだんだ、絶好のポイントで待ち伏せしてくるだろうな」


「罠にも気をつけてね」とカルボがアッシュを下がらせるようにして先頭に出た。「たぶん、最悪なのが仕掛けられてる」


「また勘か?」


 緊張をほぐそうとしてか、セラがからかうように言った。


「匂いとか」


「匂い?」とドニエプル。「どのような?」


「んと、粘土みたいな匂いしない? 油絵の具みたいな」


 一同は思い思いに鼻をひくつかせた。


「たぶんどこかに油を使った罠があると思う。床にまいてスリップさせる気か、上からかけて火をつける気か……それとも廊下がパカっと開いて油のプールがあるのかも」


「そんな大掛かりなもんが?」


 デシルが言った。まだカルボがどれだけの実力を持っているのかわかっていない彼にとっては、若くてとびきり魅力的な女としての印象しかない。


「ここ、巨神文明時代の遺跡だからね。すごい大昔に巨神が人間のために仕掛けたものがそのまま残ってたりするんだよ。それをゴブリンが利用して罠を張り直したとかね」


「ほあー……」


 デシルは阿呆のように口を半開きにさせた。そういう話は聞いたことがあるものの、実際に自分がそういった罠にかかる状況を現実味のあるものとして思い浮かべることができなかった。


「で、先に地下牢に向かうのか? それともさっきの光を先に調べるか?」


 セラが言った。罠の発見はカルボに任せ、長距離偵察リーコンである彼女はその鋭い眼差しを中長距離に向けてゴブリンの急襲を警戒している。


「安全を確保してからだな」アッシュは即答した。「まずはこの……何だ? 屋敷か? 屋敷を制圧する」


 と、ゴブリン風の装飾が施された廊下の片隅に絶妙に無造作な配置で宝箱チェストが置かれているのが目に入った。


 通り過ぎても問題はないし、何か重要な物資が入っている可能性を否定しきれない程度には豪勢な作りの箱である。


「後にしよう」


 アッシュは端から無視を決め込んだ。当然の判断と言える。デシルの仲間が地下牢に閉じ込められている――さらには地震を引き起こした謎の光も気になるという状況で、欲をかいている場合ではない。


 しかし、ゴブリンの狡猾さをアッシュは見抜けていなかった。


「あ! そこダメ!」


 カルボが叫んだ。


 アッシュが何とはなしに踏み出したつま先が、圧力板に触れてしまっていた。


 チェストはいきなり口を開き、中からバネ仕掛けで小型の三連式クロスボウが放たれた。


 アッシュの反応速度は並ではないが、それでも3本の矢弾全てをかわすことはできなかった。もし今回の遺跡アタックに盾を持ってきていなければ、この場でリタイヤしていたかもしれない。1本は外れ、2本目は念入りに毒の塗られた矢弾が盾に突き刺さり、もう1本は軽鎧の肩当てを食い込んでいた。


 そしてゴブリンの企みはそれだけにとどまらなかった。


「シャキキ、ディヤ!」


 廊下に置かれた雑多な調度品の陰から、罠にかかるのをじっと待っていた緑の小鬼が飛び出した。ゴブリン斥候スカウトが3匹。手に手にスリングやショートボウを持ち、体勢を崩して転倒したアッシュへと悪意を投げつける。


「ゴブリンどもめ!」


 セラが怒りとともに声を荒げ、腰に下げたジャーから風の精霊を解放した。


 精霊は美しいフォレストエルフとの契約に従って風を巻き起こし、空気の壁となってゴブリンたちの飛び道具を弾いた。


 そこから反撃――はできなかった。


 3匹のゴブリン・スカウトは数と力の習性に従い一目散にその場を離れ、はるか古代の建物の奥へと消えていった。


「すまんセラ、助かった」


「礼はいい」セラは風の精霊をジャーに再び封印し、「それよりゴブリンだ。まんまとやり口に乗せられているぞ」


 アッシュはドニエプルの手を借りて立ち上がって、「罠と待ち伏せの連携か……カルボ、もっと効率よく突破する方法はないか」


「あるよ」


 意外にもカルボはすんなり答えた。


 そんな楽に進める方法なんてない――という反応が返ってくるものと思っていたアッシュは子供のようにキョトンとした。


「あるの?」


「うん」


 カルボはキャットスーツに包まれた魅惑的な肢体のあちこちにしまってあるエリクサーを取り出した。


「何のエリクサーだ」


「爆薬」


「爆薬、って……それって」


「うん」カルボは小ずるそうにぐへへと笑い、「爆破していこう、全部」


     *


 長く尾を引く振動が、おぞましい彫刻を施された祭壇を揺るがした。


 そこはゴブリン・カルトの儀式が行われる場所であり、ゴブリン預言者プロフェットが祖霊からの幻視ヴィジョンを受け取る不浄なる聖堂。


「マーギャッスアア、ニィエンイョヌ、ハタタイ?」


 預言者に仕えるゴブリン闇神官ダークプリーストが、姿勢を低くして控えている屈強なゴブリン戦侯ウォーロード、ゴブリン突撃兵アサルトたちに尋ねた。『人間どもの侵入者はまだ倒せないのか?』。


 濃い緑の肌に傷跡とトライバルタトゥーを刻みつけた戦侯ウォーロードは、無言のまま立ち上がり、預言者――神がかり、呪文とも何ともつかないうわ言を繰りながら妖しげに身体をくねらせている――に一礼をして聖堂の入口へと向かった。


