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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第20章「オールドスクールスタイル」
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05話 お手柄

 ゴブリン弓兵アーチャーはその名の通り弓矢の扱いに関して優れている。


 巨神文明時代の地下遺跡の奥に作られたエンチャント工房に身を潜めていたアーチャーは、ゴブリン付与術師エンチャンター、ゴブリン酋長チーフ、ゴブリン戦士ウォーリアらとともに見事待ち伏せを成功させた。エンチャンターが作り出した幻像投影クリスタルによるまぼろしをエサにした作戦である。


 まぼろしのエンチャンターに殴りかかった人間の戦士――アッシュはアーチャーの弓矢とチーフたちの投げ槍、そしてエンチャンターの短杖から放たれた炎を受け、石床の上に倒れた。


 いかにアッシュがずば抜けた反応速度を持っているとはいえ、飛び道具と魔法を全て撃ち落とせるわけではない。致命傷にこそならなかったが3か所以上に手傷を負い、床の上に血がこぼれ落ちた。


「アッシュ!」


 セラが弓を構え、アーチャーの1匹に矢を射かける。フォレストエルフの弓の腕、とりわけ長距離偵察エルヴン・リーコンである彼女の腕前は、小賢しいゴブリンを上回る。


 しかし素早く物陰に隠れたアーチャーは直撃を避けた。射線の選択を誤るのはセラにしては珍しい。


「アッシュ殿、しっかりされよ!」


 ドニエプルは追い打ちをかけられそうになっているアッシュの前に滑り込み、ゴブリンたちに立ちはだかった。巨漢の行者モンクはその体躯だけで一個の壁となる。


 そこにゴブリンチーフの投げ槍が飛んだ。武器のストックは工房にいくらでもある。


「噴ッ!」


 窓を拭くような動作でドニエプルは投げ槍を弾き飛ばした。鉄壁の構えである。


「く……すまん、助かる」


 苦しげな声でアッシュはドニエプルの背中に声をかけた。左の太ももにゴブリンの悪意に満ちたデザインの矢が刺さり、すぐには立てない。


「カルボ殿、頼みます!」とドニエプル。


「うん!」


 姿勢を低くしてカルボはアッシュのところまで駆け寄り、キャットスーツの上から装備したエリクサーホルダーから何種類かの薬を取り出した。


「我慢してね!」


 と、カルボは真剣な表情で言い、アッシュが承諾する前に太ももの矢を引き抜いた。一気に出血が増す。アッシュがうめき声を発するがカルボはエリクサーポットの蓋を引き抜き、躊躇なく傷口に注いだ。消毒用エリクサーの焼けるような痛みが肉の中に潜り込み、アッシュは歯を食いしばった。次いで治療ペーストが塗りたくられ、ガーゼと包帯がしっかりと巻かれる。治癒術士ヒーラーさながらの手慣れた動作である。


「ディヤーッ! ニィエン、ディヤーッ!!」


 ゴブリンの叫び。人間を殺せ、という呪詛の言葉である。


 アーチャー2匹は倒れたアッシュと、それを介抱するカルボに向けて矢を放った。


 ドニエプルが割って入ろうとするが、ウォーリアが鈎のついた槍で突いてきた。それに足止めされ矢を撃ち落とせない。


 危ういところでセラの精霊術が発動し、アッシュとカルボの周辺に風のドームが生み出されなければ、ふたりのどちらかは刺し貫かれていたところだろう。


「ありがと、セラ!」カルボはぱっと顔を輝かせた。


「礼はいい、早くアッシュを引っ張ってくるんだ!」セラはそう言いつつ弓矢を構え、ゴブリンたちを牽制する。


「アッシュ、今のうちに下がろ?」


「いや、大丈夫だ」アッシュは足を押さえながら強引に立ち上がり、「おかげで助かった」


「あっ、まだ……」


 ケガは治っていない、とカルボが言い切る前に、アッシュは工房の一方の壁を埋め尽くしている武具置き場へ片足で跳んだ。


 それを待ち構えていたのか、ちょうどいいタイミングでゴブリンチーフがトゲを生やしたこん棒を持ってアッシュに踊りかかった。


 激突音。重い一撃が叩き込まれる。


「アッシュ!」


「心配するな、こいつで足の代わりだ」


 チーフのこん棒は、アッシュが武具置き場から引っ張り出した鉄製の盾で防がれた。


「ナアアガフッタァ……!」チーフの頭にかぶった羽飾りが、こん棒に込めた力でゆらゆらと揺れる。「シャアアク、ディヤ、ニィエン! ディヤ!」


 チーフは小柄ながら、普通のゴブリンの数倍も筋肉が盛り上がっている。その腕力は侮れない。アッシュでさえ片手の盾では押し込みきれなかった。


 決めきれないと見たアッシュはいったん盾を引き、ゴブリンのバランスを崩してからメイスを振るった。狙いはこん棒を持つ手首。小手砕きである。


「ガアアク、ヌンゲアッ!」


 叫びながら、緑の鬼はトゲつきこん棒をアッシュのメイスにかち合わせた。


 ――防いだ?