 あとに突撃兵たちも続く。荒々しい筋肉の盛り上がりを見せつける鎧姿の突撃兵はゴブリンたちのなかでも特に武芸に秀でた熟練の個体であり、ゴブリンという言葉に内包された臆病さや卑屈さとは、少なくとも今の状況では無縁であった。


「クョーシン……”シャヒロ”デーア、シャンハアア」


 闇神官は耳と鼻と唇にぶら下がった大量のリングを不安げに揺らし、ゴブリンたちにとって重要な言葉を口にした。『急げ……”その時”までもう少しだ』。


 タトゥーと傷跡だらけのウォーロードは一言、「フング!」とだけ吠え、いくさの臭いを発散する突撃兵たちと共に人間たちを迎え撃つ準備を整えた。


     *


 バン、と強烈な破裂音がして、床に仕掛けられた執拗なブービートラップの数々が一度に吹き飛んだ。


 ロープの罠やトラバサミ、落とし穴の蓋、ひもや圧力板が破壊され、天井からひと抱えほどもある岩の塊がゴロゴロと落ちてきた。


「いまだ、やっちゃえ!」


 カルボが、立ち込める砂埃の向こう側に隠れているゴブリン・スカウトを指差した。


 ほとんど間をおかずセラが弓矢を放つ。が、これは遮蔽物に防がれた。と、次の瞬間にはアッシュがゴブリンのすぐ鼻先まで飛び込んでおり、慌てて逃げようとするも時すでに遅し。黒鋼のメイスがスカウトの胸板を突き、肋骨を粉砕して心臓を止めた。


「グッキャアア!」


 スカウトはもう2匹。仲間の死を目の当たりにして逃げに入った。


 反撃するよりは賢明な判断だったはずだが今回はうまくいかなかった。エーテル光で形成されたロープがスカウトたちに巻き付き、身動きが取れなくなったからだ。


「逃がすかオラ!」


 叫んだのはデシルだった。”秘術の縄アーケインロープ”は秘術師の使う初歩の技のひとつである。古代巨神魔法語の呪文によって励起したエーテルが物質化して、目標に絡みついて身動きを封じる。


「でかした!」


 龍骸苑の行者モンク・ドニエプルはデシルの背中を大きな手で叩くと、豪快に跳躍。裏拳、手刀。緑色の鬼たちを素手の一撃でなぎ倒した。


「片付いたか?」


「とりあえずは」


「よし、奥に進もう」


「ちょ、待ってくれ」


「なんだデシル」


「そっちじゃなくて、右の方」


「うん?」 


「思い出してきた。そこを右に回った方に連れて行かれたんだ。そこが」


「地下牢?」


「ああ。たぶん……いや、間違いねえ」


「先に地下牢に回るか? 生きていれば戦力になる」


 セラの言葉はいつも直裁的で意図がはっきりとしているが、生々しすぎるきらいがある。デシルの仲間が殺されていなければその場で武器を持たせて戦力にする――というのはいかにも合理的だ。同時に死んでいる可能性をはっきりと突きつけている。


 デシルは流石に動揺を見せた。


 一度は見捨てて自分だけ助かろうとした身だ。アッシュらに出会って舞い戻ってきた後ろめたさや、何だかんだで生きているだろうという根拠のない楽観的な気分。それらをどんと目の前に置かれて平然としていられるほど老成してはいなかった。


「……どうする、デシル」アッシュが静かに切り出した。「先に地下牢に行くなら、そうしてもいい。俺としてはいったん静かにさせてからの方がいいってのは変わらないが、セラの言うことも一理ある。お前が決めろ」


「オレが、って……」デシルは前髪をいじり、何度か肩をすくめてから「……いや、いい」


「いいのか」


「ああ。ここはアンタに従うよ、アッシュ。アンタはこの場のリーダーなんだろ?」


「まあ、そういうことに……」


 なるかな、と続けようとしたアッシュは、殺気を感じて左手の盾を思い切り振り、背後に接近していた敵に叩きつけた。


「ゴゥギャアア!」


 シールドバッシュの衝撃に、ゴブリン暗殺者アサシンの身に巻き付いていた”隠れ蓑”――カルボのキャットスーツと同系の魔力付与品エンチャンテッドで、周囲に同化して色と形状を変える隠密戦術用の服がメチャクチャなノイズを走らせた。


「おっらあッ!」


 次いでアッシュのつま先がアサシンの脇腹を捉える。


 もんどり打って瓦礫の降り積もる床の上を転がるアサシンは、そのまま勢い余って蓋の無くなった落とし穴にはまり、あえない最期を遂げた。


「あっぶな……」


 デシルはほんの数秒の間に起こった一連の動作に、それだけ言うのがやっとだった。


 ――だが、こいつはすげえ。こんな人は見たことがねえ。


 興奮が指先にちりりと走った。


 アッシュ。


 この男、只者ではない。デシルの知る限り、こんな人間は物語の主役側にいるタイプだ。自分はいままで自分の知識と力を増やして、それに見合った金さえ貰えれば別に構わない、と思っていた。物語に謳われるものになることなんて自分とは関係ない、冒険は生計を立てるためのあくまでも手段だと思っていた。


 そうではない現実が、いまここにある。


 デシルは何か全く新しいものが開けていく予感に後押しされ、アッシュの行く先に自分の目標を重ねた。


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