 アッシュはぎりっと奥歯を噛み締めた。左足にケガを負わされているとはいえ、小手砕きに反応されるとは思っていなかった。たかがゴブリンと過小評価していたようだ。ゴブリンといえども、有象無象の小鬼だけではないのだ。


 それでも、豪速で振られた黒鋼の一撃を正面から受けたこん棒は、ビシッと音を立てて亀裂が入った。


 ゴブリンチーフは力任せにこん棒を振り回し、アッシュのメイスを弾き返した。


 次の瞬間、チーフの手は武具置き場の戦斧へと伸びた。武器を拾い上げ、その勢いを利用してアッシュの上半身を狙う。


 アッシュはそこで選択を迫られた――後ろに引いてかわすか、盾で受け止めるか、メイスで打ち返すか。


 答えはぐっと身を沈め、髪の毛を一房切り飛ばされながらも盾のへり・・をゴブリンの足の甲めがけて振り下ろすことだった。


 メギャ、と鉄の盾がめり込み、ゴブリンチーフの足の骨が砕けた。


「おるあ!!」


 悲鳴を上げる暇さえ与えず、アッシュのメイスがゴブリンチーフの下あごに叩き込まれた。上下の乱杭歯がボロボロと砕けて抜け落ち、下顎骨は完全に粉砕され、グシャグシャになったあごの残骸が喉にまでめり込んだ。強烈なショックが脳をシェイクして、立っていられなくなったチーフはそのまま卒倒した。


 形勢逆転だ。


     *


「なんとか片付いたか……」


 静かになったエンチャント工房の床に、アッシュはささくれだらけになった鉄の盾を投げ捨てた。


「ふぅーむ、なかなかに手強い。鬼族への認識を改める必要がありそうですな」


 ドニエプルは懐から出した手ぬぐいで汗と返り血をぬぐった。この龍骸苑のモンクの足元では、肩の骨を外されたゴブリンエンチャンターが脂汗を垂らしながら這いつくばっている。


『それで、人間の子どもたちはどこにいる? 他にも生きた人間をさらっているんじゃないか?』とセラがゴブリン語でエンチャンターに迫った。


 エンチャンター以外の個体はすでに死んだか、瀕死の重傷を負っている。数と力で完全に敗北したゴブリンは、その本性に従ってひたすら命乞いを並べ立てた。


『黙れ、こちらの質問に答えろ』セラは無造作にゴブリン用の武器を使ってエンチャンターを脅し、口を割らせようとした。『答えないならお前を殺して勝手に調べるだけだ』


 血と脂汗が少量流れ、エンチャンターはようやくその立場にふさわしい回答を出した。


 檻に入れられた人間の子供は工房の倉庫にしまわれていた。


 ほぼ一週間、まともな食事も与えられず衰弱しきっていたが、それでもまだ生きていた。


 カルボのエリクサーによってわずかながら体力を回復した3人の子供たちは、ほとんど枯れかかった涙を流して早く家に帰りたいと訴えた。


「いったん地上に戻ろう。この遺跡のこともアロケルカイムの軍に知らせる必要があるしな」


 アッシュの言葉に全員賛成だった。本格的に調査をするには今の装備だけでは心もとない。ゴブリンの強さも、よくある”洞窟に住み着いた厄介者”の基準では当てはまらない。


魔力付与品エンチャンテッドは持ち運べるものは持ってかえろ? 売ったらいいお金になるよ」と提案するカルボはすでに自分が運べる重さのものはあらかた懐に収めていた。


「私は全部燃やしてしまった方がいいように思うがな……」


 セラはあまり乗り気ではなかった。野卑で邪悪な小鬼どもが作った武具である。渇いても盗泉の水は呑まず――金銭的な価値よりも、けじめとして全て破棄してしまった方が正しい対応だと思えたからだ。


「ゴブリンが武器造りを地下で行っていたという証拠は欲しい。売れるかどうかは別として、いくつかは持って帰るべきだろう」とアッシュ。


「拙僧は武器も防具も纏わぬゆえ、小物をまとめて持ちましょう」とドニエプルは風呂敷に短杖や水晶柱のような小物を包んだ。


「よし、いこう」


 3人の子供たちをアッシュ、ドニエプル、セラがそれぞれおぶって、一行は帰路についた。


 アロケルカイムへのゴブリン大侵略――その解決の糸口となりうるのだろうか。


 結論は、いまだ暗がりのどこかに身を潜めているようだった。


20章終わり


21章に続く

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